1st stage 魔王と便利屋ガールズ

 ――1776年7月4日 午後8時 魔王城

「魔王バーミリオンスパロウよ、安らかにお眠りなさい」

 横たわる銀朱色バーミリオンの髪をした青年の胸に、傷だらけの軽鎧を身につけた少女が、その剣を突き立てた。

 刺された青年は微動だにしない。

 肉体はもう、死んでいるのだ。

 だが魔王と呼ばれた青年、魔族たちの長である、この青年の精神は生きている。

 だから、のちに勇者と呼ばれることになる少女が、聖剣で死体に精神を縫いつけたのだ。

 長きにわたる人間と魔族の戦いはこれで決着がついた。

 これは、世界の誰もが知っている、独立戦争の歴史である。


 ―2026年7月4日 午後八時 シアトル

 人類解放二五〇年目、独立記念日のパレードは、世界中でほぼ同時に行われた。

 かつて魔王城があったと言われる、ワシントン州シアトルでも、勇者が魔王を倒したとされる午後八時に、何万発もの花火が打ち上げられた。

 花火は、街中にそびえ立つビルの陰にならないよう、多方向から打ち上げられ、町の隅々を照らしてゆく。

 この時代は、いや、もはや一〇〇年ほど前にすでに、人類は夜を克服していた。

 町は街灯で彩られ、けばけばしい色の看板が繁華街を埋め尽くしている。

 『サイバー手術格安』『新作VR映画上映中』『人類解放記念セール! 人類の方のみ五〇%OFF!』

 やや遅れて花火の破裂音が人々の耳に届く。

 この時代、音の公害も深刻化していた。

 街中至る所に据え付けられたスピーカーから宣伝文句が飛び交っている。

 『サイバーウェアは身体にかかる負担が大きい? そんなときにはバイオウェア!』『隣人トラブルから殺人事件まで、なんでも解決してみせます!』

 それだけではない。独立記念日に熱狂する人々のお祭り騒ぎも大したものだった。

 人類の末裔と魔族の末裔は、表向き平和になったことになっている。だが、未だに魔族に対する差別は根強く残っている。それが原因での喧嘩も絶えない。

 『人類万歳!』『おい魔族が独立パレードにくるな』『魔族と人類に恒久的な平和を!』

 そんな光害や騒音に、無縁な所もまだ町には残っている。

 シアトルの名物の一つ、空を目指すスペースニードルと対をなす、地下下水道。通称『アンダーグラウンド』だ。

 古い時代に作られた下水道の逆流対策として、一九世紀に沿岸部をまるごと二階建てにしたという歴史がある。

 そのためシアトル旧一階は、道路も含めてほぼすべてが下水道となっているのだ。

 度重なる改修によって、ある程度の清潔さと、オートメーション化された機械式水路はできているが、それでも爆発的に増えた人口とごみの量にはかなわない。

 こればかりは、人間が人間である以上、何年経っても変わらないのだ。

 そんな下水道の静寂を破るように、人工の灯りが照らされた。

 灯りの源に、人影は二つ。

 前を歩くのは、キモノと呼ばれる東方の衣装を着た少女。薫流。

 後を歩くのは、背の高い、シューティングゴーグルをかけたエルフの女。トワイライト・ミスト。

 そしてその周りに飛び交うのが、六つのマルチコプターで飛行する、中型戦闘用ドローンだった。これを操縦しているのがシャインだ。

「参りましたね。ちょうど真上がアンシン・ショピングセンターっすよ」

 ドローンのスピーカーが、シャインの声でしゃべる。

「それがどうした」

 低い声で答えたのは後ろを歩くトワイライト・ミスト。ゴーグルの下の長い金髪は、後ろで三つ編みにしている。両方の腰には大型拳銃と、その弾倉がいくつかぶら下がっている。

 だが左手は懐中電灯でふさがっているので二丁拳銃というわけにはいかないだろう。

「商店街は、強制受信型のSPAMデータが多すぎるんですよ。ブロックしてもブロックしても後を絶ちませんし……。ミストたちのARにも投影されてますよね? 邪魔で邪魔でしょうがないっす」

