第12話

「オレ、野々宮さんのことが好きなんだ」


その言葉の意味を理解するのに予想外にも時間がかかった。つまりは辻と野々宮は両想いだったんだ。


「そんなに驚くこと?」


「ん?あぁ、まぁ。お前は恋愛に興味がないと思い込んでいたからな。……つい最近まで」


自分で思っていたよりも表情に出てしまっていたらしい。辻に指摘されてようやく自分が固まっていたと気づいた。


「それで、俺に聞きたいことってのは?」


「えっ……?」


話を進めようと振ったのに聞き返されてしまった。

ぼ~っとしていたのかすぐにハッと肩を揺らす。


「えっと、ごめん。……ホントに保坂と野々宮さんは付き合ってないんだよね?」


「……おう、付き合ってない。あの日のことは俺が落とした生徒手帳を野々宮が拾ってくれただけ。そう説明しただろ」


聞いてきた辻もわかってはいるんだろう。ただ確かめずにはいられなかったのかうん、と頷く。


「それじゃあ、なんで最近放課後二人きりで一緒にいるの?」


「……」


本題はこっちか。

俺らが喋っているベンチは当然、グラウンド側からも見える位置にある。俺と野々宮が談笑しているのが遠目から何度も見えていたんだろう。

さて、どうしたものか。本当のことを話すなら「野々宮がお前のことが好きだから相談に乗っていた」ということになるが両想いとはいえ勝手に言ってしまっていいものだろうか。

少しだけ隠して「野々宮の恋愛相談に乗っていた」何て言ったならばそれこそ根掘り葉掘り聞かれるだろう。


「別に、ただ世間話してるだけ。あと、数学教えたりな」


迷った末に嘘をつかない程度に隠すことにした。実際に世間話したり勉強を教えたりもしている。


「……保坂のこと名前で呼んでるのは? 野々宮さんは男子のこと名字で呼んでるはずだよね?」


「藤見って名前、名字でもありそうだろ。最近まで勘違いしてたらしい。教師の中にも下の名前で呼んでくるヤツもいるから余計に気づきにくかったんだろ。指摘したんだけどこっちの方が呼び慣れちまったみたいで諦めてた」


理解はできても納得はできないんだろう。辻はまっすぐに俺の目を見続ける。


「納得はできないだろうが事実は事実だ。俺と野々宮が付き合ってないのは確かだよ。……そんなに気になるならデートでもセッティングしてやろうか?」


「でっ!」


その提案は予想外だったのか辻は顔を真っ赤にして慌て始める。普段爽やかイケメンと評される辻には珍しい光景だった。


「慌てすぎだろ。別にデートしたことないって訳でもないだろうに」


「…………」


え、何その反応? 何で気まずそうに俯いてんのん?

俺が固まっている様子に気づいたのか辻は慌てて否定し出す。


「いや、確かにあるよ。でもそれはデートっていうよりただ一緒に出掛けただけって感じだし、強引に誘われて行っただけで好意を持ってたわけでもないから」


「さいで」


なんかこのイケメンぶん殴りたくなってきた。

はぁ……、と自然とため息が漏れる。


「なんか、ごめん」


「謝られると敗北感が増すって知ってる?」


苦笑いしながら謝ってくる辻についつい刺が混じる。落ち着こうと軽めの深呼吸をすれば気分もリセットされた。


「それでどうする? セッティングしてやろうか?」


「いや、ありがたいけどいいよ。野々宮さんに迷惑かけたくないし」


両想いなんだから迷惑ってことはないと思うけどな。それでも本人がいいって言うならわざわざ労を割く必要もない。

俺は短く息を吐き出し同じ体勢で凝った体を解す。


「んじゃ、そろそろ読書に戻りますよ。辻もせっかくの休みなんだから早く帰れよ」


辻からの返事を待たずカラカラと窓を閉める。

『座敷』へと戻り本を開くとまたしとしとカタカタと窓の音が聞こえる。少しだけ雨足が強まったらしい。

そういえば野々宮は帰ったのだろうか。この雨の中あのベンチにいるとは思わないが。


「野々宮にどう説明しようか……」


最近振り回されてばかりだな。






 「」 「」 「」 「」 「」


翌日である今日も雨が降っていた。

背もたれ部分に立て掛けた傘から滴り落ちる水滴が小さな水溜まりを一つずつ作り出している。次第に大きくなっていく水溜まりは確実に距離を縮めていた。


「昨日はどこにいってたの?」


「ん~?」


ぼんやりと屋根を見上げながらすぐ隣で喚く言葉を聞き流す。なにもする気が起きず水面に揺蕩たゆたっているような心地よい感覚だ。パラパラと降る雨音も良い塩梅のBGMとなっている。


「もう! 聞いてますか!?」


「無駄よ」


左耳に食いつかんとばかりの距離で憤慨する野々宮に右に座る少女は静かに諫める。


「今の藤は賢者タイムに入っているから耳元で騒いだところで取り合ってくれないわ」


「け、賢者タイムって……。学校でナニやってるんですか~!!?」


「おい待て、何想像しやがったエロガキ」


あと微妙に発音おかしかっただろ!?


