ユニコーンの折れたツノはポケットの中へ04

五月十三日


 私は近藤に呼び出されて、再度屋上でのランチタイムとなった。

 近藤は焼きそばパンとカップ焼きそばを交互に食べている。日本で大量に廃棄された焼きそばの霊にでも取り憑かれているんだろうか?

 今回はリリィもいる。理由は近藤とのタイマンランチタイムを回避するためだ。それとリリィにもこの件に協力して貰っているので私の独断でこの場所に呼んだのだ。

 リリィはそんな近藤の姿を、雨の日に外に捨てられた子犬を見るような目で見ていた。


「レイン。二人目が出た」


「二人目?」


「ああ。またサッカー部だ。名前は相木マモル。俺達と同じ一年。手の親指と小指を左右二本づつ切断された」


「手? 足の指じゃなくて?」


「ああ。こいつは岸本と同じで、中学の時からの友達なんだけど、相木は中学の時からサッカーのキーパーをやってたんだ」


「だから指なんだ。私はサッカー部の何人かが、半田チカに何かをしたと考えてるんだけど近藤、あんたはその辺の話し、岸本君から聞いてないわけ?」


「俺も散々聞いたさ。けどあいつは何もしてないとしか言わねえんだよ」


「そんなの絶対嘘だよ。昨日病院で偶然岸本君に会ったけど、絶対なんか隠してる感じだった」


「話したのか?」


「うん。でもほとんど何も教えて貰えなかった」


「……そうか」


「近藤は詳しいことは、なにも知らないんだよね?」


「当然だろ。知ってることは、レインに全部話してる」


「本当に岸本君と友達なの? それでも友達って言える?」


「本当の友達だから……言えないこともあるんだろ」


「アタシが気になるのは、その相木って奴が、どこで指を切断されたのかだ」


 落下防止の柵に背中を預け、無言で私と近藤の話を聞いていたリリィが疑問を投げかける。

 屋上は立入禁止なので、外や屋上が見える場所にいる人達から見つからないように出来るだけこそこそしなくてはいけないんだけど、リリィにはどうやらそんなことは蚊に刺されたぐらいどうでもいいことのようだ。


「岸本と同じでレッドヒルだ」


「相木は岸本がレッドヒルで足の指を切断されたのを知らないのか?」


「いや知ってる」


「どういうことだよ。なんで同じサッカー部のメンバーが足の指切断された場所にのこのこ行ったんだよ。お前の友達は本当馬鹿ばっかだな」


「相木が言うには、マインド@トースターでの相手の名前が、半田チカじゃなかったから気づかなかったらしい。相木がまんまと釣られた犯人のマインド@トースター上での名前は、私の沈む明日だってさ」


 私の沈む明日。


 私の大好きな彼女の曲のタイトルだ。


 犯人はどうやら無力なれど羽抜け落ちるまでの叫びのファンらしい。


「別アカウント?」


「だろうな。そいつには斗明学園の生徒だって聞いてたらしい。なんでもマインド@トースター上で恋愛の相談にのってたとか」


「なるほどな。それで男子高校生のはちきれんばかりの下心を鞄に詰めてなんの疑いも無くレッドヒルに向かったと」


「まあ、わかりやすく言うとそうだろうな」


「お前はそいつと話したのかよ?」


「ああ。電話で少しな。斗明学園を自主退学するみたいだ」


「事件のことは?」


「浄化された魂がどうのって繰り返してたな」


「岸本も確かそんなこと言ってたな」


 指を切断された二人は、多分半田チカと会った時にその正体に気づいたはず。だけどなぜやられたままで沈黙するのか?

