テイルズ・アクト/センギィと風の御使い

九北マキリ

序 章 語り専門



       一


 ――いい素材は年々少なくなっている。


 仲間うちでは、それが常識だ。


 たとえば、後ろにいるやつ。

 巨漢の部類で、体格ばかりか、腕力や体力だってある。でもそれだけだ。

 おれに言わせりゃ、素材としてせいぜい並の下。

 残念ながら頭はカラッポで、これ以上伸びる見込みは薄い。


「なあ、センギィ。いつになったら着くんだよ」

 後ろのカラッポ頭は不満そうに声をかけてくる。

 おれは振り返りもしなかった。

「ヴォルフェー。何回言ったら分かるんだ? おれをセンギィと呼ぶな」

「だってあんたの友だちはみんなセンギィって言うじゃないか」

「おれとおまえは友だちじゃない」

「じゃあ、なんだよ?」

「おまえは剣士になるため、おれを雇った。だからおまえはおれの雇い主だ」

「う、うん」

 ヴォルフェーはそのことばの意味を理解しようと考えているのか、しばし無言、やがてためらいがちの声を発する。

「ということは……どういうことだい、センギィ?」

「とりあえず、おれのことをセンギュストと呼んでくれ、それだけだ」

「分かったよセンギィ……あ、センギュスト」


 思わずはぁと、息を吐く。


 別にこのカラッポ頭のことはきらいじゃない。

 この一年というもの、こいつを一人前の剣士に仕立てあげ、どうやって評判を高め、申し分ない条件で剣士団に就職させるか、ということばかり考えてきた。


 商売柄、こいつを売り込む歌まで作った。


 <おお、湖水こすいの剣士ヴォルフェー。そなたは義の剣士ぃ>

 <ヴォルフェー。ふるさとザイグフを出で、仕えるべき主君を探すぅ>

 <身の丈七ファーブ半の偉丈夫ヴォルフェー。身体頑健、病知らずの剣士ぃ>


 笑うな。


 芸術的な歌詞の才に乏しいことは、おれ自身一番よく知っている。

『湖水の剣士』ってのも、おれのつけてやった、ヴォルフェーの通り名だ。


 それでここしばらくは、いろいろな地方の酒保やら剣士団近くの酒場で、恥ずかしながら自作のこの歌を歌いつづけた。

 やつの名前が少しでも知られ、どっかの地方領主=選王せんおうの耳に入ることを期待したわけさ。


 たとえば『ヴォルフェーって剣士、すごいらしいぜ』とか、『最近ヴォルフェーって名前を聞くけど、その剣士についてなにか知ってる?』っていう具合に広まれば大成功だ。


 それにしてもこのところ、毎回毎度、剣士の売り込みには苦労する。


 いくらお抱え剣士の数がそのまま自国や領地の権勢を示すっても、さかんに戦争してたのは十年ほど前。

 いまじゃどの地域でも、ほとんど争いらしい争いを見かけない。

 あっても、せいぜい小競り合い程度だし、一度雇った剣士は基本的に死ぬまで雇い続けなきゃならないとなると、雇う側も慎重にならざるを得ないんだろう。


 でも剣士は国を護り、ひとを護る、この世の花形職業。

 まだまだ需要はある。それは昔もいまも変わっちゃいない、と思う。


 ただ、なり手の方は変わっちまった。


 昔みたく『剣士の十法』に殉じたすげえ剣士のように、救国の英雄になってやろう、人々の記憶に残り、謳われてやろうなんてやつはめっきり減っちまった。

 最近じゃ、剣士になりたいって動機の大半は、生活の保障があるからとか、長く勤めて名誉ある称号を得ようとか、限りなく自己中心的らしい。


 雇われさえすれば、命ある限り食いっぱぐれはないときてるから、このご時世、一見無頼に見える剣士だって、実は王族の家士みたいな安定職にありつきたいんだろう。平和に慣れちまうと、みんなケガをするのは怖くなるんだろうな。


 おれたちにとっては、なんともやりにくい時代になった。


 どこにでもいるような凡庸な剣士は、巷にあふれ、どこにもいないような優秀な剣士は文字通りどこにもいない。

 本当にいい素材は少なくて、探すより、育てた方が早いってことにもなるんだ。


 まあ、そんなわけで夜ごと美しさのかけらもない歌詞をがなりたてた苦労の甲斐もあり、おれの育てたヴォルフェーの売り込みは、結果的に上々の成果を上げた。

 田舎都市サーカルジュの選王が使者づてに、ぜひ『湖水の剣士』に会いたいとさ。


 道中、やつををきつい態度で突き放すのも、もうすぐ契約から解放されそうだから、お互いこれ以上情を深めない方がいいって考えたからなんだ。


 別れってのは、たとえたった一年のつきあいだとしても、結構つらいからな。


「名前は?」

「センギュスト・テイル」

語り専門テイル……か、吟遊詩人だな?」

 サーカルジュの城門に着くと門番の衛士に止められ、決まり切った質問を受ける。


 もちろんヴォルフェーは近隣の宿に置いてきた。


 いきなり本人を連れてくるんじゃ『湖水の剣士』としてありがたみも薄れるし、選王たちは、使者づての、こういうもったいぶったやり方のほうを好むんだ。


「瞳は……茶色、と」

 手渡した本人証とおれの顔を見比べ、門衛は革紙に型押しされたおれの特長をひとつひとつ確認していく。


 国から国へ渡り商売するおれたちのような吟遊詩人には、出生地の本人証がもらえる。革紙に型押しされている項目は単純で、おれなら、茶色の瞳、黒い髪、右顎にほくろ、上半身に四ヶ所の創傷痕、身長五ファーブから六ファーブ未満、という具合。

