7th stage 魔王と薫流

 シャインの部屋には、ドローンのパーツなど、雑多な機械が転がっていた。

 セルコンの時代でも、ひとはデスクに向かって作業をするのだろう。シャインのデスクは片付いていて、デスクトップコンピュータと複数のセルコンが乗っている。セルコンは普段持ち歩いているものの他にもいくつも使い分けているようだ。

 シャインが座るデスクチェアは、アーロンとかウーロンとかいう、かなり高級なものを買っているようだ。VRの作業で座りっぱなしなのだからそれもうなずける。

「なんで裸なんです?」

 バスタオルを腰に巻いただけの光流を見て、シャインは呆れたように言った。

「いや、だって女の子の部屋に呼ばれたらシャワーくらい浴びてからじゃないと」

「仮に目的がソレだとしても、入る前から脱いでくることないでしょう。そもそもソレじゃないんで、着てください。ミストも来るんですから」

「ちぇー」

 光流は改めて服を着ると、再びシャインの部屋に戻ってきた。

 その時にはすでにミストも部屋に来ていて、ベッドに腰掛けている。

「悩んだんですが、ちょっとこれは、わたしの胸にしまっておくには重すぎてですね。聞いて欲しいんです」

「なんだと、薫流はわたさないぞ!」

「恋バナじゃありません」

「それにおまえのものでもない」

「わかってる。なんちゃらコンピュータ『ヒカルなんちゃら』のことだね」

 シャインはため息をついた。

「どうして、わかってて茶化すんです?」

「それが魔王の素質なんだよ」

「関係ないと思いますけどね」

「薫流が帰ってくるまでに話を済まさなきゃならないんだろ? あんまり時間はないぞ」

 ミストが言った。

「ええ、ええ。さて、まあ……たはは……どっから話したもんですかねえ……」

 シャインはたっぷり時間をおいてから、言った。


「……ここ、どこっすか?」

 ヒカル二〇二五を盗みに忍び込み、ジャックアウトしたことは覚えている。

 ということは、あれからしばらく意識を失っていただろう。スイープが成功したかどうかはわからないが。

 しかし、シャインが目を覚ましたのはベッドでもなければ部屋でもなかった。

 ぼんやりとしたほの明るい空間の中に、シャインは浮いていた。

「……あのよー」

 シャインはぼそりとつぶやいた。

「え、あの世っすか? わたし死んだっすかこれ? ジャックアウトの衝撃で死んじゃったっすか? わたし」

 シャインは誰に説明するまでもなく言った。だが、それに答えるものはいない。

「はー……。なんか、死んだなら死んだで閻魔さまとか、そういうお迎えがあるもんじゃないっすかね。実際なんなんでしょう、ここ」

 シャインは声に出して言いながら、空間を漂ってみた。

「おや?」

 その目に、眠るように横たわる人影が飛び込んできた。といっても、上も下もわからない空間であるので、横たわっているのかどうかははっきりしないが。

「お客さんかい? 珍しいね」

 人影が言った。その声にシャインは聞き覚えがある。

「光流っすか?」

 姿形は、シャインの見知ってる光流と同じだった。唯一異なるのは、魔王バーミリオンスパロウがその名の通り、銀朱色の髪をしているのに対し、こちらの光流は黒髪だった。

「うん、そうだよ。……といっても、たぶんきみの知ってる光流とは違う。きみはシャインだね? いつも薫流がお世話になってます」

 光流の姿をしたものはそう言った。

「もしかして、薫流のお兄さんっすか? ……ってことは、ここ、あの世なんですかね」

「なんでそう思うんだい?」

「いや、薫流のお兄さんは行方不明って聞いてたんですけど、こういう所で会うってことは、やっぱここはあの世っていうのが自然かなーって思ったんです」

「そうかな? もう一つ心当たりがあるんじゃない?」

「と申しますと?」

「きみはいま、ヒカル二〇二五にアクセスしてるんじゃないかな」

 シャインはぞっとした。

「つまり……ここはヒカル二〇二五の中、ということですか? にしても、電源もなしにコンピュータが動作してるなんて……」

「厳密にはコンピュータの中とはちょっと違う。ヒカル二〇二五は霊的コンピュータって言ってね。ここはもう少し、上位の空間なんだ」

「上位の空間……」

「きみと一緒にいるほうの光流の言葉を借りれば、魔法の空間ってところ」

「魔法の!?」

「そう、VRはあくまで人の脳にデータを送り込んで、あたかもコンピュータの中に入り込んでるかのように錯覚させるものだ。けど、霊的コンピュータは違う。本当にきみはこのコンピュータの中に入っちゃってるんだ」

