Epilogue やっぱり魔王さまは時代遅れ

「ああ、ダメっす。この辺りの空港は全部、アンシンの監視下っす。こうなったら船に忍びこむしかないっすね……。ですがそうするとわたし、海の上渡れるんでしょうか? そもそも流れる水に含まれるんですかね、海って」

「船なら大丈夫だろ、おまえ」

「ああ、そうっした! 混乱してますね。落ち着かないと……」

「焦るな、シャイン。ガンスミスから銃器密輸ルートをあたってみる」

 アパートの中を、シャインとミストが右往左往している。

 光流と薫流が各々の身体で目覚めた時、シャインたちは慌ただしく国外逃亡の準備をしていた。

「どうしたんですの?」

「ああ、お目覚めですか……。ええと……薫流と……お兄さん?」

「いや、僕だよ。魔王の方」

「ああ、そうっすか。わたしたちの知ってる光流っすね。ああ、色々聞きたいことはあるんですが、今は逃げることを真っ先に考えるっすよ!」

「逃げるって、何からですの?」

 薫流は猫耳カチューシャをはずすと、テーブルの上の湯沸し器をとった。スイッチを入れ、お湯が沸騰するのを待つ間に、茶葉をポットに入れる。

「なんでそんなにのんきなんですか! わたしら、アンシン・コーポレイトの天使を殺しちゃったんですよ! きっと追手が来るはずっす! ああ、早く逃げなきゃ」

「その必要はありませんわ。わたくしたちにはがついていますもの。ね? お兄さま」

「ああ、うん」

 あっという間に湧いたお湯が、まだ音をたてている間にポットに注ぎ込まれる。抽出の待ち時間だけはどんなに技術が進歩しても早くなることはない。

「そうだ、あたしらには魔王さまがついてるじゃないか!」

 ミストが胸をなでおろした。

「今はもう一〇〇パーセントの力が出せるんだろ?」

「うん? 出せないよ? 元通りに戻ったからね」

「この野郎!」

 ミストの拳が光流の頬をとらえる。

「ぬか喜びさせやがって」

「ひどい、なんでぶつの!」

「知るか!」

「ミストも落ち着きなさいな。シャインもほら。まず一度、香り高い紅茶を召し上がって、一度頭を整理しなさい。昔の人は言いましたわ。たいていのトラブルは、紅茶を一杯傾けている間に、頭のなかで解決すると」

 薫流は言って、四人分の紅茶をついだ。

「そうなればいいのですが……」

「しかし、たしかにバタバタしててもはじまらないしな」

 シャインとミストも、おとなしくテーブルにつく。

「茶菓は出来合いのクッキーでいいですわね。……ほら、そうこうしているうちに、来ましたわ」

 シャインとミストが顔を見合わせた直後、ドアのチャイムが鳴った。

「お世話になっております。アンシン・コーポレイトのバラニナ・中宮でございます」

「逃げろおおおおおおっ!」

 ミストが窓を開ける。それをシャインが捕まえた。

「落ち着くっすミスト、ここは五階っすよ」

「誤解で通じる相手じゃねえだろ!」

「それこそ誤解っす」

「やれやれ……」

 薫流がドアを開けた。すると満面の笑みを浮かべたバラニナが、メイドのウィステリアを連れて入って来る。

「ててててて、天使いいいいい!」

「お静かに、みなさま。近所迷惑ですからねえ」

 バラニナは言った。ウィステリアは以前のように控えているだけだ。その上半身と下半身に繋ぎ目はなく、まるで何事もなかったかのようになっている。

「よかった、治療は間に合ってたみたいだね」

 そんなウィステリアに向かって光流は言った。シャインとミストが凍りつく。

「え……治療?」

「うん、手加減できなかったんで真っ二つにしちゃったんだけどね。でも、まあ魔法で治せてよかった」

「魔王バーミリオンスパロウ。何が目的なのですか」

 ウィステリアがバラニナの前に出る。

「うーん……まだわかってもらえないのかな」

 光流も一歩前に出た。そして、手を差し出す。

「みんなで、幸せになろうよ。それがわかってもらいたかっただけなんだ」

「……」

 ウィステリアは何も言わない。

 ただ、黙って魔王の手をとった。

「その気になれば、いまのわたしであれば今のあなたを消すことはできると思いますよ」

「でも、それをしない。ってことは、少しはわかってくれたんでしょう?」

「少しは、です。わたしたち天使にとっては、人間も魔族も、下等異星人にすぎませんので」

「あは、手厳しい」

「まあ、そういうことですので」

 と、バラニナは割り込んだ。

「霊的コンピュータの本体だけは返していただけませんか? いえ、もう中身がないのはわかっておりますが、これがないと決済の時に困りまして。減価償却が終わるまではとっておきたいんです。社畜のつらいところでしてね」

