ユニコーンの折れたツノはポケットの中へ07
「二人とも怪我はないかい?」
安っぽい双眼鏡を覗いたままでミナイが言う。
リンゴは誰も出て来ない状況に飽きてきたのか、レッドヒルとはあさっての方向を見ていた。
「リリィが首を締められたけど、なんとか大丈夫」
「良かった」
「良くねえよ。いいか。あの女は五階から一階までの天井全部ぶち抜きやがったんだぞ。サイコ女にパワフルモンスターのトッピングがついた」
「怖いのかいリリィ?」
「そうじゃねえ。次々と隠し球を出されたんじゃいつまで経っても捕まえられねえってことだよっ クソっ」
「まだ誰も出て来てないんだよね?」
「うん。いい加減ウチの目が乾いてきちゃったよ。リンゴはずっと鼻唄コンサートで代わってくれないし」
「貸せよ。アタシが交代してやる」
「ん。ありがとう」
「目を押しつける部分が……物凄く温かいぞ。オイッ」
「だろ? 次に使う人のことを考えて目に優しい」
「なあ。本当にまだあそこに居ると思うか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「仮にあの女がどんな物にでも、好きに穴を空けられるんなら、地下から下水道ってルートも可能じゃないか?」
「……うん。無くはない」
確かにそうだ。
待ち伏せに気づいていたのならそこまでしても不思議ではない。
もしそうなら私達が真剣に見張っているレッドヒルに、半田チカはもう居ない可能性が高い。
失敗。
やはり失敗だったのか?
今日はもう帰った方がいいのだろうか?
「ミナイ……今日の終わり方……教えて」
口を開いたのはリンゴだった。
いつになく真剣な顔をしている。
今日の終わり方とはどういう意味だろう?
「今日の終わり方かい? リンゴはせっかちだなあ。今日の終わりはリンゴが突然アイスを食べたいって言い出して、みんなでコンビニに寄って、四人でアイスを食べながら帰る。それが今日の終わり方さ」
そうだ。ミナイには今日が視えている。
リンゴは今日の最後がどんな終わり方なのかを聞いたんだ。
「アイス……食べる」
「あっ 誰か出てきたぜ。男二人と女二人」
「女二人はどう?」
半田チカの姿を直接見たのはリリィだけだ。
「ん〜いや、どっちも違うな。服装も髪型も違う。もっと細かった」
「見てもいい?」
「ああ。はいよ」
「あれ? なんだ……リキか」
「知り合いか?」
「うん。小学校からの幼馴染。ガリガリなのがコンプレックスで柔道部に入ったんだよね。全然昔から体型変わってないけど」
お酒でも飲んだのかリキは少しはしゃいで見えた。
楽しそうに話すリキを双眼鏡で捉え続ける。
今日もリキの背後には私が子供の頃から見続けていたリキに生まれ変わる前の前世が付き従うように寄り添って歩いていた。
「……そんな」
そこで私の頭の中にある一つの繋がりが生まれる。
そんなはずはない。
そもそも理由が分からない。
だけどそう考えると説明がつく事実が多過ぎる。
ばらばらのステンドグラスは徐々にその輪郭を見せ始める。
一度そうだと思ってしまった思考が引き返すのを拒絶している。
だけど、認めたくない。
間違いであってほしい。
連続で飛び出す否定。
願い。
心の叫び。
「みんな……聞いて」
「なんだよその消えそうな声」
「半田チカは……私の幼馴染の……」
「誰だよ?」
「……大同リキかもしれない」
「おいおいレイン冗談だろ? だってそいつ男だろ?」
決して冗談なんかじゃない
だって
背後に
リキの背後には
私にはリキに生まれ変わる前の前世が
視えているんだから……
ツノの折れたユニコーンが……
五月十七日
あの後、私はリキにあの場で直接コンタクトをとらなかった。というよりとれなかった。
それは、その事実をあの場で確認し、それを受け入れる勇気があの時の自分にはなかったのと、一度しっかりと整理すべきだと思っからだ。
あの後リンゴがアイス、アイスと繰り返すので、私の衝撃的発言を一時停止させ、何事もなかったかのように四人で狂ったようにアイスを食べながら帰ったのだった。
というわけで今日は、リリィ、ミナイ、リンゴを私の部屋に呼んでの作戦会議である。
作戦会議の前に、昨日の海外ドラマ並の終わり方で保留していた私の見解を、みんなに聞かせなければならない。
ちなみに満月が人語を理解し、最近進歩が著しい最新のテクノロジーを使った喋るロボットよりも発音良く、なおかつ聞いてもいないことまで長ったらしく話す猫であるということはとリンゴにさっき説明した。
それを聞いた途端に、リンゴは納豆の粘り気のような名前のランドにいる緑の服を着た永遠の少年のいつも横にいる妖精でも見つけたかのように目を輝かせ、猛スピードで抱きしめ
