第4話
時間は順調に過ぎ、昼休みを迎えていた。
四時限目の授業が終わると各々が席を立ち、購買に向かう者、机を寄せ合う者、弁当を提げ教室を出ていく者。三者三様の動きを見せていた。
雨で屋上が使えないためかいつもより教室内の人口は多い。購買から帰ってくればもっと増えるだろう。
俺は窓際の――自分の席で弁当を広げた。蓋を開けることはせず広げるだけに留めておく。五分ほど待てば男子生徒が
手は頬につけ、軽くしなをつくるおまけ付きで。
「ごめん、待ったぁ?」
「キモイ」
悪・即・斬。裏声まで使った高度なキモさについ即答してしまった。あと、目を輝かせるのもやめろ。てか、どうやってんだ。教えなくて良いわ。
ヒド~イ、と未だ裏声でクスクス笑う謙司を無視して俺も弁当の蓋を開ける。
二段になっている弁当箱の片方は日の丸弁当に。もう片方はハンバーグや卵焼き、ミニトマト、レタス、ベーコン巻きが綺麗に盛り付けされていた。
いつもの見慣れたはずの弁当にけれど、謙司は反応を示した。
「ほ~、相変わらず藤見の母さん綺麗に盛り付けんね。ほとんど毎日このクオリティって大変じゃね?」
まぁ、大変ではあるんだろう。月に一度くらいは購買で買ってくれと言われる程度でそれ以外は毎日朝早くから作ってくれている。弁当の中に昨夜のおかずがそのまま入っているということもない。他のクラスメートと比べればずいぶんと恵まれていると、感謝の念も浮かぶ。
けれど、それをそのまま口にするのも歯がゆく、代わりにいつも通りの台詞を口に出す。
「まぁね。父親と弟の分もあるから対して労は変わらないとかなんとか。」
だからと言って感謝の念が薄らぐことはないけれど。
「あ、これ返す。昨日落としてたぞ」
「お、サンキュ。お陰で今日の通学は困ったよ」
いつも通り、軽い会話を交わしていく。
「」 「」 「」 「」 「」
しばらく無言で食べ進めていくうちに教室はたくさんの会話に溢れていた。五月蝿いわけではないけれど口々から発せられる声は、意味を成さないただの音。耳を澄ませば近くのグループの会話くらいは聞き取れるがそれをしたいとも思わない。
当然のことながら、周りにいるクラスメートもそれは同じだ。
「で、朝のアレの評価は?」
タイミングを見計らったように謙司が問いかける。自信満々のその笑みはまるで答えを知っているかのようで。
「ウザい、長い、キモイ」
イラッとしたから朝と同じ返答をしといた。
謙司は声を出して笑うもすぐに表情を戻しけれど、何も言わずこちらを見据える。
俺は少し考え朝思ったことを素直に述べる。
「……流石だなって感じ。先に経緯を話してくれたお陰で後半は考えることに集中できた。話し方で時間も稼いでくれたみたいだし、相田へのフォローもちゃっかり入れてたし」
「あぁ……、わかっちゃった?」
「ま、相田の態度を見ればな」
朝の態度を見る限り、相田は野々宮のことを好きなんだろう。そこまでいかなくても気にはなっているはずだ。だからこそ俺にあれだけ突っかかってきた、と考えるのが自然だ。『しびれを切らして端折って確認』何て言っていたのはそれを隠すためだ。
「それじゃあ、あまり評価は高くないかな」
謙司は苦笑を浮かべつつ講評を促してくる。
「そうでもないぞ。俺も相田の態度見て気づいただけだし自業自得だろ。あの状態でのフォローとしては出しゃばり過ぎず辻褄もあって良い塩梅だったろ。……強いて言うなら『野々宮が否定ばかりで理由を話さない』ってのをもうちょい早い段階で言ってほしかったかな」
「なるほどね。次回からは善処するよ」
それだけ言うと満足したのか手元のジュースを一口飲むと外へと視線を向けた。俺も釣られるように窓に目を向ける。
外は雨が続いており薄暗かった。教室の灯りを点けているため窓には教室の様子が写し出されている。
「にしても、相田が野々宮のことを、ねぇ。あんま話してる姿は見かけなかったけど」
隅に映っていた相田を見つけ思い出したように呟く。