 さらに偽造や複製を防ぐため、選王の紋章が焼き印で入れば、いまおれの持っている公的な通行証となるわけだ。


 ちなみに五ファーブから六ファーブ未満というのはおきまりの書き方で、成人男子の標準的体格を示す。一ファーブはだいたい頭ひとつ分だから、おれの背丈は頭五つから六つ分ってことになる。


それにしてもえらく念入りに見ているな。


「すまんね。最近、高貴な方の師弟を狙った誘拐があちこちで起こっているという話で、入城者の身元確認は念入りにしろとの命令が出ているもんだから」

 おれの不満げな表情に気づいたらしく、門衛はぼそぼそと理由を説明しはじめる。

「誘拐とは、まったく物騒な話ですね」へえ、そんなこともあるのか。

 だが、そう言いわけをする割に、やつは鋭い目つきでおれをじろじろ眺めていた。

 その視線は動き、おれの頭の脇で止まる。

 背負っているものにようやく興味を惹かれたんだろう。


「……それは、やはり楽器なんだろうね?」

「ええ、キリューグです。二つ首の」

「珍しいな」


 おれの作る歌詞は美しさのかけらもない実用一辺倒のことばだが、なんとか吟遊詩人としてやっていけるのは、この楽器のおかげだ。

 こいつは弦を張る首が二本あるから普通のに比べ、倍の八弦使える。

 管楽器ルルーテと打楽器プタオンを加えた通常のキリューグによる「三種の調べ」に、音量や迫力の面でかなわなくても、楽曲だけで人を心地よくするには充分な代物だった。

 笑顔を作り、背中から双首のキリューグを降ろすと、門衛の面前で皮の覆いをとる。楽器をいつものように抱え、短い曲を奏でた。

 なにかを仕込んでいると疑われ、あれこれいじり回されたくないから少しばかりその音色を聞かせてやるってわけさ。


「……変わった……いや、すばらしい音色だね」

「おほめにあずかりまして」深々と辞儀をする。

「本当に語り専門テイルなのかね?……歌奏専門ミルトのように美しい音じゃないか」

 ミルトとは歌と楽器演奏のみで諸国を回るやつらのことで、いわば正統派の吟遊詩人と言っていい。おれ程度で感心されては彼らに失礼だろう。けど、ここであえてそれをただす必要もない。

