第5話
私立彩鐘高等学校は自由な――自由過ぎる校則で有名だがその反面偏差値は高い。いわゆる進学校というやつだ。
校則が緩いことに対して内外から批判されることも多いこの高校が曲がりなりにもそのままの状態で存続できているのは結果を出しているからに他ならない。勉学も然り、部活の面でも全国出場した部活もあるほどだ。去年はサッカー部が全国出場していたはずだ。その為、屋外の運動部であっても雨の日は校舎内をランニングしたりトレーニングルームで筋トレしたりなど休むことは滅多にない。
つまり何が言いたいかというと――暇だ。
部活に入っていない俺が放課後することなど微塵もない。にも拘らず俺がこうして未だ帰らずにいるのはいつものお勤めがあるからだ。
姫が言っていた『放課後に教えろ』ってのは放課後に残って話を聞くってことじゃなく、一緒に帰るときに聞く、という意味だ。
幼馴染みということもあり家が近所なんだ。だから基本的に毎日一緒に帰っている。けれど姫はテニス部に入っている。俺は入ってない。だからこの時間は俺が待たなくちゃならない時間であり、やることがない暇な時間だ。
いつもは本を読んで時間を潰すのだがあいにく今日は電車のなかで読み終わってしまった。
だから、今、とても、暇なのだ。
だから俺は気の向くまま学校の図書室に足を踏み入れていた。
「にしても、相変わらずすげぇな」
そう思わず口について出た。
今、俺の目の前にあるのは図書室のはずなのだが明らかに広さがおかしい。一般的な学校の体育館ほどの広さがある。そこに本が並んでる様はいっそ清々しいほどだ。ちょっとした本好きにはたまらない光景だ。勿論、その分机も多くスペースも広くとってある。入り口手前の方には読書したい人のためのスペースがあり、奥の方に進んでいけば勉強したい人のためのスペースがある。その為手前の方には小説類が多く、奥の方には参考書などが多く棚に陳列されている。目的が違うのだから区別した方がいいだろうという学校側の配慮の結果、このような形になったらしい。
俺は入って一番近くの席に鞄を置きいつもの棚へと足を向けた。その棚に納められてるのは大半がラノベだ。そこから一冊の本を取ると先ほどの席へと戻り読み始める。
今読んでいるラノベはある文化部の部員五人が異常現象に巻き込まれ自身の内面を曝け出される話の五巻だ。あ、いや。短編も入れれば六巻に当たる。
四巻ではヒロインが自身のコンプレックスをもっとも親しい部員の二人に曝け出しその二人もその醜さを受け止めていた。ヒロインががむしゃらに叫ぶ様は胸打たれるものがあった。
後半では部員二人が付き合い始めたのだが、五巻で見せたあの彼女のデレっぷりはマジヤバイ。あのいつもはクールなあの子がデレた威力はヤバイ。あ~もうマジデレば――
「何ニヤついてるの?」
「……っ!?」
気づけば正面の席に少女が座っていた。その少女は少し身を乗り出し訝しげな目をこちらに向けていた。
「やっと見つけた」
「何の用だよ、野々宮」
正面に座っていた少女――野々宮は乗り出していた体をもとに戻し椅子に座り直す。
「お話を聞こうと思って」
そう言って真正面から俺を見つめる。少しだけ頬と尖らせた唇は幼く見える容姿をさらに幼く見せていた。
「? 何で怒ってんの?」
「別に怒ってはいません」
「何故にまた敬語だよ……」
はぁとため息をつきながら開いていた小説を閉じ脇に置いておく。
「で? こうなることは予想してなかったのですが何を聞きたいのですか?」
「……何で敬語なんですか?」
「そちらが敬語なので。こちらもそうさせて頂
いただけです」
野々宮はさらに頬を膨らませて俺を睨む。もとが童顔なこともあり全然怖くはないのだが。
俺は悪びれもせず――実際悪くもないので何食わぬ顔で正面から見つめ返す。
「不愉快なのでやめてください」
「まぁ、いいや。で、何を聞きたいわけ?」
このままでは埒が明かないので話を促す振りをする。
「まず始めに」
「あ、やっぱ俺から聞いて良いか?」
話の腰を折るように俺から質問する。
野々宮は一瞬ポカンとするもすぐに表情を戻しどうぞ、と促してくる。
「俺等のクラスのSHRが終わったのがおよそ二十分前。この図書室までの移動が約五分。つまり十五分で俺がここにいると思わなきゃならない。『やっと見つけた』ってことは他にも何ヵ所か回ったんだろうがそれにしても早い。……俺がここにいると思った理由は?」