「コレ……ワタシ……ミツケタ……ダレニモワタサナイ」
と急に言語覚えたての獣のような口調で満月を保護した。
「じゃあそいつのことはリンゴに任せた」
「……ダマレ……ケガレタ……ニンゲンドモ」
「いつからリンゴは森のヌシになったんだい?」
「レイン。そろそろ聞かせろよ。お陰でアタシは寝不足だ」
「うん。まず私は半田チカをまだ直接見てないから、これから話すことはあくまで予想でしかないんだけど、半田チカの正体は私の小学校からの幼馴染、大同リキだと思う」
「アタシが見た限り、あれが男には一ミリも見えなかったぞ」
「平気で外を出歩くぐらいだから、本人も自分の女装にかなりの自信があった思う」
「なんで大同がレッドヒルから出てきた時にそう思った?」
「大同の前世か?」
リンゴに保護されている満月が静かに言う。
「そう。リキの前世はなんでかはわからないけど、ツノの折れたユニコーンなの」
「そういやあん時、ユニコーンがどうとか言ってたな」
「……レイン……前世が視えるの?」
「うん。はっきりくっきり」
「……私の前世は?」
「話がそれそうだから、それはまた後にしよう」
「エルビス……エルビスでしょ?」
「いや、ごめん。私にはそうは視えない」
「レイン。ウチから一つ質問があるんだけどいいかい?」
「どうぞ」
「ウチの記憶の中では、確かユニコーンは伝説上の生き物だったような気がするんだけど、それが前世ってどういうこと?」
「ふぁはははははははは」
満月が突然全力で笑い出す。
それはどこか人を小馬鹿にしたような乾いた笑いだった。
「あー笑ったな満月? ウチのことを馬鹿にしたんならあんたがリリィとレインに隠してる秘密、今ここで発表しようか?」
「おいおい勘弁してくれよ。いいか? 我々が知る神話や伝説上の生き物は全て大昔に人間が書き残した文章で得た情報でしかない。だが、それら全てが完全なオリジナルではない。ベースとなった物が存在する場合が多い。つまりレインが視たのであれば、ユニコーンのような生き物も確実に実在したということだ」
「そうなんだ。じゃあウチが今まで嘘っぱちだと思ってた、神話や伝説上の生き物が出てくる物語の中にも本当の話があるかもってこと?」
「まあそういうことだ。ただ今となっては確かめようがないがな」
「全てが嘘っぱちじゃないってのがウチは嬉しいな」
「そのことに関しては、私よりレインの方が良く理解しているだろう。なぜならこの世にいる全ての生き物は、全ての生き物に生まれ変わるんだからな。それとミナイ、自分で視たもの以外のことを信じようとしないのは悪い癖だ。そういった思考はいずれお前の身を滅ぼしかねない」
「わかってる。けどこれはウチの癖じゃない。子供の頃から視てきたから考える前にそうなっちゃうんだ。まあ今後は気をつけるよ」
「おい満月。お前のその上から目線で、何でもかんでも全部わかったような口調で話すのも、悪い癖だぞ」
「そうか? そんなつもりはないんだが……」
「話……脱線中」
リンゴが満月の頭に自分の顔をちょこんと載せながら、ベストなタイミングでベストな状況説明。
そんなツッコミに全員一瞬黙ってしまう。
「じゃあ話を戻すよ。私が半田チカをリキだと思う理由はまだある。それは待ち伏せを半田チカが知っていたということ」
「そうだ。奴は自分が待ち伏せされてるのを知りながらあそこに現れた。だけど奴はどうやってその情報を手に入れた?」
「簡単なことだよ。私とリキは幼馴染。リキは当然私のマインド@トースターのアカウントを知ってる。だから私が近藤にレッドヒルから部屋番号のメッセージを送ったのを見ていたんだと思う」
「なるほど。全て見られていたということか。レイン、わたしは女装という点に疑問を感じずにはいられないんだが……」
満月はリンゴに顎の下をムニムニされかなり喋りにくそうだ。
「どうして?」
「殺人を犯し防犯カメラや人の目を欺くためなら、それほど疑問は感じないが今回の事件は被害者全員が生きている。さらに被害者全員が彼女の正体は大同リキであるということを知っている。女装する必要性が感じられない」
「女の振りをして誘き寄せたかったとか?」
「もしそうなら言葉の通り振りだけで充分だ。わざわざ女の格好をする必要は無い。今回のようにマインド@トースターというSNSで文章のやり取りから始まったのならなおさらだ」
そう。
まだ全てがわかったわけじゃない。
私はリリィと話す半田チカの声を記憶の中からたぐり寄せ、忠実に再現させながら頭の中で再生させる。
やっぱり何度再生させてみても、ずっと耳にしてきたリキから発せられているとは思えない。
人間の声とははたしてあれほどまでに、劇的に変化させることができるものなのだろうか?
