第10話 三章 探偵ごっこ その3 高浪きつみの考察
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その後、五件目と七件目を見て回った。
と言っても、五件目は被害者の家の敷地内で死体が発見されているため、中に入ることはできなかった。侵入しようとしても、現場は住宅街で人の眼が多いため、あまり目立つ行為は避けたかった。
七件目にしても、つい最近起こった事件のためか、警備の人間が多くて近寄れなかった。
同様の理由で、今朝発見された八件目も調べることはできなかった。近くまでは行ったのだが、警察の監視が厳しく、また野次馬も思いのほか多く、早々に撤退するしかなかった。
だから、残るは一件目と三件目なのだが――
「ああ、その二つなら、もう見たから行かなくていいよ」
という高浪のあっさりとした言葉のお陰で、見ることはなかった。
そのため、わたしと高浪が二人で直接見に行った現場は、結局駅周辺の三つだけだった。
とりあえず、高浪の持っている捜査資料から、その三件以外の事件の概要だけを記しておく。
一件目
死体発見・二月十日早朝。大学関係者が出勤した際に発見。
被害者・須戸幾久 四十八歳 男性
現場・大学敷地内の関係者用通路
死因・頸動脈の切断による出血性ショック
死亡推定時刻・前日九日二十一時から翌十日の一時までの間
外傷・首の傷の他、右手首が切断されていた。右手首は、何かを強く握った痕が残っている。他に外傷らしい外傷はない。
備考・大学の敷地内で、なおかつ人目に付かない場所での殺人のため、犯人はある程度構内の土地勘を持っている可能性あり。
三件目
死体発見・二月十五日二十三時。死の直後に発見された模様。
被害者・柚鳥快良 二十三歳 男性
現場・勤務先のパチンコ店の近くの公園
死因・臓器を刺されたことによる出血性ショック
死亡推定時刻・二十三時前後
外傷・心臓をナイフで刺されている。また、左足首の腱の切断、および、左手の親指が切断されていた。
備考・心臓の刺し傷よりも足首の腱と親指の傷が古いため、殺人までの間に争った可能性があり。被害者は、大学を中退後、パチンコ店でのアルバイトで生計を立てていた。
五件目
死体発見・二月二十二日午前十時ごろ。町内会役員の人間が発見。
被害者・黒野甘利 六十七歳 女性
現場・被害者宅の庭先
死因・出血による心不全。胴体に複数の刺し傷あり。
死亡推定時刻・前日二十時から二十三時
外傷・腹部に二か所、胸部に一か所の刺し傷があり、それが直接的な死因となっている。また、死後首をノコギリのようなもので切断されていた。
備考・被害者は一人暮らし。昼間は近所付き合いなども良かったため人と触れあることが多いが、夜間は完全に一人になるので、犯行そのものはたやすかったものと思われる。
七件目
死体発見・三月二日の早朝。そばのコンビニ店員が通勤時に発見。
被害者・判高貴 十五歳 男性
現場・コンビニ裏手の林の中
死因・腹部の刺し傷からの出血による失血死。
死亡推定時刻・前日二十二時から翌二時
外傷・頭部に鈍器で殴られた痕がある。また、喉元をノコギリで切断しようとしたあとも残っていた。それ自体は失敗している。左手の指が三本落とされていた。
備考・被害者は昨年の暮れごろから夜遊びをするようになっており、その日もいつもの事だろうと思われていた。すぐそばのコンビニには常連で、よく来ていたと店員は語っている。
八件目
死体発見・三月五日の早朝。ランニングをしている老人が発見。
被害者・佐瀬こゆり 二十六歳 女性
現場・川沿いの土手
死因・喉元の刺し傷からの出血による失血死
死亡推定時刻・前日二十時から二十四時
外傷・争いが会った形跡として、数か所にあざが残っている。また、死後右側の乳房が切り取られていた。
備考・捜査段階であり、詳しいことは判明していない。
「こんなところ、かな」
某有名喫茶のチェーン店。
そのオープンテラスにて、わたしたちは今日のまとめをしていた。
なんだかんだで市内中を駆け回ることになり、時刻は六時過ぎと言ったところだ。辺りも暗くなり始め、歩き回ったことによる疲労感を全身に感じている。
ただ、これでも一件目と三件目の現場に寄っていないだけマシとも言える。特に、一件目の大学は、他の現場に比べて少しだけ離れた場所にあるので、そこまで行っていたら夜になっていただろう。
「それにしても、こうして見ると本当にばらばらですね」
