第2話

 瞳を閉じた暗がりの中で恐らく夢を見ていた。

 

 登場人物は主に2人。

 園児らしく、青い割烹着のような服を着た5歳頃の子供2人が積み木で遊んでいた。

 否、2人の纏う雰囲気は、遊びという表現では不適切かもしれない。

 一緒に積み木を積み上げるのではなく、個々で全く別の物を造っており、2人の間に会話はない。 

 しかし互いに全くの無関心という訳ではないらしく、ふと相手とそれが積んでいる木々を見る瞬間が双方にあった。ちらりと盗み見て、そして何も言わず自分の作業に戻る。

 少し離れた所では彼らと同じ年頃の子達がワイワイ叫んで遊んでいるというのに、その二人の空間だけは何処か異質だった。


 黙々と積み上げられ形作られていく作品は、どちらも趣向が凝らされており、幼稚園児が造ったとは思えない程の出来栄えだ。

 ちょっとした所を工夫し、思わず感心してしまう様な遊び心を見せつける。


 やがて示し合わせたかの様に、2人同時にその手を止めた。

 

 2人は数歩後方に下がり、互いの作品を食い入る様な目付きで見比べる。

 そして双方勝ち誇った様な笑みを浮かべながら顔を向かい合わせた。

 しかし、二人の目があった瞬間、その笑みは消え去り、再び双方どちらも同じ顔を作る。その表情は本当に園児かと疑いたくなる程、剣呑な物で。触れれば切れてしまいそうな程張り詰められた空気が二人の中を漂っていた。


 そして二人同時に、相手の作品を壊し始める。

 殴って上部を崩し、蹴って下部をめちゃくちゃにした。


 鼻息を荒くし、肩を怒らせ、その残骸を見つめる2人。

 折角の作品がそんな姿となっても、どちらも清々しい表情を見せていた。


 その後、片付けを始めた2人の間には、やはり会話はない。


 一見すると仲が良さそうには見えないこの2人。

 しかし、積み木を形ごとに箱に詰めていく際、何も言わず確りと分担していたり、片方が担当していた形の積み木をさり気なく相手側に寄せていたりと、スムーズに片付けをこなしていくその様子は、仲が悪そうにも見えなかった。


 片付けを終えると2人は無言で別れ、それぞれの友達の輪の中に入っていく。


 その中で2人は満面の笑顔を見せる。

 それは年相応の物で、可愛らしい園児と言えた。


 懐かしい夢だった。


 1人は僕で。


 そしてもう1人はーー。

 



〇〇〇〇




 園部茉莉子を一言で表すならば「完璧」と言う言葉が相応しいだろうか。

 容姿、学力、運動神経、どれをとっても校内トップクラス。誰が告った、誰が振られたという噂は、よく耳にするし、ファンクラブなる物もあるらしい。


 そんな物語の中の登場人物をコピペしたような園部茉莉子は、何時も綺麗で、何時も周りに人がいて、何時も笑顔の中心にいる。欠点など大凡検討のつかない程の、正に理想とも言える高校生活を彼女は送っていた。


 彼女を知る人に園部茉利子とはどんな人かと尋ねたら、表現の仕方は兎も角、要約すれば似た様な説明が返ってくるだろう。


 対して僕、藤島陽平はボッチだ。

 僕の自己紹介はその一言で完結できる。

 一人称と名前から一般に男と連想できるだろう。それで構わない。僕は正真正銘男だ。また、ボッチという言葉のニュアンスから、年齢は大体10代半ばから後半、少なくとも学生の範囲内を思うのではないだろうか。それであっている。僕は17歳、この春から高校3年生だ。

 特に趣味もないし好きな食べ物も、将来の夢とかも特にない。細かい事を言えば、それなりの自己紹介は出来るだろうが、誰も興味はないだろう。


 そしてそんな僕と彼女、藤島陽平と園部茉莉子は月とスッポン。雲泥万里、天地の差。たとえ僕がグーで彼女がチョキでも彼女の勝ち。僕が両手両足でグーを出しても、片足のチョキできっと彼女は勝つ。


 それほどの歴然たる差が僕と彼女にはある。比べることすら、或いは名を並べること自体烏滸がましいのかもしれない。


 しあkし僕について、僕を知る人に尋ねたら、上の自己紹介文の通りだと言う人と、もしかしたら首を傾げる人がいるかもしれない。

 そして傾げた人は僕と園部茉利子を比べた際の言い分についても一言申すかもしれない。


 肯定する人、否定する人、どちらの言も限定的には正解であり、限定的に不正解である。


 前者は昔の僕だけを知っている人。

 後者は今の僕だけを知っている人。



 これは嘘や見栄ではなく紛れも無い真実なのだけど、ほんの数年前まで僕はとても優秀だったのだ。

 それこそ園部茉利子と肩を並べる程に。


 そしてそんな優秀だった僕は彼女に対抗意識を持っていた。


 そして彼女の方も……。


  園部茉利子とは付き合いだけならば幼稚園児の頃まで遡ることが出来る。所謂腐れ縁と言うやつ。と言っても腐る程タンパク質といった旨味成分は僕達の縁には無く、淡白でただ無駄に長い縁が続いているだけだ。


