第16話

「君僕」「蓮さま」

「私の執事」「京」


 折角だからと、本当は早く帰りたかったのに、僕と菊姉は園部家のリビングに通されることになった。

 そして菊姉と園部さんはゲーム仲間になるべくゲーム談義の真っ最中だった。


「星抱き!」「冬夜くん」


 姉が作品名を言って、園部さんがその中で一押しのキャラを言う。何タイトルもそれを続けているうちに姉のテンションが高まっていくのが分かった。


 そしてボルテージはMAXに。


「俺モノ!!」「太郎」


 その瞬間菊姉は椅子から飛び上がった。コップに淹れられたお茶が揺れたがその事は全く気にして無いようだ。


「ひゃー!!!!見事に一致!!」


 菊姉はテーブルの上に乗り出して向かいにいる園部さんに両手を差し出した。


「え、本当ですか!?」


 互いに手を取り合いブンブン振っている園部さんと菊姉。どうやら、各ゲームのお気に入りキャラが悉く同じだったらしい。


「こんな事って!こんな事ってあるのね!!」


 菊姉は万感ここに極まれり、といった感じで眦を人差し指で撫でている。その素振りに大袈裟だなと半笑いで眺めていたのだが、その瞳に水滴のようなものを見つけ、マジかよ、と戦慄を禁じ得なかった。


「私もビックリです!ただでさえ母以外の誰かと、この手の話をするが初めてで嬉しくて仕様がないのに。まさか全部一緒なんて!!!」


 今この瞬間、今まで見てきた中で一番年相応な、女の子然とした園部さんを感じた。キャピキャピ声、とでも言ったら良いのだろうか。そんな声が園部さんの口から聞こえてくるとは思ってもみなかったので、これまた度肝を抜かれてしまった。

 ネットを介さずに趣味を語れる仲間を見つけるのは、趣味が趣味だけに中々難しかったのだろう。菊姉も友達に布教はしていたみだいだが、上手くはいかなかったらしい。やはり、まだこの手のゲームは世間からは受け入れがたいと言う事だろか。

 だからこそ、この出会いの喜びは一入で、オーバーなリアクションを取ってしまうのも致し方がないといった所か。

 僕はこの様に考えて、二人のテンションを受け入れた。


 しかし……。


「……つまり私達は恋敵になる可能性が高いって訳ね」


 突如菊姉は喜色の面を消し、深刻そうな顔を浮かべてそう言った。椅子に座り直し、肘をテーブルにつき、両手を顔の前で結ばせる。


「……かもしれませんね。その時はお手柔らかにお願いします」


 対する園部さんも神妙な面持ちでそう答えると、慇懃に頭を下げた。

 

 流れるのは汗。

 僕は突然のシリアスな空気に戸惑うばかりだ。お茶でも飲んで落ち着こうとして手に取ったコップは震えていた。


「あら、譲る気なんて無いでしょう?」


 目を光らせニヤリと笑う我が姉。獅子が獲物を前に見せるような、そんな鋭い目つきをしている。


 それを受け、意外な事にも園部さんは少し困った表情を浮かべた。僕はその事に若干の驚きを持つ。負けず嫌いな彼女の事だから何か言い返すものと思っていたからだ。


 が、それは大きな勘違いであった。


「情けない話そういう事に不慣れでして、絶対出遅れると思うんです。だから……」


 眉を垂らして子犬の様な瞳を姉に向けなが、発した園部さんの言葉に僕は戦慄を覚えた。やはり彼女は彼女であったのだ。

 全く負けていない。

 つまり、こうである。


『譲る気は無いが、あざとくアプローチを掛ける様な、はしたない真似はなるだけしたくない。年増の誰かさんは、初心な私がそうしなくても良いように、潔く譲って下さいネ』


 勝負をするのではなく、勝負する前に相手に遠慮願う為、か弱い少女を演じる。言ってみればそれは、僕がファンクラブの三方に取った作戦と通じるものがある。

 だが対菊姉の今はこの作戦は悪手だ。菊姉は小動物を前に、手心を加えてやる程優しくはない。


「まぁ私の場合、視覚的に訴えるものが強すぎて。私にその気がなくても、ね?ついついって事があるかもしれないから。その時は御免なさいね」


 我が姉はその豊かな胸を強調する様に少し腰を反らした。最高に悪役の顔をしている。僕は17年間共に暮らして免疫をつけてきたから、寒気が走る程度の症状で済むけど、初見だと失禁するのではないだろうか。


 つまり、こうだ。


『思い上がるなよ、小娘。その貧相な胸では私と直接対決になれば結果は目に見えている。つまりお前の幸せは私の采配次第。生意気な口を聞いていいと思っているのか?あぁん?』


 確かに園部さんは胸については思う所はある。しかし、うちこわしが起きそうな程貧しいという訳でもない。ええじゃないかと開き直れる程度にはあるのだ。寧ろ僕は姉のを見て育ってきた為か園部さんサイズが好ましく思う。