 ARオーグメント・リアリティとは、拡張現実とも呼ばれ、現実に見える風景の上にコンピュータ情報を重ねて表示する技術のことだ。

 冒頭で、ミストが銃の情報をコンタクトレンズに投影していたのもこの技術である。

 また、例えば広告であれば、店の看板をクリックしただけで店の情報が表示されるし、実在しない書類や地図などを共有化して見ることもできる。

 SPAMと呼ばれるのは迷惑広告のデータであり、視界を埋めるので非常に評判が悪い。

「気にならないね」

「まじっすか? 視界に広告がいっぱい入ってて、どうやってテッポー撃つんですの?」

「ARのスマートリンクなんか、補助だよ。構えて、撃つ。それで十分だ」

「かー……。さすがエルフってヤツっすかね。魔力があると羨ましいっす」

「おまえだってヴァンパイアなんだから多少はあるはずだろ?」

 エルフもヴァンパイアも魔族である。エルフはかつて独立戦争時に人類に味方し、魔法を与えた種族とも言われている。

 反面、ヴァンパイアは魔族側の代表だが、高い魔力と引き換えに、日光に弱いなどの弱点を持ち合わせている。ドローンの主が下水道にいない理由の一つは、流れる水の上を渡れないという弱点があるためだ。

「何の因果か、その魔力がわたしには生まれつきからっきしだから、ハッカーなんてやってるんっすよ」

 だが、独立戦争から二五〇年。どちらの種族もほとんど魔力を失っていた。

 魔族狩り、魔法狩りの影響も大きいが、科学が発展するとともに反比例するように、世界から魔力が消えていったのだ。

 エルフ、その中でもトワイライト・ミストは高い魔力を持っているが、それでも火の玉を撃つようなことはできない。そのため銃を持っているのだ。

「お二人とも、少々静かにしていただけませんか」

 それまでずっと黙っていた薫流が、静かだがよく通る声を上げた。

 薫流の左手は長小太刀と呼ばれる東洋の湾曲した刀を、鞘に入れたままぶら下げている。右手はいつでも抜刀できるよう空手だ。

 つまり、薫流は暗闇の中でも明かりを持っていない。

 薫流の瞳孔は猫のように縦に開いている。低光量でも無関係な猫目のバイオアイだ。薫流はバイオウェアと呼ばれる、生体サイボーグの塊だった。筋肉は増強され、神経も強化されている。

