第21話
僕は小中高と三つの学び舎に今まで通ってきた訳だが、その三つ全てに、とある共通点がある。
それは、下駄箱に蓋がない、という事だ。
つまり、下駄箱にラブレターが、というシチュが起こり難いという事。
蓋がないと外から丸見えとなる為、ラブレターをそこへ入れるのに抵抗が有るいうのは説明するまでもない事と思う。実を言うと、一時期は超絶的にモテた僕ですら、そのシチュエーションを体験した事がない。
蓋つき下駄箱の学校の生徒は毎朝バレンタインデーの気分なのだろうか。毎朝下駄箱を開ける度に心をときめかせているのだろうか。体験した事がないから、こんな風な妄想ばかり膨らんでしまう。
結論を言おう。
政府は少子化対策の一環として、全学校に蓋付下駄箱設置を義務付けるべきである。そうすると、ラブレター送付率が向上し、カップル数も増加するだろう。
脱少子化!である。
日本が抱える問題なんて子供が増えれば殆ど解決だ。しまった、また妄想の中で日本を救ってしまった。
と、何故僕がこんな事を考えているのかというと、それは目の前の現実にある。
ラブレターが入っていたのである。
僕の蓋なし下駄箱の中に。
白い封筒がそこに見えた時、驚きの余り、僕はそれが何か直ぐには分からなかった。しかし徐々に冷静さを取り戻していった僕は、下駄箱に封筒、もうこれはラブレターしかないと結論づける。
別に、今更告白なんてされても、特に何かを思うという事はない。最近はご無沙汰だけど、告白されるのには慣れている。
しかし、下駄箱を介して、というのはポイントだった。初体験だった。正直胸が躍っている。
一体誰だろう?
見える所には名前が書かれていなかった。
ラブレターは蓋付き下駄箱でないと入れにくい。これは僕の経験則からほぼ事実と言って良い。
そしてその原因は、周囲の目につきやすくなるから、というのは先ほども述べた通りである。
下駄箱の中に手紙を見つけると、人は誰しもラブレターかなと思う筈だ。そしてそれを特異な目で見てしまうに違いない。
差出人は自分自身がジロジロ見られるわけではないが、自分の大切な想いを込めたそれをジロジロ見られる事を嫌うだろう。
また、今のご時世、写メに取られたりして、その日の話題にされたりしたら、想い人にまで迷惑がかかってしまう。さらに言えば、面白がってイタズラする人がいるかもしれない。
そういった事情で、蓋なし下駄箱にラブレターは入れにくい。
しかし、今回、この差出人は蓋なし下駄箱にラブレターをいれた。
バカなのか、ドジなのか、天然なのか、鈍感なのか。
本当の所は分からないが、もう一つ考えられる可能性があった。
ラブレターが人目につくのが嫌ならば、人目に付きさえしなければ良いのだ。
そして最近の僕はそれに都合の良い行動を取っている。
朝が早いのだ。
園部さんの登下校の世話をするようになって、僕は早く登校する事になった。クラスではいつも一番だ。
朝が早いとそれだけ、人が少ないと言う事。つまり、それだけ人目に付かないという事。
この差出人は、僕が早朝登校をしているのに気づいて、それよりも早くに学校に来てラブレターを入れた。そして何時も通り朝早く登校してきた僕は、その手紙が人目に付く前に回収した。
この可能性は考えられないだろうか。
そうなると、この差出人は僕の1日の行動をある程度把握しているという事になる。中々健気で可愛いではないか。
これは僕の憶測だが、恐らくこの差出人は夜遅くまで文面を考え、そして布団の中で出すか出さないか葛藤し中々眠れず、眠っても手紙を出す為に、いつもより早く起床した為、圧倒的に睡眠時間が足りないに違いない。
恐らく目元にどデカイ隈を作った人が、この手紙の差出人である。
「どうしたの?」
下駄箱の前で固まっていた僕を怪しんだのか、車椅子に乗った園部さんがそう聞いてきた。
この人も今日はクマを作ってきた人だ。しかし彼女は違うという事ははっきり分かっている。
夜更かしした理由も聞いて知っている。中々絵の方は上達したと思うよ、うん。さすが園部さんだ。
「ねぇ、園部さん。love letter貰った事ある?」
「勿論あるわよ。私を誰だと思っているの?」
何当然の事を聞いてるの?といった表情の園部さんは、謙虚さを持つべきだと僕は思う。
「じゃあ、下駄箱を介して貰った事ある?」
その質問に園部さんは少し考える素振りを見せた。
「そういえば無いわね。ありそうなものなのに」
僕と園部さんは今まで全く同じ学校に通ってきている。つまり、約11年間蓋なし下足箱を使用してきたという事だ。
その回答を聞いて、僕はしたり顔でその白い封筒を見せた。
「実はこんなものが」
それを見た園部さんは、一瞬驚いた表情をみせたものの、すぐさま可哀想な子を見る様な眼差しを作る。
「今からでも遅くないわ。差出人に忠告してあげないと」
どういう事だよ、とは謙虚な僕は言わなかった。自覚は、ない事もない。