俺が話終えると野々宮は目をパチクリするとクスリと笑った。
「香苗から聞いたの。雨の日はたまに藤見くんが図書室に来るって。香苗、図書委員だから」
「うん、やっと敬語じゃなくなった」
えっ、とまたポカンとした表情になる。あら可愛い。
「なんか知らんが感情的になってたからな。どーでもいいことを理詰めで真剣に語ってりゃぁ少し笑えるだろ?」
話の腰を折ったのもペースを崩して緊張を解しやすくするためだ。実際に効果があったようでなにより。
野々宮は感情的になっていたのが恥ずかしいのか、少し頬を赤らめ身を捩っていた。
「落ち着いたところで本題をどうぞ」
俺が今度こそ話を促すと野々宮は咳払いをひとつして姿勢を正した。
「何であんな理由にしたの?」
「はぁ?」
いや、ビックリした。ビックリして変な顔をさらした気がする。ある程度質問の内容を考えてたがそれは予想外だった。
頭の後ろを掻きながら背もたれに寄りかかる。
「実際あれでほとんどの辻褄はあってるはずたからな。何か問題でもあったか?」
精々が生徒手帳くらいだったか。
「少なくとも……、その、あの写真を、見せる
ことなかったんじゃないの?」
あぁ、成る程。そういうことか。そこに引っ掛かるか。
「二位ってのは伊達じゃないってことか」
「何の話?」
「こっちの話」
自分の秘密を守ったせいで俺の秘密がバレた。そこに気づける人間がどれ程いるのか。
「それにっ!」
上擦った声に水底に沈みかけていた思考が呼び戻される。
顔をあげると先程よりも顔を赤くした野々宮がいた。え、なにどしたの?
「あ、ああいう写真は、良くないとおも、います」
うっわ~~、うっぶ~~。
「あ、ああいうのは、男子なら仕方ないのかもしれないけどっ!でもっ!学校にまで、持ってこなくても…………」
「うん、わかった。二位の実力はわかったから少し黙って」
えっ、と赤い顔のまま呆ける。
こんな様子を相田や投票したやつが見たのかは知らないが随分と見る目はあったらしい。
「そもそもあの生徒手帳、俺のじゃねぇし」
「……えっ!?」
俺の発言に今日一の大声を出す。
その声に図書室にいた生徒数名がこちらを睨んでくる。さっきからちょくちょく騒いでたこと
もあり野々宮は居心地悪そうに俯く。
「次騒いだら追い出されるぞ」
クスクスとつい笑い声が漏れる。思ったよりもいい反応をする。
「どういうこと?」
今度は小声で聞いてくる。声音には俺に対する苛つきが滲み出ている。
「昨日偶然拾ったんだよ、謙司の生徒手帳を。だから理由として使いやすかったんだ」
前日に起こったことが咄嗟に思い起こされたとしても不思議でもない。
「つまり、あの手帳は榎本くんので藤見くんはそれを利用したってこと?」
「そゆこと。謙司に聞けば証言してくれるよ」
面白くするために俺を貶めるような真似しなけりゃだけど。
その返答に野々宮は何かに気づいたように愕然とする。緊張するように怯えるように声を震わせる。
「じゃあ。……榎本くんはあれが嘘だって気づいてるってことでしょ?」
そりゃまあ普通に考えればね。自分の手帳を勝手に使われれば疑うのは当然だ。
俺が無言で頷けば目の前の少女は泣きそうに目を潤ませる。
つまりは『嘘だとバレている以上自分が辻を好きだということがバレかねない』という懸念を抱いたからだろう。
うん、正解。というより。
「どうせ俺がどんな嘘ついても謙司とあと一人にはバレる」
その瞬間。
俺は身を乗り出し野々宮の鼻先に指を突きつける。そのお陰で浮きかけていた野々宮の腰がストンと椅子に着地する。
「感情豊かなのは嫌いじゃないけど。俺はまだ追い出されたくないの」
ニコリと、嫌味なほど爽やかに笑って見せる。
ポカンとした後ムスーッと。俺の言葉を肯定するようにコロコロと表情を変える様は見ていて実に愉快だ。
「それは――」
野々宮の話を遮るように図書室の扉が開く。
「あらら、時間切れ、かな?」
俺の視線を真正面から受け止め戸を開いた人物は毅然とした様子で歩き出す。その歩みは真っ直ぐにこちらへと向けられる。
長い黒髪を後ろで束ねた少女は常よりもその瞳を鋭くしただ一言命令を下す。
「説明」
いやん、綺麗な顔が台無しだよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます