第12話 四章 思春期ごっこ その2 幸せのあり方
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気分がすぐれない。
朝の笠倉との一件が引きずっていると言うわけではないが、今日一日、笠倉とはあまり話がはずまなかった。そのまま、なし崩しに放課後になって、わたしは一人で帰路についている。
四時半。部活もなく、用事もないわたしは、まだ早い時間を歩いていた。
蒼井とも、今日は話をしなかった。
そう言えば、こうして誰と一緒でもない帰りは、久しぶりだなと思う。先週は、一人で帰ろうとした日は高浪と遭遇したことだし、もしかしたら今日も、と少しだけ期待をした。
そんな期待をする自分に、驚く。
別に、一人だからどうってことは無いはずなのに、わたしは自然と、誰かと共に歩く自分を想像していた。
一人ではない、自分を。
独りではない、自分を。
「さびしいとかじゃないんだけどなぁ」
心細いわけでも、人恋しいわけでもない。
ただ、何か物足りない。
蒼井や高浪のような人間と出会って、久しぶりに気兼ねなく話をしたからだろうか。会話というのは、鬱屈した精神を解放してくれる。わたしの中の、抑え込んでいたモノを隠さずに済むから。
全てをさらけ出す必要はない。隠してはいても、誰かに見せたい想いというのは誰にだってあるはずだ。そう言ったものを、ここ数日で出し過ぎたのかもしれない。
出すのに慣れてしまったのかもしれない。
「あー。きつい」
気分が悪い。
なんだか、どっと重みがかかっているような気分だ。
そういう感覚が嫌で、けれど無視できなくて、もやもやする。
こう言う時は、寄り道でもして帰ろうと思う。
別段用があるわけではないけれど、久しぶりに本屋にでも寄って帰ろうか。
足を自宅から駅の方へと変えた。
蒼井と話をするようになって、わたしも久しぶりに読書欲というモノが湧いてきた。しばらくぶりだが、何か読みたいと思うのだ。
蒼井からお勧めされた本もいくつかあることだし、この際時間がつぶせるなら何でもいい。この不毛な気持ちから目をそらすことができれば、何だって。
駅近くのデパート。その中の本屋で、三十分ほど物色をする。最近の流行りとかはあまり知らないから、無難に昔読んでいた作家の新刊辺りがいいだろうか。特別好きな作家に関しては、今でも購読しているので、それ以外ということになるんだけど――
と、その時だった。
「あれ? もしかして、ミナ?」
後ろから声をかけられた。
文庫本の棚に向けていた目を背後にやると、女性が立っていた。
「やっぱりミナだ。やっほ。あたしのこと、分かる?」
屈託なく笑いながら、その女性は笑った。
始めは誰だか分らなかった。
一番の原因は、その大きく膨らんだお腹の所為だ。小柄な体で、大きなスイカでも抱えているような、アンバランスな風体。ゆとりのある服装は、妊婦服でいいのだろうか? そういった外見と、顔の印象が一致しなかった。
妊婦さん。
彼女の顔を見て、自然と言葉が漏れる。
「えっと、『春ちゃん』?」
するっと、昔の呼び名がこぼれ出た。
それと共に、どうでもいいことを思い出す。
そうだ。『ハルちゃん』というのは、元々この子のあだ名で、だからこそ、高浪からそう呼ばれることに、若干の抵抗があったのだ。
そんなわたしの内心など知らずに、彼女は微笑みながら言った。
「覚えていてくれたんだ」
「まあ、そりゃあ」
ただのクラスメイトならいざ知らず、少しだけ深い付き合いだったのだから、簡単に忘れられるわけがない。
春崎明菜(はるさき・あきな)。
一年半前にうちの学校を辞めた元クラスメイトで、そして今は二十歳年上の人と結婚しているらしい。
「びっくりした。見違えたよ」
「えへへ。なんかみっともなくて恥ずかしいな」
化粧っけのない顔で照れたように笑いながらも、その様子はどこか胴に入った印象だった。
やっぱり目が行ってしまうのはそのお腹で、あまりじろじろ見てはいけないと思いつつも、つい目をやってしまう。
