魔王さまは時代遅れ

小野寺広目天

本編「魔王さまは時代遅れ」

Prologue 魔王さまは時代遅れ

 ――2026年7月某日 午前2時 シアトル。

 とあるアパートメントビルの一室。

 窓は塞がれていて真っ暗で、デスクトップコンピューターの画面だけが部屋を照らしている。

 そんな中で、ヴァンパイアの女、シャインはリクライニングチェアに身を委ねると、頭蓋内に埋め込まれたモジュールに意識を集中した。

 ワイヤレスネットワークを通し、小型携帯コンピューター、通称セルコンにアクセスする。それだけでシャインはVRヴァーチャル・リアリティ空間にダイブすることができた。

 真っ暗な空間に仮想的に存在するシャインのアイコンの前には、無数の画面が並んでいる。シアトルの街中にある防犯カメラにハッキングしたものだけではなく、自前のドローンが観たものも写っている。

『みつけたっす』

 シャインは防犯カメラの一つの画像からそれを探しだし、仲間に指示を送る。

『ターゲットはブロードストリートをスペースニードル方面へと向かってるっす。追いつけるっすか?』

 同時に、ドローンの一体が追跡を開始。仲間のセルコンに画像と地図を同期した。


 夜中といえど、大通りは街灯によって明るく照らされ、車もまばらながら走っている。

 そんなブロードストリートを走る小型車の一台は、ヘッドライトを点けていなかった。

 いや、小型車ではない。仕事で疲れに疲れきった運転手たちがよく見れば、それは一頭の巨大な暴れ牛だった。

 それがブロードストリートを北上し、五〇年以上前に建てられたシアトルの象徴、スペースニードルの方に向けて車道を走っているのだ。

 やがて、車と車の間を縫うように、一台の日本製ミニバンがスピード制限も無視して突っ込んていく。

 暴れ牛に暴走車。気づいた車はみな、反射的に道を譲っていた。

 赤信号を守る牛は居ない。同じように、それを追うミニバンも当然、赤信号を突破しようとする。

 ブオーン!

 しかし、大型車特有の重低音のクラクションが夜闇に響いた。アメリカンサイズの巨大トラックだ。

 ミニバンは急ハンドルで、間一髪衝突を回避する。だが、それによりスピンを引き起こした車は、路肩に引っかかって足を止める。

 暴れ牛はそのまま逃げおおせる……と思いきや、その上には一人の人影がまたがっていた。

 ミニバンから飛び出していた、キモノと呼ばれるひらひらした東洋の服を来た少女が、牛の背に長小太刀と呼ばれる湾曲した剣をつきたてていた。

「逃しませんわよ」

 長小太刀を手綱代わりにしたロデオを演ずる少女は、振り落とされまいとしがみついている。だが、牛も当然そのままにするつもりはなく、背中の上の余計な荷物を放り捨てるべく跳ねまわった。

 少女の目が光る。縦に瞳孔の開いた猫のような目は、バイオウェアで改造された証だ。

 一瞬を見きって、長小太刀をさらに深々と突き立てる。

 牛は悲鳴にも似た雄叫びを上げ、更に暴れ狂う。

 少女の見立てではトドメを刺せているはずだった。だが相手が悪かった。

「なっ!?」

 牛がいななきを上げて立ち上がる。そして前足を強く下ろすと同時に後ろ足を跳ね上げた。

 つまり、直立からの逆立ち。

 大きく振り回された少女は、軽々と吹き飛んで、ハンバーガーショップ『マクダネルズ』のガラスを破って店内に放り込まれる。

 同時に、バンという破裂音が響き、牛が体制を崩した。

「次の相手はあたしだ!」

 シューティングゴーグルをかけたエルフが、ポンプアクション式のショットガンを撃っていた。散弾ではなく、大型獣用の単粒スラッグ弾だ。

 だが牛はまだ生きている。目標を生意気なエルフに変えると、唸りを上げて突進した。

 エルフが目に入れたコンタクトレンズには、ショットガンの先からまっすぐ伸びる線が表示されている。その他、残弾数、弾種、風速などを計算した上で、エルフはその線が牛に当たるようショットガンを構えた。