 門衛は、やっとおれを城内へ通す気になったようだった。


 兵舎に隣接する控えの間でしばらく待たされた後、見覚えのある男に出迎えられる。

 名前も忘れた場末の村酒場でたまたまおれの歌を聴き、ヴォルフェーを雇い入れたいと声をかけてきたやつだ。

 サーカルジュ選王直属の剣士団で人事を任されているらしい。

 名前はたしか……

「おお、これは高名なるセンギュスト殿、ようこそ」

「どうも、早速ですが……」

 辞儀をしつつ用件を切り出す。うかつにもこいつの名前を思い出せない。

「んむ……その件なのだがな」

 さっと顔を曇らせ口ごもるその表情に、不吉な予兆を感じた。

「実は、選王さまは『湖水の剣士』と、わが剣士団の剣士との試合を所望している」

「無条件で雇う、とのことでしたが?」

「いやいやいや、条件ではない。その、貴殿の歌をもとに、私がヴォルフェー殿を非凡の剣士として推挙したのだが、いささか誇張しすぎたようでね」

 いちおう、あわてて言い繕う相手の意を汲んでやることにした。

 客商売も楽じゃない。

「……選王、さまの期待が高まりすぎた、と?」


 最近の良くない風潮だ。


 自軍の剣士が勝てば現状維持になるだけだし、新たな剣士が勝てば、戦力はより増強する。

 いずれにせよ雇い主のみ得する理屈だった。

 争いの少ない昨今、手軽に戦場気分になれるのか、血の気の多い選王はこういうことを平気でやらかす。


 念のため、相手の手駒を確認しておくか。

「相手は、どの程度の実力を?」

「ウチの剣士団長だ」


 はっきり言おう。


 並の下の素材とは言え、ヴォルフェーは剣士としてそれほど弱くない。

 身長は七ファーブを越し、おれの頭ひとつ半ほど背は高い。

 力や体力もあり、それなりの教育を施している。

 優秀な教師のもとで過酷な修行に耐えさせ、街道で強盗を働く平民くずれの犯罪者を相手に実戦経験だって積ませた。


 結果、職業剣士を名乗れる程度の腕には仕上げたつもりだ。

 しかし、護国連合内でも武の国として名高いウーケ領で、田舎都市とはいえ一介の剣士団団長と命のやりとりをするほどではない。

 なにせ、剣士修行は一年ほどしかしていない。

 明らかに実力不足、経験不足だろう。

 最初からそんな話なら、わざわざこんなところまで来るはずもなかった。


 サーカルジュを出たおれは、まっすぐヴォルフェーの滞在する宿屋に直行した。


「ヴォルフェー、すまん。今度の話はなかったことにしてくれ」

 やつは宿屋の寝床でうろんな眼をおれに向けると、あくびをしながら言った。

「センギュスト? どういうことだい?」

 おれはカラッポな頭でも理解できるよう、慎重にことばを選び事情を話した。

 話し終わると、ヴォルフェーは目をこすり、すっとんきょうに叫ぶ。

「なんだ、そんなことか!」

「そんなこととは、どういう意味だ?」こいつにしては理解が早い。不安になる。

「だって、剣士団長と戦って勝てばいいんだろう?」

「ヴォルフェー……自分で何を言ってるか、分かってるのか?」


 理解不足にも程度ってもんはある。


 度を超したこいつのそれは、ほとんど冗談にしか聞こえない。

 必死な説明も、砂漠に落とした水の一滴ほども効果はないと知り、おれは心中、やつに対する呪いのことばをとなえた。

「ばかにするなよ? もちろんよく分かってるさ。いいかい、俺はあんたの言うとおり、いやみな教官のもとで一年も、みっちり修行したんだ。そうだよな?」

「ああ、したな」おれは仕方なく答えた。

「盗賊の三人組もぶっ殺してやった」

「ああ、ぶっ殺した」

「俺は前よりも強くなった」

「ああそうだ、おまえは強くなった。だが……」

「そうだろ! 俺は強い。無敵に近く強くなったんだよ、センギィ!」

「どうしてそうなるんだ! ばかじゃないのか、おまえは!」


 たまりかね怒鳴りつける。

 おれの叱責にたちまちヴォルフェーは興奮しはじめた。


 カラッポ頭の中身はさらに乾燥度を増し、ますます砂漠化していくようだった。


「おれをばかだと! こんな田舎都市の剣士団の実力なんてたかが知れてるっていったのはあんただろ! ふざけんな!」

「たしかにそういった、しかし」

「センギィ、あんたは俺に雇われてるんだよね? きのうそう言ったよね!」

「……ああ」なぜ、そんなことだけ覚えてるのか。

「なら、たまには雇い主の言うことをきいたらどうだい? あんたに命令されるのはもう、いい加減うんざりなんだよ!」

「命令なんかしてないだろ」

「してるよ。あれしろこれしろ、あれはダメ、これはダメ……この際だから言わせてもらうけど、俺はもう一日だって、剣士になるのを伸ばしたくない、待ちたくないんだよ!」


 カラッポ頭は雄弁だった。うつろなことばを声高に、虚空に向かって強弁する。


「俺はもともと強い。体格もいい、腕力もある。故郷じゃだれひとりかなうやつはいなかった。吟遊詩人って、俺みたいな強い剣士を選王や民王に紹介して仲介料を取るんだろ? 俺のような逸材なら、どこにでもすぐ紹介するべきなのに、あんたはそうしなかった」

「したさ、充分に」

「いや、してない。俺が苦労して修行している間中、あのくだらない歌をあちこちで歌って、ろくでもない酔っぱらいどもに、ただ聞かせてただけじゃないか!」


 ここまで言われりゃ、いくら雇われ側でも、むかっ腹のひとつも立つさ。

 カラッポ頭は一年たってもカラッポのままで、おれに対する感謝も遠慮もなく、ただ虚勢を張っていきがるだけか。


「……いいか、そのくだらない歌のおかげで、おまえを剣士として雇いたいという話が来たんだぞ」

「けど、それを断るって言うんだろ! なんでだよ!」


 やっぱりこいつとは話にならない。


 おれはそれ以上議論するのをやめ、怒鳴り散らすカラッポ頭の滞在費を精算しに、宿屋の主人の住む二階に上がった。

 主人は階下から聞こえる大声に震え上がっていた。

 可哀想に思い、つい提示された額より多めに銀貨を渡すと、おれは冷静になって考えた。


 まだ十八にもならない若造で、結局、なりは大きくても、まだ子どもなんだ。


 そう思うと、大人げなく言い争ったことを恥ずかしく感じた。

 階段を下り部屋に戻る。


 ヴォルフェーの姿はすでになかった。

 受付で番をしている中年男に尋ねると、とうに出て行ったという。

 就職祝いにと買っておいた真新しい鎧も見あたらなかった。



 やつを探すつもりもなかったのに、翌朝おれはサーカルジュの門前に立っていた。

 背負う双首のキリューグに気づいたらしく、きのうの門衛は近づいてくる。

「やあ、あんた」

「おはよう衛士さん。きのうはどうも」

「聞いたかね? 昨夜大変なことがあったんだよ」

「……昨夜」

「湖水の剣士と名乗る男が、剣士団の団長を出せと門を押し破ろうとしてね」   

 苦いつばが口中にわいた。

「破ったんですか?」

「まさか。あんただって剣で槍に勝てるわけのないことは知ってるだろ?」


 衛士は槍を使う。


剣士けんし十法じゅっぽう』の解釈と運用の取り決めにより剣士は普段、槍と相まみえることはないが、外敵から城を護る衛士は、城の敷地内に限り槍を使うことを許されている。


 そう教えたつもりだ。

 カラッポ頭ではおぼえきれなかったのか、それともまともに伝わらなかったのか。


「その……剣士はどうなりましたか?」

「ああ、もちろん退治したよ。あっちに転がっているさ」

 衛士はおれの肩越しに後ろを指さした。

 振り返ると城門脇の石壁前に衛士が数人、槍を片手にこちらをにらみつけている。

「ああ、おい、そこの!」

 衛士たちの脇にかがんでいた男は顔を上げ、おれを手招きした。

 