思えば小学時代は全くモテなかった。中学時代もモテたのは最初だけだ。高校では、途中から落ちこぼれたから良く分からないけど、きっと囃し立てられたのは最初だけだったんじゃないだろうか。
つまり僕は残念イケメンと言う事だ。
それにボッチ化してからは、妄想時間が増えてから、更に変人になった自覚があるし。そういう意味では、最近の少女漫画ではヒーローの条件を満たしていると言えなくもないが、どうだろう。
「で、どうするの?」
「断るよ」
絶対僕の知らない人だし。と言うよりこの学園内に僕がよく知っている女子なんて殆ど居ない。知らない人に告られても、ごめんなさいとしか言いようがないだろう。
「ふーん。下半身脳じゃないんだ」
「僕はピュアボーイだよ!!ピュアピュアピュアピュアピュアボーイだよ。ピュア連続で舌が回らなくなって段々唯の“ぴゃ”になっちゃう位のピュアボーイだよ!!!!」
「それはDの一族特有の病ね。恋愛を知らなさすぎて、それ故に夢を見がちになり、段々と思考が乙女と化していくのよ。乙女化極まってTSしても所詮は自分の身体よ。虚しくなるだけだろうから止めておきなさい」
「んな事あるわけないでしょう。それに恋愛経験については園部さんだって似たような物だ。そんな人にそこまで言われたくないね」
「私は他の人とは次元が違うの。経験なんて無くても最初からレベルMAXなの。だから貴方を嘲笑えるの」
オホホホと園部さんは態とらしく口に手を添えて高らかに笑った。
「その次元って攻略対象の次元だよね?別格って意味じゃないよね?ゲームで何人もの男を攻略して、それで自分は恋愛について玄人だと言い張っているのかい?それで僕を嘲笑するのかい?こりゃ傑作だ。全世界が震撼するよ。大笑いでね」
アハハハと僕は態とらしく片方の手で園部さんを指差し身体を捻らせながら大笑いした。
「アハハハハハハ」
「オホホホホホホ」
昇降口に響く二人の嘲笑。
「……」
「……」
「ごめんなさい。今のは見なかった事にして」
「うん。お互いこの事は忘れよう」
一生忘れられぬ黒歴史が誕生した。
◯◯◯◯
結局。
そのラブレターはラブレターではなかった。
いや、広義ではこれもラブレターと言えるのかもしれない。
ラブレターが恋心を綴った手紙だとしたら、そこからは確かに、それに似た物を感じることが出来るのだから。
しかし問題はそれが僕への愛ではなかったという事だ。
文は以下の通りである。
『昨日、貴方が園部茉莉子様とパン屋に入ったきり二人とも姿を眩ました、と言う報告がありました。その事について、貴方の口から詳しい説明を聞きたいと思います。就きましては、本日12時40分に第二体育館裏で待っています。逃げることは不可能と思ってもらって結構です』
園部さんへの異常なまでの愛が、そこには込められていた。
差出人は書かれていなかったが、何と無く想像はつく。ファンクラブの頭である三人のうちの独りだろう。手紙の口調から察するに恐らくメガネ君だ。
僕は思わず頭を抱えた。
何故昨日の事がバレているのだろうか、と。
否、その訳はもう分かっている。跡をつけられていたからバレていたのだ。
しかしその事実が、僕を悩ませた。
尾行者は僕たちが智美さんのパン屋に入るのを目撃した。そこまでは何時も通り。しかし、昨日は普段通りではなかった。園部さんを送り届けると僕はすぐ帰るのに、昨日に限っては中々出てこなかったのだ。それを尾行者は不思議に思い、上に報告した、という事だろう。
姿を眩ましたと報告している事から、どうやって僕が帰ったのかは分からなかったようだ。唯、店の裏から出てそこに停めてあった智美さんの車に乗って帰っただけなのだけど。
店の表側を見張るばかりで、裏には目がいかなかったのか、閉店まで待ちきれず帰ったのか。
どちらにせよ、危険だ。
尾行までしているとは思わなかった。
このファンクラブはイカれている。それは分かっていたけど、その度合いは僕の想像の上を行っていた。
なるべく早い段階でどうにかしなければ、いつか取り返しの付かない事を仕出かすかもしれない。
そんな不吉な予感があった。
現に彼らは行動の是非の感覚が麻痺し始めている。そして悪い事に、彼らは自分たちに数の力がある事を自覚している。
身の程を超えた力を持った者達が何をしでかすか分かったものじゃない。
もしかしたら園部さんにも何か直接的に手を出してくるかもしれなかった。
何かあってからでは遅い。
どうにかしなければ、今のうちに何か手を打っておかなければ。
この手紙を見て、僕はそう感じずにはいられなかった。
ふと気がつくと、園部さんがこちらを見ていた。手紙を読んでから頭を抱え始めた僕を不思議に思ったのかもしれない。
僕はそれを、視界の隅っこで確認すると、行動に移した。
手紙を音を立てて握りしめ、立ち上がると園部さんに近寄る。
「園部さん。陸上部に付き合いそうで中々付き合わないムカつく男女がいるって言ってたよね」
