第11話
さて、どないしましょ。
「ただいま」と玄関を開けながら今日の頼み事をどうしたものかと考える。残念ながら俺と辻の間に普段からの接点はない。そんな俺がいきなり『辻の好きなタイプ教えてよ』と言ったところで怪しさ満点過ぎるだろ。
ふひ~っとリビングのソファに座る。ほどよく沈み背もたれに体を預け脱力する。天井を見上げると薄暗いなか鈍く光る蛍光灯が見下ろしていた。
「明かりも点けずになにやってんの?」
「思考」
リビングの明かりがつけられると暗闇に慣れた目に光が入り込み目の奥が痛む。
「我が弟よ、目が痛い」
「我が兄よ、痛みが人を成長させるのだよ」
冷蔵庫を開け麦茶を取り出しながら宣う弟に片手をあげる。
「愛する弟よ、お兄ちゃんにも麦茶を恵んでおくれ」
「愛する兄よ、残念ながら一杯分しか残っていない」
「我が愚弟よ、最後の一杯は貴様にはもったいない。我が飲むにふさわしい」
「我が愚兄よ、それでもこの一杯を手に入れたのは我だ。
うむ、実に和む。我ながらこの無意味且つ無価値なやり取りが実に平和だ。
「親父たちは?」
「いつも通り遅くなるって。飯は作るよ」
コポコポとコップに注ぐ音が聞こえる。「頼む」と一言告げながら体を伸ばした。
「で、何を悩んでんの?」
「う~ん……」と唸りながらソファに寝転ぶとキシリと軋んだ音が響く。
「蘭。お前さ普段は話さないようなやつの秘密を聞き出すときどうする?」
うつ伏せになって顔をあげると呆然とした弟――
「もしかして誰かに頼まれたの?」
「……まぁ、ね」
「ハア……」と憚ることなく盛大にため息を吐いた蘭はソファ近くのテーブルに麦茶を置いた。
「その病気、まだ治んねぇのかよ。……買い物行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
全く弟にまで心配をかけるとは不出来な兄貴ですね。
俺は起き上がりソファにしっかりと腰掛け蘭が注いでくれた麦茶を飲む。
「……うま」
さて、どないしましょ。
「」 「」 「」 「」 「」
ポフリとベットに倒れ込むと、満腹と風呂上がりで眠気が襲ってくる。それでも考えなきゃならないことがあるためそれに身を委ねるわけにもいかなかった。
いくら考えても俺が直接聞き出すのは不自然だ。自然なタイミングもあるにはあるがいつやって来るのかわからない以上それを方法とするには不確定要素が多すぎだ。
間接的に、それこそ誰かに聞いてもらうことも考えたが事情を知ってるのは姫くらいしかいないし、あの子が素直に聞いてきてくれるとは思わんしどっちにしろ不自然になる。
そもそも俺に頼み事が出来るほどの友人などほんの一握りしかいない。
「ふっ、孤高が故の障害か……」
…………。
カッコつけて言っても悲しい現実は隠せなかった。
「あ、謙司か」
「」 「」 「」 「」 「」
【平成28年度 前期美人コンテスト
第2学年 男子の部
第一位 62票
投票理由:『カッコいい!』『王子様みたい』『サッカー部のエース』『去年の大会での活躍を見てキュンときた』
前回の「平成27年度 後期美人コンテスト 第1学年 男子の部」では一歩及ばず第二位に留まっていた。しかし知っている者も多いだろう。去年サッカー部が出場した全国大会。その二回戦での辻の活躍を。当時一年生ながらレギュラーとして参戦した。そこでの雄姿が女子諸君らの心を鷲掴みにしたらしい。その容姿もさることながら誰にでも優しい性格と勝負事になったときのその雄姿とのギャップも乙女心をくすぐったのだと予想する。次期サッカー部主将の呼び声も高く今後の活躍に目が離せない生徒の一人である。】
以上、『平成28年度前期美人コンテスト結果発表』より抜粋。
「で、このあとの企画って決まってんのか?」
「もちろん、毎回恒例称号持ちへのインタビューだよ。この時期は他にイベント事もないからね」
昼休み弁当を食べ終わり雑談タイムに入った教室のなかで向かい合う謙司に聞く。
『称号持ち』とは『美人コンテスト』での各学年上位三名の男女のことだ。贈られる称号は男子一位から
「そのインタビューの内容って決まってんの?」
「ん? いつも通りだと思うよ?」
「つまり、順位の感想といくつかの質問と皆に向けて一言って感じか?」
「うん、だね」と肯定してくる謙司にニヤリとほくそ笑む。
「なら、頼みがあるんだけど。その質問のなかに『好みの異性』っての追加してくんない?」
「……ん~?」
目を細めて首を傾げる謙司の反応に芳しくないのだと悟る。