 きのう会ったあの人事担当者だ。

 やはりまだ名前を思い出せない。


「……センギュスト殿。昨夜『湖水の剣士』を名乗る男が門を破ろうとしたぞ」

 やつは、近づいたおれに厳しい目を向け、詰問口調となった。

「昨夜の暴漢だが、貴殿の紹介したいという剣士とはこの男かね?」


 ヴォルフェーは、おれの買ったやった鎧にいくつもの大穴を開けて地面に横たわっていた。

 血だまりはまだ生々しくてかりを帯びている。

 鎧には折れた槍の先端が何本も、まるで飾りのように突き出ていて、貫かれてもなお、やつは力任せに凄まじい抵抗をつづけたとわかった。

 半目となり、驚いたように大口も開けている。


 なんとも緊張感のない死に顔だ。


 永遠の眠りについていてさえおれの剣士は、変わらず間抜けた表情のままだった。


「仮に……この男が貴殿の謳う剣士だとすると、たとえ槍を相手にしたとは言え、衛士ひとりさえ斬れない、とんだ食わせ物ということになるな。ええ?」

 疑念たっぷりに、人事担当者はおれを皮肉った。

「こいつがその『湖水の剣士』なんだろ?」

 ぞんざいにそう言う。

「いえ、違います。見たこともない男です」

 即座の答えに、やつは寸時ことばを詰まらせた。

「……本当かね? 見覚えがないと?」

「ええ」

「それじゃ、本物の『湖水の剣士』はどこに?」

「かの者は……『湖水の剣士』は、雇われる前に力を試される屈辱を潔しとせず、さらに剣名を上げてから再びこの地を訪れると」


 おれたちはしばらく無言でヴォルフェーの亡骸を見つめた。


 やがてやつは口を開いた。

「結構。それならそれで、いつでもわが剣士団長と試合をしていただこう」

 おれはわずかにうなずいた。

 そのままきびすを返し、サーカルジュの城門から遠ざかる。


 ヴォルフェーの死には責任を感じなかった。


 が、胸に何か大きな風穴でも開いているようだった。剣士育成専門の吟遊詩人としての誇りも、自信も何もかもがその穴から抜け出ちまったようだった。




       二


 すっかり身軽になったおれは、またあてどもない旅の最中だ。


 ヴォルフェーの売り込みに持ち金をつぎ込んでいたから、懐具合はさびしかった。

 凡庸な若者を剣士に仕立て上げるのはもうやめにした。

 おれひとりなら、歌と演奏で日銭稼ぎをすれば、食えないわけじゃない。


 それに、いざその日暮らしの「まっとうな」吟遊詩人を始めてみると、それはそれで気楽な日々だということに気づいた。

 剣士志望者への面倒な気遣いも、ない知恵を振り絞って、そいつらを強く見せるための歌詞や曲を考える必要もない。


 金がなくなれば近くの宿屋や酒場でちょっとキリューグを奏で、古い英雄物語を酔客に聞かせてやれば、なんとか食える程度には稼げた。

 いまや吟遊詩人専業となったおれの奏でる古来の格調高い曲、含蓄の深い古詞に、まだまだ感動する客もいるってことさ。



 その日は、農業国キスルの名物宿に一泊しようと決めていた。

 聖主国ミーナスへの巡礼者さえ必ず立ち寄るという、有名な旅宿だ。


 キスル人はおだやかで純朴な国民性を持つ。


 それだけに、キスル各地の地方領主たる選王は、実は新たな剣士を雇い入れるより、少しでも荒れ地の開墾に持ち金を使いたいと考えていた。したがってこの国では剣士の斡旋に苦労すると言われ、吟遊詩人もあまり寄りつかない。