 そもそも胸は大きさではなくバランスで語るべきであって、おっと、これを語り始めると寿命を迎えちまうぜ。


 依然2人の美女は睨み合う。修羅場である。


 この場にいる僕を板挟みにではなく、この場にいない仮想何某さんを挟んでいて、僕は思い切り蚊帳の外だ。

 そんな僕は勿論蚊のキスマークだらけで全身痒い状態だ。かといってこんな蚊帳の中に入りたいとも思わないけれど。

 それとも僕が二人の仲を取り持つべきなのだろうか。第一もしもの話でここまで火花散らさなくていいじゃない。今現在、同じ人を思い合ってるわけでもないだろうに。

 実際にそんなシチュエーションになったらこの二人は何を散らすのだろうか。


 多分血だな。多分無関係の僕も何らかの巻き添えを食らう。


 想像すると肝が冷えた。

 あぁ泣きたい。泣き散らしてここから去りたい。


「「ふふ」」


 僕が半べそをかいていると、突如そんな笑い声が聞こえた。そして両雄改め両雌はその顔に嫌らしい笑顔を浮かべて僕の方をみている事に気がつく。


 瞬間ゾクりと身体が震え上がった。


「見てよ、茉莉子ちゃん。陽平のこの情けない顔。こいつ昔から泣き虫でさ。でもその泣き顔が可愛くて。よくこんな風にして困らしてたんだ」


「へぇ、私も藤島くんの泣き顔見てみたいです。この人、学校では殆どの時間は机を抱き締めたままで顔見えないし。見えても思わず殴りたくなるような澄まし顔してて。まぁ額に赤い跡付けてその顔ですから、正直滑稽なんですけど。兎も角、表情が乏しくて乏しくて」


「あぁ、もう。本当に茉莉子ちゃん最高!!こんな子が陽ちゃんの同級生に居たなんて」


「打ち合わせもなしに、あそこまで息の合った演技が出来るって事は、若しかしたら前世か何かでは私達姉妹だったのかもしれませんね」


 なに!?

 さっき言い争いは僕を困らすための演技だったとでも言うのだろうか。


「お、可愛い事言ってくれるわね。よし!これから貴女は私の妹よ、茉莉子ちゃん!」


 悪寒が走ったのは、この2人がになったら僕はおだ、とかいう寒い駄洒落が思いついてしまった為だろうか。


「あのぉ」


 恐る恐る声を掛けた。


「御手洗いを貸してもらえないでしょうか」


 恐怖体験が続き僕の膀胱は縮まってしまっていた様だ。また、この何とも言えない恐ろしさを孕んだ空間から少し距離を置きたかったのもある。

 てか歩いて帰ったらダメだろうか。

 精々2キロ程度の距離だし。帰れない距離ではない




◯◯◯◯




 リビングを出て右手に進み、廊下の突き当たりを左に曲がる。すると右側にある奥の方の扉がそこだ、と言う住人の案内を頼りに、薄暗い廊下を歩いた。


 やがてトイレのだと思われる扉を開ける。


 そこは、廊下とは違い光の差し込む明るい場所だった。


 そしてカラフルで……。


 僕は勢いよく扉を閉めた。

 見てはいけない物を見てしまった様だ。激しく鳴り響く鼓動を何とか落ちつけようと、胸に手を当て、深く息を吸うが、一向に効果はあらわれない。


 確かに園部さんは奥の方の扉だと言った。


 しかしそこはトイレではなく、衣類の日光浴場であった。


 ならばトイレは何処なのか。

 物干し場だった扉を含め、この壁には扉が3つあった。僕は奥の方だと言われたから、一番奥の扉を開いたが、結果この通りだ。

 園部さんが僕を困らせる為に態と嘘を教えたというのだろうか?いや、それは無い。自分の洗濯物を態々同級生の男に見せるJKは二次元の世界だけだろう。


 つまり園部さんは勘違いをしていたというわけだ。

 そして何故勘違いしていたのかも、なんとなくだが予想は出来ていた。


 園部さんは「奥の方の扉」といった。扉が三つある場合、僕ならば誤解を少なくさせる為に「一番手前の」「真ん中の」「一番奥の」とそれぞれの扉を指す。

 しかし園部さんは「奥の方」といい、これでは「一番奥の扉」と思うのも仕方がない。


 だが園部さんの中ではこれで伝わる筈だったのだ。

 なぜなら園部さんは二つしか扉がないと思っていたのだから。それであれば「奥の方」で十分伝わる。


 では何故園部さんは本来3つある扉を2つと勘違いしていたのか。勿論三つ目の扉の存在自体を知らないというわけではないだろう。


 恐らく園部さんは物干し場にあまり入らないのではないだろうか。彼女の母である智美さん、もしくは智美さんの尻に敷かれてそうな父が何時も洗濯をしていて、普段園部さんは物干し場に用がない。だからその扉、そしてその部屋への認識度が低く、思わずその扉を無いものとして僕に説明をしてしまったのではないだろうか。

 また、自分の家の間取りは把握していても、あまり何処に何があると説明する機会は少ない筈だ。あっても、大体自らそこまで連れて行くだろうから、口頭での説明は初めてで不慣れだったのかもしれない。


 そういった事が重なって、説明に瑕疵が生まれのではないだろうか。


 結果僕は恐らく園部さんの下着を見てしまった。勿論智美さんとその旦那さんのも。

 そしてタチの悪いことに、母娘での下着の傾向が全く違った為、どれがどちらのか分かってしまった。


 智美さん、想像通りヤバかった。

 園部さん、結構幼いの着けてるのね。


 気まずい。万が一これが園部さんの失態ではなく、僕を困らせる為の作戦だったとしたら、僕は迷わず降参します。


 何はともあれ、トイレの場所は推理できた。手前から数えて二つしか扉を認識していなかったとすれば「奥の方」とは本来三つある内の真ん中の扉だろう。


 僕はその扉を開けた。今度こそトイレに入る為に。

 扉の作りは同じだが、その向こうにはピンク色の便座が待っていた。


 普段園部一家が使用しているトイレである。


 僕はそっと扉を閉じた。使用する気になれなかった。理由は言わずともわかると思う。何というか、気まずいのだ。

 それに用を足す前にショッキングな出来事があった為、幸い収まっているし。

 僕は右向け右をし、元来た道を戻った。

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