現時点では裏返されたままの、何枚かのトランプのカード。
「レイン。次はどうする? なにか考えはあるのか?」
「考えというか、幸いなことにリキの家はここから三軒となりにあることだし、外で見張って尾行して、女装したところを捕まえれば、言い逃れできないんじゃないかな?」
「できることと言えば、もうそれぐらいしかなさそうだな。酒井って奴の指がまだ元気良く動いていることを願うよ」
「うん。必ず酒井君をまた狙うはず。問題はあの床に空けた大きな穴を、どうやって空けたのか」
「まあわからないことは今考えても仕方ない」
「もし……もし、リリィの首が切断されちゃったら……それでも元に戻るの?」
「残念だけど今まで首を切断するような人間に、会ったことが無いからわからない」
「……だよね」
「安心しなよ。そんなことにはならない。ウチが保証する」
そんな千里眼の持ち主であるミナイの一言は、次第に暗くなっていったみんなを安堵させたのだった。
19時27分
早速私達四人はリキの家から少し離れた曲がり角からリキの部屋を監視していた。
今から約三十分前、リキの部屋に明かりが灯った。
まだ家からは出て来ない。
「今日……出てくる?」
「どうかな、何とも言えない」
私はマインド@トースターで夕霧フミカの書き込みを見ていた。昨日のもう着くよ。の書き込みを最後に更新はされていない。次に酒井君のアカウントである七角の書き込みを見る。
「おい。部屋の電気消えたぜ」
「え?」
七角の最新の書き込みを見る。
親のパシリでDVD返しに行ってくる
書き込んだ時間は一分前。
「酒井君がDVD返しに行ってくるって書き込んだ。一分前」
「やっぱりあいつ酒井を今日やるつもりだな」
私達四人の視線は大同邸の玄関ドアに集中した。
ゆっくりと玄関のドアが開かれていく。
視界から流れ込むその一瞬の光景が、頭の中ではなぜかスローモーションへと変換されていく。
出てきてほしくないと思う気持ちが、頭のどこかにあったからかもしれない。
白の七分丈パンツにグレーのTシャツといういつもの格好でリキは家から出てきた。
肩にはオリーブカラーのワンショルダーバックがかかっていた。
まっすぐ国道の方に向かって歩いて行く。
その動きに迷いは感じられない。
私達は息を殺してそれぞれの顔を見つめ合いながら、リキとある程度距離がひらくまで待った。
「よし。もうそろそろ大丈夫だろ行こうぜ」
「そうだね。行こう」
リキが歩いたルートを線路の上をなぞるように歩いて行く。
リキは国道の手前にある公園で立ち止まりトイレに入って行った。
公園の真ん中に浅い池があり、その池は誰が考案したのかなぜかイカの形を模して作られていた。
そんなことからこの公園で遊ぶキッズ達は、ここをイカ公園と呼んでいた。
十分ほどが経過した頃、夕葉商業の制服であるチェックのスカートと、紺のブレザーを着た女の子が出てきた。
「あいつだ。間違いない。あいつが半田チカだ」
「あれが……リキ?」
私はその顔を慎重に観察してみる。
薄く化粧はされているがその顔はほぼノーメイクに近いように見えた。
頭では理解していてもあの子がリキには見えない。
ほぼノーメイクなのに別人。
そう。まるで別人。繋がらない。
あの顔はもはや何か別の人格が乗り移っているとしか思えない。
リリィがリキには見えないリキに向かって歩き出す。
「もう終わりだ。大同リキ」
「……」
「おい。何とか言えよ」
「……大同リキって誰ですか?」
直接聞いたその細い声は、リキがベースとなっていることを完全に打ち消し、私を怖がらせた。
「もうやめようぜ。全部バレてる」
「どうして邪魔するんですか? あの時……言ったのに」
「止めたいんじゃない。消してやるよ。お前のそのサイコな思考を……」
