Interlude 3 民警トワイライトミスト

 ――2025年6月20日 午前10時 シアトル、ブルガコフ・バーシニャ


 黄昏の霧トワイライトミストは部族の名前だ。CRIに登録された名前は別にあるが、その名で呼ぶものはほとんどいなかった。

 SPCの誰もが、エルフの腕利きガンスリンガーを、ミストと呼んでいた。

 ミストにとってアサルトライフルは重すぎる。それより拳銃の方が便利だった。

 同僚が三点バーストのうち一発を目標のセンターに命中させている間に、ミストは二丁拳銃の弾丸を一発ずつ同じ場所に命中させているのだ。

 SPCにとって、ミストは優秀な捜査官だった。

 ミストが民警を志したのは、正義のためではない。おおっぴらに銃が撃てるからだった。ミストは映画が好きだったし、なによりもガンアクション映画が大好きだった。

 シアトルの治安はお世辞にも良いとは言えない。おかげで銃は撃ち放題だった。弾丸代が給料から引かれていることだけが悩みの種ではあったが。

 そんなある日、ポリスカーでパトロールをしている最中に通信が入った。

『本部より五号車へ。ブルガコフ・バーシニャにて、サイボーグによる反乱ありとの報告。至急、急行せよ』

「サイボーグによる反乱? にしては静かだな」

 相棒バディのドワーフが言った。

「たしかにな。全員急行せよ、でないのもおかしなところだ。五号車了解」

 最後の一言は本部に向けたものだ。ミストは緊急警報を鳴らし、ポリスカーをブルガコフ・バーシニャに向かわせた。


 実際にブルガコフ・バーシニャについた時には、ブルガコフ・ショッピングセンターには一人の客もいなかった。ブルガコフ兄弟社のスタッフが誘導し、避難させたとのことだが、気に食わない。

 ブルガコフ兄弟社のスタッフは、ミストたちSPCを歓迎してはいなかった。ということは通報したのはブルガコフ兄弟社ではないということだ。

「五号車より本部へ。現地にて真偽を確認。ブルガコフ兄弟社は我々を歓迎していないものの、サイボーグによる反乱は事実。ターゲットは……ええと?」

 相棒のドワーフがブルガコフ兄弟社のスタッフから聞き取り、ミストに向けて指を一本立てる。

「一人。応援の必要なし。通信終了」

 ミストにはサイバーウェアのたぐいはインストールされていない。だが、ミストには自信があった。一人くらいなら、怪我はさせるかもしれないが逮捕できる。

「それじゃあ、行くか!」

 ミストは腰のホルスターから、愛用の大型拳銃、ハリーファ・マッリークを二丁、抜いた。


 完全に油断していた。

 ミストほどではないが訓練を受けていたドワーフの相棒は一瞬で倒され、ミストも相手を障害物の陰まで追い込んでいたが、そこでトラブルが起きた。

 硝煙――銃の火薬による、微細な煙が運悪く目を潰した。その一瞬の間に、ターゲットに逃げられてしまったのだ。

 ミストはしばしばする目をどうにかしながら、ドワーフの相棒を助け起こした。

「一体なんだってんだ。普通のサイボーグじゃねえぞ、ありゃあ」

「……だろうな」

 そうしているうちに、ブルガコフ・バーシニャの警備員が一人、駆けつけてくる。

 民間の警備員に、法律上の権限は多くはない。だが、民警より僅かに下、という程度だ。

「すまん、逃げられた。事情聴取を行いたいところだが……」

 ミストは言ったが、そこに警備員が銃を向けてきた。

「なにを!?」

 驚く間もなく、発砲。ドワーフの脚を銃弾が貫く。

「現行犯だ! 弁護士を選ぶ権利があると思うな!」

 ミストはドワーフを肩に担いで、警備員を撃った。

 だが、同時にエレベーターが降りて来て、さらに数人の警備員がやって来た。

くそっ、たれFuck'n shit!」

 ミストは空いた手で銃を撃ちながら、ドワーフを担いで物陰に隠れる。

 幸い、そこはショッピングセンター。子どもを載せられるドローン・ショッピングカートがあった。

「ちょっと狭いぞ!」

「ほんとにな!」

 ミストは悪態をつくくらいには元気があるドワーフを乗せると、オートメディカルキットで止血する。

 その間も威嚇射撃は続いている。ミストは銃のカートリッジを差し替え、初弾を薬室に装填すると、一度カートリッジを取り出してそのぶんの弾丸を追加した。

「消す気だな」

 ドワーフはどこか他人事のように言った。

「あのサイボーグは、見たらいけなかったんだろうよ」

「かもな」

 ミストは短く答えた。

「とにかく、逃げるぞ」

「すまん、頼む」

 子ども用ショッピングカートはドローン制御で自動的に動くとはいえ、それではスピード制限がかかる。しかも子ども向けの音楽がなるようになっている。逃げるのは難しそうだ。

「くそっ、隠れて逃げるのは難しそうだな」

『お困りのようっすね』

 そんなミストに通信が入る。

「誰だ?」

『まっすぐ行ってふたつ目の棚を左、次を右。そこをもう一度右に曲がると通用口っす。そこに車で待ってるっすから』

「……罠じゃねえだろうな?」

『罠じゃない証拠をお見せします』

 ミストのARに放送中のニュースが映される。『SPC警察官二名殉職』という内容だった。ミストと相棒の写真がそこには写っている。

 どうやらSPCにも手が回っていたようだ。ミストたちは見捨てられたのだ。

『で、わたしがあなたの味方。シャイン・ストーンともうします』

「……信じるぞ」


 ミストたちは通用口から外に出る。すると一台のミニバンが停まっていた。

「どうも、シャイン・ストーンともうします」

 運転席に座っていたのは、顔色の悪いヴァンパイアだ。

「ミストだ。トワイライトミスト。おまえを信じるぞ、信じたからな」

 ミストはドワーフを後部座席に押し込むと、自分も助手席に乗った。

「早く出してくれ!」

「いや、じつはもう一人お客様がいましてね」

「客?」

「追われるものを三人救出。それが今回のスイープでして」

「ってえと、おまえはスイーパーか!」

「これからはあなた方お二人も、お仲間です。CRIは死亡ということになり、抹消されてしまいましたからね。あ、来ました」

 車の窓から小さなマイクロドローンが飛び込んでくる。と同時に、後部座席に一人の女が飛び込んできた。

「おまえ!」

「あなた!」

 方や、ブルガコフ・バーシニャを脱走したサイボーグ。

 方や、それを逮捕しようとした民警。

「説明はあとっす。どっちにせよ追われる身。今日からはお仲間でございますよ!」

 そう言って、シャインは車を発進させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る