 長い間培養槽に浸からなければならないようなバイオ手術を、薫流はなぜ受けることになったのか、それを薫流はチームの二人にしか話していない。

「わたくしたちの目的は? ミスト、お答えなさい」

「……下水道の武力清掃」

 ミスト、トワイライト・ミストが、やや憮然とした態度で答える。

「そのためにわたくしたちが行うべき行動は? シャイン、お答えなさい」

「人喰いネズミなど凶暴化した害獣を排除し、清掃ドローンの障害をとり除くことです」

 シャインは反面、悪びれもせずに答えた。

「そうですわよね? じゃあお二人とも。害獣に気配を気取られてはいけないのでは?」

「……ああ」

「ま、薫流の言うとおりっすね」

 二人の言葉を確認して、薫流は満足したのか、改めて前を向く。

「わかったら、お二人とも静かに進みましょう。……あら?」

「どしたっすか?」

「シャイン、ちょっと地図をもう一度くださらない?」

「わかりました」

 ドローンから送られた地図は、ワイヤレスネットワークを介し、薫流のバイオアイにARで直接地図を投影した。

「やはり、わたくしの地図だけの間違いではないみたいですわね」

「なにかあったすか?」

「ご覧なさい、あそこを」

 薫流が水路の向かいの暗闇を示した。シャインのドローンとミストも、そちらに灯りを向ける。

「ありゃ、ほんとっすね」

 その先には、道があった。階段が更に下に向かって伸びている。

「まあ、年代物の下水道ですから、こういうことはよくあることですけど。まー、ハッカーとして情報の不一致は悔しいっすねー」

「それで、どうしますの? 地図にない部分も、武力清掃の対象になるのですか?」

「あたりまえだろう。それで金をもらってるんだからな」

「はあ……嫌ですわ。ただでさえ陰気で臭くて不潔な下水道なのに、さらに地図のないところまで進まなければならないなんて。わたくしはゲームの冒険者ではないのですわよ」

「まあ、マッピングはドローンが自動的にやってくれますから、安心していいっすよ」

「……それが余計にゲームのようだと言ってるんですわ」


 しばらく後、一同は地図にない階段を降りて、古めかしい木製の扉の前に立っていた。

「まったくもって、ゲームの遺跡じみてきましたわね」

「そもそもこの下水道が作られたのが、二世紀近く前っすからね。それに足してここは魔王城があった土地ですし。遺跡探検というのもあながち間違いじゃないっすねえ」

「遺跡か」

 ミストがつぶやいた。

「財宝があればいいんだけどな」

「映画の見過ぎですわ」

 薫流がぼやく。

「ゲームオタクに言われるのは心外だぞ」

「ゲームをバカにしないでくださいます? ゲームはわたくしとお兄さまの絆を確かめる最高の手段だったのですわよ」

「はいはい、またお兄さまかよ。このブラコン」

「兄妹愛と言ってくださいな」

「っても、行方不明なんだろ? 兄さんは」

「だからですわ」

 薫流はそっぽを向いて言った。

「お兄さまにはどんなゲームにも勝てませんでした。まるで頭がコンピュータでできているようなプレイスタイルには、わたくしどうしても勝てませんでしたの。だから、ゲームだけが、わたしがお兄さまを思い出せる最高の方法なのですわ」

