1部 第1話 2

 今日もアレッドは工場で前半の労働を終えた。後半作業との間には30分程休憩があって、彼ならずとも労働者は束の間の休息を、各々思いの通り過ごす。

 その休憩場所とは、円形の工場の更に中央に広場があって、時間になると一斉に労働者は憩いを求めてそこに集まって来ていた。

 アレッドも、食事する間も惜しむかのように、先ずは昨晩の寝不足を補おうと、広場に来るなり、人のいない場所を見つけて、地面に寝転んだ。

 この壺のある地域は、気温が比較的温暖だが、さらにここの広場の地面は、不思議と何とも心地よい暖かさで、昼寝にはもってこいだった。

 彼が寝転んで目をつむって間も無く、怒り狂った男の叫び声が耳に入った。

「待ちやがれっ!」

 その間もなく、誰かが走って来る音が近づいて、その直後ドカッツ! と鈍い音と横腹を衝撃が襲った。 

「痛ってーっ」

 アレッドは、腹を蹴飛ばされ激痛が走って飛び起きて、ぶつかった相手を見ると、1メートル程先で人がお尻を突き出し、うつ伏せに倒れていた。

 逃げてきてつまずいたらしい、それが子供と分ってボウっと見ていると、更に彼に不幸が降りかかる。

 後から罵声を浴びせながら追ってきた男が、アレッドを突き飛ばしたため、彼の華奢な身体は数メートル飛ばされた。

 男はアレッドには構わず追ってきた子供を捕まえる。その子は無造作に羽交い締めにされた時、帽子でまとめていた真っ白の髪がほどけたが、男はその髪の毛を掴んで引っ張りあげた。そしてぐったりした顔が持ち上がり、小娘と分かると片手で持ち上げ、強面ての顔を擦り付けるように睨む。

「おい、小娘! 俺のクレジットをかすめ取ったろ?」

 その小娘はやわでは無いらしく、男に怯む様子もなく険しい目で睨み返す。

「知るもんか!」

「どんな方法を使ったか知らんが、お前がゲートにを潜った瞬間、俺のクレジットがダウンした」

「偶然でしょ、知ったこっちゃない」

「ガキのクセに姑息な業使いやがってェ、センターに突き出してやる」

「ヤダァ、放せぇーっ!」

 抵抗するも髪の毛を捕まれているので、身動き取れない小娘は宙で揺れるだけ。

 その時ふたりの背後から、別の男の声が割って入った。

「今すぐその娘を放してやれ」

「できん! ン、誰だお前」

 アレッドも声のした先を見ると、初老に見える顎ヒゲを蓄えた男が、立っていた。

 小娘を掴む男は、ヒゲ老人顔とは不相応にも思える、服の上からもわかるマッチョな体躯を見て一瞬怯むが、高齢であると侮って、直ぐに威勢を取り戻しうそぶいた。

「そんなに止めたきゃ、力ずくで来な」

「では、そうしよう」

 ヒゲ老人は短く言うが早いか、目に留まらぬ速さで男の懐に飛び込み、脇下から小娘の髪を掴んだ手首を捻り返して、手を緩めさせた。

 さらに、小娘が地べたに落ちたのを確かめて、男の腕を肩に掛けたかと思うと、間伐入れず一本背負いのような技で、簡単に投げ飛ばした。

「グハッツ!」

 投げ飛ばされた男は、そのまま気を失い、ヒゲ老人は何も無かったかのように、息ひとつ乱さず広場を去っていく。起きあがった小娘は、さっと起きあがって老人の背中に向けてお辞儀した。

「何やったのさ?」

 アレッドは老人を見送る小娘に声を掛けた。

 彼は、同年代の労働者を初めて見て、強い関心が向いたせいか、先ほどの痛みも忘れていた。

「クレジットを抜いてやった」

 彼女は先程の仕打ちも間もないのに、悪びれずに言ってのけた。

「えっ?どうやって」

「ガキは知らない方がいい」

「ガキって、あんたもガキじゃんか」

 小娘と言ってもアレッドより年長に見える彼女は、一瞬奇妙な表情をしながら去ろうとアレッドに背を向けたが、フッと思い出したように止まって、

「そうだったね」

 と一言。そしてアレッドを振り返って笑った。

「私はマリカ、3年前ココに来たの。ゴメンね、キミの身体蹴飛ばして」

「イイよ。僕はアレッド、ここにはマリカより長く住んでる」

 アレッドが、人懐っこそうな彼女の笑みに安心して、握手を求め手を差し出した時、始業のサイレンが鳴ってマリカと名乗る少女は、アレッドとは方向が違う工場へ走り去っていた。


 さて、その日の仕事が終わって19時過ぎに、アレッドは持ち場から解放されて、自宅と言うよりねぐらへ帰って行く。大人は夜の繁華街へ繰り出す者が多いが、アレッドは子供なので飲まない、そのままねぐらヘ足を運んだ。

 その帰路に繁華街、と言ってもスラムの雑居街みたいな所だが、その中を通り抜ける途中、酒場の陰に昼間のマリカを追っていた男を偶然見かけた。

 アレッドは警戒しながら、明かりの影に紛れながら会話を聞いた。

「あんの小娘、見つけたらボコボコにしてセンターに突き出してやる!」

 その言葉に、飲み仲間とおぼしき男の声が応えた。

「とすりゃ、不正密告の報酬に8000クレジットは入るんじゃねぇ?」

「おうよ、結果的にこっちのほうがお得だな!」

「それよっか、あの小娘上物じゃ……」

 ほくそ笑んだ男らは、会話を続けながら酒場通の奥の方へ消えていった。

 それを聞いたアレッドは、慌てた。

「マリカが危険だ、早く知らせなきゃ!」

 しかし彼には、その日の内に彼女を探す術など無かった。

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