ユニコーンの折れたツノはポケットの中へ05

家に戻るとリリィが私の部屋に来ていた。

 MYマザーのレイコにはリリィが来たら、いつでも無条件で私の部屋に通すように伝えてある。

 部屋に入るとリリィが満月をベッドの上で抱きかかえながら、何やらお互い難しい顔をしていた。


「二人共どうしたの?」


「いや、今満月と人の指を切断するってどんな気持ちなのか話してたんだけど、満月の言うことが、アタシにはさっぱり理解不能なんだよ」


「私にも聞かせてよ」


「いいか。人体の一部を奪うという行為はそうとう昔から、人間が自然に行ってきた」


「たとえば?」


「罪人への刑罰だ。キリスト教では宣誓者は神に指を立てて誓うことから偽証罪を行った人間は、必ず指を切られた。マフィアの借金を期日に払うことの出来なかった人間も同様に指を切られる。この真逆の人間達がなぜ同じ行為を示し合わせたように実行するのか……?」


「相手に絶望感を与えるため?」


「それは違う。絶望を感じるのは指を切られた側の人間の勝手な思考だ」


「どういうこと?」


「人間の指を切断などしてはいけないということを、私達は本能で知っている。だがそれと同時に、してはいけないことをしてみたいという思考はどの人間にも必ずあるんだ。正義のための罰、秩序を守るためのみせしめこれらは単なる理由でしかない。つまり突き詰めて考えると、してはいけないことをしてみたいという本能の先にあるのは……好奇心だ」


「好奇心?」


「ああ。目の前で人の指が切断される瞬間を自分の目で直接見てみたいという感情、それが人間の指を切るという行為に向かわせた発端だ」


「半田チカもそれが理由だってこと?」


「サッカー部の数人になにかをされた半田チカは、かなりの精神的ダメージを負った。そのダメージが背中を押し、本来ならタブーとされる好奇心を、好奇心で終わらせられず、他者の指を切断するという異常を現実世界で実行した。私はそう考えている」


「サッカー部だから足の指、キーパーだから親指と小指を切ったんだろ?そんな難しい話じゃないだろ」


 満月を胡座の上に載せたままのリリィは、やはり納得いかないのか少し強めの口調で否定した。


「それは単なる理由だ。感情じゃない。自らの考えからスタートして、指を切断していると本人は信じて疑わないだろうがそうじゃない。そういう話しさ」


「今回の事件。アタシはそんな難しい話じゃないと思う」


「言ってみろ」


「本当は殺したいんだよ。もれなく全員」


「半田チカになにかをしたサッカー部の奴等をか?」


「ああ。何度も殺すことを考えた。考えに考え抜いた結果、捻れたエネルギーが絞り出した結論は多分殺す以上のことをするということ。考えてもみろよ、これからって時に指が切断されるんだぜ。それは二度とサッカーが出来なくなるってことだろ? 半田チカはただ殺すこととあいつらの足の指と、夢を同時に奪うという二つを天秤に掛けた。その結果がサイコ少女の誕生ってわけ」


「……65点」


「満月。前から思ってたけど、マジでその上から目線なんとかしろよ。ちっちゃくて上からなんて見れない奴が生意気だぞ」


「12点」


「なぁぁんで採点が継続されてんだよぉぉぉぉぉぉ」


 リリィは急に私のベッドで横になり、満月を両手で上にあげ高い高いを始めた。

「やぁあめろおおー それ気に入ってるのお前だけだからな」


 実は私も気に入っている。私は今日もこの二人に癒された。そして度々行われるこの幸せコミュニケーションを、またムービーに取り忘れてしまったことに気づいた。

「そう言えばなんで半田チカはマインド@トースター上でサッカー部の奴等をピンポイントで見つけられたんだ。あいつらは本名じゃなかったんだろ?」


 リリィが幸せコミュニケーションを続けながら淡々と言う。


「簡単なことだ。マインド@トースター上の彼等の名前を全て把握している人間ということだ。つまり犯人は彼等にとってごく身近な人物」


「レイーン。近藤って人から電話ー」


「は?」


 そんな話しをしていると、一階からMYマザーレイコの叫び声が地鳴りのように鳴り響いた。

 何回注意しても一階から私を呼ぶ声は常にレベルMAXの最大出力。

 娘の名前を教えていないはずの御近所の御婦人方に、娘さんのレインさんいくつになったの?と聞かれたレイコは、アホ面でどうして名前わかったんですか?と大袈裟に驚いてしまったというどう仕様もないエピソードを思い出される。