 買い手の少ない地域にわざわざ行こうなんていう、おれの同業者はいない。

 他方、キスルの民は娯楽に飢えていて、祭りや音楽や踊りなど、いわゆる『文化活動』への関心はどの国よりも高いと言われている。


 つまり、ここはいまのおれが滞在するに申し分のない土地だった。


「ようこそ! モジガジの宿へ!」

 宿に入るなり、主人の陽気な声に出迎えられた。

 内部は外見の印象とは異なり予想外に広い。

 一階の大広間には酒場、その奥に舞台と客席を確認する。さすが名物宿、屋内で恒常的に演し物が開催されているようだ。


 とりあえず様子見で一泊を申し込むことにした。


 今晩の様子を見て稼げそうなら、しばらく滞在するため、周辺のどこかに下宿するつもりだ。

 宿代の半分も出せば、喜んで部屋を貸す農家もあるだろう。そんな目算をしながら、歩き疲れた体を寝床で休めているうち、おれはいつの間にか眠り込んでしまった。


 気付くと、階下の大広間から耳障りな音が聞こえてくる。


 大太鼓……プタオンか? いや、それにしちゃ早い拍子だ。音も大きい。

 おれはあわてて身繕いすると万一即興で演奏する場合に備え、双首のキリューグを肩にかついだ。


 聞き慣れない騒がしい音は、宿の客室から出て階段を降りるにつれ大きくなる。

 それは大広間に足を踏み入れた途端、耳をつんざく爆音に変わりおれを直撃した。


 <ぉうおおおおおぉっ、おれの渇きを満たしてくれぇええつ!>

 <おれの剣を受け止めてくれええぇつ! だれか! うぉうぉうぉいえ!>

 <ハレェエルオーン! ハレェエルオーン! 伝説に一番近いぃいい!>


 なんだこれは。


 しばらくおれは立ちつくし、呆然と大広間奥の舞台を見つめた。

 舞台上に大太鼓プタオンは二台設置され、その上にパタオンと呼ばれる小太鼓六基も、打面を上にして並べられている。


 プタオンの左右四カ所に取りつけられている丸い金属板はチヴェルだろう。

 演奏者はそのおおがかりな装置の背後に座り、両手に持ったバチと足踏み式のバチで、大小の太鼓をめちゃくちゃに叩きまくっていた。


 舞台上にはほかに管楽器ルルーテを持った吟遊詩人が六人もいて、低音、中音、高音それぞれ二人ずつが、一気呵成にプパプパと雑音をたれ流している。

 低音専用のキリューグ一本、高音専用のキリューグは二本、それぞれ担当する吟遊詩人の手により、単調な音階と和音をばかのように繰り返していた。


 それら総勢十人もの楽器奏者に加え、舞台中央には四人の吟遊詩人が立ち、大声で不毛な歌詞を怒鳴り散らしている。


 驚いたのはそれだけじゃない。


 舞台の最前列には、村娘やら農民の青年やらが押しかけ、見ているこちらが気持ち悪くなるほど頭や身体を揺すり、手を振り上げて踊っていた。


 <ハレェエルオーン! ハレェエルオォーン! おれの希望ぉお!>

 <ハレェエルオーン! ハレェエルオォーン! 伝説になれ!>


 おいおい、芸術性どころか、知性のかけらも感じられない歌詞だぞ!


 おれはむかむかしてきた。と、そのとき、曲は最後の盛り上がりを見せた。

 歌を担当する四人の吟遊詩人たちは一斉に絶唱する。


 <ハレェエルオーン、ハレェエルオーン、ハレェエルオーン>


 大広間の若い男女もそれに呼応し、立ち上がってハレェエルオーンと追唱する。

 おれはそばの観客に大声で質問した。喉が痛くなった。

「ハレェエルオーンっていったい何なんだ!」

 そいつも負けじと大声でおれに答えた。

「剣士さんのお名前ですよ! ほら、あそこの!」

 その指す先、客席の一角に堂々とした剣士が座っていた。


 あいつか。


 一見強そうなそいつのまわりをよく見ると、同じような出で立ちをしたやつらも一緒のテーブルを囲んでいる。

 何人もの剣士がいるなら、剣士斡旋専業の吟遊詩人も来ているはずだ。そう考え、つぶさに客席を見回してみると、そこに良く見知った顔を発見した。


 ――ヨツラ・テイル!


 曲が終わると、歌の題材となった剣士は舞台に上がり挨拶する。

 巨体の動きはのろく、立ち居振る舞いといい、動きといい、座っていたときとずいぶん印象は異なった。おれの目から見ると、たいした剣士ではなかった。

「ども……えー。これから伝説となるハレルオンです」


 にやけ顔のまま、ぬけぬけと放言する。

 客席から拍手さえ起こった。

 村娘たちは一斉に嬌声を張り上げる。


「あ、ども。……ありがとう、みんな。期待に添えるよう頑張ります!」

 そう言うやハレェエルオーンは、腕を振り上げ絶叫した。

「おれはぁあああ! これから、伝説にぃいい! なるぞおおおおお!」

 おお、と客席から合いの手と、満場の拍手。

 がんばれという声援まで飛んだ。

 たまりかね、これはどういう茶番なのかと、おれは思わず遠くのヨツラへ視線を送ってしまう。

 直後、やつはゆっくり首を回し、やがてこちらをはっきり認識すると、驚いたように目を見開いた。



「奇遇だね。こんなところで会うなんてさ」

 ヨツラは以前と変わらず語り専門の吟遊詩人には向かない、甲高く気色悪い猫なで声を出した。香油を塗った短めの金髪は部屋のランプを反映し、なまめかしくてらてら光っている。まるで女のようにきめ細かな白い肌と、紅を塗ったような唇、これも以前と変わらない。


 年下であることは間違いないけれど、年齢不詳に見える男。


 おれは宿屋の大広間にしつらえられた酒場のカウンターで遅い夕食をとっている。

 室内はさっきの歌の余韻で未だ騒がしい。

 舞台前には最前の若者たちがたむろし、帰る気配もなさそうだった。

 宿泊客は客席でめいめい酒を飲んだり話し込んだりしている。


「となり、いいかい?」


 返事を待たず、やつは素早い動きでカウンターの丸椅子に座った。

 酒場の店主も兼ねる宿屋の主人は白濁した酒をジョッキに注ぐと、黙ってヨツラの前に置いた。注文も聞かず酒が出てくるってことは、こいつはもう何日もここに逗留しているわけだ。