何か感想を言った方がいいだろうと思い、わたしは当たり障りのないことを口にした。
「被害者の関係も、一人二人なら共通点はなくもないですけど、全体的に見たらまったく関係ないですし。それに、殺害方法もいちいち違う。身体の一部の切断と言っても、まるで取ってつけたような感じの事件もありますし」
「うん、いいこと言ったね。『取ってつけたような感じ』。まさしくその通りだとあたしも思う」
高浪はそう言って、テーブルに広げている用紙を手に取る。
それは、わたしが持ってきた事件の概要を印刷した紙だった。そこに、今日の現場で気づいたことや、高浪の資料からメモ書きをしてあった。
「例えば、特に顕著なのが六件目と七件目。それと、一応三件目。この三つに関しては、身体の一部の切断が、少しおおざっぱすぎる」
三件目・左手の親指
六件目・右耳
七件目・左手の指三本
「まあ、指とか耳とか切り落とすのって、言葉で言うよりもずっと難しいことなんだけどね。けど、他の事件が、肉体に刃物を入れたり、ノコギリで切り落とすという重労働をしているのを考えると、この三つの事件はちょっと横着だよね」
「横着、ですか」
「うん。まるで、手抜きをしたみたい」
面白そうに笑いながら、高浪は続けて言う。
「それに、殺害状況も、結構行き当たりばったりが多い。というより、ぱっと見た感じ、一件目の大学教授と、六件目の廃ビル内での殺人以外は、本当にその場で見つけた相手を殺した、って感じがするのよね」
厳密に言えば、五件目の老婆殺人は個人の敷地内で行われているが――それにしたところで、誰だって侵入可能だったということを考えれば、高浪の言う通りだろう。
その二点を考えたうえで、犯人の想像図は。
「まず、一人暮らしか、家族との関係が親密でない。そして、生活リズムは一定だけれど、対人関係に一歩引いている人間。事件の状況から、この二つは確実だと思う」
「えっと、それはどういう意味ですか?」
「一番重要なのは、『深夜』という時間を使える人間であること」
指を一本立てて、高浪は言う。
「その点から、一人暮らしかそれに準ずる立場であると思われる。これだけ犯行を重ねても気づかれない程度には、希薄な人間関係であるはず」
「では、もう一つの方の理由は?」
生活リズムは一定。
なおかつ、対人関係に一歩引いている人間。
この要素はどこから導き出されたのだろう。
「生活リズムが一定、というのは、土日かぶりの日には必ず犯行が行われている点。そして、深夜と言っても、必ず日付変更前後に犯行を終了させている点。ほら、見て」
被害者の一覧が提示される。
「死亡推定時刻。ほとんどが、日付変更前後に行われている」
「人目につかないため、っていうことじゃないんですか?」
「それはそうだろうけれど、それなら日付が変わってから行われる犯行がもっと多くてもいいと思う。けれど、ほとんどは日付変更前が死亡推定時刻になっている。これは、翌日の事を考えてだと思う」
「翌日――」
社会生活、ということか。
「土日の休日に必ず犯行が重なると言うのも、それが理由じゃないかと思う」
「ちなみに、仕事をしていない、という可能性は?」
「可能性はあるけれど、でもそれなら、やっぱりもっと夜が深まった日付変更後に行動するだろうし……それに、金品が盗まれていないことが、その理由を補強すると思う」
「生活に困っていないのかも」
「そうだとしたら、むしろ自由な時間はたくさんあると言うことだよね。なら、殺人のための下準備をもっとするんじゃないかな。間違っても――」
高浪は資料にちらりと視線を落とした。
「こんな、行き当たりばったりな殺し方は、しないと思う」
「……捕まることを恐れないで、ただ場あたり的にやっていると考えたら――いえ」
それを言い始めたら、いくらだって可能性は出てくる。
高浪の論には一定の確信が込められているようだし、ここは素直に聞いておくことにする。
続けて、高浪は犯人についてもう一つ言及した。
「次に、犯人には確固たる目的があると思われる。目的の達成のために、殺人を犯しているのではないか、という推論」
「殺人鬼には、動機があるって意味ですか?」
この無差別殺人事件に、動機を見つけ出せたと言うのだろうか、この人は。
「確かな証拠はないけどね。ただ、殺人が連続的に続けられているのを見ると、何らかの強い意志があるはず。人間は、目的がないと同じ事を長く続けられないものだから」