 どうしたもこうしたも


 全部


 オール


 あんたのせいだ。


 ゴミ収集車のアナウンス並のビッグボイスは御近所に鳴り響き、最も重要な個人情報である私の名前は、この辺一帯に限定すると、駆け出しの芸人よりも知名度が高い。

 これ以上被害を増やしてほしくない私は急いで一階に降りる。


「彼氏に携帯の番号くらい教えてあげなさいよー」


「彼氏じゃないから教えてないのっ」


「なあーんだ。つまんなーい」


 早く話したいから少し黙って貰いたかった。

 黒い受話器鷲掴み。


「どうやってこの番号入手したわけ?」


「そんなこと今はどうでもいい。今サッカー部のメンバーに話しを聞いた帰りだ」


「どうでもよくない。ちゃんと教えて」


 御近所一帯に私の名前が知れ渡ってるだけでなく、近藤に家の電話番号を知られるなんて……

 私の個人情報は壊れた蛇口のようにだだ漏れだ。水道修理の業者は私の家の住所を知らないのだろうか?


「上原だよ。ウエハラ」


 やってくれるぜポンコツ教師。

 まあいい。ことがことなので、今回の件は私の個人情報専門蛇口から流れる個人情報と一緒に水に流すとしよう。流すっていうか流れっぱなしみたいな。


「収穫あった?」


「おお。一人詳しくは話さなかったが、口を開いた。名前は酒井シン。レイン、こいつは今マインド@トースターで半田チカと接触中だ」


「まじ?」


「レイン。半田チカをレッドヒルに誘き出して……待ち伏せしよう」


「……うん。そうしよう。あんたはバカだから手順はこっちで考える。マインド@トースターで連絡しよう」


「アカウントは?」


「……ライターとマッチと溶けないアイス0303」


「なにお前、あんな音楽聞いてんの?」


「うるさい。憶えた?」


「憶えたけどめんどクセー メルアド教えろよ」


「もけ」


「は?」


 宇宙語であなたは地獄に落ちたら、意外な才能を開花させ活躍するわという私しか知らない言語を最後に受話器リバース。


「もけってなーに?」


 MYマザーレイコが心から不思議そうに聞いてきた。


「宇宙語だよ」


「レイン宇宙語話せるのー」


「うん。日常会話程度なら話せるよ。もけって言ってみて」


「もけー」


「ぜんっぜんっ駄目。そんなんじゃ宇宙人に笑われちゃうよ。はいもう一回」


「もけ?」


「違う違う。もけっつ」


「ズルーイ。ちょっと変わってきてるー」


 近藤からの電話が気になったのかいつの間にか1階に降りてきていたリリィが居間の入口の前で、複雑な表情をしている。


「……お前達親子は本当に大丈夫な親子なのか?」


「大丈夫な親子だよ。お互い風邪でダウンしてても、大体こんな感じだから」


「それ大丈夫じゃないだろ絶対。そんで近藤はなんだって?」


「とりあえず部屋に戻ろう」


 リリィと私は部屋に戻る。リビングからレイコの繰り返す、もけっつという声が聞こえる。どうやら練習しているようだ。


「なにかわかったか?」


 満月がベッドから降りながら呟く。恐らくリリィにイタズラしてほしくないという意思表示だ。

 それでもリリィは満月を抱き上げ、所定の位置であるベッドに再び腰を降ろした。


「うん。詳しくは話してくれなかったみたいだけど、酒井シンって人が、今半田チカと接触中みたい」


「どうする?」


「その酒井君に協力してもらって、レッドヒルで待ち伏せしようと思うんだけど、どうかな?」


「危険すぎる」


「大丈夫だよ。私には対サイコ女兵器。五月雨リリィがついてるから」


 満月がリリィを見るとリリィ満面の笑みを浮かべていた。


「はぁ リリィは別にいいがレイン、私はお前のことが心配なんだ」


「ありがとう。でも本当に大丈夫だよ」


「だがどうやって待ち伏せる。奴がどう動いているのかもわからないのに……」


「その前に、もう一回ミナイに会って話そうと思う」


「そうか。わたしに出来ることは……無さそうだな」


「そんなことないよ」


 満月は少し残念そうだった。

 リリィはそれから二時間後に家に帰った。帰り際のリリィは満月と別れるのが残念そうだった。

 そのことを笑うとリリィは恥ずかしそうに、そんなことは絶対ねえと言い切った。








 五月十四日


 放課後リリィとリンゴと私はミナイの病室に来ていた。


「その作戦、ウチは賛成しないね」


「どうして?」