 五年ぶりだというのに、なんの感慨もわかない。

 耳障りで、かんに障る曲を聞かされた礼の代わりに首を絞めてやりたかった。


「ヨツラ。……なんだあれは。あれがおまえのやり方か?」

 おれの問いに含まれた微妙な怒りに気づきもせず、ほめられたとでも思ったか、こいつは首をすくめ、うへへと気味の悪い声で笑う。

「いいだろ。大人気なんだぜ、ああいうのがさ」

「あのへなちょこ剣士、な」

「ハレルオンだ」

「……あいつをどこへ就職させるつもりなんだ?」

「おっとぉ! 同業者へは教えられねぇよ……でも、ま、あんたならいいか」

「どういう意味だ?」

「へへ、……ウーケで評判落としたらしいね、センギィ?」


 さすが吟遊詩人の情報網もばかにできない。

 どうやらサーカルジュ門前での事件は同業者に知れ渡っているようだった。


「おれをセンギィって呼ぶな」

「なんだよ、相棒だろ?」

「おまえが相棒だと……」

「わかったよセンギュスト。なんだっけ? えーと、<香水こうすいの剣士>だっけ?」

 ヨツラはにやにや笑いながら、おれの神経をちくりと逆なでする。

「<湖水こすいの剣士>ヴォルフェーは、それでもハレェエルオーン、より、ましな剣士だったぜ」

「ハレルオン、だよ。……ああ、あんたが一年でも育てりゃそうなんだろうな……でも、いくら本気入れて育てたって、詰めで間違っちゃね。だから、おれみたいにやんないとさ」

「……おまえが? おまえがおれに勝るなにをしてるっていうんだ?」


 格下と思っている相手に軽口を叩かれると、意外にも腹立たしく感じる。

 おれの返答は自分でもとげとげしい口調に思えた。が、こいつはそんな態度も意に介さぬようだった。


「おれはあんたと違って、現場至上主義じゃないからな。最初からハレルオンは現場の使い捨て剣士なんかにならせないさ。あんたも見たろ? 若い衆の熱狂ぶりをさ」

「おまえ、金にもならない平民は相手にしなかったんじゃないのか?」

「売り込み先はあいつらじゃねえ、けどあいつらの評判は必要なんだよ」


 ヨツラは昔から要領だけは良かった。

 歌や演奏など、吟遊詩人としての基本的な才能が自分にないと分かると、代わりに自分よりそれらのうまいやつを仲間に引き込み、集団で活動することを選んだ。今晩の俗悪な楽隊もきっとその延長にあるんだろう。


「いまは選王だって、……国を治める民王みんおうですら、地域や国の統治には、民衆に人気がないとダメって知ってる。それで民衆の人気者を提供し、雇わせるわけよ」

「ハレェエルオーンを人気者に仕立てる?」

「ハレルオン。いい加減に憶えろよ。……そうさ。平民の若者に人気があるってのはとても重要なことなんだぜ。高貴な方々のご子弟さまには、同じ剣士でも剣術教師なんかのほうがよっぽど必要だとは思わねぇか?」

 ヨツラの言わんとしていることは、なんとなくわかった。

「未熟な剣士でも人気ひとつで……素人の、それも子ども相手の、教師が務まると思っているのか」

「当然だろ? それにな、あんたの目には未熟に見えても、ハレルオンはそこそこだぜ。最近の若い剣士にしちゃ、まあましな方だ。家柄もいい、あいつは貴族出さ。いいか? 高貴な方のご子弟さまをあずかる剣術教師に必要なのは剣の腕なんかじゃねえ。巷の評判とか、確かな身元の方なんだよ」

「万が一、剣術の練習中に誘拐されそうになったら、あいつ程度で高貴な方のご子弟様とやらを守れるのか?」


 何気なくサーカルジュの門衛に聞きかじった話を思い出し、皮肉ってやる。

 ヨツラは顔をしかめた。


「……誘拐、だと」

「知らないのか? あちこちで流行ってるそうだぜ。最近」

「へ、目の前で子どもを誘拐されちまうような警備の手薄なところにゃ用はねえよ。最終的におれが売り込もうと思ってんのは、貴族だけじゃねぇ。護国連合の選王とか民王なんだぜ、センギィ」


 まったく、こいつは不遜で身の程知らずなことを平然と言い放つ。


 おれたち吟遊詩人は、剣士と雇い主の間をとりもつ役だから、歌奏により人と人との縁を結ぶ、吟<ゆう>詩人なんて言われることもある。もっとも雇わせるための勧誘がしつこいと吟<ゆう>詩人と陰口をたたかれる。


 詩人本人の人柄によっても、巷の評価は様々だ。


 たとえば、普通の吟遊詩人は石ころはちょっと良い石ころ、宝石は少々値の張る貴重な宝石だと喧伝して買い手を待つ。


 育成専門のおれなら石ころを磨いて、せいぜい石つぶて程度には使えるかな、というところで買い手に喧伝する。

 宝石の原石は……残念ながら磨き損なってばかり、か。


 斡旋専門のヨツラだと石ころは宝石、宝石は滅多に見つからない秘宝と騒ぎ立て、押しつけ、なだめすかして売りつける。

 こいつにとっちゃ売りものの質が低かろうと、内容がなかろうといっこうにかまわないわけだ。


 さしずめ吟<ゆう>詩人というところか。


「……で、そういう売り込みに必死なおまえは、おれに何を期待してるんだ」

「まあ、こんなとこで会ったのも何かの縁だ。どうだい、また手を組まねぇか?」

「なんだと?」耳を疑う。

「最近じゃ、あんたも知っての通り、即戦力の素材は本当に少ねぇ。おれもずっと斡旋中心でやってきたけど、正直言うと右から左にぽん、って渡せるやつは、いまどきなかなかいねえんだよ。いたとしても同業者同士で取り合いだ。なもんで、これからは多少でも素材を磨いてから売るのもありかなと、そう思ってたわけさ」