「エロガキって、学校でお、オニャ……してた人に言われたくありません!!」


「だから何想像してんだよ、おまえは!」


しかも目撃してきたような言い方するんじゃねぇよ!

二人して真っ赤になって言い争いしているのがおかしいのか右手から笑いを堪えるような声が聞こえる。


「はぁ、姫も誤解されるような言い方すんじゃねぇよ」


「――ッ―ッ―ッ……ふぅ。あら、最初に賢者タイムって言ったのは藤でしょ」


笑いを落ち着けてから髪を払い毅然とした態度で言われれば何も言い返せない。事実だしなおさらね。

それでも納得できず睨み続けていると「仕方ないわね」と視線を俺の奥へと飛ばす。


「それは勘違いよ、野々宮さん」


こちらも少しは落ち着いたのか目元を拭いながら視線を反対側へとやる。


「私が言ったのはドラマとか小説を読み終わったあとに訪れる特有の虚脱感のことよ」


「解るかしら?」と首を傾げる姫にあとの説明を任せまたぼんやりと屋根を見上げる。


「本を読み終わった、あと?」


「本読まねぇからわかんないか」


「読・む・もーーーん!」


賢者タイムにあってさえ嫌みを言うとは流石だ、俺。


「こら藤、野々宮さんをいじめないの」


「ごめん、母さん」


「結婚・出産しても名前で呼びなさい」


「ボケに対してボケを上乗せしてくんじゃねぇよ!」


「私が母親、藤が父親、野々宮さんが娘かしらね」


「こんなバカな娘を育ててしまったのか」


「あら、結婚してもちゃんと子育てを手伝ってくれるのね。そういうところも好きよ」


「いきなり言われると心臓に悪いからやめてね」


「わたしを子ども扱いするのもやめてよ!」


ふにゃー! と立ち上がり抗議してくる童顔の少女。野々宮が怒ったところで怖くはないが耳元で叫ばれると流石に五月蝿いので肩を押さえて座らせる。


「んじゃ、本題に戻りますか」


「あ、そだ。えっと……なんだっけ?」


「バカ」


「藤見くんは人を貶さないと気が済まないの!?」


また大声を挙げながら詰め寄ってくる野々宮に反対側に体を反らすことで対応する。


「野々宮さん、落ち着いて。そういう反応が藤を楽しませているのよ」


いや、全くその通り。よくわかっていらっしゃる。

ぷりぷりと怒りながら体勢を直す野々宮。それに続いて俺も戻ろうとするとシャツをくいと引っ張られた。何事かと首だけで振り返ると耳元で「藤はこのまま私に寄りかかってくれてて良いんだよ?」と囁かれた。突然の素の口調と甘い声音にドクンッと鼓動が高鳴るがしっかりと拒否する。

こういうふとした、言い換えれば油断したときにを魅せられる度に惑わされる。


「? 藤見くん顔、赤いよ?」


「……うっせ、気にすんな」


むぅ、と頬をふくらませるもさっきのことを気にしてるのか大きなリアクションはしない。


「俺が昨日どこにいたか、だろ」


「あ、そうそうそれだ」


煩悩を払うように小さく頭を振って本題に戻るよう促す。


「どこにいってたの? 色んなところ探してもいなかったよ? こことか図書室とか教室とか」


「部活に行ってたんだよ」


俺が答えると野々宮はキョトンとした表情を浮かべる。コロコロと表情が変わるところも子ども扱いする理由のひとつだと言うことは気づいていないのだろう。


「藤見くん、部活に入ってたの?」


「そりゃ、委員会に入ってないからな」


彩鐘高の校則のひとつに『本校の全生徒はどんな理由があれ委員会・部活動・同好会・のいずれかに所属しなければならない』というものがある。面倒な校則と思われがちだが実際は月に一度しか活動しないような部活もあれば活動はしてるものの内容がただ遊んでるだけのような同好会も存在する。一応部活や同好会には存続するための一定基準はあるもののその基準もずいぶんと緩い。そのため所属さえしていればぶっちゃけほとんど幽霊部員でも構わない。そんな部活もあるために『部活に入っていない』と言う場合には『委員会か、普段活動していない部活に入っている』というのが彩鐘高の暗黙の了解となっている。

けれどもちろん、何事にも例外と言うものは存在する。


「なんていう部活?」


「秘匿倶楽部」


「……え?」


その例外こそがである。







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誰もが矛盾を抱えている 空水雲 @3-1415

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