第6話
「随分早かったな」
「説明」
せめて返事くらいはしてね。
俺はピッと正面の席に座る少女を指差す。
「順番待ちになりますが?」
コン……、と。隣に立つ少女が机に指を突き立てる。小さなその音はけれど、冷厳に俺の耳に響いた。
「いいから、説明しなさい?」
静かに、言い聞かせるように少女は俺に微笑む。
どうせ微笑むなら目も笑ってくれると嬉しいな。
俺ははぁとため息をひとつつき視線の先の少女――姫に聞き直す。
「どっちを?」
「両方」
姫は迷うことなく即答する。
「どっちか片方だけ。って言ったら?」
「両方」
「即答かよ」
ちょっとは迷えよ。いや、別にいいけどね。
ここに現れてから表情を変えることなく返答し続ける姫とのそんなやり取りで楽しくなっている俺も随分と単純なんだろう。
「えっと、七峰さん?」
気づけば置いてきぼりにしていた野々宮が会話の合間を縫ってか姫に話しかける。
姫は目だけを動かし野々宮を見据える。その観察するような目に野々宮は萎縮したように体を縮こませた。
「ま、姫も座れば?」
右斜め前の席、野々宮の隣を指しながら促すと、姫は俺をひと睨みすると俺の隣へと腰かける。
ちょっとぉ、今俺を睨む必要あったの?
ふう、と席に着くなり息を吐き出す姫に「ジジくさ」とぼやく。その直後ドンと机が叩かれる。隣に視線を向ければ鋭い視線とぶつかった。
「図書室ではお静かに」
「誰のせいだと思ってるのよ」
そりゃ俺のせいだろ。
「それで、ちゃんと説明してくれるのよね?」
目頭を揉むように押さえながら聞いてくる姫。
疲れるなら睨まなければいいのに。
「んじゃ簡単に説明しますかね」
「」 「」 「」 「」 「」
十分後には今日の朝の一件を一通り説明し終わった。
説明の途中何度か確認するような視線を向けられた野々宮は萎縮した様子は変わらず首肯していた。
ずっと座りっぱなしで体が凝っていたので両手を上に挙げ、体全体を伸ばしながら聞く。
「謙司が言ってた『朝の一件』ってのはこの事だけど、信じる?」
「信じない」
「ですよね~」と苦笑いを浮かべる。
対称的に愕然とする野々宮に説明する。
「さっき言ってたもう一人がこの人ね」
パシッと向けた指をはたかれる。抗議しようと目を向ければ不思議そうな顔をした姫がいた。
「『さっき』って何?」
その疑問はもっともで、けれど説明するのがめんどくさくなってきた俺は丸投げすることにした。
「それは野々宮に聞いて」
突然話を振られた野々宮が慌てふためく。
その様は実に子供っぽく可愛らしい。
俺の隣で静かに野々宮に視線を移す姫。
その姿はどこか気品が溢れ優雅さがある。
正反対の二人であり二年四組の美少女ランキング1位を争う二人。
けれど、この二人に接点はほとんどない。
だからこそこの二人の会話は珍しく、謙司などがここにいれば終始にこやかに話を聞いていることだろう。
けして派手ではない素朴な、それこそ野に咲く
対して。
こちらも派手ではないが優艶な、まるで高嶺に咲く薔薇のような近付き難くも視線を逃さない魅力をもつ姫。
その二人がいる空間は実に絵になる。
その証拠にさっきまで俺たちに苛立った視線をぶつけてきていた男子は視線はそのままけれど、そこに色を加えていた。あの様子ならばもう少しの間騒いでいても追い出されることはないだろう。
男子ってのは方向性は違えどつくづく単純な生き物だと実感する。
「野々宮さん?」
先に話を切り出すのは姫の方だ。
「教えてもらえないかしら?」
未だに固まっている野々宮に対して柔らかい口調で語りかける。その二割くらいは俺にも柔らかく話してほしいな。
「えっと、朝のやり取りを嘘だって気づく人が榎本くんとあと一人いるって言ってたの。それが七峰さんだってこと」
「……そういうことね」
俺の時は野々宮に確認したのに逆はしないのかよ。
「それで、ホントは何だったの?」
その疑問はもっともだが俺は答えられない。昨日の帰り際に口止めされてるからな。
そういう意図を持って首を横に振る。それだけで察してくれたのか今度はもう一人の当事者へと目線を向ける。
が、まぁ答えられはしないだろう。
答えるということは自身の秘密を話すのと同じだ。だから野々宮も答えられないまま固まっている。
このまま時間が流れても仕方がないので俺から助けを出す。
「察してやれよ。ちょっと話しづらい内容だったんでな」
姫は俺の目をじっと見据え納得したのか静かに吐息をつく。
「わかった。けど最後に」
俺から視線をはずしもう一人の少女へと向ける。
「その噂は事実じゃないんだよね?」
ゆっくりと語りかけるように問いかける。少しの緊張を孕んだ質問を真正面から受け瞳を大きく見開く少女は数瞬戸惑い答える。
「うん、違うよ。藤見くんタイプじゃないし」
「いや、最後の一言要らなくね?」
それじゃ、と姫は続ける。
「『実は振られたんじゃなく告白は成功していた』って訳でもないのよね?」
「そんなことあるわけないじゃん」
「知ってる? 悪意のない事実も人を傷付ける
んだよ?」
なんなの? 二人して俺をいじめるのがそんなに楽しいの?
涙目になる俺をよそに二人の少女は穏やかに笑い合う。
「七峰さんってもっと怖い人かと思ってた」
「怖い? 私が?」
「あ、気に障ったならゴメンね」
「そういうんじゃないわ。ただよくそう言われ
るけど自覚ないから」
「そうなの?」
「えぇ。何でかしらね」
「う~ん、何て言うのかな。七峰さんってあん
まり感情を表に出さないからさ。美人な人が無表情でいると怒ってるように見えちゃうんだ
よ」
「感情は豊かな方だと思うけど……」
「それが表情に出てないから勘違いされやすいのかもね」
…………。
「それに比べて野々宮さんは表情が柔らかいわよね」
「え、えぇ!? わたしのはただ表情に出やすいだけだよぉ」
「それはいいことでしょ? 少なくとも私は羨ましく思うわ」
「羨むことでもないよ。隠し事とかできないし、良く子供っぽいってからかわれるし」
「それでも怖がられるよりかは良いと思うけど」
「う、う~ん? そう言われると何とも……。でもそのせいでいつも一人って訳じゃないしそれが七峰さんの魅力なんじゃないかな?」
いや、あのぉ。
「そう言えば藤見くんと幼馴染みなんだよね?」
「……えぇ。〝藤〟とは小学四年生の頃からの付き合いだから幼馴染みと言えるのか分からないけど」
「いいなぁ。わたし幼馴染みなんていないからちょっと羨ましいよ」
「いいことだらけでもないわよ。知られたくないことも知られてたりするし」
「でも気をおけない人が身近にいるって安心しない?」
「……そうね。こんなのでも少しは役に立つこともあるわ」
ちょっとぉ。
「小学生の頃の藤見くんってどんなだったの?」
「今と大して変わらないわよ。真面目なくせに捻くれてて、無愛想なくせに無邪気で、正直者の癖に嘘つき、口は悪い癖に根は優しい。掴み所がないのよ、藤は」
「嘘つき? 藤見くんって嘘つくの?」
「
完全に俺の存在を無視ってますね。
楽しそうに喋る二人の美少女をそのままに俺は先程閉じた本に手をかける。
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