ユニコーンの折れたツノはポケットの中へ02
昼休み。
私は屋上に向かっていた。
近藤に聞いたところによると屋上の鍵は好奇心旺盛な先輩方が意味のないものにしてくれたらしく、常にオープンの状態らしい。当然屋上は安全性の理由から立ち入り禁止。だけど絶対に入ってはいけません。と言われた場所にはどこからくるのか、我慢出来ない入っちゃいたい衝動に襲われるものである。
閉鎖された小さい工場。
空き家。
潰れたガソリンスタンド。
潰れたホテル。
その衝動に逆らうことなく身を任せてもいいじゃん。というのが我々未成年の主張である。
屋上に続く最後の階段を前に軽く周囲を確認する。
人が居なくなったタイミングを見計らって早足で階段を駆け上がる。ちなみに屋上に足を踏み入れるのは初めてだ。
初屋上。
鍵穴を見ると明らかに硬い鉄の何かで、無理矢理グリグリとねじ込んだような跡があった。
ドアノブを廻し屋上に到着。
近藤は屋上のドアの横にある壁に背中を預け、一心不乱に焼きそばパンにかぶりついている。
私は近藤の向かいに座る。
「レイン。そこじゃ駄目だ。外から見える。死角になるのはこの壁際だけだからこっちに座れ」
立ち上がり嫌々近藤の横に座る。本当に嫌なので出来るだけ近距離を避け、間隔を空ける。
「昼食がとっくにスタートしてるみたいなんだけど、私が来るまで待ったり出来なかったのかな?」
「はぁ? 新鮮なうちに食いたいじゃん」
「焼きそばパンに新鮮って……」
紅生姜をフレッシュなうちに食べたいってことだろうか?
私はお母さんが作ってくれたお弁当を食べ始める。今日のメインはミニハンバーグ。
「で、こんな所にまでわざわざ呼び出して話したい大事な話ってなに?」
「先にその可愛らしい弁当食っちゃえば?」
「なんで?」
「あまり飯時にする話じゃないからな」
じゃあなんでタイマンランチに私を招待したんですか?
なんでこの時間にしたんですか?
なんで自分だけとっくに食べ終わって私待ちみたいな顔するんですか?
どうやったらそんなに人をイラつかせる表情ができるんですか?
どうしてこれ以上生き続けようとするんですか?
「私食べるの遅いのに……」
人より少しだけ遅い私の食事スピードの間、近藤は遠い目で空を見ながら今の自分の家庭環境。将来の夢。大人になる不安について語り始めた。
私はお母さんが作ってくれたミニハンバーグを食べながら涙を流した。
こんなにも興味のないことを食事中に延々聞かされたのは、生まれて初めてだった。
世界一受けたくない授業を受けたような気分だ。
私はやっとのことでお弁当を食べ終え一緒に持ってきたよ〜いお茶を飲んだ。
「それでは張り切ってどうぞ」
準備の終えた私は全力の棒読みで近藤にどうぞと手の平を出す。
「一年の岸本ミツルって知ってる? A組のサッカー部の奴なんだけど」
「岸本……知らない」
「こいつとは中学の時から友達なんだけど、レイン。マインド@トースターやってる?」
「まあ普通に」
マインド@トースターとは、なんでも日本にいる当時中学生の天才男子が一人で作りあげたらしいSNSの名前である。
約三年前から日本で流行りだした。
SNSに詳しくない私はマインド@トースターが、他のSNSとどう違うのか分からない。浅いコミュニケーションツールと考えるならどうせ全部一緒。
「岸本は結構昔からマインド@トースターやっててさ、少し前に夕葉商業の生徒とマインド@トースター上で仲良くなった」
「うん。それで?」
「名前が半田チカ。それで岸本はその半田チカと実際に会うことになったんだ。あの潰れたホテルあんじゃん。レッドヒル。あそこで」
「やんちゃ人間達の溜まり場」
レッドヒル。
土曜日から日曜日にかけて、色んな中学やら高校のやんちゃ人間達が、潰れたホテルでお酒を飲んだり、ドラッグに手を出したりして夜通し騒いでいるという話を何度も聞いたことがある。