 会話すら真面にしたことはない。


 それでも僕は園部さんのことをライバルと思っていたし、向こうも僕のことを良き好敵手として認めていたという事は確信している。


 色んな勝負をした。


 幼稚園時代は、砂場でどちらが高い山を作られるか、とか。積み木をどちらが綺麗に複雑に積めるかなど、たわいも無い可愛い競い合いだった。


 小学では、学年にクラスが一つしか無かった為、六年間同じクラスだった。よって互いに意識しやすく、より対抗意識を燃やしていた。

 給食の早食いや、計算スピード、九九、漢字、縄跳び、跳び箱、etc 。


 計算スピードの競争では、互いに終わったと合図する為、鉛筆を机に音を立てて置くのだが、その衝撃で鉛筆の中の方の芯が折れて何本も買い足し親に怒られたり、勢い良く机に叩き付けすぎて鉛筆がバウンドし、それが前の席の人に突き刺さって泣かせてしまったこともある。


 鉄棒では園部さんが逆上がりを何回連続で回ったというのを友達経由で聞き、その記録を徹底的に塗り替えるべく僕は死ぬ程回った。気付いたら手の皮が剥がれ血が出ていた。そして、その次の日には園部さんの手の平には絆創膏が。それを見て僕はまた血を流し、翌る日、園部さんは更に大きな絆創膏を手に貼っていた。

 やがて下級生は鉄棒に付いた血痕を気味悪がり、いつの間にかその鉄棒にまつわる怪談話(一度回り始めたら手の皮が剥げて無くなっても、肉が削げ落ちても死ぬまで回される)まで生まれて、誰も寄り付かなくなったのを覚えている。


 流石にその時は僕も自分を馬鹿だなと思った。


 とまあ、周りには色々迷惑掛けたかもしれない。

 しかし優秀だった僕たちのお陰で、読書感想文や書道のコンクール、市内合同陸上大会に水泳大会等で僕らの小学校は一躍有名になっていたらしい。


 中学では、小学校からのアドバイスがあったのか学年にたったの2クラスだったと言うのに、園部さんとは3年間同じクラスになることは無かった。

 それ故、直接対決は当然減った。

 がしかし、それでも互いに対抗意識は満々だった。


 定期テストがあると廊下に貼り出される好成績者の順位表の一番右側に名前があるか、右から2番目にあるかすぐ確認していた。勝敗は覚えてないが、恐らく僕が勝ったと思う。まぁ向こうに聞いたら私が勝ったと言うかもしれないが。


 部活は僕は美術部、彼女は陸上部だったけど、活躍状況は逐一チェックしていた。当然の様に彼女は好成績を残し、僕もそれに負けじと自分の部活に精を出した。

 どうしても運動部の方が大会数が多く、表彰される回数が向こうの方が多かったのは少し悔しい気もするけど、僕も彼女も全国レベルだったっという事で、これに関してはドローだったと言いたい。


 この他にも大きい物小さい物数ある競争で、実際に僕たちはやれ勝った負けた、お前が下俺が上などと言い合ったことは無い。

 でも、確かにお互いの結果に一喜一憂していたのだ。


 嫌味な様だが僕達は元々極めて高スペックだった為、他の人達から一歩引かれてしまう事はままあった。だからこそ、同じ土俵で渡り合える存在がいて内心僕達は嬉しかったんだと思う。


 良い関係だったと、今は思う。

 恐らく彼女が居なければ、僕は精々凡人に毛が1、2本生えている程度だったろうし、彼女も僕が居なければあそこまで完璧な存在に成っていなかったのではないだろうか。


 しかし、先ほどの簡単な人物紹介でも分かる通り、そんな風にお互い切磋琢磨していた僕達の関係は、今現在完全に崩れ去って居る訳で。


 落ちぶれたのは言うまでもなく僕だ。


 キッカケは高1の夏、一人の女子生徒を振ったことだった。


 僕は高校に入ってからも大変優秀だった。県下一、国内でも有数の私立進学校へ園部さんを抑えてトップ合格し、新入生代表挨拶を務めた。クラスでは中心人物で、部活でも中学時に残した好成績のお陰で期待の新人として随分チヤホヤされていた。

 まさに最高の高校デビューという奴だった。

 そして、嫌味に聞こえるだろうが見た目も良かった為、少女漫画のヒーローは斯くやあらんといった風にモテた。

 ただ色恋沙汰には興味がなかった為、毎回同じセリフで断っていたのだけど。


ーーごめん、そういうのに興味がなくて。


 僕が落ちぶれるキッカケとなった女子生徒にも同じ言葉で告白を断った。


 そう確かに断ったんだ。


 しかし告白された次の日、何故かその女子生徒は僕の彼女となっていた。

 取り巻きだった男子からは羨ましいなコンチクショーと祝福を受け、女子は泣かしたら許さないから、と本気半分、揶揄い半分と言った感じに喚起された。

 