「さっきの話と全く違うじゃないか」

「へへ、気にすんなよ。いつも自分の商売にはいろんな可能性を考えてんだ。……過去にちょっとしたいざこざもあったけど、おれはいまだにあんたを越える育成専門の吟遊詩人を知らねぇんだよ。なあ、もう一度一緒にやろうじゃねえか。マーガルの事とか忘れてさ」


 その名に、おれはヨツラとの間にある、越えがたい溝の存在を思い出した。




       三


 そのころおれたち二人は組んで、駆け出しながら、まあ、そこそこそれなりに稼いでいた。

 ヨツラは即戦力の剣士志望者を大勢抱え、剣士斡旋に忙しく、おれはというと、ヨツラがすぐに売り込めないようなやつ、見込みのないやつをなんとか一人前程度に育て上げ、自分の歌で売り込んだり、ヨツラに再度売り込ませたりして、相棒同士、なんとかうまくやっていたわけだ。


 マーガルはいかにも不器用そうに見える若者だった。


 そのうえ無愛想で無口なもんだから、才気煥発な人間を好むヨツラからすると、魅力に乏しく、使いものにならないと踏んだんだろう、あいつをすぐにおれのところに連れてきた。

 しかし、ヨツラの眼はまったくの節穴だった。


 マーガルはまれに見る逸材だった。


 当時おれは剣士志望者を預かると、武力で名高いウーケ王国の退任剣士に弟子入りさせ、剣技を訓練してもらっていた。

 それなりに高くつくが、武名も高い実戦たたき上げの実力派で、指導者としても文句なしのおっさんだ。


 なのにあいつはそんな歴戦の強者をたった三ヶ月で打ち負かした。

 おれは興奮した。こいつならひょっとすると……ってな。


 次の教師を見つけるのには苦労した。

 あちこち探りを入れ、ようやく実力、実績、指導力の三つを持ち合わせ、そして当時のマーガルよりもはるかに強いやつを探し当てた。

 性格に問題を持つ男ではあるものの、若くしてすでに達人、名人級の腕前、契約料も以前の倍、いや三倍以上になる。

 けど、おれはうれしくて、あいつに報告してやろうと寝泊まりさせているぼろ宿に向かった。


 先客がいた。

 おれは物陰に隠れふたりの会話を聞いた。何もかも。


『おまえ、あと二年も三年もセンギュストの訓練につきあうつもりなのかい?』

 聞こえてくるのはヨツラの甲高い調子のいいセリフだけで、マーガルの返答は聞こえない。

 普段から返事をする代わりにただ首を動かしたり横に振ったりするやつなんだ。

『……だろ? おまえはもう充分に実力をつけた。いやいや、ようやく剣士としての実力を引き出された。だからもう充分に働ける。それにな、これ以上強くなりたければ、実際に剣士になってからの方が実戦で鍛えられる。金も入るし好きな教師を雇うこともできる』

『センギィ……に、悪い』

 珍しく声を発したマーガルのそのことばに、おれは一瞬安堵した。

『へ、あいつのことなんざ気にするな。なぁ、おまえの人生はおまえのもんだろ? な? あいつは優秀なおまえを、自分の手元でじっくり育てた、って評判や、実績が欲しいだけなんだぜ?』

 おれにとっては永遠とも思えそうな長い沈黙。

『……わかった。あんたにまかせるよ』

 低い声だった。

『そ、そうか!』


 ヨツラのいやらしい表情を目前に見るようだった。

 たくらみの成功したときに見せる、あの醜悪な笑顔を。


 その後、あれこれ理由をつけてふたりはおれの元を去った。

 止めなかった。

 会話を盗み聞きしたことも黙っていた。

 あのとき、おれは夢をかなえてくれるかもしれない素材と、多少でも心の通じ合うと思いこんでいた相棒との絆を、同時に失ったんだ。


「やっぱり断るぜ、ヨツラ」

「なに?」

「思い出したんだよ。あいつの最期をな」

「おいおい」

「あいつ、おまえが斡旋した先の地方で辺境守護をさせられてただろ」

「そう、だったかな?」

「とぼけるなよ。あそこの選王は吝嗇家どケチって事を知ってたはずだ」


 マーガルは武の国ウーケ北部にいる選王が雇い入れた。

 その地以北には蛮族が住み着き、しばしば領地に入ってきては略奪を行うという、内戦も止み、平和になりかけた他地域からするとウソのように危険な領地だったらしい。


 伝え聞くところによると、あいつはよく戦ったそうだ。


 ほぼひとりで数十人もの蛮族を斃し、自分も傷を負った。だが、一歩も引くことをせず、その後も続々押し寄せる侵入者を寄せつけなかった。


 一個師団に匹敵する敵と互角に戦った、といううわさ話まであるほどだ。


 遅まきながら救援が駆けつけたとき、マーガルは雪原に立ちつくしたまま息絶えていた。全身の血は雪原に流れ出て、血の気を失った肌は雪のように白く、その姿と足もとに流れ広がった血だまりは、まるで雪花の花弁と花びらのように見えたという。


「あそこが剣士数調整のために、マーガルを雇い入れたことは知っている。……ヨツラ、おまえあいつを剣士百人に匹敵する、と紹介したらしいな?」

「売り込むときゃ、多少の誇張はするだろ、普通。それがなんだよ? 結局、いつもあんたの育てたがってる『伝説の』なんちゃら、になってただろ? <雪花せっかの剣士>だっけか」