「何でなのか理由は聞かないけど無理だと思うよ」
だろうなと半ば予想していた回答にそれでもため息が漏れた。
「称号持ちに聞く質問は毎回俺ら『彩鐘高ランキング調査部』が決めてるわけだけどその度に『好きな異性のタイプ』ってのは出てくるんだ。けどそれでも一度もその質問が採用されたことはないんだよ」
「なんでかわかる?」と聞いてくる謙司に俺の予想を言う。
「人気上位ってのはその分本気の奴等も多くいる。そんな奴等に情報を与えれば自分が『そう』だとアピール合戦になりかねない。そうなれば称号持ち達に迷惑がかかる。それは避けたい。ってことだろ」
「正解」
今では『彩鐘高ランキング調査部』のメインイベントと化している『美人コンテスト』ではあるが、内容が内容だけに批判も少なくない数寄せられているらしい。大袈裟に言えば『人権侵害』だの『デリカシーの欠如』だのと言った批判がある。主に票が入らなかった、不人気だったやつからのがほとんどだが。
それでも『彩鐘高ランキング調査部』の配慮として票が一票も入らなかったやつの中からクラスから一人ピックアップしてその人物の魅力や活躍を載せるなどといった対策もしている。
だからこそ『美人コンテスト』では参加者――全校生徒に対して迷惑のかかることはことごとく排除している。
「もうすでに俺らのところに色々苦情が来てるんだよね」
「ですよね~」と机に突っ伏す。ヒヤリとした机の表面が夏場の火照った顔に心地よい。
「まぁ、提案くらいはしてやってもいいけど通ることはないと思うよ」
「あぁ、それでいい。ありがとな」
意外と嵌まった机の冷たさに虚脱感を覚えながら現実をみる。
どうしよう、ほんとマジ。
「」 「」 「」 「」 「」
今年の梅雨は雨量としては少ないとの予報だった。その代わり例年に比べて風が強く横なぐりの雨が続いていた。
今日もそんな横なぐりの雨が降っていた。いつものベンチにも雨が入り込み座れる状況ではなくなっている。
雨の日の放課後は図書室に行くことがある。けれどそれは本を持ってきていなかったり丁度読み切ってしまっていたりしたときだけだ。本を読むときにまで周りに人がいてほしくない俺としては雨だからと言って、図書室にいくつもりはない。
コツコツと目的地を目指して階段を上がる。四階まで上がれば少しだけ肩が上がる体力のなさが恨めしい。廊下の窓はカタカタと音をたて、その音が誰もいないことを際立たせていた。
キーホルダーを指でくるくると弄びながら特別棟四階の角まで来るとある教室のプレートが目にはいる。名称が書かれているはずのプレートが付いているその教室に回していたカギを使い中に入る。
その教室には机がある。椅子がある。黒板がある。壁掛け時計がある。大きな棚がある。
そして、それ以外はなかった。
四クラス分ほどの机と椅子が後ろへと押し寄せられ『壁』が形作られていた。『壁』は所々凹凸があった。それは『ソファ』であり、『座敷』であり、『寝床』であった。
カキャリと後ろ手でカギを閉める。その場で上履きと靴下を脱ぐとキシリと鳴る椅子の上に乗った。
「今日は『座敷』、かな……?」
少しの広さで平らになっている空間に腰を下ろす。机で作られた床は座り心地は良くなかったが一人でいられるこの教室そのものが俺にはとても心地よかった。
パフォッと本を取り出して軽くなった鞄を放り胡座をかいて、ぱらぱらと栞を挟んであるページまで捲っていく。読みかけだった本は残り五〇ページほどだ。今日のこの時間で充分読みきれるだろう。
しとしとカタカタと外の音をBGMに本を読み進めていくうち、いつの間にか集中していたのか気づけば廊下から声が聞こえてきていた。
「はぁ……」
こんな辺境の地にわざわざやって来るのは大抵が1つの理由に帰結する。曰く、この場所は校内告白スポット第四位なんだとか。いや、何でだよ。ここまで来たなら一位の屋上行けよ。雨だったとしてももっと近いところにしろよ。
俺の嘆息をよそに廊下の二人は会話を続ける。
「えっと、辻先輩もわかってると思うんですけど……好きです。付き合ってください」
「ありがとう、嬉しいよ」
あぁ、モテますね、辻くん。あなたここの利用率一位だよ? それと同時に
このあとの台詞は――でも今は、誰とも付き合う気はないんだ――
「――だから、ごめんなさい」
タッタッタッ、と走り去る音が聞こえてくる。フラれた女の子が走り去る姿が教室の窓から見えた。取り残された辻は教室の扉に寄りかかると小さく息を吐き出していた。その横顔は辛そうに目を伏せている。
