第10話
放課後。
大半の生徒が帰宅するか自身の所属している部活動に参加する、なかには友人たちと教室などで雑談を交わし合い親交を深める時間帯。
姫がテニス部へと行き部活動に参加していない俺の暇な時間帯でもある。その為いつも校舎の影になる部分にあるベンチに腰掛け本を読んでいた。テーブルや屋根、外灯も付いているから他の生徒も時々やって来るが放課後はほとんど俺一人の専用の場となっていた。そこからはテニス部が活動しているテニスコートが見えるため、帰り時も予測しやすい場所となっている。日陰になっているから、冬場は寒くなるが去年一年間世話になり、これからも利用する気満々の場である。
「そこで辻くんがゴール決めたの! カッコ良かったぁ~」
「さいですか……」
去年一年間一人で静かに過ごしたその場所にここ最近珍客が混ざるようになっていた。
季節は六月中旬。梅雨前線が停滞し、ジメジメとした空気が制服のシャツを肌に貼り付かせていた。しかし昨日今日は晴れ、体育の時間でのサッカーも無事行うことができた。
俺の隣りに座っている少女はその体育での辻の活躍に大興奮だったそうで今は俺に感想を教えてくれていた。いや、要らんけどね。
「てか、それ俺も参加してたからわざわざ言わんでも知ってるっての」
「そんなこと言ってるけど藤……保坂くんほとんど立ってるだけで役に立ってなかったじゃん」
立ってたのに立ってなかったとはこれいかに。
体育とか疲れるからやりたくないだけだ。それにあんなもんサッカー部の辻とか相田とかの独壇場だろ。
てか、男子の方を観戦してたあなたはどうなのよ?
「無理して名字で呼ばなくていいぞ」
「ん~。もっと早く教えてくれれば良かったのに」
ぷっくりと頬を膨らませて抗議してくる野々宮は、今日初めて俺のフルネームを知ったらしい。『榎本くん』『辻くん』『相田くん』と基本的に名字+くん付けで呼んでいるのに対し、『藤見くん』と下の名前で呼ばれていることに違和感を覚え聞いてみた。すると俺の名前を『保坂藤見』ではなく『藤見〇〇』と勘違いしていたらしい。それを指摘したところ『何でそんな紛らわしい名前なの!』と逆ギレされた。知るか、両親に聞け。
「結構気に入ってんだけどな、この名前」
「知らないよっ!どうでもいいよっ!」
「俺に対しての当たりキツくない?」
ぷりぷりと怒る童顔少女は決して怖くはないのだが吐く毒が胸に突き刺さる。俺はこの少女にどれだけ泣かされるんだろう。
「あ。辻、外周行くみたいだな」
視界の端ではサッカー部の半数が校門から帰ってきていた。それと入れ替わるように残っていた半数が辻を先頭に校門へと向かう。
この場所はグラウンドも見渡せ、サッカー部や野球部の活動も見届けることができた。
野々宮は辻の雄姿を見届ける兼ノロケや相談を俺に話すためにここに来ていた。
「本当だ……」と呟く少女の横顔は幸せそうに微笑んでいた。
辻たち一行が校門を出ていくまで見つめていた野々宮は立ち上がると体を伸ばしたあと、むんっと小さな両拳を胸の前で握りしめた。
「ん~~、よしっ!」
「よし、帰れ」
帰らないよっ! と律儀にツッコんでくる野々宮はさっきよりも俺の近くに座り身を乗り出してくる。
「相談があります!」
「お断りいたします」
「男子って積極的な女の子の方が好きなの?」
俺の扱いにもう慣れちゃったの? 俺断るって言ったよね? 頼まれたり相談されたりする度にとりあえず断ってたのが逆効果だったの?
