世界の棺桶
砂山鉄史
1.
ボルトを拾いながら歩いたあの頃の思い出へ。
※※※※
沢山のモノたちが何処か遠くへと行ってしまった。そのことだけは、はっきりと覚えている。
曖昧なことばかり増えてしまったこの世界で、ひとつぐらい確かなものがあるという事実に、僕はひどく救われた気分になるんだ。
もしかすると、それは、僕の勝手な願望や思い込みなのかもしれない。
救われたいがための都合のいい幻想。
あるいは、過酷な現実に疲れきった精神が、逃避先にこしらえたシェルターのような妄想でもいい。何しろ、この世界は正気であり続けるにはあまりにもデタラメだったからね。
でも、そんなモノだって、何もないよりはマシじゃないかと思う。
それこそ、こんなふうに作られた、僕たちみたいな存在にとっては、ね。
※※※※
最初は飛行機雲かと思った。
冗談みたいに晴れ渡った真冬の青空に、刷毛を使ってひかれたような白い線。キャンバス代わりの冬空の青と見事なコントラストを見せていたっけ。
何だか見事過ぎて作りものみたいだった。
だからこそ、やけに印象に残っているかもしれない。
見上げた先に伸びていく、傷口にもよく似た真っ白な航跡。
それを、二階の自室の窓から眺めていた。
全部、この冬の日の景色から始まった。そんな気がする。
そして、同じように全てはこの冬の日の景色で終わるんだ。僕はそのことを心のどこかで予感している。それは、多分、この物語が語り直される物語だからだ。
この、終わり損ないの世界で。死んだことに気が付かず、まだ生きたふりを続けるゾンビめいた世界で、約束された崩壊に向かってゆっくりと転がる石。それが、今の僕たちだ。
※※※※
僕たちが【ヤツら】と呼んでいる敵性存在。その攻撃で落とされた【戦闘機】。それが、あの日に見た飛行機雲の正体だ。機体の制御を失い地上に向かって落ちていく機体はもくもくと煙をあげていた。その様を飛行機雲と見間違えたわけだ。
【戦闘機】は、僕の通う学校の裏山に墜落したようだった。
非戦闘区域の市街地で【戦闘機】を見かけるのはとても珍しいことだし、【ヤツら】に撃墜されたものとはいえ、【戦闘機】の実物を間近で見るチャンスなんてこれを逃したらもう二度とないかもしれない。
そう思ったら、自然に体が動いていた。
ベッドの上に脱ぎ捨てたままだったブルーのコートを引っ掴む。ついでにお気に入りの赤いマフラーをクローゼットから引っ張り出して、階段を勢いよく駆け下りていく。
急げ急げ、時間との勝負だ。
早くしないと、【組織】の連中が全部なかったことにしてしまうから。
母さんが「騒がしいわよ」 とリビングから非難の声をあげていたけど、「ゴメン、出かける! !」とだけ返しておいた。
玄関で履き古しの黄色いスニーカーに足をつっ込みながら、空からの思いがけない来訪者に興味を示しそうな好奇心を持て余した友人たちに、【組織】から支給された【端末】の通信アプリで、メッセージと位置情報を送っておく。
コートに袖をとおし、マフラーをグルグル巻きにする。
これで準備はオーケー。
愛用の自転車の鍵を外し、学校に向かって力一杯ペダルを漕ぎ出せば、多分、子供の頃に誰もが一度は経験したはずの、あるいは、経験したことになっている、懐かしくも記憶にはない、曖昧な冒険の始まり始まり。
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