9th stage 魔王の目的
「それじゃ、つなげるっすよ」
それからすぐ後、場所はシャインたちのアパート。
あのあと光流は、ミストとシャインを起こし、光流の身体と二つの霊的コンピュータをかかえて、アパートまで空を飛んで戻った。
全ては終わった。だから、全てを元通りにしなければならない。
薫流の身体に、カオル二〇二六の中身を。光流の身体に、ヒカル二〇二五の中身をそれぞれ戻すのだ。
薫流の身体に入っている光流――魔王バーミリオンスパロウがどうなってしまうのかは、このさい考えないことにする。ヒカル二〇二五に間借りしてもいいだろう。どうせ三〇〇年寝ていたのだ。これからまた封印されるのも構わない。
それを察したのか、シャインたちも魔王のその後についてはなにも聞かなかった。
薫流愛用の、猫耳バイオセンサーで、光流は再びカオル二〇二六とヒカル二〇二五の中にダイブする。結び付けられた三者は、すぐに霊的空間で出会うことが出来た。
「薫流……」
光流がヒカルを伴って、コンピュータの中に戻った時、薫流は膝を抱えて座っていた。
「すべて、わかってしまいましたわ」
薫流は言った。
「あなたと一つになったことで、魔王バーミリオンスパロウの記憶。すべて読むことができましたの。さすがは霊的コンピュータですのね」
「そっか。歴史学者が聞いたらなんて言うだろうね」
光流はとぼけて言った。
「魔族が人類共通の敵となって世界を統一し、次に移民してくる天使と戦うための力をつけていただなんて……歴史学者も鼻で笑いますわ」
「だが、それが僕の知ってる事実だよ」
「結局、あなたがた魔族のやったことは、天使と同じですわ!」
薫流が叫ぶ。
「薫流。それは違う。魔族と天使には決定的な違いがある」
光流にかわってヒカルがそれに答えた。
「魔族は最終的には人類と手を取り合って、天使と戦力的に肩を並べ、だれかがだれかに支配されるという構図を作りたくないと思っていたんだよ。わかるだろう?」
「わかりませんわ。そんなこと、わたくしが見たこのひとの記憶の中にはありませんでしたもの。このひとはそんなこと考えてなかったのですわ」
「でも、よく考えてみろ。なぜ彼は、魔王と名乗り、魔王城まで作って人間と正面からぶつかったんだ? そしてなぜ最後に魔王城で勇者に討ち取られたんだ?」
「それは……目的を果たしたと思ったからですわ。魔族と人間が力を手にして……」
「いいや、そうじゃない。もう一つ理由はあった。魔王は、すべての罪を自分でかぶったんだ」
ヒカルの言葉に、薫流がはっとなる。
光流はそっぽを向いて頭をかいていた。
「ですが、このひとの記憶には……」
「残ってない。そう、このひとには記憶封印が施されているからね。勇者の手によって。だから昔のことを一切覚えていないんだ」
「ばれたか」
光流は舌を出して言った。
「そんな! ですが、はっきり見ましたわ。わたくしは……。勇者が魔王を討ち取るその瞬間を!」
「おまえは勇者の顔を見たのか?」
ヒカルは言った。
「えっ……」
「おまえがみた魔王周りの記憶は、すべて魔王の近くにいたものが魔王を見た時の視線だったんじゃないか?」
「……」
「おまえが知ってるのは、魔王バーミリオンスパロウの記憶じゃない。人間の勇者、エルフの魔族、そして、ヴァンパイアの魔王参謀。それぞれの記憶だったんだ。この共通点がわかるかい?」
「……そんな、考えられませんわ」
光流は目を伏せる。もう、気づかれてしまっただろう。
「まるで、わたくしと、ミストと、シャインの組み合わせじゃありませんの……?」
「ご名答」
光流はヒカルを遮って言った。
「きみたち三人は、あれから何度も生まれ変わって、再び僕のもとに生まれ変わってたんだ。僕は少しずつ前世の記憶を取り戻していった。でも、それは僕の記憶じゃなかったんだ。その断片的な記憶の正体は、最初はわからなかったけどね。きっと、きみたちの前世の記憶に、僕の過去が共鳴してしまったんじゃないかな。だからきみたちは、みんな僕のそばにいたひとたちなんだって」
「そんな偶然、信じられませんわ」
「そうだね……ありえないことかもしれない」
「いや、偶然は二人までだ。四人揃ったのは、きっと何か意味がある。僕はそう考えている」
光流に代わってヒカルが言った。
「どんな意味があるっていうんですの?」
「決まってるだろう? 魔王であるきみのやることはただひとつ。天使と人類と魔族の和解。それがきみたちの目標なんだ」
「天使との和解?」
光流はヒカルの言葉を繰り返した。
「ああ、そうだ。きみは天使を倒そうとしたのでも追い返そうとしたんでもない。言っただろう」
ヒカルは言った。
「……お兄さま! お身体が!」
そのヒカルの身体が、脚の方から消え始めている。電子の海に消えようとしているのだ。
「ああ、もう時間がないみたいだ」
「どういうことなのですか、お兄さま!」
「肉体から離れている時間が長すぎた。霊的コンピュータは失敗作だったんだ。もう僕は、消える」
「じゃあ、きみは自分の身体にもどればいいじゃないか」
光流は言った。だがヒカルは首を横にふる。
「いいや、それは出来ない。魔王のきみには、まだやることがある。天使と魔族と人類を和解させるという、ね」
ヒカルの足から腰まで、情報が分解されていった。
「それまで僕の身体は貸しておく。僕を犠牲にして、この星すべてを和解させるんだ。大きな仕事だよ? 薫流もきっと恨むだろうね」
「ヒカルさん!」
「どちらにせよ、もう僕は自分の身体に帰れないさ。あれから一年が経ってるんだ、もう体のほうが忘れてしまっているよ」
「お兄さま! 嫌ですわ、嫌ですわわたくし!」
「薫流!」
首だけになったヒカルが怒鳴った。
「おまえは人類を救った勇者の生まれ変わりなんだ。人類代表として、魔族代表の魔王に協力しろ。そして天使と和解するんだ。世界を、もう一度守れ。僕が最後におまえと勝負する、大一番のゲームだ。最後くらい僕を負けさせてみろ」
「お兄さま……嫌です、お兄さまと別れるのは嫌です。せっかく会えたのに……」
「大丈夫だ、薫流。僕は完全に消えるわけじゃない。未来の魔王本人なんだからさ」
ヒカルは最後に言った。
「薫流。だからこれだけ、頼む。光流を、魔王を、僕の身体の持ち主を、お兄さんと呼んでくれ。彼は、僕なんだ」
そう言い残して、ヒカルはついに、完全に消えた。
霊的空間の崩壊が始まる。
「お兄さまああああああ! いやああああああああああああっ!」
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