読みかけの本を閉じ教室の窓を開ける。
「いつもいつも大変だな、
「……やっぱりいたんだ。盗み聞きは感心しないな」
「だったらここでコクられんじゃねぇよ。俺がいるのはわかってんだろうが。つか、聞きたくて聞いてる訳じゃねぇ」
無茶言うなよ、と。軽口を叩き合っていても辻の表情は変わらない。いつもそうだ。
「保坂がここにいるってこと、気づいてくれないかな?」
「無理だろ。この教室の窓ガラス全部マジックミラーになってるから外からじゃまず気づかないって」
この異様な教室が生徒たちの間で噂になることはない。廊下側はもちろん反対側の窓もすべて諸事情がありマジックミラーとなっている。『外側の異様さ』は七不思議になってはいるが『内側の異様さ』を知っているのは校内でも両の指で数えられる程度だ。そんな異様な場所だからこそ俺がここを使っていることがバレることもまずない。
「ちなみに
「クラッシャー?」
「『当たって砕けろ』ってよく言うだろ。だから
俺の言葉に顔をさらに歪め沈痛な面持ちになる。自覚しているからこその苦悩の表情だ。
「……辛辣なんだな」
「イケメンにはこのくらいが丁度いいんだよ」
あははと苦笑して否定しないし。それでも、モテるヤツにはモテるヤツなりの苦悩があるのも理解してるけど。
「さっきの
「……うん、そうだよ。
なるほどね。1年のこの時期に票を集めるのは見た目がいい娘か男女混合の部活動に所属している娘が多い。前者は当然、後者の場合ただ同じクラスにいるよりも接点が多いところもあるし、誰かが「あの娘に入れる!」とでも言えば集団心理が働き票が流れやすい。女子マネなら他の部活からも見られるし甲斐甲斐しく応援してたりユニフォームでも洗ってる姿を見た日にはコロッといくだろ。たぶん。
「まぁ、気まずいわな」
さっきの娘とはもちろん、この事が1年の部員達にバレても大変そうだ。
「そこは、まぁ……なんとかなるといいなぁ、って」
「はぁ、毎度大変なんだから対策くらいしっかり立てとけよ。誰かと付き合っちまうとかさ」
「……それはまぁ、出来ないかな。恋愛にあんま興味ないんだよね」
毎回お馴染みとなっている辻とのやり取りに今回は引っ掛かりを覚えた。
「……恋愛に興味ないっての、それ
「……どうして?」
いつもは流す会話に疑問を持ったことが不思議なのか純粋に問うてくる。
「この間の俺と野々宮の噂の時、気にしてたみたいだから」
恋愛に興味がないと言っていたのにあの日俺たちの噂に反応を示していた。
「恋愛ごとに興味があった訳じゃなくて俺か野々宮か、もしくは他の要素に反応してたのかもしんないけど」
「あぁ……」
それから辻は喋らなくなった。なにかを考え込んでいるのか床の一点を見つめて動く様子もない。
本当ならここで野々宮からの頼みを果たすのが理想的ではあった。けれどどうにも今話しかけるのは憚られた。考え込んでいる辻の様子がなにかを逡巡しているようで邪魔してはならないようにも思えた。
「あのさ……。保坂って、口堅い方?」
暫く無言を貫いていた辻が目線は下げたまま聞いてくる。その声音は真剣でおちゃらけた返答をしたくなった。
「……他人の秘密をバラして愉しむような趣味、俺にはねぇよ」
意図せず口に出した言葉は屋上での少女に対しての返答と同じになった。
それをどう捉えたのか「そっか……」とだけ呟きまた黙り込んでいた。
しとしとカタカタと雨風が窓を叩く音がいやに耳に残る。
「嘘だよ」
唐突に話し出した内容に一瞬なんのことかと考える。すぐにさっきまでの会話を思いだし何を指しているのか把握した。
「……まぁ、変に断るよりかは相手も納得するのかもな」
それを言うためだけにあんなに逡巡していたのかと思うが辻が首を横に振る。
「そうじゃなくて。いや、間違ってはないんだけどちゃんとした理由はあるんだ。ただそれはあんまり言いたくなかったから……」
「さいですか」
辻が言わんとしていることがどうも掴みきれず気の抜けた返事をした。
「けど保坂には言わなきゃならない。言わなきゃ、聞きたいことも聞けないから」
辻はどんどん自分を追い詰めるように口を動かしていた。ゆっくりと下を向いていた顔を挙げ目を合わせる。
コクリと喉を鳴らして言う。
「オレ、野々宮さんのことが好きなんだ」
しとしとカタカタと変わらず窓は揺れていた。
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