ユニコーンの折れたツノはポケットの中へ03

病院に到着するまで彼女が口を開くことは無かった。

 彼女についての情報は怪しげなドリンクを飲むドジっ娘ということ以外現時点では不明である。

 苫小牧市立病院は誰もが欲しがる超激安のタイムセールでもやってるんじゃないかと思いたくなるぐらいに、今日は混雑していた。

 吾輩は猫であるが中身は人間である。と昨日言っていた満月は病院の中に入れないので当然外で待機。

 猫型ロボットの振りをして、一緒に病院内に入るという案がリリィから出たものの、彼女に聞こえないような小さな声で、そんな特殊能力は持ってないと満月は呟いた。

 名前不明の彼女はエスカレーターには向かわず、受け付けの隣にある、病院の案内図を高校の合格発表でも見るような表情で見つめている。


「お前、白須ミナイのお見舞いに来るの初めてか?」


「……三回目」


「え?」


「た……ただの……確認」


「嘘つけっ」


 彼女は少し顔を赤くしながら、エスカレーターに向かったが、どんなに真剣な顔をしていても、下りのエスカレーターに乗ったのでは永遠に目的の階に辿り着くことは出来ない。

 普通ならすぐに気づきそうなものだが彼女の顔は至って真剣だ。リリィは溜息をついて彼女の肩に手を載せて、上りのエスカレーターまで誘導する。


「お前本当はわざとやってるだろ?」


「……」


 彼女は何も答えずエスカレーターに身を任せている。

 よほど恥ずかしかったのか、リリィの言葉にスルーを決め込んでいた。

 前からドジっ娘、リリィ、私の順番でエスカレーターに乗っているのでここからでは彼女の表情はわからない。


「なあ。聞いてんのかよ。わざとだろ?」


「……」


 再度スルーされる。

 二回も無視され、納得いかないリリィが彼女の肩を叩く。


「だから……」


「……ん?」


 振り返る彼女の顔は今日使うお風呂の入浴剤を何にしようか今まで真剣に考えてましたといった具合だ。

 どうやら彼女は恥ずかしかったわけでも、無視していたわけでもないようだ。まるで聞いていなかったらしい。彼女の一点の曇りもないその瞳にリリィは追求を放棄。

 三階に到着すると彼女は私の記憶している白須ミナイの病室とは違う、一番手前にある病室の扉をなんの迷いもなく開けて入っていった。

 リリィと私は念のためドアの横につけられた、名前の記入されたプレートを確認する。







 蒼樹ショウキチ







 そう書かれている。

 中に入った彼女を見ても焦り出す様子はなく、窓を少しだけ開け、蒼樹ショウキチさんと思われる、老人のベッドの横に置かれたパイプ椅子に無言で座る。

 当然この部屋に白須ミナイの姿はない。

 名前のわからないドジっ娘に連れられた先には、名前しかわからないお祖父ちゃん。

 まるで異世界にでも迷い込んだような不思議な感覚に襲われた。


「おい。白須ミナイのお見舞いじゃないのかよ? このお祖父ちゃんは誰なんだよ?」


「このじいさまは……私のじいさま」


「え? マジ?」


「そう……ついでだから」


 白須ミナイの方がついでなのか、それともこのじいさまの方がついでなのかわからないが、どちらにしろもう少しじいさまに気をつかって発言して貰いたかった。

 そして古き良き時代よりさらに昔の呼び方に違和感を覚えた。


「今日も来てくれたのか。ありがとう」


「……うん」


「綺麗だな」


「この花……知ってる?」


「ああ知ってるとも。カロライナジャスミンだ。絶対に口に入れてはいけないよ。カロライナジャスミンには毒がある」


「……うん。わかった」


 そう言って彼女は立ち上がると、窓際に置かれた花瓶に六本のカロライナジャスミンを差した。

 じいさまはその様子を、春の暖かさのような瞳で見ている。


「じいさま……今日は……体調良い?」


「良くも悪くもないな」


「……明日も来るけど……欲しい物とかある?」


「無いな。いつも言っているが、お前が来てくれるだけで十分だ」


「‥‥わかった。じゃあね。じいさま」


「おう」


 彼女は立ち上がり病室から退室した。リリィもじいさまの顔を数秒見てなにも言わずに退室する。

 二人のじいさまに対してのクールな態度に虚しさを感じつつ、深く一礼してから病室の扉に向かった。


「おい。あんた」


「はい?」


「あんたは、あの娘の友達だろ?」


「……まだ知り合ったばかりですが……多分友達です」


「あの娘は少し、おっちょこちょいな所があるが、それでも見捨てずに、友達でいてやってくれないか?」