「結婚、したんだってね」
「うん。三ヶ月くらい前にね。ちなみに、この子は五ヶ月目」
優しくお腹を撫でて、春崎はゆるりと笑った。
「なんか懐かしいな。半年ぶりだっけ。ねえ、この後暇?」
「うん、放課後で、帰るところ」
「やった。それじゃあ少しお話していこ?」
その提案に、わたしは迷いもせずについていくことにした。
デパート内のカフェテリアで、一息つくことになった。
ちなみに、お代は春崎のおごりだった。
自分の分は払う、と言ったのだが、春崎は笑いながら言った。
「大丈夫だって。どうせ旦那のお金だし。女子高生孕ませたんだから、ちょっとくらい我がまま言っても文句言えないって」
冗談っぽく言った後に、穏やかに続ける。
「それに、ここ最近あんまり遊んでいないから、余裕はあるんだよ」
春崎の前に置かれているのは、ホットミルクだ。
同年代には珍しいことに、彼女はブラックコーヒーが好きだと言っていたはずだが、どうしたのかと聞いて見ると。
「カフェイン取りすぎたら怒られるからね」
と、言うことだった。
落ちついてから、わたしは正直な気持ちを口にした。
「今もそうだけど、春ちゃんが結婚したって聞いた時は、びっくりしたよ」
「そうでしょ。実は、あたし自身が一番びっくりしてる」
顔から笑みを絶やさずに、彼女は照れ臭そうに言う。
実を言うと、わたしの方は街中で一度、お相手らしい人と歩いているのを見たことがあるのだが、それでも結婚とまで行くと、わたし達の年齢では驚きだ。正直、実感がわかないと言うのが本音である。
「えっとね。ミナがグループ抜けた直後くらいかな。だから、ミナの知らない人だと思う」
「話には、結構年上の人って聞いたんだけど……」
「うん。おっさんもおっさん。自分で言うのも何だけど、冴えない人だよ、あの人。背だけは高いけど、ひょろひょろで、頼りなくって。おまけに、最近髪の毛が後退してんの」
あはは、と笑いながら言っているが、しかしその様子には、自虐のようなニュアンスはまったく含まれていない。
どちらかというと、のろけという感じだ。
「あたしもさ、最初はそんなつもりはなかったんだけどね。ま、いろいろあってね。今は『雪塚』って名乗ってる」
「いろいろ、か」
「うん。いろいろ」
春崎の様子を見る。
確かに、わたしの知っている彼女からすると、外見だけでも随分変わったものだと思う。
自分を着飾ることに執着していた彼女が、随分と質素な格好をしていると思ったものだ。化粧だって、軽くはしているだろうが、愛想程度のものだ。
春崎とは、クラスメイトだった時よりも、彼女が転校してからの方が、付き合いが長かった。須藤との付き合いで参加していたグループの中にいたのが彼女で、顔見知りということもあって、よく一緒に行動していた。
須藤と別れて、そのグループとも手を切ってからは、疎遠になっていたので、確かに久しぶりだった。
「まだ、みんなとは会ってる?」
「たまに連絡は取ってるけど、集まりに参加とかはあんまりしなくなったかな。みんなも気を利かせて、あたしを誘わなくなったし」
「そっか。そうだよね」
妊娠というのがどれだけ大変かは分からないけど、やっぱり、そう無理は出来ないか。
またしてもお腹に目をやってしまったわたしに、春崎は笑いながら言う。
「やっぱ、気になるよね。これ」
「あ、ごめん。じろじろ見ちゃって」
「ううん。いいの。気持ちは分かるから」
春崎はゆっくりと優しくお腹を撫でた。
「できちゃったって分かったときは、ほんと怖かったんだけどね。けどま、旦那が認めてくれたから、何とか安心して、今は落ちついている」
「もう、怖くないの?」
「そりゃあ怖いよ。めっちゃ怖い。でも、何だろうね。怖いっちゃ怖いけど、先の見えない怖さではなくなったかな。いつか体験することだって思ってたし、それが、みんなよりちょっとだけ早かったって。それだけかな」
そんな風に言う春崎は、悟りでも開いているように見えた。
グループでつるんでいた時の彼女は、それこそ典型的な遊んでいる女の子っていう感じだったけれど、人は変われば変わるものだと、しみじみ思う。