資料に目を落としながら、高浪はぼやくように言う。
「とはいえ、当の目的は分からないけどね。事件だけ見ると、単純に殺人だけが目的としか思えない。けど、『殺人』そのものを目的にするような殺人犯は、過程を重視するモノだから、こんな杜撰な殺し方はしない。特に六件目や七件目。代わりに、四件目や五件目は、殺しそのものに工夫がされているから、分かりやすいんだけど」
「これが全員若い女性とかだったら、性欲目的って分かるでしょうけどね」
「そういう『分かりやすい』目的が、この連続した殺人の中にもあると考えられると思うよ。目的から犯人を追及していった方が、近道と言えるかもしれない」
「そう、ですか」
わたしも曖昧に相槌を打つ。
それにしても。
高浪の着眼点は、一見なんでもないようで、曖昧なところをよく見ている気がした。捜査の時にも思ったが、まるで最初から事件の犯人にあたりをつけていて、その推理の補強を行うために、今日の捜査をしたのではないかとすら思った。
果たして彼女は、どこまで真相に近づいているのか。
「んー、でもやっぱり、具体的に誰が犯人、なんてのは分からないなぁ。ま、あたしら程度が分かるくらいなら、警察がとっくに逮捕していると思うけど」
「まあ、そりゃそうですよね」
高浪のそんな言葉を聞いて、わたしは少々ほっとしていた。
わたしとしては、遊び半分で参加していた企画だけに、事件の核心に迫るようなシリアス展開はごめんなのだ。
フィクションと現実は、丁度いいバランスで立っていた方が面白いものである。
「それじゃあどうしよっか」
もうこれで事件の話は終りなのか、高浪は空気を変えるように言った。
「ハルちゃんは、この後予定とかある?」
「別に無いですけれど。なんでしたら、何か食べて帰ります?」
そんな、まるで先ほどまで殺人事件の話をしていたとは思えないような会話と共に、わたしたちはオープンカフェを出た。
時間的に夕食には少し早いくらいだが、一日中街を散策していたので、ちょうどいい空腹具合だった。たまには、あんな陰湿な自宅での夕食ではなく、外でぱあっと食べたいという気持ちもある。
どこに行くかを話しながら、とりあえず駅方面に向かうことにする。暗くなり始めたからか、警備の人間が増えて来ているのを感じながら、わたしたちは並んで歩く。
その時だった。
制服姿の蒼井と遭遇した。
同じ街中で、駅周辺なのだから、知り合いと出会うこと自体はおかしなことではない。ましてや蒼井は電車通学なのだから、この街にいるのなら駅の利用は多いだろう。
問題は、出会った状況である。
わたしは問題ない。人生に恥じることは何一つない、とまではさすがに言えないが、とりあえず現在、問題と言えるほどの恥をわたしは持っていない。
問題は高浪だった。
ゴスロリファッションに身を包んだ二十歳の女は、知り合いの高校生男子と遭遇して、硬直していた。
「………………」
「………………」
「………………」
三点リーダー六文字が一巡する。
完全に忘れていたが、今日一日、高浪はその服装で過ごしていたのだった。慣れてしまえば知らない人間からの視線などはどうとでもいなせるものだが、それが知人となれば話は別だ。
はっきり言おう。隣にいるわたしもめちゃくちゃ恥ずかしい。
「あー」
やがて、沈黙を破ったのは、蒼井だった。
普段の、全てに興味がないような無関心さからすると意外なほどに、彼は気を使ったような口調で言った。
「コスプレというのは、結局は自己顕示を満たすことを目的としたものだ。だから、まあ」
「まあ?」
高浪が聞き返す。
蒼井は答える。
「お前の趣味だ。俺の口出しするところじゃない」
「うわぁああんっ!」
高浪が泣き出してしまった。
いや、まあ嘘泣きだろうけど。
もう引くに引けないのか、高浪は勢いに任せるようにして、蒼井に詰め寄ると、必死な様子で言い訳する。
「ち、違うの紫っ。これには山よりも深く谷よりも高いわけが!」
「逆だぞ、それ」
「これには高い山よりも深い谷よりもあれが!」
「わけがわからん」
「しぃちゃんの所為なの!」
その一言で、ぴくりと蒼井の身体が固まった。
傍から見ても、それは嫌そうな――心底嫌そうな顔をして、蒼井は聞いた。
「……お前、なんだってまたあいつに」
「だって、事件の資料欲しかったんだもん」
蒼井はため息をついた。どうやら、その問答で全ての事情を察したらしい。この様子だと、件の『しぃちゃん』とやらを、蒼井も知っているようだった。