「あの周辺じゃ、今もそう語り継がれているそうだ。……けど、あいつの才能なら……もう少し辛抱していれば護国連合中にその名が広まったかも知れなかった」


 ケチな選王は経費削減のため、マーガルと引き替えに、本当に百人の剣士をクビにしたというウワサさえあった。

 そのせいであいつは人員不足のまま、重要拠点をほぼひとりで守護しなけりゃならなかったんだと。

 事実とすりゃ、信じられないバカ殿だ。


「なあ、センギィ。マーガルとのことで、おれと組まないっての? 数年前犯したお互いの過ちのせいで?」


 吟<宥>詩人にふさわしく、さっそくヨツラはおれをなだめにかかった。


「お互い、じゃなく、おまえ、がだ。……それに組んでも、どうせまた、おまえが押しつけてくる人間の面倒をおれが見るだけなんだろ?」


 どうやら図星。ごまかすように苦笑いを浮かべやがる。

 おれは嘆息しつつ吐き捨てた。


「どんなに時間が経とうと、おまえの仕事で最後に得するのは、おまえに仕事を頼むろくでなしと、おまえ自身だけだな。はっきり言ってやる、おまえは他人を食い物にする名人で、カス野郎だ」

「な、んだと!」

 一瞬で顔色を変え、ヨツラは腰の剣に手をかけると、勢い良く立ち上がった。

 おれたちを取り巻く幾人かの剣士も同時に腰の剣に手を伸ばした。


 みんなこいつの護衛だったというわけだ。


「相変わらずお守りがついてるな? 自分じゃ手を下さないおまえが、その剣を抜けるのか」

「よくも侮辱しやがったな。あんたみたいな時代遅れのバカに同情して誘ったのが間違いだったよ!」

「ありがとよ。だが評判を落としたいまなら、おれを安く使えると踏んでのことだったんだろ?」


 と、おもむろにヨツラは剣の束から手を離す。

 あたりを見渡し、おれに向き直った。

 なにかを考えついたらしい。あのいやらしい笑顔になっていた。


「たしかに業界じゃあんたの評判は地に墜ちてるぜ。そして」

 次の瞬間、こいつは大声で大広間の客たちに叫んだ。

「お集まりの皆さん、しばらくお耳を拝借いたします! ここにおりますは、かの高名なる吟遊詩人、センギュスト・テイルその人であります!」


 場はすこし静まっても、大半はおれの名前を聞いて不思議そうに首をふったり、構わずまた話に戻る。キスルの一般人に『語り専門』の吟遊詩人であるおれの名はほとんど知られていないはずだった。


「えー、それでは。これより、みなさまには彼の珍しい双首のキリューグにより、いにしえの英雄たちの冒険譚を披露いたします!」

 近くにいた若者たちのひとりが、つまんなそぅと友人にささやく声も聞こえた。

 ヨツラはおれに顔を近づけ、小声で言う。

「さあ、舞台に立ちな、センギィ。ここの客はあんたの歌をどう評価するか見ててやるぜ。本業でも評判を落とさないようにせいぜいがんばれや。もちろん、逃げたっていいぜ? もっとも、吟遊詩人としちゃ、そのほうが再起不能かな」


 舞台は散々だった。

 ……というより、演奏や歌はまずくなく、普段通り、まあまあの出来とも言えた。


 問題は観客の好みにあった。


 おれの得意な曲はゆっくりした調べの弾き語りばかりだったし、伝統ある含蓄深い古詞であっても、ヨツラ一座の曲に熱狂するような観客にとって、それはさぞ退屈に聞こえたんだろう。

 演奏が始まるとまず例のハレェエルオーンが、はべらせた村娘たちと出て行き、その後みるみる客はいなくなっていった。歌奏したのはこの国の壮大な叙事詩『キスル建国秘史』だったのに、序盤のまだ国の形も定まらぬうち、大広間には酒場の片づけをしている宿屋の主人と、ヨツラ一座だけになってしまっていた。


 仕方なく、キリューグを爪弾く手を止めた。

 ヨツラはわざとらしく拍手し、やつの取り巻きもそれにならう。

 まばらなそれは客のいなくなった会場に虚しく響いた。


「客はあんたの歌をお気に召さなかったようだね」

 ヨツラは薄笑いを浮かべたままだ。

「やっぱり古曲はいいよねえ。……ふん、客が悪い、なんて言うなよ? 含蓄深い洗練された古詞の格調高い調べだったのに、あんたの歌はさっぱり受けなかった。おれたちのつくった中身のねぇ、勢いだけの曲の方が若いやつらの心をつかんだんだ」


 おれは黙っていた。


「あんたは時代の風をわからねえ、世間や若いやつらの気持ちもわからねえ。ただ自分の価値観を押しつけるだけだ。だから、もう剣士なんて育てられなくなっちまってるんだよ」

 なぜか、ヴォルフェーの最期を思い浮かべる。

「あんたはマーガルのことでおれを責めるが、あいつはあれで満足して死んでったんだ。みんながみんな、あんたの考える『伝説の剣士』とやらになりたがってるわけじゃねぇんだぜ」

 ヨツラは自分の仲間と共に大広間を出て行った。

「あばよ、センギュスト・テイル。もう会うこともないだろうよ」


 部屋に戻った。


 翌朝、だれよりも早く宿屋をあとにする。


人の多い巡礼街道をはずれ、キスルの広大な農地へ向かう小径を、宛もなく、ひたすらどこまでも歩きつづけていった。

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