「サイコなんて変な言い方やめて下さい」
「だってそうだろ? 人の指を切断するんなんて、サイコ以外他に呼び方ないだろ?」
「もう話たくありません。そこどけて下さい」
「おいおい。さっきのアタシの話聞いてなかったのかよ。もう終わりって言っただろ?」
「何が言いたいんですか?」
「お前があそこに着いても酒井には永遠に会えない。酒井は今も家にいるよ。あの書き込みはレインがお前を誘き出すために酒井に書かせたフェイクの文章だ」
「……」
「満月の言った通りだ。焦りは人間の判断力を著しく低下させる。様々なアカウントを使いこなしサッカー部の奴等を嵌めてきたお前なら、少し考えれば気づいたはずだ」
「……」
リキが走りながら消えた。
走り出すまでは確かに見えていた。
ただ人間の走るというモーションの途中、中間が認識できなかった。その動きは速いというよりも、ただそうあるべくして、そうあるというなんの変哲も無い逸脱だった。
リキは一瞬でリリィの背後に移動し絞め技の態勢に入った。
リリィは両腕を首の前に出し、その絞め技をガードしながら頭を思いっきり後ろに振り、リキの顔面に自分の後頭部を打ち付け距離をとる。
「悪いな。一度やられた技は無効だ。ワンパターンが嫌いなんでね」
少し楽しそうなリリィは、なぜか白い脱脂綿のようなもので巻かれた消しゴムサイズの物体三個を、上空に上げそれを手の平でキャッチするという動作を繰り返している。
それを見たリキの表情が驚きに変わっていった。
「い、いつのまに?」
「戦利品ってところか? こんなもんポケットに入れて持ち歩くなんて、やっぱりお前おかしいよ。左のポケットに入ってる方は遠慮しとく」
「……返して下さい」
「冷静に考えてみろよ。だってコレあいつらの指だぜ?」
「……返して」
「あいつらが知ったらトラウマ確定だろ」
「返せ」
「……」
リリィは無言で彼等の指を上空に上げ、キャッチする動作を機械的に続ける。
「かえせえええええええええぇぇぇぇぇぇぇー」
リキの掠れた叫びが響き渡った。
なぜか彼等の指はリリィにキャッチされることなくポトポトと地面に落ちた。
リリィの右手を見ると手首から先がすっばりと切断され、無くなっている。だけどリリィの足元に目を向けても手首はどこにも見当たらない。手首から大量の血液が流れ落ちる。
「くっ……今みたいにあいつらの指を切断したのか? もう一回やってくれよ」
リリィは空に向けて切断された右手をまっすぐ上げる。
夜を抱きしめ
闇を照らし
人を怖がらせ
人ではないものを呼び
そして
人を狂わせ
人を癒す
空にはリリィを祝福するように、綺麗な満月が自信たっぷりに輝いていた。
月の光を浴びて失われた右手が爪の先から再生されていく。
「……そんな」
「特別なのはお前だけじゃない。ただ単に自分以外の特別な人間を、お前が知らないだけだ」
「……私を……私を殺すんですか?」
「いや。お前がアタシを殺せないだけだよ。力尽き、その場に座り込み、泣き叫び、自分がしてきたことの無意味さに気づき、自分の信じて疑わない妄想が本物の妄想だということに気づき、最後に諦める。それで終わりだ」
「このまま……行かせてくれないんですね?」
「ああ。まだだ。レインも真実を知りたがってる」
「……そうですか……残念です」
本当に残念そうにリキはそう言って、リリィを見つめ目を大きく見開いた。
それを合図にリリィはリキに向かって走り始める。
二回の瞬きをする間に細くて雪のように白いリリィの左腕が消失していた。
切断されたリリィの左腕から赤いインクが大量に吹き出し、地面に完全な痛みをマーキングしていく。それでもリリィは走るのを止めずに、少し顔を歪めた程度でリキに向かって行った。二人の距離が徐々に狭まっていく。
リリィの右腕が細いリキの首を捕んだ。