「近藤。私思うんだけど、岸本君も相木君も、指を切断されたのにどうして警察に通報しないのかな?」


「半田チカにしたなにかが発覚することにビビってるんだろ」


 そう。


 彼等は沈黙に値する行為を半田チカに実行した。


 だから彼等はそのことを教師に相談することはない。


 もちろん友達にも。


 警察に行くことも出来ない。


 当然本人への報復も出来ない。


「半田チカになにかをした人間が、岸本君と相木君の他にもいるのなら、状況を説明して、協力してもらうことって出来ないかな。先手を打てばなんとかなると思うし」


「だけどその三人目がわかったとして、そいつが全部正直に話すか?」


「だからその方法を考えるのっ」


「それになんとかなるって、相手は足とか手の指を切る奴だぜ。マジでなんとかなんのかよ?」


「まあ、お前じゃ無理だわな」


 リリィがまるで全人類の総意とでも言いたげ顔で近藤に言う。


「うん。無理だわ。無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」


「おいっ 俺に出来るか出来ないかは、今はどうでもいいだろうがっ それとそんなに無理を連呼するもんじゃないぜ。なんかリムって聞こえてくるよ」


「近藤……リムってなに?」


「いやっ 知らねぇよ」


「まあそんなに気にすることないよ。別に近藤が悪い訳じゃないんだし」


「……」


 近藤の人格がこれ以上否定されるのを阻止するかのように、昼休み終了を告げる予鈴が鳴り始めた。

 私達はダラダラと教室に戻る。

 自分の席に座ると小学校から家が御近所という理由で、なんだかんだ家族ぐるみで長いこと縁のある、筋トレマニアの大同リキが珍しく話しかけてきた。


「なあレイン。次の授業の教科書借してくんない?」


「はあ? なんで私が?」


「お前どうせ寝てるだけだし、教科書見ないじゃん。昨日教科書隣のクラスの奴に貸したんだけど、そいつ今日休みやがったんだよ」


 酷い言われようだ。

 人に物を借りようとしている人間の発言とは思えない。

 そもそもそいつが休んだことと私に、一体どんな繋がりがあるのだろうか?教科書を借りたことを忘れて休むような奴に、教科書を貸したリキの全面的なミスではないだろうか?

 こいつのように自分勝手な人間が地球には多過ぎる。

 だから日本のGDPはうんたらかんたらなんだ。

 戦争がいつまで経っても無くならないのもそうだ。


「勝手に寝てるって決めつけないでよ。寝てる振りしてる時だってあるんだから」


「結果教科書は見てないじゃん」


「はい。パラパラ漫画とか書かないでね」


 リキに仕様がなく教科書を渡す。

 こいつそこまで真面目に授業に取り組むような奴だったっけ?単なる熱血柔道馬鹿だと思ってたけど。


「サンクス。助かるよ」


「急にどうしたの?」


「なにが?」


「人格変わった?」


「バカ。お前はいつも寝てっから知らねえだろうが、俺はいつだって授業真剣に受けてんだぜっ」


「へえ。知らなかった。なんとなく空気椅子でもやりながら、授業受けてんのかと思ってた」


「そこまでして、体を鍛えたいと思ったことはねぇ」


「様々な伝説を残した偉人達の顔に落書きとかしないでね」


「するかっ」


 少しだけ不愉快な顔でリキは自分の席に戻る。


「花園さん。ちょっといい?」


 そのタイミングを見計らって今後はタララが話しかけてきた。どうやら今日は人に話しかけられる運命にあるようだ。


「なにかな?」


「今日一緒に帰らない」


「え? 私と?」


「そう。駄目かしら?」


「いいけど、どうして?」


「花園さんのこともっと知りたいし、私のことも、もっと知って貰いたいから」


「……うん。わかった」


 なんの迷いもなくまっすぐに発言されたその言葉がなんだか少しだけ恥ずかしかった。なにか相談事でもされるんだろうか?FRRE人生相談を始めた覚えはない。だけど無理に断る必要もないと思った。

 入学してからほとんど話すことがなかったタララがどんな人間なのか、私は少し気になっていた。


「家ってどの辺?」


「八夜衣町よ」


「海沿い?」


「そう。田辺歯科の近く」


「じゃあレッドヒルも近いよね?」


「そう。それだけが最大に不愉快。本気で親に引っ越しを頼んだのが、今まで三回以上あるわよ。まさか花園さん、あのカオスな野生猿の集まる廃墟に行ったことあるの?」


「ないない」


 カオスな野生猿の集まる廃墟。


 中々の表現だ。


 というより事実だ。


「そう良かった。じゃあ放課後」


 黒縁メガネの位置を直しながらタララは会話を終了させた。

 午後の授業が始まると欠伸が出始める。

 英語担当教師の間宮マミことマミマミが、教室をぐるぐると歩き回りながら、お世辞にもうまいとは言えない、日本人特有の絶対本場では通じないであろう日本英語をどや顔で私達に読み聞かせてくださる。


「あら花園さん。あなた教科書はどうしたのかしら?」


「必要ないので家の押入れの奥にしまってきました」


「あらあら、まあ大変。困ったわねえ」


「……」


 前から気にはなってたけどなんなんだ?この喋り方。

 即興劇でも始まったのだろうか?