何かを確認するように、蒼井はちらりとわたしの方を盗み見た。
「事件、ね」
ぼそりと、蒼井は呟く。
通り魔殺人。
蒼井はそれを、どう思っているのか。
「小原はともかく、なんできつみまで、そんなもんに興味持ってんだよ」
「うーん、言ってしまえば、気まぐれ?」
「はいはい。いつもの事な」
手慣れた様子で高浪をいなしながら、蒼井はわたしに向けて言う。
「それで、成果はあったか」
「まあ……」
この場合、どう答えていいものか迷う。
蒼井とは六件目の関係もあるので、あまり突っ込んだ話はしづらかった。
わたしが言い淀んでいると、勝手に何かを納得したのか、蒼井は鼻を鳴らして「まあいい」と言った。
「ということは、昼間メールで送って来たデータは通り魔殺人のデータか。なんでそんなもん、送って来たんだ」
その言葉は、高浪にかけられたものらしかった。
高浪は、悪戯っぽく笑いながら、言う。
「紫も興味あるかな、って思って」
「興味なんかない。現実の事件に興味を持つなんて、不謹慎だ」
一瞬本気で言っているのかと思ったが、表情からするとそうではないらしい。面倒くさそうに、蒼井は不謹慎という言葉を使った。
「野次馬根性は勝手だが、巻き込まれるのは面倒だ」
「またまたぁ。そんなこと言って、本当は気になってるくせに」
「お前と一緒にするな。いい歳して、ゴスロリなんて着やがって」
「ばっ。馬鹿! 二十歳はまだまだ若いだろ! そりゃああたしだって、いつまでも高校生してたかったよ! 成長なんてしたくなかったよこんちきしょーっ!」
ぶっていた口調を半ば素に戻しながら(っていうか、どれが素なんだ?)、高浪は反論した。
「第一、この服装はしぃちゃんの趣味で」
「あいつを頼るお前が悪い。誘っているようなもんだろうが」
「あらぁ、そんな言い方して、もしかして誘ってほしいのは自分の方だったりして?」
「死ね淫乱」
そうバッサリと言い捨てて、蒼井はわたしに向き直った。
「よくもまあ、こんなのと一日付き合えたな」
「いや、そんな大変だったわけじゃ」
さすがにここまでの暴走はしなかったし。
しかし、それにしても。
「蒼井は、何してるの?」
休日というのに制服を着ていると言うことは、学校に行っていたのだろうか。でも、確か蒼井は部活動なんかには参加していなかったはずだけど。
その疑問に対する答えは、あっさりと帰って来た。
「休日は市立図書館で過ごしている」
「へぇ。勉強?」
「まるでしないわけじゃないが、だいたいは本を読んでる」
活字中毒者の鑑みたいなやつだった。
駅周辺にいると言うことは、今帰宅するところなのだろう。丁度いいので、わたしは彼も誘って見ることにした。
「これから、高浪さんと夕食取って帰るつもりなんだけど、蒼井もどう?」
「いや、遠慮しておく」
即答だった。
なんかへこむ……。
そんなわたしの様子が伝わったのか、蒼井は若干申し訳なさそうに付け加えた。
「悪いな。家に食事が用意されているんだ」
「それなら仕方ないか」
「それに、外食するだけの余裕もないからな」
肩をすくめながら、冗談っぽく蒼井は言う。
表情そのものは無表情に近いが、彼がそういう言い方をするのが新鮮だった。
「それじゃあ、またな」
蒼井が背を向ける。
わたしも反射的に「じゃあね」と返答したのだが、しかし、言葉とは裏腹に、別れがたい気持ちを一瞬だけ抱いた。
おかしなものだ。これでは、蒼井に特別な感情を抱いているようではないか。
しかし、気持ちとしては、それは特別な感情というよりは、単に未練がましいという気持ちだった。せっかく落ちつけていた場所から、追い立てられるように去るような、そんな気持ち。なんとなく居心地が悪いような、そんな気持ち。
その後は、予定通り高浪と共に食事に行ったが、その間も、わたしはなんとなく感じている違和感に惑わされ続けた。
高浪とは食事の後さっぱりと別れた。
「それじゃ。今日は楽しかったわ」
「わたしの方も。いい経験になりました」
「ふぅん。いい経験、ね」
悪戯っぽく、何か含みのある言い方をして、高浪は微笑んだ。
「ふふ。まあいいか」
くるりと高浪はわたしに背を向けると、別れの言葉も言わずに去って行った。
後になって連絡先を聞き忘れたことを思い出したが、まあ機会があればまた会えるだろう。
そして、夜は更けていく――
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