「そんなことってありえるんですか?」

「さあね。でも僕が実際こうなってるんだから、僕は疑うことを許されてない。僕は精神だけこうして、コンピュータの中に移し込まれちゃったんだ」

「なんという……それ、ブルガコフ兄弟社の……天使のやり方っすか?」

「うん。薫流は肉体をいじられて、僕は精神をいじられた。その結果がこうさ。さすが天使だね、まるで魔法だよ」

 光流はあくまであっけらかんとした態度で言った。その態度がなんとなく、シャインには魔王の態度を想像させる。

「そんな……何のために……?」

「人間の精神を利用した計算能力の実験……ってところだろうね。事実、ちょっとしたスーパーコンピュータよりはすごい計算ができるんだよ、僕は。もっとも僕がやってるわけじゃなく、僕の精神が勝手にやってるだけなんだけど」

 光流は自嘲気味に笑った。

「つまり、僕の自我はノイズってわけだ」

「それはちょっと、いや、けっこうひどいっすよ」

「うん、きみならそう言ってくれると思ってた。きみは優しいからね」

 その言葉に、シャインは疑問を覚えた。なぜ面識もないはずの光流が、自分のことを知ってるのだろう。

「その答えは簡単さ。ブルガコフ兄弟社が薫流の位置を探すために、クラッキングを繰り返してたからね。そのデータ解析に僕が使われたってわけ。僕はどんなゲームでも薫流に負けたことがないんだけど、きみのしかけたセキュリティってゲームにはかなわなかったよ」

「わたし、声に出してたっすか?」

「思考通信と同じさ。頭のなかは全部伝わっちゃうんだよ」

「……でも、それじゃどうして、ブルガコフ兄弟社はこのコンピュータを使って直接クラッキングをやらなかったんすか? これ、スタンドアロンですよね。ネットにつながってないんじゃ、人探しは大変じゃないっすか?」

「僕がネットワークを通って逃げ出すとでも思ったんじゃないかな。なにせ人間の精神をデータ化するなんて、前例がないからね。データならコピーすればいいけど、元が人間の精神だろ? コピー先は正常に動くけど、コピー元はただの抜け殻になっちゃうんだ」

