第9話
ドラマ、映画、マンガ、アニメ、小説、ラノベ。
それまで様々なフィクションでどれだけの幼馴染みたちが恋人関係になってきたのだろう。
女子からか、はたまた男子からかは分からないが恋心を抱き、近いが故にその想いを伝えられず葛藤し、懊悩し、決意して関係を進めたのだ。幼かった頃からの付き合いだからこそ気がおけず、気心も知れているが故にまた思い悩むこともあるだろう。それでも当人たちはきっと後悔をしないのだ。
「はぁ?」
「……長かったね」
「思考の海に埋没してたからな」
それはフィクションでの話でしかない。
現実での幼馴染みなんてただの厄介な兄弟みたいなもんだ。家族ぐるみでの付き合いだと家でも学校でも同じだし人のプライベートにも口出ししてくるし言い争いしてるときの両親の生暖かい視線なんてMPがマッハで削られる。
「ま、そう勘違いされてもおかしくはないんだろうけどな」
ほぼ毎日一緒に帰ってるし、『姫』とか呼んでるし、あんな態度とられてるし。
「違うんだ……。なんか二人の距離が近いからそうだと思ってたのに」
「距離が近いのは否定しないけど」
付き合いが長い分二人の距離感は子供の頃から変わらない。男女の区別なんてあってないような年齢の時の距離は思春期の今では随分と近く感じるんだろう。
「どっちかっつぅと、主人と下僕だろ。姫と俺の関係は」
普段皆の前じゃ頭が上がらないからね。
「すごいこきつかわれてるもんね。でも、大切に想ってると思うよ?」
「……よく見てんだな」
大切に想われてるのは事実なんだけどね。
まぁ、姫は隠してるわけではないからある程度察してもおかしくはない。
「さて、そろそろ再開させるか」
俺は話題を変えるように勉強会を再開させる。
「」 「」 「」 「」 「」
気づけば空は薄暗く日が沈みかけていた。校門へ向かい出す生徒の姿も窓から見下ろすことができた。
教室の壁にかけられている時計の指針はすでに下校時刻まで20分ほどになっていた。
テスト用紙の最後の問題を採点し終わると点数を数える。
「じゃあ、小学生の頃からテニスやってるんだ」
「そうね。長くやっていたお陰で実力も身に付いて部長なんて任されそうになっているけれど」
私は嫌だと言っているのだけれど。そう長い髪を耳に掛けながら言う姫はその仕草だけで気品が窺えた。
二回目の確認テストを始めて10分程経った頃部活を終わらせた姫が戻ってきた。
部活終わりだというのに汗くさくないのは美少女だからか、それとも制汗スプレーでもしてきたのか。美少女だからということにしておこう。
先程まで俺と一緒に本を読んでいた姫はテストが終わったあといつかの図書室と同様野々宮との会話に花を咲かせていた。
採点を終え点数を書き記すとテスト用紙を野々宮へと渡す。
「78点。おめっと。再テストは数字変えるだけだろうから公式さえ忘れなければこれで大丈夫だろ」
赤い数字を見て笑顔になる野々宮を見届けると席を立ち、帰り支度を始める。
「それじゃあ、本題に入っていいかしら?」
鞄をつかみ帰ろうとしたところに姫の声が届いた。
「本題って……?」
「少し話したいことがあるのよ。大丈夫、時間はかからないはずだから」
振り返り時計を確認すると下校時刻まで10分程度になっていた。
「明日じゃダメなのかよ」
「別に良いけどそれは野々宮さんが明日の方が良かったらよ」
「俺は明日の方が良い。というか早く帰りたい」
「だから?」
だから? じゃねぇよ。首を傾げるな、キョトンとするな、かわいいだろおい。
「藤の意見は聞いてないから大丈夫」
大丈夫じゃねぇよ。野々宮もクスクス笑うな。
「わたしは大丈夫だよ?」
「良かった。手短に済ますわね」
彼女たちはにこやかに正面に座り合う。
仕方がないと諦め鞄を床に置くと扉の近くの席に腰かける。
「野々宮さん、
開口一番、疑問ですらない確信をもって言い据える。
その言葉に動揺したのか、野々宮はおろおろと狼狽えだす。
「なんで……?」
「否定はしないのね。出来ないでしょうけれど」
「……っ!?」
なんとか返した言葉も即座に足元を掬われる。
顔面蒼白にした野々宮は今にも倒れそうになっている。
質問にはしっかりと答えないとね。と前置きして姫は自分の推理を述べる。
「実を言うとそれほど確信があったわけではないわ。私は藤ほど頭は良くないから事実を一つ一つ並べて答えを導き出すなんてことはできないの。だから、最終的には『なんとなく』としか言えないけれど」
「」 「」 「」「」「」
「……こんなところかしら」
