第9話
最初、あの話を受けた時、こういったシチュエーションが何時か訪れるんじゃないだろうかと、心の何処かで思ってはいた。と同時にその反面、そんな事あるわけないか、と否定する自分も確かにいて。
さて、どうしようか。
その一言に尽きた。
――時を遡ること十数分。
新学年を迎えて、つまりは園部茉莉子の登下校を手伝い始めてなのだが、早いもので既に4日が経っていた。その間、大した出来事もなく、登下校を除けば、至って今まで通りの学校生活を送ることが出来ていた。
そしてその登下校さえ日常の一部として感じられる様になって来た金曜日の昼休み。
明日から休日なので心ウキウキしていて今にも百万ドルのニヤケが零れそうだったのだが、相変わらずボッチな僕はそんな下品な顔を世間の皆様に晒すわけにはいかないので、寝たふりをしていた。
それは、「嬉しさを隠す為に寝たふりなんてちょっとツンデレじゃない?僕って萌えキャラなんじゃない?」などと、寝たふりをしながら密かに思っていた時だった。
「失礼する」
突如、図太い男の声が教室に響いた。その声は昼休みの喧騒の中でもはっきりと浮き出て、間も無く静寂と一種の緊張感を生んだ。
僕も思わず耳を澄ましてしまう。
もう一度同じ声が、張り詰められた空気の中響いた。
「藤島陽平!藤島陽平はいるか!?」
その男が呼んでいたのは僕だった。
名前を呼ばれているのに気づいた瞬間、僕は飛び起きそうになる。
しかし、僕は寝たふり中だった為、急に起きては寝たふりをしていたと言うことがばれてしまう。僕が寝たふりをしていたと言う事をどれだけの人が認識していたかは知らないが、そこは問題ではない。僕は己が演じる役を完璧にせんと、本当に寝ていたかの様に見せる様に緩慢に顔を上げた。
本当は起きていたのを隠すために可愛い努力をしている僕って、やっぱり萌え要素が少しあるのじゃないかしら。
野暮ったく目を開けると、教室にいる人達全員から怪訝そうな視線を当てられた。こんなに注目されたのは久し振りだ。
その視線の集合点をから僕を見つけたのか、近付いてくる人影が三つ。
威圧感というか、そう言ったものが感じられ、小心者の僕はかなりビビっていた。周りはこちらを気にした風にボソボソと話している。内容は聞こえずとも、何となく察しがついた。
「何でしょう?」
間も無く僕を囲む様にして陣取った三人に向けて、そう問うた。
勿論眠たそうに目をこすりながらだ。なんたって今まで僕はついさっきまで寝てたっていう設定なのだから。
あまり目立ちたくないんだけど、何の用かしら。告白ならトイレでお願いします。恐らく吐くので。
「お前が藤島陽平だな?」
「はい、そうです」
藤島陽平にも色々な人がいると思うが、この教室には藤島陽平は僕一人しか居ない筈だ。よって彼らの探す藤島陽平は僕ということになる。非常に残念なことにね。
あの教卓の前で興味津々といった感じにこっちの方を見ている男子生徒に藤島陽平の名をあげたいくらいだ。後で返してくれるなら、だが。
「ちょっと来てくれ。」
三人のうちの一人に右腕を取られ、僕は無理矢理に近い感じに立たされた。
それは突然だったので、立ち上がった時、椅子に足が当たり、その拍子に思わず顔を顰めたくなる様な音が鳴った。椅子の4本足が床に擦れたのだ。室内が妙な緊張感に包まれていた為か、その音は良く響いた。
「ちょっと付いて来てください」
それはお願いを装った命令であったようで、僕を立ち上がらせた腕が、そのまま僕を引っ張っていく。
誰も助けてくれなかったのは普段の僕の行い故だろうか。
そこの君ぃ。なんなら園部さんのメアドを教えてあげるよ。
幼小中の卒アルも見せてあげる。園部さんの成長過程がよく分かるぜ?確か幼稚園の卒アルなんて、水着写真まであったぜ?因みに僕の全裸写真も、あるよ?