 プライドが高かったのだろう。

 確かに可愛くて人当たりも良く、今まで振ることはあっても振られた事なんてありません、と言った感じの人ではあった。

 振られたことを認めたくなかったのか。


 女子生徒はデマを流したのだ。


ーー藤島陽平は私の彼氏よ、と。


 当然何度も否定したが、周りは恥ずかしがってるだけだと思ったのか、笑いながらスルーされた。キツく否定しようにも色々角が立ちそうで、中々言い出せない状況でもあった。結局何も対応出来ないまま時間だけ過ぎて行き、気付けば最早手遅れの状態になってしまっていた。


 彼女の手作り弁当で一緒に昼食、学校の最寄り駅に待ち伏せられ一緒に登校、部活が終わるまで待たれて一緒に下校。 

 傍から見ればツンデレ彼氏と理想的な良妻を演じる彼女の良いカップルが出来上がっていたし、周りも変に協力的過ぎて今更後に引けない状態となっていたのだ。

 そして否定を続けていた僕も段々抵抗するのにも疲れてきて、次第にその状況を受け入れていった部分も否定できない。

 恋人持ちなんて正にリア充じゃないか。高校生活に、青春に可愛い彼女と一緒というのは、中々に果報者ではないか。

 そんな気分にさえなっていたのだ。


 しかし、それからが本当の災難だった。


 何とその女子生徒が妊娠し、自主退学したのだ。


 勿論僕は無関係だ。


 しかし学校の皆は僕とその娘が付き合っていると思っていたので、当然のように僕が孕ませたという噂が一気に広まってしまった。

 中には僕が嫌がる彼女を無視し避妊をしなかったと言う物まであった。


 根も葉もない法螺話だったが、その噂を受けた僕の友人達は周りからあっという間に消えて行った。目が合えば気まずそうに逸らされ、話し掛けても素っ気ない対応ばかり。

 噂に関しては幸い、早い段階で間違いだったという認識が広まったが、一度歪んだ関係は元には戻らず、結果、僕は孤立してしまった。


 勝手な話だと思った。


 高スペックだった僕に、虫が花に群がるように寄って来て、これでもかと思う位に美辞麗句を並び立てていたのに、少し一緒に居づらい状態になったら、あっという間に距離を置く。

 結局僕の周りにいた人達は僕と親しくなりたかったんじゃなく、僕の蜜に寄ってくる虫達と親しくなって大きなグループを組んでおきたかっただけなんだろう。


 人はずる賢くて汚い。

 自分自身が脆いと知っている人は余計にそうだ。


 僕はそれまでが順調過ぎて、その辺の駆け引きが余りに下手だった。


 そこから僕が今の落ちぶれた状態になるまでは本当にあっという間だった。

 上辺だけの人付き合いが面倒になって、何をするにも怠くて。部活もやめて。見た目に気を使うのもやめて。流行に乗るのもやめて。話題をストックするのもやめて。


 やめることは簡単で、また、一種の依存性みたいなものがあって、自分の持っていたありとあらゆる物を片っ端から捨てていった。


 色んな事をやめてやめてやめて、やめて行った結果僕はボッチとなった。


 ヤサグレてから暫く時間が経って、冷静になってくると、元がカースト上位の人間だったからか、ボッチである自分が恥ずかしくなって、再び周りに目を向けた頃もあった。でも、上手くはいかなかった。

 1年の折り返し時期ともなるとグループは固定されていて、その中に一から入っていくのは難しかったのだ。


 急に馬鹿になるわけでもなく、急に運動が出来なくなるわけでもない。容姿だって気にしなくなったと言っても、学内では制服でお洒落の幅は狭い。

 でも人は以前のように寄っては来なかった。

 当然だろう。怠惰な目をした人間と一緒にいても楽しくはない。


 そして其の儘、僕はボッチ生活を受け入れる様になった。自分がボッチと言う事にもすっかり慣れてしまったのだ。

 存外ボッチ生活は悪くなかった。

 思った程、不便さを感じる瞬間も少ない。


 ただ、たまに感じる元好敵手の哀れむ視線が、胸に突き刺さった。

 でもそれも喉元を過ぎれば何とやらで、一瞬の胸の突っ掛かりさえ我慢すれば、僕は平凡な毎日を送る事ができた。


 ボッチらしくあまり目立たないように。

 いい塩梅に手を抜いて。

 手を抜きすぎて教師たちから反感は買わない程度には頑張って。


 そんな日々を送った。


 

 そして高2の春休み。


 僕は元好敵手の怪我の話を聞いた。

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