「……はあ」


「あの子はそれと引き替えに、とても素晴らしい才能を持ってる。そのことを知れば、あの子ことが絶対に好きになるはずだ」


「……その才能に私が気づけるかわかりませんが……覚えておきます」


「そうか。まあ気づくもなにも恐らくもう知っているはずだ。とにかく頼んだよ」


「……知ってる?」


「ああ。多分な」


 このじいさまは、一体なんの話をしてるんだろう?まるで訳がわからない。


「‥‥失礼します」


 そう言い残してじいさまの病室を退室した。

 廊下で私を待っていてくれてると思ったが、リリィとドジっ娘の姿はすでに無く心優しい二人に溜息で応戦し、白須ミナイの病室を目指す。

 扉を開けると白須ミナイは私が到着するのを待っていたらしく、ガッチリと視線が重なった。


「遅い。遅いよ花園レイン。病人を待たせるんじゃないよっ」


「まず彼女が何者なのか、説明してほしいんだけど」


「こいつはウチの弟子みたいなもんさ。名前は蒼樹リンゴ。弟子って言うかマネージャーっていうか親友だね」


 どれが正解なんだよ。


「蒼樹……リンゴ?」


「そう。変わった名前だよね」


「うん。だけどすごく素敵な名前だと思う」


「聞いたかいリンゴ? 素敵だってさ」


 バイプ椅子を出していたリンゴの動きが一瞬止まり私に軽く会釈する。


「それで何の用?」


「花園レイン。また変なことに首突っ込む気だね。ウチの目は誤魔化せないよ」


「いや、誤魔化すつもりなんてないよ」


「あれ? そうなの?」


「うん。今回の事件その千里眼で見た情報を、全てさらけ出しちゃいなさい。それで解決」


「そこまでやるのはウチのプライドに反するよ」


 プライドあるんだ。


「じゃあどこまでならいいの?」


「ウチだって全てが視えるわけじゃない。ただ今回は絶対にやめた方がいいよ。結末は花園レインの想像を超えるよ。きっとね」


「ヒントぐらい教えてよ」


「わかったヒントね。ちょっと考えさせて。う〜ん」


「……」






「………」







「…………」







「……………………」







 正直もう帰ろうかと思った。

 本当は何一つ視えてないんじゃないだろうか?

 リリィはリクライニング式ベッドに取り付けられた、テーブルの上にあるミナイの雑誌を読み始めていた。

 表紙を見ると週間少年トレースの文字が光る。この漫画は少年から、少年の気持ちをいつまでも忘れない大人まで幅広い層に支持され、今尚、少年漫画の中で不動の地位を誇っている雑誌である。

 リンゴはリンゴで、ミナイが読んでいた髪の長い骸骨女が表紙の小説を、真剣に最後のページから逆に読んでいた。


 マズイ。


 これは危惧すべき事態だ。


 部屋には四人の人間がいる。


 そのうち半分が本を読み始めている。


 こんな状況に再びこの私が立ち向かわなければならないなんて。

 友達と遊んだ時に何度か経験したけど、これは最も回避しなければならない最悪の状況だ。

 この状況で本を読み始めた二人は、同じ空間にいる自分以外の人間を否定したということにならないだろうか?

 私はこんな状況をある時からそう結論付けたのだ。


「ねぇまだぁ? いつまで考えてんの?」


 私の記憶が確かならヒントを要求したのは私。

 アンサーを答えるのがミナイ。

 それがどうだろう。これではまるで私がミナイに超難解なクイズでも出したかのようである。


「よし。わかった」


「はいはい。それではどうぞ」


「出血。お風呂」


「はあ?」


 ミナイは散々人を待たせておいて、一体何を言っちゃってくれちゃってんだろうか。


「レイン帰ろうぜ。今はっきりとわかった。アタシ達はこいつに会うべきじゃなかった。じゃあなヘッポコ千里眼使い」


「うん。そうだね。時は金なり。ミナイは無能ナリ〜」


「なんだよもう。ちくしょう。教えろって言ったのそっちじゃんか。お代はしっかりと払って貰うからね。リンゴっ」


 顔を真っ赤にしたミナイの言葉にリンゴが近づく。

 ミナイはリンゴの耳に手を当て、なにやらごにょごにょと耳打ちを始める。

 この下りめんどくさ。

 直で言え。

 リンゴが大きく頷き私とリリィに強い視線を放つ。


「ミナイ様は一階の売店で売られている、苫小牧市立病院ナンバー1の大人気スイーツ。絶品。とろけるプリンが丸ごと入ったシュークリームを購入して下されば、現金での支払いは免除すると言っておられます。なお、逃亡の可能性を考慮し、ミナイ様も同行すると申しております」