初めてファンクラブ御三方の牽制を受けた後で、確かそんなことを言っていた。
「あぁマイちゃんと木下君の事?それがどうしたの?」
「今日その二人をくっつけよう」
間抜けな顔した園部さんいっちょ上がりである。
「実はさっきの手紙、イタズラだったんだ。紙には『期待した?ねぇ期待した?残念悪戯でした』って書かれていたよ。本当くだらない事をする人も居るもんだ」
僕は憤懣遣る方無しといった顔を見せる。
「それは残念だったわね。で?」
「で、此方としては告白という青春的体験するつもりだったのに、それがパーとなってしまった訳だ。そんで何だかムシャクシャするから、恋愛成就に携わってキュンキュンしたくなったんだよ。人の想いを踏み躙る胸糞体験受けたから、純愛みて心を浄化させたくなったんだ。その二人は今の僕に打って付けという訳さ」
「そう……」
「それに、そうやってウジウジしてる様なヘタレカップルは周りがお膳立てしないとダメなんだよ。園部さんも彼ら見ててイラついてたんでしょ?これで上手くいったら、僕も癒され、園部さんもストレス解消、彼らは幸せ。どう?この提案に乗らないかい?」
一気に畳み掛け、園部さんの野次馬根性を燃え上がらせる。
年頃の、というより、人間みんな恋話が大好きなのだ。そして付き合いそうな二人が居たら、御節介を焼きたくなるもので、それは傍迷惑な行動かもしれないと思っても、自らの欲求を優先させてしまうものだ。
それも長い間ウジウジしている二人を見てきた園部さんだ。僕の言が全て腑に落ちたという訳ではないだろが、その提案に乗るのも吝かではない筈だ。
さぁ、乗れ!乗っかれ!!
「で、どうするの?」
乗った!
ニヤリと笑う園部さんに僕も、似た笑みを返す。
そして僕は作戦を話した。
マイちゃんと、木下君、そして園部さんを救う作戦だ。
作戦内容は至ってシンプル。
『マイちゃんには木下君から、木下君にはマイちゃんから、何処何処に来て欲しいという伝言を受けたので報告します』といった内容のメールを園部さんが二人に送る、という物だ。
「まぁありがちだけど……。で?どこに呼ぶの?」
僕は少し考える素振りを見せた。
「んー、プール近くの一本杉の下はどうかな?」
「少し遠くないかしら。別にその下で告白したからどうなるって言うジンクスもないし、もっと手軽な、少なくとも校舎内の方が良いんじゃないかしら?」
「チッチッチ。ここがミソなんだよ」
「どういう事?」
「一本杉の下って付いているだけで、告白される意識がかなり高まるじゃないか。そこまでお膳立てされたら、ヘタレな木下君自ら告白するってもんさ」
二人とも呼び出しのメールを受けたのだから、相手から告白されるつもりでその場に向う筈だ。それでは、両方ともが相手からの告白待ちのスタンスをとってしまうだろう。
でもそれで良いのだ。
まぁ何方かがあっさり告白するかもしれないが、それはそれで置いとくとして、今は中々告白の言葉を言い出せない状況を想定してみよう。
一本杉の下なんてあからさまに告白を意識した場所である。
どちらも漸く淡い想いが実ると期待して相手の言葉を待つ筈だ。しかし両方とも受け身の姿勢なので、告白の言葉は出てこない。
恐らく何方も顔を赤くし、緊張した面持ちになる筈だ。
そしてその反応を見て二人は思う。
呼び出したは良いけど、肝心の言葉を言い出せないのだ、と。
そこまで来たら、もう男の木下君は自分から動くだろう。
呼び出された時点で、もう相手から告白は受けたような物なのだ。後は言葉にするだけ。そこまでお膳立てされていて、告白できない筈はない。
「なるほど、ね」
「それにこの告白がキッカケにジンクスが生まれるかもしれない。そういうのを自分たちで作るって少しワクワクしない?」
噂の発信源が自分というのは、中々に愉快なものだ。
「それで?その様子は見に行くの?」
「勿論。一緒に見に行く?一緒に野次馬になってニヤニヤしながら二人を見守る?連れてってあげるよ?」
「そんな悪趣味な事はしないわよ。それに行動を一緒にしすぎるとまたファンクラブから何言われるか分からないんでしょ?事後報告を待っているわ」
まぁ、もうそのファンクラブは物を言ってきているのだが、それは秘密だ。
僕はニヤけ顔を作った。
本当は行きたいと思っているんでしょ、と。痩せ我慢してるんでしょ、と。
「行かないってば」
意固地な園部さんは、もう一緒に行きたいとは言えない。
「別に僕は何も言ってないけど?」
「その顔が物言ってるのよ」
「まぁまぁ落ち着いて。あんまりカリカリしてるとあの日と思われちゃうよ」
「貴方それはセクハラ発言よ」
「あぁ、そう言えば今日のパンツはウサギ?」
「それも完全にセクハラ発g、っはぁぁぁ!!??な、なんでっ」
南無三。
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