2.
例えば、色とりどりのビー玉と炭酸水やビールの王冠。
名前も知らない木の実や植物の種。
どこからかこぼれ落ちたボルトとナット。
割れてしまったガラス瓶の欠片は、指を切らないようにそっと拾い集めた。
壊れてしまった懐中時計。音の出なくなったトイピアノ。セミの脱け殻。子供向け科学雑誌のスクラップ。
全体の文脈から切り離され、単体では意味をなさない細部にまで分断されたそれらは、愛すべきガラクタたちであり、ぼんやりとした子供時代の中でも、やたらと印象に残る、キラキラとした宝物たちでもあった。
あまりにもキラキラし過ぎていて、何だかニセモノみたいだったな。
まぁ、ニセモノでもホンモノでも、どっちだっていいんだ。
この、イカれた世界ではそんなことは些細な問題だからね。
ありものの材料と、その場しのぎの突貫工事で作られた、つぎはぎだらけの歪んだ世界。
何が正しくて、何が間違っているのか。それすらも、誰にも分からなくなってしまった場所だ。
多分……いや、きっと。
それは、この箱庭みたいな世界を作った――作った、とされる――【組織】の連中にしても変わらないのだろう。
本当に、どうかしていると思うけど、そんな悪い冗談みたいな世界でも、そこで生きていくしかない僕らにとっては、あの子供時代の光り輝く宝物たちは、ちょっとしたお守りみたいなものなんだ。
この、殆どの存在が可能性と呼ばれる曖昧な霧の海に沈み込んでしまった世界で、例えファンタスマゴリアのように移り気な妖しい何かでも、僅かに信じられるかもしれない過去の幻影なら、それは、きっと、この濃霧の中の航海を誤魔化し誤魔化し進むための小さな標になる。そんな風に思えるんだ。
まぁ、それも、単なる僕の願望に過ぎないのだけど。
※※※※
宝物がまたひとつ増えるような気がした。
それは、予感と言うよりかは確信に近いものだったし、もしかすると、遠い昔に、どこかで経験した、似たよう出来事の記憶が浮かび上がって来ただけなのかもしれない。
別に何だっていい。
とにかく、今の僕はテンションが上がっているし、自転車のペダルを漕ぐ脚にも力がこもっている。
普段なら息を切らしながら登っていく急で長い坂道も、今日は普段ほどの疲れを感じずに登りきることができた。
坂の頂上。休憩スペースのある広場の自販機で飲み物を買って一息つく。
【端末】のメッセージアプリを立ち上げて確認すると、二人の友人から合流すると返信があった。
目的地へはここを経由するのが一番の近道だ。
しばらく待っていれば落ち合うことが出来るだろう。
とは言え、あまり長くも待っていられない。
もたもたしていたら【組織】の連中が【戦闘機】の残骸を回収してしまう。そうしたら、せっかくの宝物が台無しだ。それだけは、何としても避けなくては。
でも、不思議なことに心のどこかで理解しているんだ。僕は、今日、あの場所で人生で最高の宝物を手に入れる。
【組織】の連中は絶対に間に合いはしない。
このレースは僕たちの勝ちだ。
「ワリぃ、待った?」
聞き慣れた声。
連絡を入れた友人の一人がやって来た。
「いや、こっちも今来たところ」
僕は答える。
「アイツも来るって返信があったけど?」
友人がそう質問する。
「もう少し待ってれば来るんじゃないかな?」
「あまり長くは待てないんじゃないか? のんびりしてると【組織】の連中が来るかもしれないぞ」
「じゃあ、あと五分ぐらい待って、それで来なかったら先に行こうか」
僕の言葉に、そうだな、と答えて、友人は自販機の方へ向かう。
飲み物を一口飲んで、ぼんやりと空を見上げてみた。
雲ひとつない真っ青な冬の空だ。
夏の空よりも澄んでいる気がするのは、僕の気のせいだろうか。
あの、馬鹿みたく澄み渡った空の遠いどこかで、【戦闘機】は戦っているのだ。
そして――、
僕らもいつか、戦場となったあの空へと駆り出されるのかもしれない。
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