「はいはい、それは結構ですけどね。錠前の解析が済みましたので、扉、開けますよ」

 六脚を生やし、姿勢を固定して、マニピュレーターを展開していたドローンが、二人の会話に割り込む。

「古い錠前っすからね。物理的にこじ開けるしかないので苦労しました」

「ぶち壊してもかまわないんじゃありませんの?」

「こういうのは、戻せるようにしとくんっすよ」

 ミストが軽く木の扉を引く。ずず、と重い音をたててわずかずつ扉が開いていった。

 その奥は神秘的な光景が広がっていた。

 ドーム状の部屋の石壁は、わずかに青白く光り、その中心に、石でできた棺のようなものがおさまっている。

「わずかだが魔力を感じるな。魔法による光か……いよいよ遺跡じみてきたぞ」

 エルフであるミストは、その才能で魔力を感じることができた。

「マナカウンターでみると、やはり大きな魔力はあの棺から反応がありますね」

 魔力計測装置を向け、ドローンが慎重に飛行し、棺に近寄る。

「これは……たはは、怪しくなってきましたねえ」

「なんだ?」

「魔王バーミリオンスパロウ、ここに眠る。って書いてあります」

「魔王バーミリオンスパロウですって?」

「随分懐かしい名前だな。小学校で習って以来だ」


 魔王バーミリオンスパロウ。

 教科書にも載っている歴史上の人物である。

 そもそも魔族というものが歴史に現れたかは定かではない。

 魔族の中には様々な種族があり、オウガと呼ばれる種族は力に、ドワーフと呼ばれる種族は技術に、エルフやヴァンパイアと呼ばれる種族は魔法に長けていた。

 魔族ははじめはポツポツ人類の前に現れる程度だったが、北米大陸にヨーロッパ人が移民をしてからは姿を変えた。

 そのきっかけが魔王の登場である。魔王は瞬く間に世界各地の魔族を統一し、人類を支配したと言われている。

 だがその結果、一八世紀に。独立戦争が起きた。

 のちに『人類の人類による人類のための戦争』と呼ばれるこの戦争で、先頭に立ったのは『勇者』と呼ばれる人物である。

 勇者の名前は、残念ながら歴史に残っていない。

 二〇〇年以上も世界を支配した魔王が、長命な人物であったのか、それとも代々受け継がれていたものなのかも不明なままである。

 だが、以下のことは誰もが知っている歴史的事実である。

 かつて、人類が魔族によって支配されていたこと。

 魔族を束ねていたのは魔王と呼ばれる者であったこと。

 そして魔王バーミリオンスパロウは名も無き勇者に打ち倒されたということ。


「そのバーミリオンスパロウの墓所だとおっしゃるのですか?」

「そんなわけないだろう。偽物に決まってるじゃないか」

 ミストのいうことももっともだった。独立戦争以前にすでに人類側についていたエルフやドワーフたちだけではなく、今では多くの魔族が人類に混ざって暮らしている。

 当然、いまでも魔王を信仰する宗教が残っているのだ。二代目バーミリオンスパロウを名乗るものがいてもおかしくはない。

 この棺もそういうものだとミストは言っているのだ。

「いやでも、待ってください」

 しかしそれに、シャインのドローンが反論する。

「マナカウンターの数値が振り切っちゃってるんすよ。棺の中におさまっているのが人間だとしたら、この数字はありえないんです」

 なお、人類と魔族の垣根がなくなった現在、『人間』という言葉は、人類と魔族すべてをひっくるめた言葉として使われている。エルフやヴァンパイアも含めて、だ。

「開けてみませんか? これ」

「正気ですの?」

 言いながら、シャインのドローンが棺にレーザーを照射し、分析を開始する。

「あたしは賛成だ」

「ミスト、あなたまで……! 魔王がもし復活したらどうするおつもりなのですの?」

「するわけないさ。魔王は何百年も前に死んだんだ。死んだものは生き還らん」

「まあ、それはそうですけども……」

「それに、これがもし、魔王信仰者のなんかだったら、いい金になるかもしれん」

「……もう、勝手になさいまし。何が起きても知りませんわ」

「それじゃあ、いいっすかね?」

 ドローンがアンカーを展開し、本体を地面に固定すると、バールのようなマニピュレーターを棺の隙間にねじ込んでいる。

「何が出るかわかりませんから、一応警戒しててください。泥棒よけのトラップなんかあったりしたら目も当てられませんし」

「だから、どうしてそうゲームっぽい発想なんですの?」

 言いつつも、薫流は刀を抜く。ミストも同じく、懐中電灯を下ろして拳銃を両手に持った。

「……ううむ、思ったより硬いっすね」

「開かないのか?」

「あとはテコの原理で上から力を入れていただけると楽なんですけどもね、なにせドローンは軽量ですから。お二人とも、いま体重どれだけあります」

「言えるわけありませんわ!」

「先月より三キロほど絞ったが、少しなら魔力で増やせるぞ」

 ヒステリックに返す薫流に対し、ミストは女同士だと思って気にしないようだ。

「ま、ミストは身長もあるし六〇キロ前後、薫流はバイオウェアがモリモリ入ってますから八〇キロってところっすよね」

「そんなにありませんわよ! 金属部品なしの生体部品ですのよ!」

