第3話 一章 ごっこ遊び その2 色恋沙汰は蜜の味
3
色恋沙汰は、世の中において最も身近にあるフィクションじみたイベントだ。
誰もが触れることがあって、誰もが感情移入できる出来事。だからこそ、フィクションに置いて最も愛されるジャンルでもあるし、また現実に置いても、話題にしやすい事柄なのだろう。
ここにも一人、恋する乙女(笑)が居た。
「ねえコバっち、聞いてよ」
恋に忙しい恋愛中毒者の立川彩夏(たちかわ・あやか)が、わたしに向かってそんな前振りから話し始めてきた。
「三年の間中先輩、知ってる?」
「うん。弓道部だった」
総体でかなりいい成績を残しており、名前だけならわたしでも知っているくらいには有名人だった。しかし、その人が一体どうしたというのだろうか。
「卒業式前に、玉砕覚悟で思いを伝えようと思うんだ」
「ふぅん。いいんじゃない?」
と、口では軽く言って見たものの、内心は少しだけ興味があった。
わたしだって、変な趣味を持っていても、女子のはしくれだ。
恋愛に興味くらいある。
わたしはさも興味なさそうな雰囲気を出しつつも、さりげなく話をつなげてみる。
「でも、アヤの趣味からすると、間中先輩って少し外れてない?」
全校集会での表彰の場面と、たまに校内ですれ違う件の先輩の姿を思い出す。運動部のエースとは思えないほど、線が細くて物静かそうな雰囲気だった。
立川がこれまで付き合ってきた男は、どちらかと言うと派手目で、騒がしかったりお調子者だったりする。
「趣味変わった?」
「そう言うわけじゃないんだけど、なんて言うか、かっこいいじゃん? 武道って」
すごく適当な動機に心の中でそっと呆れる。そんなものかと思う。
「それで、いつ告白するの?」
「告白するだなんてやだなぁ」
てれ隠しのつもりなのか、立川はわざとらしく笑う。
「ただ、先輩が卒業してしまう前に、悔いを残したくないの。記念受験ってあるでしょ? それとおんなじ感じかなー」
「けど、オッケーもらったら付き合うでしょ?」
「そりゃねー」
なんともまあ、都合のいい話だ。
ただ、そんな都合のいい話でも、わたしに関係のない分には楽しめる。まあせいぜい頑張ればいいと思っていたら、思わぬところで矛先が向いてきた。
「それで、コバっち、一緒に来てくんない?」
「うん?」
「いやだから、告白するのに、ついてきて欲しいの」
駄目かな? と可愛らしく首をかしげて両手を合わせる立川。彼女はそういった仕草が何とも似合うあざとい女の子だ。
駄目かな、も何も、彼女は自分が言っていることの意味が分かっているのだろうか。
これが俗に言う、お友達連れ告白と言う奴である。
実在したのか。
「なんでまた」
「だって、恥ずかしいし。これでもあたし、自分から告るの、初めてだからさ。緊張してしまうかもしれないじゃん」
「……なんでわたし?」
「いや、だってコバっちは無害そうだし」
何気に酷いことを言う。分かっているのだろうかこの子は。
多分分かっていないんだろうな、と思い、そっと嘆息した。まったく、友達を連れて告白に行くなんて、まるで漫画みたいなことを平然と言うなんて。それに、言うに事欠いて、わたしが無害だって? 分かってないなぁ。まったく、もう。
ものすごく面白いじゃないか。
わたしは目を細める。
表情に出さないように注意はしたが、隠しきれない愉悦が表に出ていただろう。
「ちなみに、わたし以外には声かけていないの?」
確認の意味も込めて、手始めにそんなことから聞いて見た。
「うん。コバっちが初めて。だって、こういうことって、あんまり他人に相談しにくいじゃん?」
「うん、そうだね」
すでに二人の異性と付き合った経験があって、なおかつその二人とも自分の方から振ったくせに、ぬけぬけと告白するような尻軽女が、何を今さら純情ぶったことを言っているのか。
なんてことはさすがに言えないので、わたしは愛想笑いを浮かべつつ、ちょっとした進言をしてみる。
「けど、わたしだけじゃ、本番でちょっと尻込みしちゃうかもしれないよ?」
「う、うーん、そうかなぁ」
迷う表情を浮かべる立川に考える暇を与えないよう、わたしは畳み掛けるように言う。
「そうだよ! だからさ。どうせなら、あと二、三人、仲のいい子に背中押してもらった方がいいって。そうじゃないと、絶対やりとげられないって!」
「え、ええっ。いや、さすがにそれは恥ずかしいよ」
「恥ずかしがってちゃ駄目でしょ。これから告白するんだから。記念告白って言うんなら、どうせなら盛大にいかなきゃ!」
「う、うん? そ、そうかな?」
「そーだよっ! それに、もう去っていく先輩だから、結果がどうなっても、陰口叩く人なんていないし!」