声に出さねば人に考えが通じるはずもない。そして、こんな交換材料を声に出したならば、僕は本当に社会的に抹殺されてしまうだろう。
あっという間に教室の外へ。
それからも一人で歩けるというのに僕は男と腕を組んで歩いた。正直周りからの視線が痛い。何が悲しくて男と手を組んで歩かなければならないんだ。
逃げないからせめて、普通に歩こうよ。
休み時間仲良く連れションする人みたいにさ。朗らかに行こうよ。
バックミュージックはドナドナなんかじゃなくて、365歩のマーチみたいに明るい曲でさ。二歩進んで三歩下がろうよ。
ーーそして現在に至る。
僕は第1体育館の裏に連れてこられ、例の三人の男子生徒に囲まれていた。
僕は体育館外からステージ袖に入る為の扉を背中に三人に詰め寄られており、うなじが金属製のその扉に当たり、冷んやりとしていた。その物理的冷たさが、より一層僕の背筋を凍らせる。
何故こんなことになっているのか理解できず、その事が更に僕を不安にさせた。
やがて3人の内の一人がが口を開く。
「藤島陽平君。君と園部茉莉子さんの関係は一体何ですか?」
その問いで状況を完璧に理解した。
理解したと同時に、こんな事が現実に実際に起こるのかと、ある意味で感動すら覚えた。
恐らくこの三人の男子生徒は園部さんに、憧れなり恋心なり何かしらの好意を抱いている方達なのだろう。そしてここ4日間、毎日彼女と登下校を共にしている僕に目をつけた、と。そういう事だろう。
一人は制服を校則通りに着こなし、眼鏡の奥の細い瞳をキリリとさせた眼鏡委員長系。
一人は金髪ツンツンチャッキンチョメランポルンタルンタって感じのちゃらんぽん系。
一人はそこそこ筋肉隆々した感じの――と言っても先日の僕をお姫様抱っこした女子生徒よりは威圧感は無い――残念筋肉系。
ちなみに先ほどの質問はメガネ君からのものであった。
問い終えた後、キメポーズなのか知らないが、メガネをクイッと押し上げている。そしてそのレンズの奥から覗いてくるドヤ瞳。さっきの貴方のセリフの何処にそのまでキメ顔する要素があったのだろうかと甚だ疑問ではあるが、突っ込むのは怖いのでやめておこう。
「失礼。自己紹介がまだでしたね」
僕が呆然と突っ立ているのを見てか、そんな二次元っぽいセリフを吐くメガネ君。自己紹介がまだでしたね、とか初めてリアルで聞いたよ。こいつ思い中二病患者だな。近い将来絶対悶える。ベッドをギシギシ言わせながら悶えるね。
「私は園部茉莉子様のファンクラブ会長、金山です」
メガネ君は眼鏡を再びクイッとさせた。
「副会長越智だ」
とは筋肉君。
「同じくふくかいちょーの樫っす」
とチャランポン君。
「それで、園部様の学園生活を陰ながら支えているファンクラブとしましては、今年度から急激に接近した貴方と彼女の関係を知る必要があるのです」
その瞬間、この人らイカれてると僕は理解した。しかし、そう口に出す訳にもいかず、素直に効かれたことだけに答える。
「何と言われましても、ただのクラスメイトとしか……」
事実そうである。たとえ幼稚園からの付き合いでも、今は彼女の母親から彼女の世話を言いつかっていても、僕と園部茉莉子の関係はただのクラスメートでそれ以上でもそれ以下でもない。いや、其れ以下かもしれないけど……。
「ただのクラスメートが何故進級以来、毎日毎日一緒に登下校を共にしているのだ!それ以上の関係だからなのではないか!?」
筋肉殿は脅しなのか、筋肉をわざとらしくモリモリさせている。筋肉は盛り上がっているが、どちらかと言うと額からダラダラと流れる汗と、勢い良く飛び散った唾の方が気になって、筋肉の方には余り目がいかない。やはり残念な筋肉だった。
「あぁ、実は彼女の母親から登下校の世話をしてくれと頼まれまして」
「マジ!?ナンデッ!?」
チャランポン君は見た目通りの喋り方で、想像以上に要領を得ない質問をしてきた。
ナンデッって何に対しての何でなの?もうナニがナニでナニか分からなくなって、何か卑猥じゃん。新手のセクハラですか?