「事件は三日前。二人だけで部屋に入り、岸本は酒を飲んで、数時間眠っちまったらしい。得体の知れない激痛に目を覚ますと、足の親指が無かった」
「……無かったって?」
「切断されてたんだよ」
「切……断」
「ああ。バッサリ根元からだ。岸本はサッカー部を辞めた。もうサッカーは出来ないらしい」
嫌な予感が午後の風と共に私の髪をいたずらに動かす。
「そんな話……私にされても……」
「お前に犯人を探して貰いたい」
「はあ? なんで私なの? 警察に通報すればいいじゃん」
「俺は中学の時、噂で聞いたことがある」
「なにを?」
「中学の時イシュタム事件を解決したのが、明南中の花園レインだって中森から聞いたのを俺は憶えてる」
「……」
どこの中森か知らないけど、あんたのちょっとしたタレコミが巡り巡って今、めんどくさいことになってるよ中森。
「俺なりに調べた。夕葉商業に半田チカという名前の生徒は居ないんだ」
「居ない?」
「ああ。電話で確認した」
「確認ってどうやって?」
「俺なりに考えたんだけど馬鹿正直に本名教えて、足の指を切断するのはおかしいだろ? だから夕葉商業にマジで半田チカって奴がいるのか調べたんだ。俺は考えに考えて、駅で半田チカって子の学生証拾ったんですけどって夕葉商業に電話したんだよ。そしたらそんな名前の生徒は居ないってさ」
近藤がそんなテクニックを駆使出来るIQの持ち主だと思わなかった。
「そもそもなんで、岸本君は半田チカが夕葉商業の生徒だと思ったの?」
「岸本に聞いた話だとマインド@トースター上での、半田チカの自己紹介文に、自分が夕葉商業の一年だって書いてたらしい。それとレッドヒルで会った時も夕葉商業の制服着てたって言ってたな」
「じゃあ偽名ってこと?」
「だろうな」
「じゃあ話を纏めると、足の指を切断したサイコ少女をちょっとした会話の流れで探せ。お前に降りかかる身の危険は知らん。つまりそいうことでしょうか?」
「ありがとう。サンキューでーす」
「いやまだオッケーしてねえ」
「お前はもうすでにこの話を聞いてしまった。仮にこの話を断ったとしても、お前の頭はこの事件のことでパンパンになる。レインお前はそういう奴だよ」
「近藤はなんでも知ってるんだねぇ」
「なんでもじゃないよ。レインのことだけ」
「振ったのは私だけど、近藤。ウザイ。まあ頭の隅に入れておく。なにか新しいことがわかったら教えてよ」
「わかった」
近藤のその言葉と同時に昼休み終了を告げる予鈴が鳴り始めていた。
彼の言う通り私は知ってしまった。
そう。知ってしまったのだ。
犯人を探したい。
この事件を解決したい。
そんな感情は一ミリもない。
知りたいと思うのは真実のみ。
なぜ人の足の指を切断するという異常を想像だけに留めず、実現させなければならなかったのか?ということに全ては集約される。
そんなことをしなければならない理由。
答え。
答えが知りたかった。
近藤と一緒に屋上から仲良く出てくるところを目撃され、あいつらって付き合ってんじぇね?的な噂が蔓延するという実に分かりやすく、なおかつ男女の行動に敏感な高校生ならではの発想を回避するため、急ぎ足で屋上から退避した。
遅刻かと思っていたリリィは結局学園に姿を現さず、各駅停車並の単純さで過ごす一日は、ただ息をして座っているだけ。そんな感じだった。
学園での生活は日々ツマラナイ記録を確実に塗り替え、毎日最高記録を更新していく。
地獄のようなトレーニングを繰り返しているような気分に、ふと自分がアスリートであれば確実に体脂肪0だろうな、などと都合の良いことが頭に浮かんだ。
廊下を歩きながらスマートフォンのロックを解除するとリリィからメールが届いていた。
すぐに画面をタップさせメール本文を表示させる。
レイン。高台にいる。満月と