相田とは去年同じクラスだったが野々宮はいなかった。何処かで知り合ったのか、この一月で惹かれたのか。
「そんなに不思議でもないでしょ。なんたって日向ちゃん、クラスでは二位だからね」
謙司のその言葉に俺は
「あぁ、『彩鐘校美人コンテスト』な。まだ集計途中だけど聞いてないのあと一人だからほぼ確定だね」
あぁ、今年もやんのかそのコンテスト。
彩鐘校では様々な部活が存在する。サッカー部や野球部、文芸部や吹奏楽部といった王道どころから、セパタクロー部やウエイトリフティング部、彩鐘校内第二報道部なんてのも存在する。ちなみに第一報道部はなぜかない。
そんな多種多様な部活の中『彩鐘校ランキング調査部』というのが存在する。その名の通り彩鐘校内の色々な順位を調べランキング形式で公表する部だ。過去には『購買でもっとも売れるパン』、『生徒に人気の教師』、『一番使われないトイレ』というのがあった。
その中のひとつに『彩鐘校美人コンテスト』がある。ランキングじゃなくてコンテスト。ここ重要。多分。
これは男女で各学年、各クラスで集計する年に二回の恒例のイベントだ。一学年6クラスのため
謙司はその部活の部員であり、このクラスの集計を任されているらしい。
「へぇ、野々宮が二位ねぇ」
「そそ。日向ちゃん結構人気高いよ。理由としては『ちっちゃくてかわいい』『守ってあげたくなる』『ランドセル』ってのがあったよん」
「おい最後単語確実におかしいだろ」
革の手帳を見ながらすらすらと読み上げてく謙司にツッコムも本人は素知らぬ顔で「相田も日向ちゃんに入れてたね」と続ける。
「で、ちょうど良いから藤見の意見も聞かせてよ。あと聞けてないの藤見だけなんだよね」
あーですよね~。
あと一人だけってことはまだ聞かれてない俺なんだろうとわかってはいたんだけど、正直誰でも良い。
「ちなみに、一位って誰よ」
参考までにと興味もないのに聞いてしまった。すると謙司は驚いたように目を二、三回瞬いた。やだなにそれむかつく。
「本気でいってんの? そんなのお前の幼馴染みに決まってんじゃん」
謙司はそう当然のように言った。やだなにそれむかつく。
「幼馴染みって……〝姫〟のこと?」
「そ、
その小バカにしたような言い方は『幼馴染み』についてか『美人コンテスト』についてなのか、判断しかねるが。
七峰咲をまず一言で表すならば『綺麗』だ。
長く艶やかな黒髪。顔立ちも整っていて目元は鋭いけれど恐いと思わせることはない。決して長身とは言えない身長も、手足も細くスレンダーな体型が実際よりも高く見せていた。
十人に聞けば十人が『可愛い』ではなく『綺麗』と答えるような、紛れもなく美少女だ。
けれど。
「『美人コンテスト』って性格は加味されねぇの?」
俺の発言に謙司は「なるほど……」と言うように苦笑してみせた。
「一応見た目だけで判断しないように一月のスパンを置いてやってんだけどね」
でも、と。謙司は苦笑を引っ込めて続ける。
「七峰は性格も悪くないでしょ。女子のリーダー的な存在だけど横暴な態度をとるわけでもなし。綺麗だけどそれを鼻に掛けた様子もなし。サバサバしてて気軽に男子とも接してるし。今時珍しい正統派クール系美少女だと思うけど?」
「…………」
それは俺以外への態度だろ。と思うけど口にはしない。こいつに愚痴ったところでなにも解決しないし。
そもそもその評価は間違っちゃいない。
ついでに言うなら凛とした姿がカッコいいだとか家事全般が得意だとか寝起きはふにゃけて可愛いだとか虫が大の苦手で
そんな思考を見透かすように謙司はニヤニヤと笑っていた。
「……なんだよ」
「いいや、別に」
若干不機嫌になっているのを自覚しつつ問いかけるけれど謙司はニヤニヤ顔をやめようとはしない。
それにイラつき始めた俺は少し声を荒げた。
「あのなぁ、そもそも姫は」
「私が何か?」
「うおわぁっ!?」
突然のことに情けない声を出してしまった。
振り向くと噂をすればなんとやら、〝姫〟――七峰咲が立っていた。
テメェ謙司この野郎。気付いてて言わなかったな。
