エスケープ・フロム・ザ・サークル

くろま

1部 第1話 1 始まりと出合い

 深夜。通称、つぼの広大なフィールド中で、けたたましいサイレンが鳴り響く。過酷な労働の後の疲れで寝つけず、ようやく深い眠りにつくはずだったアレッドがぼやいた。

「またー?」

 そのあどけない声の主はどう見ても10歳前後位の少年で、彼がねぐらにする屋根の無いバラックから、亀のように首を伸ばして恨めしそうに夜空を仰げば、壺の中心に近い方は相変わらず光光として、夜も眠らない工場の放つ明かりで照らされ、真逆の外延側は無数の星星が闇を飾っていた。

 その間で眠りにつこうとしていた矢先に、その無神経で甲高い警鐘音は、アレッドに限らず壺の労働者なら、苛立たない者は居なかっただろうが、ここ最近夜中に鳴ることが多くなった。

 アレッドは恒例の月末追い込みの重労働でクタクタだったが、壺から抜け出そうとする奴が居ても仕方がないと思いながら、寝るのに集中しようと枕代わりの革カバンを頭に覆い被せ、身体を丸めた。

 ここでは彼のような幼い子供でさえ、タフでしたたかでないと生きてゆけない世界。当に最下層の者が行き着く成れの果てであり、掃き溜めの世界がそこに広がっていた。

 少年は、幼くして親の顔も知らない孤独の間に、人買いによってこの壺に売られて来たらしく、訳もわからず働かされる間に5年の歳が経とうとしていた。


 近未来の時代にアレッド達が生きる壺は、公称サークルと呼ばれる大陸に散在するエリア。俗称では壺と呼ばれ、大陸に散在する直径3キロ程に及ぶ、広大なすり鉢状の円形の地形に造られていた。外縁部の高い人工壁に囲まれた内側は、労働区域と住居区域が設けられ、外部との接触を阻む閉ざされたタコ部屋で、半強制的労働を強いられている、いわゆる治外法権区域だった。

 この世界を牛耳る、2大勢力のひとつが経営する民間企業が、存在さえ疑わしい国に委託されて、誰も知らない何かを大量生産する旧世代のシステム工場が、壺の内側で稼働し続けていた。

 そしてこの中に入った者は、各々の課せられた期間働けば壺を出られるとは言われているものの、実際は出た者の話を聞けるわけでなく、希望的観測とは逆に閉鎖感も手伝って、一生出られないという強迫観念すら内部で蔓延しているような、劣悪な労働環境だった。


 明けて壺内の朝は早く慌ただしい。住人は全員ここの労働力として存在し、好む好まざるに関わらず、けたたましいサイレンで叩き起こされ、唯一生きる手段として割り当てられる工場へ駆り立てられた。

 かく言うアレッドも目が覚めやらぬうちに、今日も工場の受付ゲートに規則正しく並んでいた。

「昨日の夜中のサイレン何だったんだ?」

 前に並ぶ大人ふたりが、アレッドや恐らく多くの労働者の本音を代弁した。

「最近多くなったんじゃねえか、脱獄だろ?」

「面談受けたヤツの中から、脱獄者が続出してるらしいぜ」

「面談って、ここ一ヶ月前から始まってる、審判みたいなやつだろ?」

「運が良ければ、壺を出られるらしいぜ」

「どうだかな、だが出られるもんなら出てぇ!」

 ふたりは、タイムスタンプに当たるクレジット・バンドをセンサーにかざしてゲートを潜っていく。アレッドも後ろの大男に圧されるようにゲートを潜って、今日の配置エリアへ消えていった。


 サークル時間で朝6時に工場は稼働を始め、労働者は1日約12時間2交代制で、その中で機械扱いに等しい肉体労働を強いられる。その作業中は私語厳禁で、監視カメラで厳重にチェックされ、違反が見つかればその日の労働時間を加算された。

 それ以前に、厳密に生産管理された行程内では話す余裕など皆無に等しく、その間ノンストップであり、規定の昼休憩まで休めはしなかった。

 働く者は皆、サボればそれだけ存在価値を失う事を身体に刷り込まれていて、いつの間にか姿を消すイコール処分という噂さえ真のように囁かれるように、生きるか死ぬかギリギリの効率の中で働かされていた。

 そうした毎日を繰り返す事で、鍛え上げられた猛者でさえも反抗する気力を削がれ、ロボットの様に従順になっていく者が後を絶たない有様だった。


 アレッドは自分と同じ年頃の子供を、この壺でお目にかかったことが無かったが、そんな当たり前の疑問さえここでは意味を成さない。入れば子供はレッテルにもならず、作業を軽減する理由にもなり得ない。

 そんな過酷な労働環境で、いつか抜け出る日を夢見ながら、アレッドも大人と混じって働かせられ、その対価として通貨に相当する、微々たるクレジットを貯めながら、何とか生きる糧を得ていた。

 その過酷さ故に当然脱走者も出るわけで、昨夜のような真夜中のサイレンはその帰結に他ならなかった。

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