 そして魔力を集中。視力強化、銃身固定、短未来予知を発動。

 バン、バン、バン。

 湿ったシアトルの空気に乾いた火薬音が響く。全弾命中。

 しかし牛の突進はやまない。

「くそっ!?」

 エルフはその場で転げて牛をやり過ごしざまに、更に数発の弾丸を叩き込む。

「どうなってやがる! 全弾命中してるんだぞ!」

『手負いの獣はかえって獰猛っすからねえ、どうも』

 通信で答えたのは、ヴァンパイアのシャインだ。

「だからって、非常識にも程がある!」

『バイオウェアを培養するための強化牛ですからねえ。生命力はそりゃもう半端なものじゃないでしょう。がんばってください』

「好き勝手いいやがる!」

 悪態をついて、エルフは走りだした。牛が向かう先を誘導する。

 幸い、隣はスペースニードルタワーのお膝元。人気はなく、広い。

 突進を間一髪でかわしながら、射撃。間一髪でかわしながら、射撃。その繰り返しで奥へ奥へと誘導していった。

「闘牛士にでもなった気分だな!」

『背中に剣もささったままですしね』

 エルフはそこで散弾銃を投げ捨てる。弾丸切れだ。

「これが通用するかどうか知らねえけど、よ!」

 そして代わりに、両方の腰から二丁、大型拳銃を抜く。コンタクトレンズに投影される情報を散弾銃から拳銃に切り替えて、連射。

 しかし、牛の硬い皮膚には、・五〇〇S&W弾といえど拳銃弾では通用しない。

「くそっ、鳩に豆鉄砲じゃないか!」

『使い方間違ってるっすよ』

「うるせえ!」

「まったく、見てられないね」

 エルフが再度転げて立ち上がった時、牛の前には別の人影が立っていた。

「逃げろ! おまえじゃ無理だ!」

 エルフが叫ぶ。

「僕は仮にも魔王と呼ばれた男だよ。牛一頭に苦戦するはずないじゃないか」

 そう言って魔王を名乗る男は右手を牛に向けた。

「運が悪かったな」

 牛が突進を再開する。狙いは魔王。

「魔王バーミリオンスパロウの名において命じる!」

 魔力が魔王の体内から右手に向かって収束してゆく。エルフのそれとは桁の違う魔力は、目に見えるほどまばゆく輝いていた。

「爆ぜろ」

 ぽんっ。

 牛の目の前で、小さな空気の破裂が起きた。

「……あれ?」

「あれ? じゃねえよバカ魔王!」

 エルフのそれを遥かに上回るとはいえ、魔王の魔力もまだまだ万全ではなかった。科学が魔法を否定し、魔王の魔力は枯渇しかかっていたのだ。

 誰よりも早く気を取り直したのは、牛だった。

 牛が魔王を血祭りにあげるべく、走った。

「うわ、来るな、来るなあ!」

 情けない声をあげる魔王。

 しかし牛は容赦しない。魔王に頭突きをかまして――

 ――そして、どう、と音をたてて倒れた。

 その額には、巨大な矢が深々と刺さっている。脳を貫かれ、さすがのバイオ猛牛も、もはや命を失っていた。

「大丈夫か!?」

 エルフは言った。

「あ、ああ……なんとか……。重いけど……」

 見れば魔王は、倒れた牛の下敷きになっている。

「たはは……危ないところだった」

「これだから、バカ魔王と呼ばれるのですわ」

 キモノの少女が、滑車を用いて何倍にも力を増幅する剛弓を構えていた。

『ご苦労さまです。まもなくアンシン・コーポレイトの回収班が到着するようですので、引き渡しをお願いいたしますね』

 シャインが各々に通信を送った。

『で、魔王バーミリオンスパロウ様。何か申し開きはございますか?』

「いやあ、その……てへ」

 なんとか牛の下から這い出そうとして、諦めた魔王はそう言った。

「なにが『てへ』ですの?」

 少女が冷たい声で言った。

「やっちゃったなーってカンジ」

「可愛く言っても可愛くないぞ」

 エルフも淡々と言った。

『魔王さまは時代遅れなんです。もっとその自覚を持ってください。では、撤収』


 この物語は、二〇二六年のシアトルを舞台に、三人の娘と一人のポンコツ魔王が、様々なトラブルを解決していく物語である。

 チームを率いるヴァンパイアのハッカー、シャイン・ストーン。

 切り込み隊長は人間のバイオサイボーグ、氏原うじはら薫流かおる

 射撃はエルフの魔法使いガンスリンガー、黄昏の霧トワイライト・ミスト

 そして、過去に人類を支配していた存在、魔王バーミリオンスパロウ。

 彼女らと魔王がどうして出会ったかは……七月四日、独立記念日まで遡る。

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