「これからウチが言うことを真剣に聞くって約束出来るかい?」


「うん。約束する」


「結論から言うと、その作戦は……失敗に終わる」


「それも……もう視えてるってこと?」


「もちろんさ」


「じゃあその失敗した理由と、どうすればそれを上手く回避出来るのか教えてよ」


「やっぱりそうきたか。そうじゃない。そうじゃないんだ花園レイン。いいかい、世の中で起きるありとあらゆることは、そんな簡単には変えられない。変えられないんだ。一度起きたことを変えるのはどんなに些細なことでも不可能なんだ」


「一度……起きた?」


「そうさ。ウチが視たってことは、その事象はもうすでに起きたと言っていい。ウチがこの力を使えるようになってから、この事実が覆ったことは三島トマリの事件を入れても二回しかない」


「じゃあ私がここで、ミナイからなにを聞こうと、なにを考えようと、結果は……ミナイが視た結末に向かって収束……していく」


「残念だけどそうなる」


 頭に浮かんでいたチャンスという文字が、砂のお城みたいに崩れて行くのがわかった。

 体が一気に重くなる。

 考えるのをやめようかとも思ったがそういうわけにもいかない。

 そうして考えに考えて作戦を実行した。





 結果は完全に失敗だった。






 ミナイのことを信じていなかったわけじゃない。


 どうやってもそうなるのなら足掻いても無駄だと思ったのだ。


 今ならわかる。


 この時まで私は


 なに一つ理解などしていなかったということを――



 五月十五日

 退屈な授業を乗り切り、私とリリィはあの高台に向かっていた。

 昨日病院を出てからもミナイの言葉が頭の中で繰り返された。

 一度起きたことは簡単に変えることは出来ない。

 ミナイに私の考えを伝え、協力して貰おうと思っていたけど、奈落の底に勝手に落ちていった私はそんなことさえ綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

 半田チカを捕まえることが失敗に終わる。

 すでにそれが起きたことであるのなら私が全てを投げ捨てて関係者各位に終了宣言を伝え、みんなからくる全ての連絡を拒否し、部屋で引き篭もっていたとしても、私の意志とは関係なく物事はミナイの視た結末に向かって動き続けるということになる。

 正直気が変になりそうだった。

 どんなに考えを巡らせても先が全く見えない。

 出口のない迷路をぐるぐる廻っているような気分だった。

 時限爆弾が起動するスイッチを知らないうちに押した私は、その爆弾が載せられたテーブルの前に座り、デジタルの数字が爆発に近づくまでカウントされていくのをただ座って見ているしかない。

 そんな絶望的な状況。

「なにを考えてるレイン。急に黙って」

 私より少しだけ速く歩くリリィが言う。

 リリィはいつも歩くのが速い。

 他の人と歩いてもそうは思わないということは、私の歩くスピードが極端に遅いということはないと思う。

 ただそれが不快であるというわけでは決してない。どちらかと言うと、むしろ心地良い。とても心地良いのだ。それは常に彼女に引っ張られているような感覚があるからだ。

「ミナイの話を想い出すと……なんか……憂鬱で」

「なんだよ。そんなことかよ」

「……そんなことって」

「だってそうだろ。半田チカを捕まえる今回の作戦、失敗も成功もしなかったらどうなる?」

「どういうこと?」

「だからさっ 失敗だったとしても、その結果を通過しなきゃ 次に話が進められないだろ?」

「……そうか」

 そうだ。

 それが失敗してもゲームオーバーじゃない。

 それぞれの人生の道は続いていく。

 願わなくても次の日はいつだってあっち側から勝手にやってくるのだ。

「レインは本当に、ナイナイ、ナイーブちゃんだな」

「私もリリィみたいに、ポジポジ、ポジティバーになりたいよ」

「ナイナイ、ナイーブの方がちょっと、かっこいいな」

 緩やかな上り坂を越えてようやく高台に到着。

 リリィ&レインのMY丸太椅子に二つの人影が見える。

 そのシルエットには見覚えがある。

 徐々に近づくとはっきりとした二人の姿が確認出来た。

 ミナイとリンゴだ。

「ミナイ。なんでここに?」

「なんでって、この場所はウチとリンゴのリラクラゼーションスペースだからに決まってるじゃんかっ」

 リラクラゼーションとはなんだろうか?