 それに異を唱えるものは居なかった。


「結局、天使の手のひらで踊らされてただけなんですかねえ、わたしたちは」

 アンシン・ショッピングセンターのフードコートで、例の赤いドリンクを飲みながらシャインは言った。

「天使が魔王の手のひらで踊っていたようにも見えるけどな」

 ミストの前には、生卵入り牛乳のほか、車のカタログが並んでいる。大破したトヨタ・オヒメサマに替わる足が必要だった。

「どちらにせよ、わたくしたちは今までどおりでいいのですわ」

 薫流の前にはティーバッグの紅茶が置いてある。お気にめさなかったのか、ほとんど口はつけていないようだ。

「そう、今まで通りでいい。きみたちにできることは限られてるからね」

 光流は言った。その前にはよく焼いた肉が積み上げられている。もちろんソイ・ミートではなく、スパイスを効かせたあの非食用肉だ。

「とにかく僕は魔力を取り戻すことに最善をつくす。できればもっと金を稼いで、もっと生命力にあふれる肉が食べられるようになりたいね」

「やはり品質が違うと魔力も違うんですか」

「さあ? でもこんな味のない肉より、よっぽど元気にはなるよ」

「……魔力をためて、光流はなにをやりたいんですか?」

 シャインは言った。

「さあねえ」

 光流はとぼけた。霊的コンピュータでの出来事は、薫流と光流だけの秘密だ。

「このご時世じゃもう、できることなんかないんじゃないの? なにせ……」

 光流の言葉を遮って、テーブルが蹴り上げられた。

 色とりどりの飲み物や、肉が宙を舞う。

「伏せろ!」

 最初に反応したのはミスト。いや、テーブルを蹴りあげたのは薫流だった。

 蜂の羽音にも似た音をたてて、ガトリングガンの弾丸がプラスティックの机を粉砕する。

「お嬢ちゃんたち、久しぶりだな!」

 角を二本とも失ったオウガが、そこに立っていた。

「今度は全員でかかってこい。新兵器、オウガ用パワードスーツの力を見せてやるぜ!」

 オウガは銀色の光沢を放つ鎧を身に着けていた。胸にはアンシン・コーポレイトのロゴがさんさんと輝いている。

 肩の上に増設された腕とあわせて、銃と斧を同時に扱うことも可能なようだ。

「あのタヌキおやじのしわざですわね」

 薫流が刀を取った。

「あたしこそ、今度は好きにはさせないぞ」

 ミストが銃を抜いた。

「そううまく行くと思いますかね?」

 しかし、シャインがドローンに出した指示は一同の度肝を抜いた。

「フォード・フライイング・スパイダー・マークツー! まずは光流を拘束! のちに、お二人にパワードスーツの実験台に付き合っていただきましょう!」

「え?」

 光流が言った時には、もうドローンが吐き出した封魔力ネットが、光流を包んでいた。

「あ、こりゃ参ったな」

「シャイン! どういうことですの?」

「いえね。実は皆さんにナイショだったんですけどね」

 そしてシャインは歌うように優雅に、答えた。

「実はわたしも天使だったんですね、これが。といっても堕天使なのでヴァンパイアと同じ弱点がありまして、故に天使の中では異端視されていたわけですが……」

「てめえ、裏切ったのか!」

 ミストが怒鳴る。

「いえいえ、裏切ってはいませんよ。わたしの目的は、魔王さまと再び遊ぶこと。それだけだったんです。そのためにウィステリアに駆けまわってもらったんですから」

 ああ、そうか。そういえばあの参謀。食えない奴だったなあ。

 光流はそう思いながら、魔力を集中する。しかし、封魔力ネットのせいで魔力は霧散していってしまう。

「とりあえず、まあ。お二人はわたしの新型パワードスーツの実験として、そのオウガさんとちょっと遊んでみてくださいな」

「あーあー。そーか。おまえはそーいうヤツだったな」

 ミストは諦めたのか受け入れたのか、銃をオウガに向けて連射する。オウガもオウガで、超合金の斧でそれを弾きつつ、弓で薫流から距離をとっていった。

「でも嬉しいですわ。人類と、魔族と、天使との友情が、魔王登場以前からすでに成立していたんですものね」

 薫流がオウガの矢をかるく弾きながら言った。

「シャイン。これからも仲良くしてくださいな。よろしくお願いしますわよ」

「もちろんっす。こちらこそ」

「ええと、僕は?」

 そこに光流が口をはさむ。だが、他の連中は揃いもそろって、光流のことなど忘れていたようだった。

「おとなしく見ててください」

「引っ込んでろ」

「知りませんわ」

「俺の用事があるのはお嬢ちゃんたちだけなんだよ!」

「そっか」

 そう言って、光流はもぞもぞと、イモムシのように障害物の陰に身を隠した。

 落ちている例の肉をくわえ、飲み込んでから、独り言のようにつぶやく。

「魔王さまは、時代遅れなんだよなあ」

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