そんな質素でたちの悪いダイイングメッセージのようなメールに、返信ボタンを押し本文を入力する。
あやまれっ リリィのせい ツマラナイ記録世界新 体脂肪0
リリィが眉間にシワを寄せた顔を想像しながら、送信ボタンを押した。
私はリリィからの指令通り家に帰らずにまっすぐあの高台を目指し歩き出した。
緩やかな高台を登ると徐々に丸太で作られた屋根が見えてくる。
少しずつ近づくとなにやら騒がしい。
というよりリリィが騒がしかった。
「入浴後に頂戴した」
「ちょっと待て。じゃあお前は昨日、レインの家の冷蔵庫に入れといたアタシの生プリン食べたってことかよ?」
「ああ。そうだ」
「なんで食うんだよ? アタシがどんだけあの生プリン楽しみにしてたと思ってんだ。ていうかお前猫じゃん。なんでプリンを食うんだよ。しかも風呂上りに。絶対必要ないだろ? お前なんてカルカンブレッキーズで充分だっ」
「リリィいい加減にしろ。この話はこれで終わりだ。プリンぐらいで大袈裟だ。あと言わせてもらうがわたしはカルカンブレッキーズ派ではない」
「お前が何派かなんて、知らねぇぇんだよぉぉぉぉ」
怒りに身を任せたリリィが、満月の頭をワシャワシャと撫で回すその光景は、はたから見ると単なる猫好きの飼い主とペットに見えなくもない。
たかが一つのプリンを猫に食べられたことに対して、全力で怒るリリィのその姿は清々しく、どこか誇らしくもあった。
そしてとても楽しそうである。
「やめろ。ヘアーが乱れる」
「全身ヘアーじゃねえかこのやろぉ」
こんなに幸せそうな人間一人と猫一匹のやり取りを遮って、一体どんな顔で足の指切断事件を切り出せばいいのか、完全に仲間に入るタイミングを失った私は、遊園地の中で財布を落としたような顔をしながら考えていた。
「あっ レイン。遅いぞ」
「レインこいつを早くなんとかしてくれ。プリン一個でこのざまだ」
「おい満月。お前いい加減にしろよ。悪者はアタシかよ?」
「二人共とっても楽しそうなところ申し訳ないんだけど、ちょっといいかな」
私は二人のきょとんとした顔を見ながら、いつもの丸太椅子に腰を降ろす。
満月のきょとんフェイスが可愛い。
きょとん大使に任命。
「どうした?」
「今晩の夕食か、それならパエリアをリクエストする」
「そんな手間のかかるリクエストは受け付けませんっ」
「プリンの次はパエリアかよ。どんだけセレブにゃんこなんだお前は」
「近藤の友達に岸本ミツルってのがいるんだけど、マインド@トースターで知り合った夕葉商業一年の、半田チカって子と潰れたホテルで会ったらしんだ」
「潰れたホテルってレッドヒルか?」
「そう。岸本君はお酒飲んで寝ちゃったんだって。そんで激痛に目を覚ますと足の親指が……切断されてた」
「切断?」
「そう。根元からバッサリだって。サッカー部らしいんだけど退部したって」
静かに聞いていた満月が口を開く。
「その半田チカって名前は偽名か?」
「そう。近藤が調べたらしいんだけど、夕葉商業に半田チカって名前の生徒はいないみたい」
「なるほど。で? レインがその犯人を見つけるのか?」
「うん。真実が……知りたい」
「足の親指を切断する理由が知りたいだなんてレインはどうかしてる」
「……そうかな。満月はこの事件どう思う?」
「とにかく情報だ。現時点ではあまりに情報が少なすぎる。この先も続くのか? どこかで完全な殺人にシフトするのか? 現段階ではなんとも言えない。ただ、今わたしに言えることがあるとすれば、それは女性の起こす傷害事件や殺人事件は、いつの世も被害者が、家族や身近な者にほぼ限定される点にあるということだ」
「そうなの?」
「そうだ。昔からこの事実は変わらない。そして半田チカが岸本と初対面で足の親指を切断したのなら、サディスティックな行為に性的興奮を覚えている可能性もある。逆に初対面ではなく、足の親指を切断すればサッカーが二度と出来なくなることを知っていたとする。そう考えると岸本に対して恨みのようなものがあるように感じてこなくもない」