姫が言った事実は『生徒手帳のことは嘘だということ』『けれど手紙を出したのはホントであるということ』の二つだけ。あとは女の勘の下予想を織り混ぜて見事に答えにたどり着いていた。
俺なんかよりもよほど驚異だ。事実を組み立て推測する俺は事実が揃わないとたどり着けない領域にいとも容易く『勘』だけでたどり着く。
「間違っていたならごめんなさい。その反応からして合っていると思うけれど、ね」
姫の笑顔が野々宮からしてみれば悪魔の微笑みに見えるだろう。
「………怖い女」
ポツリと。誰にも聞こえない程度に呟く。
この直感の推理が常に一人に向けられていたなら逃げることはきっと難しいだろう。
『下校時刻となりました。まだ学校内に残っている用のない生徒の皆さんは速やかに帰宅してください』
壁に備え付けられたスピーカーから機械的な音声が流される。時計の分針はてっぺんを指していた。
カタリと椅子の動く音が聞こえた。姫が立ち上がり目の前の小さな少女を見下ろしている。
「勘違いしないでほしいのだけど別にあなたが隠そうとしたことを暴きたかったわけではないの。ただ、事実をしっかりと把握しないとわたしが安心できなかったから」
「……安心、?」
「えぇ」
それまで落ち込んで黙っていた野々宮が顔をあげた。
「だって私、藤のことが好きだから」
ライバルは少ない方がいいでしょう。そう姫は続ける。
「ふ、藤見くんのことを、好き……?」
「えぇ、そうよ」
「ふ、藤見くんそこにいるよ!?」
「大丈夫よ。藤にももう伝えてあるから」
動揺を露にしながらこちらに視線を飛ばす野々宮に首を縦に振って首肯する。
「え? え、えぇ!?」
椅子から立ち上がり全身をわちゃわちゃと落ち着きなく振るわせる。
「落ち着けって、野々宮。下校の催促もあったし、あとは下に行きながらでもいいだろ?」
俺は鞄を持ち上げ席を立つと二人の少女に向かって声をかけた。そうねと姫も鞄を持ち立ち上がった。
「聞きたいこともあるだろうけれどあとは帰りながらでも良いかしら?」
野々宮も慌てながら帰り支度を整え終えると三人揃って教室を後にした。
「」 「」 「」 「」 「」
下校時刻になり廊下には人影ひとつなく部活の声もなくなっていた。普段は下校時刻を過ぎても続ける部活もテスト終わりすぐのこの時期は早めに切り上げている。廊下には三人の靴音だけが響く。
「えっと、それでいったいどういうことなの?二人は付き合ってないって聞いたけど、それって藤見くんの嘘だったの?」
「誰がそんなくだらない嘘つくか」
静かな廊下に俺のツッコミが良く響いた。
「確かに付き合ってはいないわよ。そうね、簡単に言えば私が藤に告白してフラれ続けているって状況かしら?」
「ま、そうな。それが一番しっくりくるかな」
実際は一度も『付き合ってくれ』と言われてないし想いを伝えられても返事を一度も返してないけどな。
「えぇえぇぇぇぇぇ!?」
野々宮の甲高い絶叫が静かな廊下に反響する。
「うっさいな」
「バカなの!?」
食いぎみに罵倒を浴びせかけてくる野々宮は俺に詰め寄る。この子学習しないのん? 近いよ?
「七峰さんは綺麗だし落ち着いてて大人びてるし運動も勉強もできるし去年は『美人コンテスト』の
大事なことだから二回言いました? 何気に口悪いよね、あなた。最後また敬語になってたし。
「仕方ないのよ。今はまだ彼が私の想いに答えられないのは解っているもの。ゆっくり時間をかけて振り向いてくれれば、それで良いわ」
答えられない俺を助けたわけではないだろうが、姫は自分の決意を大胆不敵に語る。流石に真正面から言われればむず痒く感じる。
「藤見くんなんかにそこまで……」
なんかて。相変わらず地味に傷付く。なんだろ、天然で口が悪いってここまでダメージ来るのね。泣くぞこのやろー。
バッと長い髪を翻すと姫は俺の右腕に腕を絡ませる。
「だから、藤に手を出されると少し困るのよ。邪魔しなければならなくなるから、面倒でしょ?」
声のトーンを落として微笑む姫に背筋がぞわりと泡立つ。目の前の少女もコクリとその細い首を鳴らした。
俺が
女子が俺に対して好意を寄せないために、まるで俺を護るように
お陰様で去年一年間ときめく出会いなんてひとつもなかった。
「これで質問に答えられたかしら?」
俺たちの反応など気にした素振りもなく守護者は笑む。
「それじゃあ、帰りましょうか。流石にそろそろ帰らないと先生たちに怒られてしまうわ」
絡ませていた腕をほどき一人先に廊下を進む姫にため息を吐きながらその後を追う。
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