 光流は言った。つまり自我がセットではじめて霊的コンピュータは成立するのだと。

「ネットワークにさえつなげてくれれば、僕はすぐ薫流を迎えに行けるんだけどね。そうもいかないらしい」

「なんとか、わたしがつないでみるっすよ」

「いや、残念だけどもう本体がアンシン・コーポレイトに到着したようだ。もうすぐ電源が入る。そうしたらきみは強制的に目が覚めるだろう」

「待ってください! まだ話したいことが……」


「と、そこで目が覚めたというわけです」

 それがシャインの話したいことだった。

「それじゃあ、薫流の兄貴は……」

 ミストが言った。

「多分、肉体はもう死亡しているでしょうね。精神のみがデータになって、霊的コンピュータの中に存在しているという……いやはや、魔法時代みたいで信じられませんが」

「そのことだけどさ」

 光流が疑問を挟んだ。

「いまの時代、魔法ってどの程度あるの?」

「わたしの部族では、わたしが一番か二番くらいの魔術師だ」

「ですね。そしてもう、エルフくらいでないと魔法は使えない状態です」

「そんな……たった二五〇年で?」

 光流は唖然とした。たった二五〇年で、魔法がそんなに衰退していたなんて。

「勇者が魔王を討ち取ってしばらくして、大規模な魔法狩りがあったんですよ。魔法を使ったものを罰するという。そのため魔法は伝承されなくなり、やがて廃れました」

「それに食い物も変わった。ソイ・フードじゃあ魔力は補充できない」

「それじゃあ、天使は魔法を使えるの?」

「わかりません。天使のそれが魔法なのか、技術なのか、そういったものはまったくわかっていないんです」

「そっか……」

 光流は諦めたような顔で、ベッドに背を伸ばした。

「奴らは、あのころにはもう世界の陰にいたのかもしれないなあ」

 何気なく言ったことなので、シャインたちもそれが何を意味するのかは気づかなかった。

「それがどうかしたのか?」

「ん、なんでもない。ただちょっと、まるで魔法だなって思っただけ」

「ふん。まあいいが……」

 ミストは不快そうに言った。薫流の兄のことですでにかなり苛立っているのだろう。

「まあ、お話はそれだけです。お時間とらせてすみませんでした」

 シャインはそう言って、人数分のコップをトレイに載せた。

「ああ、僕洗うよ」

「いいですか? 重ね重ねすみませんね」

 光流はトレイを受け取り、ドアを開けた。

 そこで、外開きのドアに何かがぶつかる。

 四角い缶の入ったビニールの袋。

 葉っぱのイラストとともに『ボストン・ティー・パーティー』と書いてある。

「それ……薫流の行きつけの紅茶屋じゃないか」

「もしかして、聞かれてたっすか?」

 慌ててシャインが手を空中にかざす。しばしあって、首を横にふった。

「だめです。通話拒否。薫流、電話にでません」

「くそっ! どこに行ったかわかるか?」

「アンシン・タワー以外に考えられますか?」


 そのころ、薫流はアンシン・タワーの長い長いエレベータを上っていた。

 受付でCRIを照会しただけで、まるで予見されていたようにすぐ通されたのだ。

 気に食わなかったが、渡りに船でもある。薫流はそれに甘んじた。

 目指すは五六階。ワンフロアまるまるバラニナの住居である。

「お待ちしておりました、ミス・氏原」

 例によって、バラニナはエントランスまで薫流を迎えに来ていた。

「いい紅茶が入ったんです。この日のためにね、ウィステリアに用意してもらったんですよ。これがわたくしにも違いがわかるんです。アールグレイというのですが」

「ベルガモットの香りをつけているのですわ。フレーバーティですから、ただの紅茶とは違うと誰でもわかるはずですの」

 薫流はバラニナの言葉を遮って言った。普段なら考えられない行動だ。

 バラニナの笑顔が凍りついた。

「ミルクで煮出すのが個人的なおすすめですわね」

「……たはは、これは手厳しい」

「わたくしが来るのをあらかじめわかっていたようですのね」

 うながされる前に、薫流は椅子に腰を下ろす。

「受付からここまでいらっしゃる間に、少々余裕がありますからねえ」

「『この日のために』とおっしゃったでしょう?」

「そうでしたっけ?」

「腹の読み合いは面倒ですの。ストレートにいかせていただきますわ」

 言って薫流は、ポットから勝手に紅茶を注ぐ。砂糖をひとさじ入れて、ゆっくり傾けた。

「温度、蒸らし時間などはちょうどいいようですわね。さすがですわ」

「あ、わかりますか。いえね、店員の薦め通りにやってみたのですが」

「お兄さまの行方を知ってますのね?」

 バラニナの笑顔が再び凍りつく。もっとも、元々目だけは笑っていないのだが。

「ミスター・氏原とは再会できたのではありませんか?」

「本物のお兄さまについてお話しているのですわ」

「……なるほど、腹の読み合いは面倒、ということですものね。いいですとも、はっきり質問してくださったらイエスかノーでお答えします」