「ま、いいです。二人合わせて一〇〇キロこえてれば。そんじゃ、ちょっと手伝ってください。マニピュレーターの、マークアップした部分を上から押し付けるだけでいいんで」

 言われて、ミストが動く。銃をホルスターに戻して、ドローンのマニピュレーターに手を添える。

「こうか?」

「手応えがありゃ間違いないっす。薫流も見てないで手伝ってくださいよ」

「警戒しろって言ったのはあなたですわよ」

「肝心の棺が開かないことにはどうしようもないっすよ。お願いします」

「まったく……。しかたがありませんわね」

 薫流も続けて、しかし警戒を忘れないよう、抜刀したまま手を添えた。

「薫流、それしまえよ。危ないだろ」

「銃と違って暴発はしませんわ」

「なんすか? 頭の上で何が起きてるんです?」

「なんでもありませんわ」

「なんでもないってこたないだろ」

「ああ、でもいい調子っす。もう少しで開きそうっすよ。あっ、あっ!」

「やっぱ危ないだろ。それしまえよ」

「それよりミストも力がぬけてますわよ。魔力での強化をさぼってるわけじゃありませんわよね?」

「はあ? おまえこそ強化筋肉のスイッチ切ってるんじゃないだろうな」

「わたくしの強化筋肉をそこらのサイバーウェアと一緒にされてはこまりますわ。ゲーム風に言うのなら常時発動型ですのよ」

「結局、おまえもゲームに例えてるじゃないか。このゲームオタク」

「ひとの頭の上で喧嘩しないでください。って、あっ。行けそう。あっ、あっああっ」

「おまえはおまえで、なんでエロい声出してんだよ!」

「だって自然に声が出ちゃうんすから! あっあっ、あああーっ!」

 ずずん、と石棺の蓋がずれて落ちる音が響く。続けて響いた音は、二人と一体がもつれ合って倒れる音だ。

「あいたたた……。いや、ま、ドローンだから痛覚ありませんけどね」

「あら? わたくしの刀は……?」

 薫流の手に握られていた刀は、いつのまにか手の中からどこかに消えてしまっていた。

「ほら! そうなるから言ったんだ! あたしに刺さってたらどうしてくれる」

「刀、そこら辺に落ちてるかもしれませんから、踏まないようにしないとならないっすね。さて……、魔王さまとご対面といきま……」

 シャインがワイヤレスネットワークの向こうで絶句する。

「なんだ、やばいものでも入ってたの……か……」

 続いてミストもそれを見て言葉を失った。

 棺の中には、古めかしい服をまとった一人の男が眠っていた。

 おそらく独立戦争の頃の衣服だろう。三人とも歴史の教科書の挿絵で見たことがある。

 燃えるような銀朱色の髪を短く切りそろえた青年である。東洋人と西洋人の血が混ざったようなその顔立ちは中性的で、誰もが彼を美しいと思っただろう。

 だが、二人が絶句したのはその美しさゆえにではない。

 青年の胸に深々と、刀が刺さっていた。

 間違い無くそれは、さきほど転んだ拍子に手からすっぽ抜けた、薫流の刀である。

「あーあ……薫流、殺しちまった」

「えっ、あ……」

 薫流は転んだままの状態だが、棺に生えている刀を見て大体察したようだ。

「こーろした、こーろした」

「わ、わたくしのせいじゃありませんわよ」

「おまえのせいだ、バカタレ」

「ば、バカとは何事ですの!」

「まあ、まあ。お二人とも落ち着いて。大丈夫ですよ、棺の中でお休みになってたんです。すでにお亡くなりなのは間違いありませんから」

「それならよいのですけれども……」

 言って、薫流は起き上がり、青年の顔を見る。

「……そんな、まさか……」

「まさか? おいおい、自分で殺しといてまさかはないだろ」

 ミストが横から茶化すような言葉をかける。だが、薫流にはそれが聞こえていないようだ。

「……お兄さま」

「はあ? また薫流のお兄さまが始まったぞ?」

「間違いありませんわ、お兄さま! お兄さま! なんという悲惨なお姿に!」

 そう言って薫流は棺の中の人物によりかかった。

「やったのはおまえだろうが」

「ミスト、ちょっと黙ってください」

 シャインが横から割り込む。

「あん、なんだよ?」

「いや、ほら。ミストはその、薫流のお兄さんの写真見せてもらってないっすか?」

「ないな……だが、するとこいつが?」

 ミストは気まずそうに目を伏せた。

「……なんか、悪かったな。薫流」

「……いえ、失礼しました。取り乱しましたわね」

「間違いないのか?」

「髪の毛こそ朱く染めておりますが、間違いございません。これは兄の光流ひかるですわ」

「それなら、ちゃんとしたところで弔って差し上げたいところっすね」

「いえ、このままでいいですわ。わたくしと異なり、役割を全うした上で死んだのだから、お兄さまも後悔はないでしょう」

「いや、勝手に死人の気持ちを代弁しないでほしいなあ」

「「「わっ!?」」」

 三人が驚くのも無理はない。死んでいるとばかり思った青年が、しかも刀でとどめを刺してしまったと思ったのに、のんきそうに言ったからだ。

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