「うん、そう、だよね? うん。そうかも。そうかもしんない」
「それじゃあ、さっそくコミに話しつけようか」
「あ、待って! だ、だめだめだめ! やっぱり恥ずいよ。コバっちに話すだけでも、めっちゃ勇気いったのにっ」
「だーめ。ここまできたら、もう誰に話しても一緒でしょ?」
「だめだったらぁ」
「大体、わたしが知っているのに、コミに黙ってるのはルール違反でしょ?」
「そ、それはそうだけどぉ」
「なら善は急げ。おーい。コミぃ」
「もぉ、コバっちぃ」
立川の悲鳴を無視して、わたしは笠倉の元に向かった。
結局。
その後、笠倉に事情を話したところ、彼女も大いに乗ってきてくれた。そのことで踏ん切りがついたのか、立川もテンションが上がって来たらしく、その後の三人の話し合いにより、さらに三名の増援を決定した。それが成功し、六人の集まりが出来た。
よって。
「あ、あの」
校舎裏。
桜が芽吹き始めている。春が来ているのだと、肌で感じる。かすかに温かさを感じる初春の空気の中、立川は寒さではなく緊張で身体を震わせながら、懸命に立っていた。
目の前には、憧れの先輩。
息を吸い、意を決したように、彼女は声を発する。
「総体の時から好きでした! あたしと付き合って下さいっ」
頭を下げて告白をする立川。
間中にとっては、見知らぬ女子からの告白。
そしてその後ろに控える、見知らぬ五人の女たち。
威圧感に委縮している間中先輩。
わたしは笑いをこらえるのに必死だった。
4
立川彩夏は可愛い女の子だ。
容姿自体は、可愛いと言うよりは整っている印象で、別に童顔というわけではない。むしろきれい系であり、堂々としていれば年下にでもモテそうな感じだ。けれど、おそらくわたしの友人関係の中では、一番純粋で、天然で、幼くて。言ってしまえば馬鹿なのだろうと思う。
先ほどの告白劇を見てもらえば分かると思うけれど、はっきり言って彼女は流されやすい。馬鹿な子ほど愛おしいと言うけれど、わたしはそれを真剣に感じる。
要するに思慮が足りないということなのだが、そういった輩に限って、感情を感じる力は人一倍だったりする。
さきほどから立川の事を散々な風に言ってはいるが、一応彼女のために弁解しておくと、立川がこれまで付き合ってきた二人の男子は、それぞれ性格に難があった所があるため、破局になったことは素直に良かったと思う。彼女は思慮が足りない割には、人を見る目があるため、少しだけ安心している。
そういう人を見る目があるからこそ、彼女は始めに、わたしに恋愛相談をしてきたのだろう。
無害そう、と言われた。
その評価は正しい。
わたしは無害だ。
わたしは、どす黒い悪意で持って、その恋愛相談を妬んだり嫉んだりはしない。
ただ、面白おかしく、その現実をフィクションとして一人で眺めるだけだ。
今回は、わたしの他に四人の人間を巻き込んだけれど、面白半分なわたしに対して、巻き込まれた彼女たちは、真剣だった。
真剣に立川の事を心配し、真剣に立川のためになろうと思い、彼女についていったのだろう。
馬鹿じゃないだろうか、と思う。
立川とは違った意味で、彼女たちは馬鹿だ。
おそらく彼女たちは、自分がついていくことで、立川のためになると真剣に思っていたことだろう。立川を応援することで、精神的支えになって、あたかも立川と一体になったかのような、そんな連帯感を覚えていたことだろう。
改めて言おう。
馬鹿じゃないかと。
人は、誰かになることもできなければ、誰かの気持ちを分かることもできない。
他人の気持ちは、想像するしか、できないのだ。
むしろ、人の気持ちを分かってしまったら、その時点でそこに自分と他人の関係は崩れ去る。他者の感情を余すことなく分かると言うことは、自己と言う概念を取り払う行為だ。
それを勘違いした時、人は勝手に『裏切られた』と思い、どす黒い悪意を産むことになる。
誰かのためなどというお題目で助成をする人間は、一歩間違えれば、その誰かを憎悪によって害する危険性をはらんでいるのだ。
それが分かっているからこそ、わたしは立川から恋愛相談を受けた瞬間に、それを全力で楽しむことに決めた。確かに立川の助けをしたいという気持ちもあったが、頑張るのは結局のところ立川であり、わたしがどうこうできる問題ではない。だから、その結果がどうなろうとわたしには関係がないと、最初に決めたのだ。
そうしないからこそ、恋愛沙汰と言うのは、悪意を産む。
嫉妬や怨嗟。そう言ったものを疑いもなく抱けて、何の呵責もなく人を傷つけることのできる人間を、わたしはどうしようもなく面倒に思う。
どうして彼や彼女は、そんなに他者を気にするのだろう?