「ミナはどう? 最近。彼氏とか」
「あー。いないいない。ってか、そう言うのはちょっと。須藤の時で懲りてるし」
「須藤くんか。……そう言えば、ミナの所にも、話行ってる?」
「うん。殺されたんだってね」
やっぱり彼女も知っていたか、と心の中で思う。
しかし、どうやら彼女の知っていることは、わたしよりも多いようだった。
「なんか須藤くん、お金関係でヤクザともめてたらしいね。そんなことって本当にあるんだね」
「へ、うん?」
なんだそれ。初耳だぞ。
「それは――知らなかった」
慎重に言葉を選びながら、わたしは正直な気持ちを伝える。
「わたしはてっきり、通り魔殺人の話題になるとばっかり」
「あ、そう言えば、通り魔殺人の六件目とも言われてるんだっけ」
あっけらかんと言う春崎。
「なんか、あたしの所に刑事が聞き込みに来てね。その時に、久しぶりにみんなに連絡取ったの。それであたしは知ったんだけど」
「詳しく教えてくれない? その話」
自分でも怪しい食いつきだとは思ったけれど、そう言わずには居られなかった。
通り魔殺人以外に、須藤が巻き込まれていた事件。
春崎も伝聞だからか、あまり詳しくは知らないようだったが、その話をまとめるとこんな感じだった。
わたしが関わっていたグループはだいたい二十人くらいだったのだが、そのうち、須藤を含めて五人くらいが、別の集まりともつながりがあったらしい。その集まりはヤクザの下位組織のようなもので、子供の遊びでは済まないような、危ないことに片足を突っ込んでいたそうだ。
詳細は不明だが、須藤はそのヤクザに対して借金を背負っていたらしい。ギャンブルで負けたとかいう話だが、それでよほど彼は焦っていたのだろう。
わたし自身は通り魔殺人の事しか頭になかったので、そう言う話を聞くと、確かにヤクザに殺されたとしか思えない。
いや、しかし――そうした筋の人間が、あんな分かりやすい殺しをしないとは思う。
だが、これで刑事たちがわたしの所に来た時のニュアンスも、少しだけ変わってくると思えた。『事件に巻き込まれた』とあの刑事たちは言ったが、なるほど、こういうことだったのか。
真剣にあれこれ考えていると、目の前で春崎が笑いだした。
「あはは。ミナはホント、変わってないな」
「え、と。どういう意味?」
キョトンとしているわたしが可笑しかったのか、続けて笑いながら、春崎は言った。
「前から、こういう話好きだったもんね。ミナにとっては、須藤くんが亡くなったことよりも、事件そのものの方が、重要みたい」
「あー。まあ」
それは否定しない。
知った仲でもあるし、何より、須藤に対してあまりいい印象を持っていないことは、春崎も知っていることだろうし、わたしは素直にうなずいた。
そんなわたしを見て、春崎が尋ねる。
「須藤くんの事、もう吹っ切れた?」
「吹っ切れるも何も、別れた時に愛想は尽きてたからね」
愛想が尽きただけなら良かったのだが、今では嫌悪感しかないので、むしろ死んで清々したとすら思っている。
しかしさすがにそこまで言うと不謹慎なので、曖昧に誤魔化しておくことにした。
「ま、事件に関しては警察にもいろいろ聞かれたけど、わたしたちには関係ないからいいけど」
「そうだね。――あ、そう言えば、みんながミナの事探してたっけ」
「え?」
「こないだ連絡取った時にね、ミナの連絡先知らないかって、聞かれたんだよ。けど、あの中でミナの連絡先知ってるのって、須藤くんだけだったから、みんな分からなかったみたい。ミナって、あんまりケータイ番号とか教えなかったし」
わたしを探している、という言葉に、なんだか嫌な予感がした。
これ以上、須藤の関係で迷惑を被るのはごめんなのだが。
そんなわたしの内心が伝わったのか、春崎は気を使うように言ってきた。
「どうする? あたしの方から、なんか言っておこうか?」
「ううん。いいよ。探してるんなら、そのうち会うと思うし。それに、今ケータイ電源切ってあんまり使ってないから」