確かにそうだ。
仮に初対面でないのであれば話は大きく変わってくる。
どちらにせよ満月の言葉は間違っていない。情報が圧倒的に不足している。岸本君に全ての状況を事細かに聞かなくてはならない。
「レイン。一つ気になることがある」
「なにかな?」
「レインはさっき激痛に目を覚ますとって言ったな。足の親指を切断されたら、どんなにアルコールで酔っていても、その瞬間に普通なら目を覚ますと思わないか?」
「それは私も考えた。実はドラッグも呑んでたとか?」
「やはり情報が少なすぎる。岸本に会う必要があるな」
「そうだね。リリィはどう思う?」
「そんなサイコ女がアタシの街にいるなんてゆるせん。そのサイコ女には対サイコ女兵器、五月雨リリィをお見舞いしてやる」
「レイン。アホは放っておこう」
「あっ お前今アホってはっきり言っただろ?」
「私は良い響きだと思うよ。対サイコ女兵器」
そんな話をしていると、遠くから一人こちらに向かってとぼとぼ歩いてくる女の子の姿があった。左手に名前のわからない黄色い綺麗な花束を抱えている。大きな瞳に日本人離れした高い鼻。そして百合の花のように白い肌に見とれてしまった。前髪がまっすぐ横に整えられたロングヘアーの名前不明のその子は、私とリリィに目もくれず丸太椅子の前にいる、満月の目の前でしゃがみ込んだ。
彼女の手が満月に伸びる。
一瞬体を強張らせた満月だったが、身の安全を確信したのか頭を撫でる彼女に身を任せた。
私達と同じ斗明学園の制服を着た彼女は、最高の宝物でも見つけたかのように満面の笑みを浮かべながら満月の全身を撫で回している。
私は思った。
恐らくリリィと満月もそう思っているに違いない。
なでなでコミュニケーションが長い。
数分が経過し無言で立ち上がると、私とリリィのわずかな隙間に座り、
鞄からオレとオマエのバナナオーレと書かれた見たことのないラベルのドリンクを取り出しこれまた無言で飲み始める。
彼女の独特の間にリリィと私は暫らく声を発せられずにいた。悟りが開けそうな無言空間に耐えきれず彼女への接触を試みる。
「綺麗な花ですね」
「……欲しい? あげる」
彼女は一本取り出し私に渡す。
「ありがとうございます」
「……この場所……好き? 私は……好き」
「はい。私も」
「……よかった」
話すテンポが妙に遅い。
大和撫子アピールも大概にしてもらいたい。
彼女は花束を丸太椅子に置くと、立ち上がり少し高い山から、街を見下ろす。
私とリリィはそれを無言で見つめる。
すると彼女の姿が突然消えた。
というよりなぜか緩やかな山の下りを転げ落ちていく。
こけたように見えたがこけるような場所ではない。
「え?」
「あれ?」
驚くリリィと私。
リリィと私は急いで彼女の元へ向かう。
山の緩い斜面で突然一人地獄車を披露した彼女の顔や体には、無数の草が付いていた。
「あ……あの……大丈夫ですか?」
「……また転んじゃった。この場所で転ぶのこれで……五回目」
「ええええええええええ〜?????」
「うえええええええええ〜?????」
驚きの発言にリリィと私はほぼ同時に叫ぶ。
彼女の言ったことが、リリィと私を笑わせようとして言ったのでなければ、彼女は、現代の日本では貴重な、正真正銘の、どこに出しても恥ずかしくない、ドジっ娘だ。
身体中についた草も払わずに彼女は立ち上がり、
「……じゃあ病院行こうか。リリィさん。レインさん。ミナイが……待ってる」
そう言ってリリィと私が返答する前に、振り返らずに一人ですたすたと歩いて行ってしまった。
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