「リンゴの急にハキハキした口調も含めツッコミどころ多過ぎ。そもそも料金が発生するとか聞いてないし」


「めんどいなぁ でもそれでミナイとサヨナラ出来るならいいか。さっさと行こうぜ」


 そうしてミナイはリンゴに肩を借り、松葉杖を使ってリリィと私の後ろをおっかなびっくりゆっくりとついてくる。

 一階にあるこじんまりとした売店に到着すると、リンゴがシュークリームに向けて手を出す。


「こちらの商品になります」


 だろうね。

 全開で見えてるし。

 苫小牧市立病院ナンバー1の大人気スイーツってわりにはシュークリーム山盛りだし。

 シュークリーム専門店かと思ったし。

 仕様がなく私が代金を支払い、全く売れた気配の無いシュークリームをミナイに渡す。

 よほどさっきの小芝居が気に入ったのか、ミナイは再びリンゴに耳打ちを始める。


「ミナイ様は病室までの見送りは、遠慮して欲しいとおっしゃられています」


「ふざけんなっ 最初から行く気なんてねえ」


 爆発寸前のリリィ。

 リンゴは明らかに笑いを堪えている。

 その時ミナイの表情が一瞬で緊張へと変化した。視線の先は明らかにリリィと私よりさらに奥を見ている。今までの冗談を帳消しにする何かを悟った表情に、私は視線をミナイの見ている辺りに向けた。

 そこには松葉杖で歩いている一人の男子の姿があった。


「おい。急に固まってどうしたんだよ」







「……岸本……ミツル」







「え?」


 彼が岸本ミツル?


「本当かよ。わざわざ探し出す手間が省けたな」


 少し笑いながらリリィは彼の方に歩みを進め、距離を詰めていく。

 その光景を私は呆然と見ていた。

 そしてミナイの顔をもう一度確認する。

 ミナイは確実に今、何かを視ている


「おいっ レイン。なにしてる?」


 その言葉に我に返りリリィと共に彼の元に向かう。


「お前の名前は岸本ミツルか?」


「そうだけど。誰だお前?」


「夕葉商業の半田チカとお前の関係について、ちょっと聞かせろよ」


「……そのことならもういいんだよ」


「もういいってどういう意味だよ?」


「もう浄化は終わったんだ。俺の問題は綺麗に解決した。それと半田チカなんて女は最初からいない」


「んなことはこっちだって知ってんだよ。いいからお前と彼女の関係を話せよ」


「そもそもお前等になんの関係がある?」


「お前の友達の近藤がこいつに頼んだんだよ」


「近藤が? あいつ……誰にも言うなって言ったのに。どっちにしろ俺から話すことはなにもない。だってもう解決したんだから。俺は新しくなった。過去の自分はもういない」


「ウチにはそうは視えないね」


 後ろを振り返ると、いつのまにかミナイとリンゴが来ていた。


「ああ? なんだお前?」


「解決したのはあんたの中の勝手な感覚だ。ウチらが知りたいのはそんなことじゃない。その解決する前の過去のあんたと話がしたい」


「……もういない奴とどうやって話す? もういいだろ。じゃあな」


 ミナイは地球上で最も汚い物でも見るような目で岸本の背中を見つめていた。


「おい。行かせていいのかよ」


「あいつはウチらにはもうなにも話さないよ。話せるはずが無い」


 それからリリィと私は外で待つ満月を抱き抱え、お互いの家に帰った。

 ミナイは少し考えさせて欲しいと呟きリンゴと病室に戻って行った。







 それから二日後の五月十三日。







 近藤は再び私を屋上に呼び出した。


 近藤は静かに言う。


 二人目が出たと。


 被害にあった生徒の名前は相木マモル。








 右手と左手の指が







 二本ずつ切断された。







 ただただ悔しそうに


 そう言った。

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