 しかし、薫流はすぐには言えなかった。

 実の兄がすでに死んでいて、精神だけがコンピュータに取り込まれているだなんて、そんなことを認めるのは怖かった。

 だが、認めなければならない。

 そのためにここに来たのだ。

「御存知の通り、うちにいる氏原光流は偽物ですわ」

「ほう、偽物だったのですか。それはおどろきました」

 その大げさな態度は、あきらかに気づいていた態度だ。だが、薫流はそれを無視する。

「その正体までは触れなくていいですわね?」

 魔王バーミリオンスパロウであることは切り札にしておきたい。薫流はカードを伏せた。

「わたくしがブルガコフ兄弟社で育てられたということは、御存知ですわよね?」

「そうなのですか? ああ、もしかしてバイオ研究所を壊して逃げたと言うのは、あなただったのですか」

「白々しい」

「ご冗談を。部署が違えば会社のことなどこんなものです」

 バラニナは砂糖を何杯も入れて紅茶を傾けた。あんなに砂糖を入れてしまっては味なんてわからないだろうに、薫流は気になったが無視する。

「わたくしはバイオ研究所に送られました。ですが、兄の行方はわかりませんでしたわ」

「倒産のゴタゴタで色々あったみたいですからねえ。わたくしは一足先に転職しておりましたので被害はありませんでしたが。いえ、その、実は株は保有したままでしたのでかなり損はありましたよ?」

 あなたが見捨てたから倒産したんじゃありませんの? 出かかった言葉を薫流は飲み込んだ。必要なこと以外にはできるだけ踏み込まないことにする。

 まるで剣の斬り合いのように、会話も間合いが重要だ。

「では、兄はどこに行ったのか、その答えがヒカル二〇二五ですわ」

「霊的コンピュータが、ですか?」

「もう一度聞きますわ。核心をついたら、イエスかノーでお答えくださいますのね?」

「はい、もちろんです」

「では」

 薫流は覚悟を決めて、息を吸い込んだ。

「兄の精神を肉体から分離し」

 強化筋肉の手のひらにじっとりした汗を感じる。

「コンピュータのソフトウェアにしたもの」

 強化心肺から人口赤血球が送り出される音が耳元で鳴るように聞こえる。

「それがヒカル二〇二五ですのね?」

 言い切った。もう後戻りは出来ない。

 あとは答えを待つだけだ。

「なるほど、まるで魔法みたいな話ですねえ」

 バラニナは紅茶を傾けながら言った。

「そんなものより、脳をそのままコンピュータ化した方がいいんじゃないですか?」

「生体パーツは劣化します。ですので精神をデータ化し、永続的に捕らえる必要があるからそうしたのではないか、わたくしはそう推理しましたわ」

「……なるほど、そういう推理ですか」

「感想を聞いているのではありませんの。イエスかノーで答えてくださる約束ですわ」

「そうですねえ。……約束は約束ですものね」

 バラニナは、ゆっくりした動きでまた紅茶を傾ける。

 そして一度壁掛け時計を見て、再び薫流に視線を戻す。

 一呼吸して、そしてようやく言った。

「イエスです。ご名答でした」

「やっぱりですのね!」

 薫流は椅子を蹴って立ち上がった。右手はすでに刀にかけている。

「あなたが、やったんですの?」

「まあまあ、お座りください」

「あなたがやったのかと聞いているのですわ!」

「いいですから、座ってください。そうしないと怖くて話をする気になれませんので」

「天使なのでしょう、あなたは。あなたが人智を超えた天使の力で――!」

 言いかけて、薫流は気づいた。強化筋肉で守られた首筋に、一筋の針のようなものが刺さっていることに。

「……何を……したのです……」

 痛みはない。針が刺さっているという圧だけを感じ取ることが出来た。

 目だけで後ろを探れば、そこにはウィステリアと呼ばれたメイドが、注射器を薫流の首筋に刺しているところが見えた。

 薫流は、メイドの手によって強制的に座らされた。

 身体の自由が利かないのだ。

 だんだん意識も遠のいていく。

「世界規模企業役員の私室に、武器を持ち込めるということが、おかしいと思っていなかったのですかねえ? 防犯対策はバッチリなんですよ」

 その言葉を最後に、薫流の意識は途絶えた。


「くそっ! ひどい渋滞だ!」

 ミストがハンドルを殴りつけた。

「アンシン・タワーは目の前だってのに!」

「いっそ歩いたほうが早かったすかね」

「ここに停めて行っちまうか?」

「停めようにも、その隙間すらないっすよ」

「よりによってこんな時に……。伏せろ!」

 ミストが言った瞬間、運転席から助手席を抜け、ミストの頭が今まであった場所を、数えきれないほどの弾丸が通過していった。

 三車線一方通行の道である。トヨタ・オヒメサマの防弾窓ガラスを貫いた弾丸は、隣の車の運転手の頭を砕き、その先の車の運転手も犠牲にする。もちろんトヨタ・オヒメサマの防弾窓ガラスは粉々だ。