「もう諦めろ」
「ぐ……はっ……なして下さい」
リリィの指がリキの首に食い込んだかと思うと、今度はリリィの五本の指が消えていた。
繰り返される消去と再生。
どうやって切断しているのかはわからない。ただリキにはもはや切断行為による迷いや躊躇が全く感じられない。
「さっさと諦めろよ」
「諦めるのは……あなたです」
「お前が何回アタシを連続で切断しても、お前の問題はきっと解決しないよ。そうだろ? お前の中身はもうぐちゃぐちゃだ」
その言葉を否定するようにリキはリリィを睨みつける。
リリィの両腕が消失し再生される。
もう何度目の再生なのかわからない。
両腕が再生中のリリィは体を反らしてリキの顔面に自分の頭を打ちつけた。
リキはバランスを崩し地面に倒れこんだ。それを見逃さずリリィはそのまま馬乗りになりリキの動きを封じる。
私はこれ以上こんな状況をただ黙って見続けている自分が想像できなかった
。
この戦いの終わりがわからない。
もういい。
こんなことに意味などない。
リリィとリキの元に歩み寄る。
「レインっ まだ近づくな。危険だ」
「リリィ……もう充分だよ」
私はリキの両手をとる。昔から変わらない私より何倍も綺麗な手が少し震えていた。
「……レイン」
「リキ……なにがあったのか全部話して」
「……」
「リキ……お願い。今話さなきゃ……沈み続けて……見つけられなくなっちゃう」
「……レイン、私は……私はあの人達が好きだった……人間として。同じクラスメイトとして。中学の頃、教室の窓からよく彼等のサッカーの練習を見てた。みんなとても輝いてた。体が細いことがコンプレックスだった私は運動部に入ることを最初から諦めてた。そんな私から見る彼等は眩しかった。なのに……それなのに……」
「なにがあったの?」
「彼等がもうドラッグをやめられないほどの体になっていることを知ってた?」
「……え? いや、そんなに酷かったとは知らなかった」
「ある日彼等がレッドヒルでドラッグをやっているとクラスの誰かが言った。その時私は彼等を止めるべきだとすぐに思ったの。学校中で情報を集め、私は彼等の解放された空間へ行ったんだ。彼等は完全に別の人間になってた。というか……あれは……獣」
「獣?」
「そう。その言葉以外に良い例えが浮かばない。私は彼等に薬を止めて帰ろうって言ったんだ。そしたら岸本がどこを見てるのかわからない拡大された瞳孔をヌラヌラと輝かせながら言ったの……全部……服を脱げって」
「……」
「その場で私が服を脱ぐことにどんな意味があるのかわからなかった。それから相木と酒井に抑えられて、岸本が私の服を全部剥ぎ取った。岸本から始まって私は……彼等全員に犯され続けた。数十時間か一日以上かわからなくなるぐらい。途中で何回かご飯を食べたりしたから一日以上経ってたかもしれない。相木がたまに岸本の腰の動きに合わせて、金属バットでカンカン、カンカン床を叩いてた。今もその音が聞こえる。彼等が食べるように飲んでたファーストファイヤーってドラッグを無理矢理飲まされたから、時間の感覚が無くって。そうして私の想いと大同リキという存在はあの悪意の充満した闇の中でたんなる……残骸になった。レッドヒルから出る時、岸本が普通にまた明日って言い残して帰って行った。他の二人は笑ってた。家に帰って湯船に浸かると激痛よりも先にお湯が真っ赤に濁ってた。赤の絵の具を使った後の筆洗のバケツみたいに……」
これが私の知りたがっていた真実だった。
カケラほどの救いすら見当たらない真実だった。
リキの言う通り、ねずみの死骸で増殖するうじ虫のような真実だった。
なぜ放っておけなかったのか?
なぜ知りたいと思ったのか?
なぜ巡り巡って私のところに話がきたのか?
なぜ私なのか?
なぜリキなのか?