「はぁ……。そんなもん個人の好みだろ」
「それじゃあ、辻くんは積極的なのと奥ゆかしいの。どっちが好みですか?」
「知るかっ!」と読んでいた小説を勢い良く閉じる。あぁ、栞挟むの忘れてた……。
「てか、今さらそこの心配かよ」
「だってぇ、お昼休みに香苗と美奈子が話してたんだけど二人とも意見が違うんだもん」
「眞鍋と高屋か。……眞鍋が積極的な方がいいって言って、高屋が奥ゆかしい方がいいって言ったのか」
「な、なんでわかったの?」
高屋美奈子と
高屋美奈子は茶髪をショートカットにした快活な少女だ。サバサバとした性格と世話焼きな性格で姉御的な存在だ。
眞鍋香苗は黒髪を伸ばし後ろでお団子にしている少女だ。普段から落ち着いた物腰で皆を見守っているような眼差しをしている。
そして二人とも彼氏はおらず、高屋は去年「モテない~」と教室で嘆いていた。去年同じクラスでその場に居合わせた俺を含めた連中は全員知っている。
「二人とも自分と反対の性格を推したってことだろ」
「だから、何でそれがわかったの?」
「……勘」
説明がめんどいので一言で済ませたらむーっと睨まれた。
「今めんどくさいから説明やめたでしょ」
「うん」
「即答っ!?」
ほら、俺って正直者だから☆ キモかったですねごめんなさい。だからそんな睨まないでね。
「そんなことより辻の好みはどうした」
追及がめんどくさかったので話題を戻す。こっちの話題なら「知らん」の一辺倒で済ませられる。
「そうだった。辻くんの好みはどっちだと思いますか?」
「知らん」
「――と言うと思ったので依頼があります」
はぁ? 依頼ってなによ? 俺いつからそんな何でも屋みたいな扱いされてるのん?
「丁重にお断りいたします」
「辻くんにそれとなく聞いてきてくれませんか?」
「俺の話をしっかりと聞いてくれませんか?」
なに、俺の扱い方熟知しすぎじゃない? 謙司にでも聞いたの? 練習したの?
「榎本くんが『藤見の話しは半分だけ聞いて本気で頼み事あったら強引に内容まで言っちゃった方が効果あるよ?』って」
「よし、潰そう。有無を言わさず潰そう。擂り鉢で丹念に擂り潰してやろう」
「で、頼み聞いてくれない?」
はぁ……、とため息が漏れる。ここ最近で俺も慣れたことがある。一つは野々宮の唐突に訪れる敬語だ。緊張したり怒ったりすると敬語になったりするらしい。本人に聞いた訳じゃなくあくまで推測しただけだから確かじゃないが。
そしてそう一つはこの距離である。さっき乗り出したままの距離、よりもさらに近づいている。
身長差もあり自然と上目使いになる野々宮は自分でその距離に気づいておらず毎回俺が指摘してから離れる。
その度に気まずい思いをするのは俺も一緒なんだからマジでやめてほしい。
そして毎回高鳴る心臓さんもそろそろ慣れてほしい。
「ねぇ、聞いてる?」
効いてます。主に心臓に。
「そんなもん、それこそ高屋とか眞鍋に頼めよ」
「え? なんで?」と呟く野々宮はホントにわからないようでポカンとしていた。
「あいつらの方がそういうのちゃんとやってくれるんじゃね?」
「確かに頼めばやってくれるだろうけど。……二人には頼めないよ」
なんで? と今度は俺が首を傾げた。
「だって二人はわたしが辻くんのことが好きだって知らないし」
「は? なにゆえに?」
「だって、恥ずかしいし……」
ほっほ~う。ホントに俺に知られたのはイレギュラーだったのね。
「女子ってそういうの仲間内で相談し合ってるもんだと思ってた。だから俺はてっきりあの二人は知ってるもんだと思ってたわ」
お陰で呼び出された日、取り巻き女子に責められる予想までしてたわけだ。
「つまり、事情を知ってるのは俺と姫くらいなもんか?」
コクリと赤い顔を俯かせたまま首肯した。
なるほど、それなら俺に頼んでくるのも頷ける。単純に選択肢がないのだ。
仕方がない、とため息を吐きながら了承する。
「頼みはわかった。積極的に協力はしないけど機会があれば聞いとく」
「うん!」
だから、離れてね。至近距離でのその笑顔は凶悪よ? 理解してね。
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