「持ち歩いてないの?」
「持ってはいるんだけどね。ちょっと迷惑電話多くて。何なら見る?」
冗談めかしてポケットの中をさらしながら、わたしは笑った。まあ、これに関しては嘘ではないので、後ろ暗いところはない。
そこで事件の話はひと段落して、あとは春崎ののろけ話へと話題は移行していった。
始めこそ愚痴のようなことばかり言っていた春崎だが、まんざらでもない様子で、やっぱり幸せそうだった。
学生で妊娠し、しかも二十も上の男の人と結婚して。
そんな、あまり外聞が良くない状態でも、本人は、幸せを感じている。
「いろいろ言われてるんだろうなーとは思うんだけどね」
そう、春崎は語った。
「実際自分でも、傍から見たらみじめに見えるだろうなーとは思う。親からも随分言われたし。『親子の縁を切る』なんて、ドラマみたいな脅し文句付きで反対もされたんだけど、今じゃ事あるごとに心配しちゃってさ。『つわりは大丈夫か?』『相手の男は優しくしてくれるか?』とかってね。なんか、親のそういう姿見てたら、あたしもこうなるのかなーって」
「親に、か」
わたしは。
今もまだ、反抗期の娘を演じているし、わたし自身がそれほど深く思っていなくても、母との溝は、修復できるか怪しいくらいに深くなっている。
そんな、わたしでも。
あの母は、わたしを心配してくれるだろうか。
「両親の気持ちが分かるとさ、自然と、なんでも受け入れられるような気になるんだ。ま、あたしの場合は、旦那が結構いい人だったからね。これで駄目な男だったら、こんな悟ったようなこと言える余裕なんて、無いんだろうけど」
微笑む春崎は、同年代の少女とは思えない顔をしている。
彼女は、自分の道を見つけている。
それは自身で選んだと言うよりは、自然とたどり着いて、受け入れた道。きっとそれを悪く言うこともあるだろうし、恨むこともあるだろうけれど、それは他でもない、彼女自身の道。
それをわたしは、素直にすごいと思うし、
それがわたしは、素直に羨ましかった。
一時間ほど話して、外が暗くなった。さすがに七時くらいになると歩きまわるのも危険なので、わたしたちは帰ることにした。
そう言えば、春崎と一緒にこうして帰路につくのは初めての事で、彼女と帰りの方角が一緒だと言うことも驚きだった。まあ、結婚しているのだから、今住んでいるのは旦那さんの家になるのだろうけれど。
少し遠回りになるものの、土地勘のある辺りのマンションの七階に彼女は住んでいた。そこからわたしの家まで、十五分程度の距離だった。これなら、またちょくちょく遊びに来ることも出来るかもしれない。
荷物が重そうだったので、手伝う名目で彼女の自宅まで一緒に歩いた。
「それじゃあね。また今度、お茶しよう」
「うん。じゃあ、また」
家の中にお邪魔するのもそこそこに、わたしたちは別れた。名残惜しかったが、また会おうという約束を取り付け、わたしはようやく自宅に歩を向けた。
自宅に帰宅するのが遅くなってしまった。
父すらもすでに帰っている。ニュース番組を見ている母の、何か言いたそうな視線を無視し、わたしは汗をかいた身体にシャワーを浴びせ、食事もそこそこに部屋に引きこもった。
さて、宿題でもしようか。
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通り魔殺人事件九件目。
死体発見・三月七日午後十時。帰宅した夫が発見。
被害者・雪塚明菜 十七歳 女性
現場・被害者の自宅の居間
死因・絞殺による縊死
死亡推定時刻・死亡して間もなく発見された模様。七時半ごろに近隣住人の目撃証言があるため、それ以降と思われる。
外傷・首を絞められている他、死後、台所の刃物で腹部が切り裂かれていた。その時の血で、壁にメッセージが残されていた。
備考・被害者は妊娠五カ月目だった。
その夜、春崎が殺された。
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翌日、話題は事件一色だった。