「覚えがあるぞ、こいつには!」

 ミストは伏せたまま銃をとった。光流も恐る恐るそちらを覗き見る。そこには弾丸切れになったガトリングガンを投げ捨て、斧を抜いたオウガが、こちらへと突っ込んでくるところだった。

「あいつ、薫流が仕留めたんじゃないのかよ!」

 見れば、オウガの特徴である角が一本欠けている。間違いなく薫流が斬り捨てたあのオウガだ。一命を取り留めた彼は、何者かによって命を繋がれ、こうして再びスイーパーチームの前に立ちふさがる。

「あの時の借りを返しに来たぜ!」

 オウガが斧をボンネットに叩き込んだ。バン、強烈な破裂音とともに、運転席と助手席のエアバッグが開く。

 シャインとフォード・フライイング・スパイダー・マークスリー、光流はすぐに車を飛び出した。だがエアバッグに阻まれたミストにはそれが出来なかった。

くそっ、たれFuck'n shit!」

「お嬢ちゃんたち、あの時はよくもやってくれたな」

 オウガが斧を肩に抱えて、言った。

「今日は刀の嬢ちゃんは居ねえが、今度こそ油断しねえぞ」

 再びオウガの斧が動く。狙いは運転席側から飛び出した光流だ。

「わわっ!」

 車の反対側には駐車中の車があって、身動きがとれない。やられる、と思った瞬間、運転席のドアが蹴り開けられ、オウガを弾き飛ばす。

「あんたの相手はこのあたしだ」

 ミストが二丁のミツビシ・ヤタガラスを抜いて立ち上がった。

「あんたらは先に行け。あたしはこいつを民警に突き出してから追いかける」

「一人で大丈夫なんですか?」

「お前ら二人があっちに行かないと話にならないだろ! それに……薫流に倒せて、あたしに倒せない敵があるもんか!」

 ミストはオウガから目を離さず言った。

「……わかりました」

「えっ、いいの?」

「任せましょう。わたしたちがここにいては足手まといになります」

 言って、シャインはフォード・スパイダースリーを半自動操縦で反対方向に走らせ、自分もあとを追いかけた。

「わかった、ミスト、頼む!」

 光流もそのあとを追う。他の車の運転手たちも車を乗り捨てて逃げ出し、あとにはミストとオウガだけが残った。

「俺の身体に銃は効かねえぞ」

「ぬかすな」

 ダダダダン。魔力で反動を殺し、ミストの二丁拳銃が・五〇〇S&Wを二発ずつ計四発吐き出す。弾丸はオウガの胸に吸い込まれるように飛び込んでいった。

 しばし、オウガはその場に立ち尽くす。

「やったか?」

「……ふんっ!」

 気合とともに、オウガの胸から四発の銃弾がはじき出された。音も立てずにアスファルトに落ちる。

「防弾ベストか!?」

「いいや、俺の筋肉だ」

 この近さでは貫通のための精密連射は通用しないだろう。かといってゼロ距離射撃をするには相手が悪い、引き金を引くより早く、オウガが斧を振り下ろしてきた。

 間一髪、ミストは斧に向かって発砲。超合金製の斧は砕けないが、軌道がそれて斧はトヨタ・オヒメサマの屋根をへこませた。

「くそっ、ローンがまだ残ってるんだぞ!」

 だったらショットガンだ! 暴れ牛にぶち込んだときの単粒スラッグ弾が残っているはず!