 なんかくらくら眩暈がする場所ってこと?

「ふざけんなっ この場所はアタシとレインの場所なんだよ。アタシとレインなんて、この場所に週四は来てるんだからな」

「週四? 笑っちゃうね。リンゴ言ってやってよ」

「……ほぇ?」

 明らかにリンゴは予想外な顔をしている。ここで決め台詞的な言葉なんてありましたっけ?みたいな。

 ミナイが少しムッとした顔をしながらリンゴに耳打ちを始める。

 このネタまだ続いてたんだ。

「ミ……ミナイ様……本当にそれ、言わきゃ駄目ですか?」

「……」

 ミナイが無言で頷く。

「ミナイ様が……ウ……ウチらは週八で来ている……と言っておられまして……」

「……」

 あまりに予想外の発言だったのかリリィはすぐに返答することが出来ない。

 頑張れリリィ。

「すげ〜な。千里眼を使うミナイともなるとやっぱ違うな。本来七日間しかない一週間を一日延ばして八日間にするとは。時間超越しちゃうんだ。時の賢者だな」

「ま……待った待った、今のなしなし」

 ミナイ様は自らの宇宙的間違いに気づき顔が真っ赤になっている。

 リンゴは手で口を覆っていた。

 そこからプスープスーというミナイ様を侮辱する空気が漏れている。

「ミナイ、退院したの?」

「それはまだ少し先。今日は外出許可を貰ったのさ」

「リリィと私が、今日ここに来るのが視えたってこと?」

「いや視えてないよ。この場所はグレーの猫に襲われる前から、ウチとリンゴでたまに来てたんだ。それにウチとリンゴが出会った大切な場所でもある。君達が奇跡的に出会ってここを大切に思うのと同様に、ウチとリンゴにとっても大事な場所なのさ」

「じゃあ私達四人にとって、大切な場所ってことだね」

「フフフ……そうだよ」

 この高台に初めて来た時のことは今でも覚えてる。

 妙な感覚だった。

 デジャヴのような、だけどデジャヴとは違う、その場所から私に流れ込む正体不明の感覚。

 その感覚は私の足をその場所で縛り付け釘付けにした。

 思い返して見ると実ににまぬけな話ではあるけれど、私はこの高台をす  ぐに離れることが出来なかった。

 三十分ほど丸太椅子に座っていたと思っていたのに、空が夕焼けに変化して初めてこの場所を訪れて五時間が経過していたことに気づいた。

 そんな不思議な場所に出会ったことは今まで一度もなかったので、この場所になにか運命のようなものを感じていたのかもしれない。

「作戦はいつ決行するか決めたのかい?」

「うん。明日……土曜日の……夜」

「そうか。決めたんだね」

「酒井君には申し訳ないけど、出来るだけのことはするつもり」

「それで良い」

「ミナイとリンゴにも協力して貰いたいんだけど、どうかな?」

「当然。ウチらもそのつもりさ」

「ありがとう。良かった」

「花園レイン。五月雨リリィ。ウチらはもう友達だ」

 その言葉にリリィは少し照れ臭そうに笑った。

 その横でリンゴがうんうんと大袈裟に頷く。

 なにものかに呼び寄せられるようにここに集まった私達は、この時得体の知れない結束力で繋がった。

「それで、ウチとリンゴは何をすれば良い?」

「外で見張っててほしい」

「もし半田チカが出てきたら、ウチとリンゴで捕まえるってことかい?」

「うん。そういうこと。リンゴ大丈夫?」

「……いける」

「アタシはどうするレイン」

「リリィは半田チカと酒井君が待ち合わせる部屋で酒井君と入れ替わる」

「アタシはダミーか」

「最悪の状況になっても、リリィなら最悪にならないから」

「りょーかい」

「それと連絡用に携帯番号を交換しよう」

「これがウチの番号」

「……見える?」

 ミナイとリンゴのスマートフォンに表示されている携帯番号をリリィと私は入力しお互いの番号を交換した。

「じゃあ明日の夜七時にここに集合」

「りょうかーい」

「じゃあね」

「……張り込み……ドキドキ」

 そうして私達は明日を通過するため、失敗を通過するため、次に物語を進めるために歩き出す。

 どんな物語にもエンディングは存在している。

 それがどんなエンディングであっても、真実を知りたいという下らない自分の好奇心でこの物語に介入することを選んだ私にはそれを見て、口を開く責任がある。

 彼女よりも本当にイカレテいるのは

 私の方なのかもしれない。

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