て言うか、その簡潔すぎる文とイケイケなノリから寧ろ英語にも聞こえなくも無いんだけれど。あれか?グローバリゼーション意識したらそんな話し方になっちゃったのか?グローバル化って恐ろしいね!
「何故貴方が園部茉莉子さんのお母様にそのような頼まれ事をされるのですか?」
僕がチャンポン君の質問の意図を理解していないのを察してか、メガネ君がチャランポン君の質問の補填をしてくれた。またもやメガネをクイッとあげるモーション付きだ。その眼鏡ずれやすいなら調整すれば良いのに。
そんなズレ安い眼鏡の持ち主メガネ君が親切を見せてくれたが、実を言うとチャンポン君のシンプルイズザベストがバーストしてワーストになっちゃってるクエスチョンも僕のクレバーでスマートな頭を以てすればアンダースタンドだったんだけど、敢てしなかっただけなんだからねっ!
「実は僕もそこが今一つ理解できてなくて。多分家からの最寄り駅が同じなのが僕だけだったからかなーと愚考しているのですが。すみません。上手く説明できなくて」
こういう時は下手に出るに限る。
腰を低くして頭を下げ、そして少しばかりの上目遣いを駆使して庇護欲をそそり、相手に強引な態度を取らせない。
よくアニメやら漫画やらで不良と捨てペットのギャップ萌え云々やってるけど僕から言わしてもらえば、あれって不良の根が優しい云々より、九死に一生を得ようとする捨てられし者達の決死のアピールの賜物だと思うんだよね。
どんな人でも全くの無抵抗な者に哀れな瞳で見つめられたら邪険に出来ず、絆されると思うんだ。
実際、目の前の三人は毒気を抜かれたようで、戸惑いの、或いは弱者に対する哀れみの表情すら垣間見れる。きっと僕は無害だと認識したに違いない。
「とにかく、貴方と園部茉莉子さんが一線を越えていなければいいのです。ですが、もしそう言った言動を見掛けたら、次はこんなものでは済まないという事は肝に銘じておいてください。いいですね?」
早口にメガネ君は言った。
おいおい、眼鏡をクイッとするのを忘れているゾ。
「こちらとしても手荒な真似はしたくないんだ。わかったな!?」
筋肉君が野太い声でそういうが、既にこれは手荒な真似だと言いたかった。
「まじチェリッつぁっけーナ!」
ごめんなさい。本当に今回は何言ってるのか分かりませんでした。
イタリア語? あれだろうか。ボディーランゲージみたく、感じろ的な言葉なのだろか。
「分かりました。気をつけます。」
軽く会釈をしながらそう言う。一つ分からなかった発言もあったがね。
僕が頭を下げて上げた時には三人は既に踵を返してここから立ち去ろうとしていた。
最初から唯の牽制のつもりで、大々的に対処する予定ではなかったのだろうけれど、正直拍子抜けだ。
もっと熱い展開になると、いろいろ妄想広げてたのにな。妄想の中の僕、すっごくかっこよかったのにそれが見せられなくて、残念だわ。ほんと、マジで。
何はともあれ、こんなアニメ的展開を実際に体験するとは思っていなかった。次はこんな物では済まないと言っていたけれど、暫く彼女の世話をするにあたって、気をつけてなければな。
その事を心のメモに書き留めておこう。
あと、バーカ、とも。
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