さすがにもう無視できるレベルの事件ではないからだろう。これまでのような、怖いねーと言い合うような噂話レベルではない。テレビや新聞でも、これまでの事件を振り返るような情報が多かった。
しかも、今度は妊婦が被害者ということで、随分と話題性が高い。わたしも、同じ女性として気持ちは分かる。確かにこの事件は、他の事件に比べて、一線を画していると思う。
わたしからすれば、他の人に比べてわずかなりとも春崎と関わりがあったものだから、特に影響は大きい。何せ、事件のほんの数時間前まで、一緒に歓談していたのだから。さすがに驚きを隠せない状態だ。
報道規制が敷かれているため、まだ被害者の名前は知れ渡っていないものの、キーワードから連想することはたやすいらしく、またネットなどでは情報が流出しているようで、クラス内でも春崎の事だと分かっている人間は少なくなかった。
そうしたクラスメイトの話に参加しても、曖昧に返すにとどめる。下手なことを言ってしまうのはまずい。ただでさえ、わたしは興奮しているのだ。笠倉にも注意されたことだし、あまり素の自分は出さない方がいい。クラスで浮くのは勘弁だ。
笠倉とはやはり気まずかった。昨日の今日で、事件なんかが起きたんだから、当たり前だ。いくら楽しんでいないと言っても、目の前の話題は、みんなが注目してしまっているものだ。
それにしても、我ながら、すごいタイミングだと思う。下手したらわたしが疑われても仕方ない状況だが、彼女と別れたのは最後の目撃証言がある少し前だったので、まあそれがアリバイになるだろう。というか、その別れた後を他の住人に見られたのが、最後の目撃証言らしい。
何気なくアリバイという言葉を使ったが、何ともいい響きだ。不謹慎だが、まあ思うだけなら誰にもとがめられないだろう。
とはいえ、楽しんでいるばかりではいられないのも事実だ。実際わたしはかなり危うい立場であり、もし次に刑事が聞き込みにでも来たら、十中八九疑われていると見て間違いない。
クラスのぬるい会話に付き合いながら、わたしは早く蒼井と話がしたいと思った。
しかし、蒼井とはその日会うことができなかった。
放課後に話しかけようとしたときには、すでにどこかに行っていたのだ。例の体育倉庫にもいないし、探すあては無かった。
笠倉とは気まずいし、また立川と会話するような気分でもないので、今日もまた、一人で下校である。
で。
もはや、一人で帰るという言葉がフラグにでもなっているのではないかと思うが、今日もまた、帰りに出会ってしまった。
「起きてしまったな。九件目」
校門のすぐそば。
わたしが出てくるのを待ち構えていたように、腕組みした高浪が、壁に背をかけていた。
挨拶もなしに、高浪はわたしに喋りかける。
「まったく。八件目まででも十分だってのに。ここにきて世間は大騒ぎじゃないか。今さら騒いだって、何も出ないってのに」
「まあ、異常性が違いますし」
「異常性、ね。かはは。そりゃあいい。確かに、異常性ってのは、話題になる」
どうやら今度の高浪は男性的な方らしい。服装は迷彩柄のジャケットに、黒いジーンズ。帽子をかぶっているからか、余計に少年のように見えた。
乱暴な口調は、どこか偽悪的だ。
「ま、探偵ごっこの続きってわけじゃあないけれど、君の意見を聞きたくてね。ハルちゃん」
「ハルちゃん……」
今そう呼ばれるのは、正直居心地が悪い。
理由まで分かってしまった今なら、なおさらだ。
けれど、否定するにも機を逸した所があるので、わたしはあえて自分の気持ちに無視して、高浪に答える。
「犯行そのものは計画的。被害者とは顔見知りの可能性あり」
淡々と、自分の考えを告げる。
「ニュースだけだと、これくらいしか分かりません」
「ふぅん。ちなみに、その理由は?」
「計画的、というのは、犯行の短さです。多分、犯人は被害者が帰ってくるのを待っていたんじゃないでしょうか。そして、帰宅して一人になるのを待って、玄関のチャイムを鳴らす。顔見知りというのは、被害者がすんなり犯人を部屋に入れたから。部屋で殺されたからには、招き入れられたと言うのがもっともらしいからです」