どんな言葉を並べても後悔が圧勝した。
そう。
そんな後悔した自分も私は受け入れなくてはならない。
選択したのは他の誰でもない私なのだから。
「……私の沈む明日……好き?」
リンゴが悲しくも嬉しくもないそんな表現しがたい表情でリキの手を握り問いかけた。
「……はい」
「だけど……彼女の声は……あなたを救えなかった」
「そんなことないです。彼女の歌が無かったら、とっくにこの世に居ないと思います」
「……そう」
それだけ言ってリンゴは黙ってしまった。
彼女とは無力なれど羽抜け落ちるまでの叫びのことでである。
リンゴがなぜそんなことを言い出したのか全くわからない。
「リキ……その格好」
「いつも自分はここに居るのに、その場に居ないような感覚があった。本当の自分は鏡に映る大同リキを否定していた。誰もが男である大同リキを当たり前に認識し、女である中身の自分を認めてはくれなかった。でももういいの。大同リキはあの日レッドヒルで朽ち果てた。近い内に日本中が女の子としての私を認識することになる。だからもういいの。それよりレイン……どうやって私がこんな力を手に入れたかわかる?」
「……わからない」
「あの永遠にも感じたあの夜……犯され続けたあの夜。家に向かう帰りに真っ黒のスーツを着た人が私に近づいて言ったの。彼等の悪意を消す方法がまだ思い出せないんだねって」
「悪意を消す?」
「そう。少し怖かったけどもうでもよかった。だから消せるんですかって聞いたら、簡単なことだって、思い出すだけだって言ったの。でも私はその方法がわからなかった。そしたら彼が私の額に指を載せ四角を描いた。それで思い出した」
「……なにを?」
「自分の前世がユニコーンだったってことに」
「え!?」
「私は彼に救われた。名前は九門キゼンだったかな? 一度思い出せば簡単だった。1114年当時、人間が失いつつある沢山の能力を持つユニコーンには様々な役目があった。私の役目は一定量を超えた人間の悪意を身体の一点に集中させ、それを消すことだった。私のツノの先からでる黄金色の光は人間の悪意と混ざり合い中和されて消える。悪意を消すために自らの人体の一部を代償に捧げた人間は二度と馬鹿な考えを起こさなくなった。だから彼等の指を消したの。彼等を傷つけたかったわけじゃない。救ったの」
「……じゃあ彼等の夢は?」
「夢?」
「サッカー」
「レイン。彼等の指がちゃんとあったとしても、とてもじゃないけどサッカーなんてできる体じゃない。もう薬でボロボロなんだよ。彼等は一瞬の快楽に溺れ、自分達でその夢をドブに投げ捨てた」
リキは地面に転がった彼等の切断された指のある方に向かって歩いて行く。
ミナイとリンゴが立っているイカ公園の入り口を見るとなぜか隣に警察官が立っていた。
「レイン……警察呼んだの?」
「呼んでない」
人の良さそうな顔をした三十代くらいの警察官がこっちに向かって歩き出す。
「お前ら学生だろ。学校どこだ? 近所から苦情きてるぞ。おい何だその地面の血液。いいかお前ら、そこ動くなよ」
警察官が無線に手をかけた瞬間、右腕が消失した。
「……え?」
リキはイカ公園の真ん中にある小さな池に向かって走り出した。
警察官の右腕から炭酸ジュースのように血液が溢れる。
この場所からすぐに離れるべきか、それともリキを追うべきか、私は瞬時に判断できなかった。
少し遅れてリリィがリキの後ろを走って行った。
リキは小さな池に入るとなぜか逃げるのを止めて立ち止まっていた。
「くぅっ……至急応援を願いたい。こちら……」
おかしい。
リキが少しずつ池に入って行くがイカ公園の池はあんなに深くない。
大人でもせいぜい足のすね辺りまでの深さしかないはずだ。
なのに池の水はすでにリキの顎まで到達している。
「おい。待てぇ」
「ノアの箱舟には乗りたくないんです」
その異常な光景に私も池まで走った。
たどり着くと小さな池は真ん中がぽっかりと空いていた。リキはイカ公園の小さな池の底を消失させ地中に消えた。
リキは警察官の腕を切断してまでこの先なにをしようとしているのか?
その時私はふと思ったんだ。
リキと逢うことはもうないんじゃないかって……
その後応援のパトカーが到着し私達四人は状況を説明する為、苫小牧警察署に連れていかれた。
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