 ミストはそう思ったが、ショットガンはオヒメサマの車内に置きっぱなしである。その前にはオウガが立ちふさがっていた。

「ひょっとして、こいつなら通じると思ったか?」

 オウガがオヒメサマの窓をぶち破り、ショットガンを引っ張り出した。斧をもっていない左手に持ち替えて、片手でポンピング。発砲。

 放たれた単粒スラッグ弾は、やすやすとミストが隠れていたトラックのタイヤを破裂させ、車体を傾ける。

 だがおかげで車体の下の隙間がなくなった。

「まさかこいつを使うことになるとはな」

 ミストはその陰に転がり込み、ポーチから一発の弾丸を取り出して銃に詰め込む。

 ミストが詰めたそれは、アーマー・ピアシング弾。いつだったか光流と買い物にいったさいに、元相棒だったドワーフのガンスミスが、ヒマを持て余して作ったそれだ。

 こいつなら、いけるかもしれない。

 ミストは物陰から飛び出すと同時に、会心の一撃を撃ち込んだ。


「ちょ、ちょっと待って欲しいっす……」

 シャインが肩で息をしながら脚を止めた。

「ひきこもりのわたしには、全力疾走はキツイっす……すみません」

「ここまで来ればあと少しだよ。大丈夫、走らなくていいから少しでも歩こう」

 確かに、あと一ブロックも歩けばアンシン・タワーだ。

「いやもうそれも厳しくて。置いていってください、すぐ追いつきますんで」

「知ってるよ」

 光流は真面目な顔をして言った。だが、光流が真面目な顔をするのはいつものことである。いつも、真面目な顔でふざけたことを言うのが光流なのだ。

「な、なんですか?」

「囲まれてるんだろ? ミストに続き、きみまで置いて行けるわけないじゃないか」

「……さすがっすね」

「魔王城陥落の時とよく似てるんだな、これが。一人一人消えてってさ」

 無限軌道、車輪、多脚、飛行……多種多様な足音を響かせた戦闘用ドローンが、どこからともなくわらわらと現れて、周囲を囲む。

 それらにはすべて、ブルガコフ兄弟社のロゴが刻まれていた。

 ブルガコフ兄弟社が絡んでいるのか、それともアンシン・コーポレイトが買い取ったものなのか。それはわからない。

「僕が残るよ。きみは薫流を迎えに行って欲しい」

 光流が手元に魔力を込めた。手のひらの中で魔力の塊が炎に変わる。

「そうは行きませんよ。薫流は光流を必要としてるはずっす。行ってあげてください」

「僕は本物の光流じゃない。魔王バーミリオンスパロウだ。それよりも、コンピュータの中で本物の光流に会ったきみこそ行ってあげるべきなんじゃないか?」

 光流がそう言うと、シャインは一瞬迷って、言った。

「いえ、だめです。光流が行くべきです」

「なんでそこまで言うんだい?」

「ハッカーらしくないことをいうと、カンです」

 シャインはきっぱりと言い切った。

「カンか……」

「そうです。カンです。既視感ってんですかね。前にもこんなことがあったような気がするんです……。もしかしたら、前世でわたしは、魔王さまに仕えていたりして。あはは」

「シャイン、それはあんまり笑えないよ」

 光流は本当に笑わなかった。

「それに、体力の限界でもう走れないってのも本当のことっす。まだ走れるひとが走るべきですよ」

 フォード・フライイング・スパイダー・マークスリーが飛行状態から多脚状態に変形する。ライトマシンガンの他、小型ロケットランチャーやドラム給弾式マシンピストルが二門、展開される。

 周りに障害物がないことが前提の、最高火力だ。

「さあ、わたしの一斉射撃に巻き込まれたくなかったら、走ってください!」

 シュボッ。ロケットランチャーがアンシン・タワーに向かって発射され、その方向に集まっていたドローンの群れが小規模な爆発を起こす。

「そこから抜けるっすよ!」

「わかった、シャイン……頼む!」

 光流はその場にシャインを残し、一目散に走り去った。

「さあ、スパイダースリー! やりますよ……!」

 シャインは言うと、スパイダースリーの斜線を避けて後ろに立った。

「かかってくるっすよ! めったに使えないメンバー最強の火力を味わうっす!」

 そのあとの声は、射撃音にかき消された。

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