どうして自分の事じゃないのに、憎んだりするんだろう?
今日の告白。
もし立川が一人で告白に行き、もしそれが、誰かの耳に入ったとしたら?
そこから、根も葉もない噂が流れ、頼られなかった女子たちは、一体何を思うだろうか?
そういう悪意。
暗い感情。
そうしたものも確かに面白いし、傍から見る分にはおいしいものだけれども――自分が巻き込まれるのは、はっきり言ってごめんだ。
痛いのは嫌だし、苦しいのは嫌だ。
フィクションはフィクションだからこそ、面白い。
ちなみに、立川の告白は、結局失敗に終わった。
そりゃあそうだろう。あれだけの女子に囲まれて、相手が正常な判断をできるわけがない。それに、集団に囲まれて良い感情を抱くわけがないのだ。
人間は、一人の時は無害でも、集団になると怪物になる。
ただ、そんな怪物相手に、きちんと断りを直接言った間中という先輩は、とても人間の出来た男子だったと思う。物静かというよりは気弱な印象すら抱いていたのだけれど、その点に限っては評価を改めるべきかもしれない。やはり、人は間近に見ないと分からないものだ。
なんて風に言うと、まるでわたしがフィクションにおける黒幕のように見えるかもしれないけれど、そんなことはまるでない。
黒幕を気取ってはいるけれど、黒幕なんかには、決してなれない。
わたしは中途半端なのだ。
フィクションに中途半端に浸ることしかできない、三流役者だ。
彼女たちを見てほしい。
今回の告白劇に参加した、彼女たちを。
役者という意味では、彼女たちの方が、よっぽど相応しい。
彼女たちは、自分の役に浸っていた。友人の恋愛を応援する友人というポジション。その役柄に本気で没頭し、感情移入し、まさに演じ切っていた。
馬鹿じゃないかと思う。
けれどその半面、うらやましくもあるのだ。
なぜならその瞬間は、彼女たちは、『何者か』になれたのだから。
「くだらない」
呟きながら、わたしは一人になった帰り道を歩く。
「けど、うらやましい」
呟くのは、相反する二つの感情。
それは、正反対でありながら、同質の感情なのだ。
周囲を斜に構えながら冷めた目で見るわたしも、ああなりたいと羨望の眼差しで見るわたしも、どちらも、同じわたし。
わたしが、世間一般における禁忌にことさら触れたがるのは、それが、一番フィクションを感じやすいからだ。
現実感のある非現実。
グロ画像なんてものは、その一番の例だろう。肉感のある、血の臭いを喚起させる、そんな画像。それは、結局のところ、身近にあるけど身近ではありえない、そんな存在だ。
そうしたモノが、最も非日常を感じられる。
結局わたしが欲しいものは非日常であって、それは何だっていいのだ。だから、わたしは今回のように恋愛事も楽しむし、女同士の友情という幻想も楽しむ。
ああ、楽しかったな、と思う。
告白失敗後の、ファーストフード店での反省会。
立川を振った先輩への、非難の嵐。女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、とにかく暴言は尽きない。そして、主演の立川は、可哀そうなヒロインとして祭り上げられている。
そんな、馬鹿みたいな光景。
だけれどそういうものも、一歩引いて見れば、お腹を抱えたくなるほどに、面白い。
面倒だけど――面白い。
くだらないけれど――うらやましい。
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