「次の英語の授業までに、押入れから出してきてちょうだいね。今日はミスター近藤に見せて貰いましょう」


「ちょ……それは」


「はい。席をドッキングしてちょうだいね〜」


 その発想は無かった。


 それは、教科書を借りたことを忘れて休むような奴に、教科書を貸したリキの全面的なミスをカバーした、私のミスだった。


 近藤の少し恥ずかしそうに机をくっつけてくるその顔に、完璧な殺意が生まれたのは言うまでもない。


「チッ」


「なあレイン」


「フェイスが近いよ。近藤」


「ああ。ソーリー」


「なに?」


「俺今日の放課後サッカー部に行ってみるよ。誰か一人ぐらい、ことの真相を話す奴がいるだろ」


 私は出来るだけ小声で話した。


「近藤が半田チカに何かをした三人目を見つけたと確信したら、そいつにこう言うってのはどうかな。三人目は殺すって相木くんにメールが来てたって」


「嘘つくのかよ?」


「そう。殺されると思えば、今後色々警戒して行動するだろうし、全部話すんじゃないかな?」


「オーケー やってみる」


「グッドラック」


 ミスター近藤との作戦会議をしていると、英語の授業はあっという間に終了した。

 なんとかその後の退屈な授業を教科書もノートも開くことなくこなし、放課後を迎えた。








 私は約束通りタララと帰り道を歩いていた。

 太陽よりも眩しい青すぎる空と、たまに吹く緩やかな風が初めて帰る者同士のぎこちなさを笑っていた。


「花園さん。私のことどう思う?」


「……どうって……真面目かな」


「……真面目か。私ね、昔からお父さんが嫌いだった。すごく厳しいの。父親としても嫌いだし。刀鍛治の職人としてのお父さんも嫌い」


「刀鍛治……継ぐの?」


「どうかしら。お父さんはそう言ってるけど、私のことは絶対に……認めないから。花園さんは刀鍛治がどんな仕事をするか知ってる?」


「よくは知らない。鉄を何回も叩くってことぐらいしか」


「そう。何百、何千、何万とカンカン、カンカン叩き続けるの。今自分が何をしているのか判らなくなるまで。あの音も嫌い。毎日あの音を聞くたびに、イライラするわ」


「嫌いならやめなよ。自分の意志を曲げてまで、後を継ぐ必要はないんじゃないかな。父親だったとしても、強制させられていいものが生まれるとは思えないよ」


「そうよね。ありがとう。でも……そんな単純じゃないのよ」


「そうだよね。だけど自分の人生だよ」


「そう……私の人生。今日は一緒に帰ってくれてありがとう。それと花園さん、レッドヒルには絶対に近づかないでね」


「え?」


「あなたみたいな人には、あんな場所に行ってほしくないわ」


「行かないよ」


「そう。よかった。また明日」


 タララがまっすぐ向かう家は、簡単に家という言葉では片付けられない雰囲気があった。

 お屋敷。

 そんな言葉でも少し申し訳ないぐらいの大きな日本家屋だった。

 タララが急に立ち止まり振り返る。






「笑わないで聞いてね。私多分……近いうち人を殺すわ」






「え?」


「そんな……そんな気がするの」


「なにそれ。なにかのセリフ?」


「ばれたか……今読んでる小説のセリフ」


「やっぱりね。でも少しビックリした」


「じゃあまた明日」


 そんな冗談を言ったタララの笑顔はどこか痛々しく


 虚しくもあり


 触れれば一瞬で壊れてしまう


 そんな逃げ場のない


 笑顔だった。

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