「そんなに驚くこと?」
「いきなり後ろから声かけられたらビックリもするわっ」
「態々声をかける度に前に回り込めって言うの?」
〝姫〟は小首を傾げ小バカにするような目をした。ようなじゃなくて完全にしてるな、あれ。
「オッス、七峰。なんか用か?」
俺と姫の仲裁をするように謙司が口を開く。
姫は今思い出したかのようにハッと肩を震わせると謙司に向き直る。
この短いやり取りで忘れるとかどんだけ鳥頭だよという意味を込めてバカにした視線を送る。睨まれる。すぐさま営業スマイル。だって怖いんだもん。
「私が忘れてたのは用件じゃなくて榎本の存在そのものよ」
「あぁ、成る程。なら仕方ない」
「ねぇこれなんのイジメ?」
はっはっはっ、なんのことやら。このクラスにイジメなんて存在しません。
「そんなことより『美人コンテスト』って今日までなのよね。私まだ聞かれていないから」
イジメ問題をそんなこと扱いかよ。
姫の言葉に復活した(そもそもダメージなんて受けてない)謙司があぁ、と相づちを打つ。
「確かにまだ聞いてなかったな。けどもう七峰の分は入れといたよ」
「はあ? 何勝手にやってんだよ」と抗議しようとしたが次の句で黙る他なくなる。
「藤見にね」
「そう、ならいいわ」
いや、よくないよ? 主に俺の精神的問題により。
「理由は……取りあえず『幼馴染みだから』にしといた」
「ん。取りあえずそれで良いわ」
いや、よくないよん? なにその意味深なやり取り。君たち仲良すぎない?
「どうせ理由は発表されないのよね?」
「あぁ。上位以外は載せないよ」
『美人コンテスト』の結果は後日全ランキング、全順位を載せた冊子が配られることによって発表される。その際理由まで載せられるのはクラス内トップ3、学年内トップ10のみとなっている。
ちなみに順位発表の際は票数まで明かされるので一票も入ってなかった男子たちが涙を飲むのはまた別の話だ。
「載らないなら何でも良いわ」
「ちゃっかり俺が上位に入らないことが宣言されちゃったよ」
当然でしょと言ってくる幼馴染みに俺はなにも言い返すことができない。
「そもそも載るんだったら何て答えるつもりだよ」
「あら、それを私の口から言わせたいの?」
「ごめんなさい言わなくて良いです」
だって目が怖いんだもん。
そんな幼馴染みとのやり取りを暖かい目で見てた謙司が突然ニヤリと口角をあげた。
「ところで七峰は朝の一件については知ってんの?」
「朝の一件? 何のことかしら?」
「おまっ、ばっ!」
その動揺がいけなかったのか、姫はそれが俺に関わることだと気づいたのか睨んでくる。その目は「教えろ」と如実に語っていた。
そのタイミングで昼休みの終わりを告げるチャイムがなる。
俺は内心ガッツポーズを。
姫は隠すこと無く舌打ちした。
こらこら、女の子がはしたないですぞ。
「放課後、教えなさい」
「……はい」
それはそれは心臓もびくつくほどの冷たい声音でした。
まだなにか言いたげにしていたが大人しく自分の席に帰っていった。
そんな様子をクククッと愉快そうに笑う元凶へと視線を飛ばす。
「お前なぁ……」
「どうせバレるんだから。なら自分から説明した方が余計な誤解も招かないだろ」
悪びれもせずそう宣う謙司にため息をこぼす。
「ところで藤見は誰に投票すんの?」
「知るかっ。適当に突っ込んどけ」
椅子を前に戻し次の教科の準備をしながら訊ねてくる謙司に不貞腐れながら答える。
するとこれまた愉快そうに笑う声が聞こえてくる。
「それじゃあ、七峰に入れとくよ」
「っ!?誰があんなやつに……!」
「理由は?」
抗議しようと立ち上がった俺に振り向き様に訊ねた謙司の顔は笑ってはいなかった。
「『幼馴染みだから』……、に、しとけ」
俺がそう答えると柔和な笑みを浮かべ「りょーかい」と姿勢を正した。
程なくして現国の教師が教室に入ってきた。
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