「なるほど、ね」
わたしの言葉を吟味するように高浪はうなずいた。
「じゃあ、あたしの考えを言おうか。その前に、歩こう。立ち止まっていると、邪魔になる」
その言葉に従い、駅まで歩くことになった。
高浪はスマホを取りだすと、また画面を操作している。
「現状あたしが手に入れている情報は、ニュースで流れたのと大差ない。特筆するのは、被害者の個人情報くらいかな。でも、それは君に話してもあまり意味ないだろうし」
その言い方には含みがあったが、深く追求しないことにする。
気にした様子もなく、高浪は続けた。
「凶器はレジ袋らしい。あの、普通のビニール袋。それを、ギュッと伸ばして、背後からクイっと首を締め上げたみたい。被害者は妊婦だったから、犯行そのものは簡単だったと思う。けど、背後を見せるくらいには親しい仲だった、というのはあたしも同意だね」
そこまでまくしたてて、高浪はわたしの方に視線を向ける。
「計画的だった、というのも、否定はできない。けど、突発的だったように、あたしは思う」
「どうして、ですか?」
「刃物の所在だよ」
大したことではないように、高浪は言い捨てる。
「これまで犯人は、殺人か死体の処理の際に、必ず自前の刃物を使っていた。けど、今回は現場の刃物を利用している。つまり犯人は、今回だけは、刃物を用意してこなかったってことだ」
「…………」
なるほど――と、思わずうなずいてしまう。
その着眼点は無かった。
何より、これまで死因に必ずしも刃物が関わっていないところが、ミスリードになっている。死因に刃物が関わらずとも、死体損壊の際には、必ず刃物が使われている。
「じゃあ、犯人は今回の被害者は殺すつもりじゃなかった、ってことですか?」
「そこは分からない。ハルちゃんの言うように、計画的だったけど、すぐに殺す気はなかったのかもしれないし、本当は外に連れ出すつもりだったのかもしれない。あと、模倣犯の可能性も、この件に限っては強いと思うよ」
「模倣犯の場合、共通のメッセージに関しては、どう思います?」
「あんなの、これだけ事件が重なれば、知っている人間は少なくない。大々的に知られてなくても、目撃者の数は馬鹿にならないしね」
模倣犯。
ここにきて、そんな問題が出てくるのか。
真面目に考えていたら頭が痛くなりそうな感じだ。何せ、九件。これだけ事件が重なれば、ひとつ一つを整理していくのはかなり難しい。
「ちなみに、現場となったマンションには、出入り口のみ監視カメラが置かれていたんだけど、そこの記録に不審な人物は映ってないって。まあ、出入り口のみの監視なんて中途半端なもの、幾らでも抜け道あると思うけど」
問題は、と。
高浪は言葉を濁しながら言った。
「あたしに情報をくれている奴が、今回に限って情報提供渋っているから、はっきりとは言えないんだけどね。――今回の事件は、犯人にとって大きなミスだと思う」
言いながら、高浪はつまらなそうな顔をしている。
探偵ごっこをした時は、終始楽しそうにしていたのに、今日は随分と、機嫌が悪そうだった。
その機嫌の悪さを吹き飛ばすためか、わざとらしく笑みを浮かべて、彼女は言う。
「今回だけは失敗だよ、殺人鬼」
それは独白のようで、しかし、特定の誰かを想定した上での言葉のようにも聞こえた。その追及するような言い方に、まるで自分が責められているかのような錯覚すら覚える。
高浪は、演技臭く言葉を重ねる。
「そうさ。失敗だ。紛うこと無き、失敗。これまで好き勝手に連ねて来た連続殺人の中で、今回だけはキズだぜ。どうしようもない、ミスだ。今回だけは――無差別じゃない」
「無差別じゃ、ない?」
「ああ。これで殺人鬼は、殺人犯になった」
続けられた言葉は、ある意味で事件の解明を意味していた。
「鬼の真似をした人間が、姿をさらしたのさ」
解決は近い。
高浪の言葉に、わたしはそう思った。
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