第21話

 顔を真っ赤にして向き合う電志と愛佳。

 カイゼルが立ち上がり、天に向かって吼えた。

「ビュウウウゥーティフォオオォオ! 素晴らしい、完璧だ! 僕が見たかったのはまさにこれだよ。二人ともやればできるじゃないかっ」

『違うよっ!』

 電志と愛佳の声が重なる。

 それもそれで息がぴったり合っているのが恥ずかしくて、勢いが出ない。

 周囲のブースからうるさいという意思表示の咳が連発され、ようやく場が収まる。

「とにかく、これで話を聞いてくれるんだな?」

「もちろん。僕は全ての恋人達の味方だからね。僕はさしずめキューピッドだね」

「汚いツラのキューピッドだな。俺達はそんなんじゃない、単なる同僚だ」

『単なる同僚』と言う時に胸にチクリとするものを感じた。事実を言っているだけなのに何故だろう。でも無理矢理にそんな気持ちやそれに付随する思考を胸の底に押し込める。何だか無性にそうしたくなったから。

「はいはい、それで新……新婚生活について教えてくれ、だっけ?」

「新素材だ」

「どんなのが欲しいの?」

「DGの攻撃にも耐えられるやつ」

「それはまた……随分強力なものが欲しいんだね」

 ドラゴン級、通称〈DG〉は敵の中で最も巨大で最も強力な攻撃をしてくる個体だ。

 その攻撃を耐えられる装甲は今のところ存在しない。

 電志はそこに目を付けたのだった。

 DGの攻撃すら耐えられる装甲が得られれば、【特別機】として申し分無い。

 だがそれは、それだけ困難な依頼であることも意味する。

 カイゼルは冷たい視線を送ってきた。

 本気で言っているのか、と試すように。

 電志もそれは分かった上で依頼しているので、真っ向から視線を受け止める。

 睨みあいのような十秒が過ぎ、カイゼルは頷いた。

「仕方ないね。他でもない電志の頼みだ、最高の素材を作ってみせるよ」

「ああ、なるべく急ぎでやってくれ。カイゼルならできると信じている」

 そうして素材の依頼はできた。電志は隣からちらっちらっという視線を感じ、どうにも落ち着かなかった。


「ねえ、電志」

「ん?」

 帰り道、何故かたどたどしくなる会話。

「新素材、作れると、良いね……ハハ」

「うん」

「カイゼルもバカだよね、恋人とか言っちゃってさ」

「ああ、うん」

「そんなことないのにね、ハハ……」

 何だかお互いにどう話して良いんだか分からない。

 無理にから笑いするしかない、みたいな空気。

 本当は話したいことが別にありそうな気がするが、それを話すのはタブーのような。

 互いの距離感を壊してしまうような。

 だから電志も愛佳も、核心ではなく外周をなぞるようにしか会話をしない。

 それは傷付くのが怖いからか。

 それとも気楽な今という空間から進むことへの不安か。

 はたまた、経験の無い空間が目の前に広がっているようでとまどっているのか。

 ふわふわした空気。これが甘酸っぱいというものなのだろうか。

 電志は悩む。今までこんな経験はしたことがない。


〈DDCF〉に帰り着くと、安堵したような、もっとふわふわした空気を味わいたかったような、複雑な気持ちになった。

 頭を振り、設計設計と呪文のように呟いて画面を出す。

 すると机の下でがさごそ音がした。

 電志は一瞬硬直し、机の下を即座に確認した。

 そこには大きな箱があった。

 ダンボールの色だが素材はもっと丈夫な物だ。

 箱の蓋が大きく揺れ、バコッと開き人の手が飛び出す。

「おわっ……!」

 電志は後退りして椅子から転げ落ちてしまった。

 箱を凝視していると、次は頭部がゆらりと現れる。

 サングラスの掛かった水色の髪で、俯いた顔。

「ククク」ゴン。机に頭部を強打し、サングラスが落ちた。

 水色の瞳が涙目になった。

 後頭部を押さえて頭部は箱に戻っていく。

 上手く箱の蓋も閉まった。

 電志は絶句した。

 少しすると、再度箱から頭部が出てきた。

 先程は何も無かったと言うように。電志は椅子に座り直し、再度転げ落ちた。

「オワー……」棒読み。

「ククク」

「な、何でこんな所にミリー先輩が……?」

「設計とは何だ?」

 ミリーは箱から這い出すと、四つん這いで電志に迫る。

 電志は目を剥いた。

 突然の質問。

 しかし自分達が追い求めているもの、それがミリーの口から出てきたのだ。唐突なので、質問の意図が何なのかと思ってしまう。

 慎重に答えた。

「〈パイロットのための設計〉であるべきだとは思っています」

 するとミリーは微笑み、電志の左腕を掴んで引き寄せた。

「そうだな」

「ちょっ先輩!」

 掴まれた腕にはミリーの双丘が押し当てられた。

 それが触れた瞬間、ふにゃりとした柔らかな感触と甘い痺れが全身に広がる。

「気が合うな」

 耳元で囁かれ、電志はゾクゾクした。一体何がしたいのか。でも設計思想で賛同が得られるとは思っていなかった。彼女も同じだというのか。だとすれば、同志ではないか。ただ、気が合うというだけでここまでするのはやりすぎな気がするが。

 ミリーという女性はどうも言葉は断片的だし、行動は突飛だし、よく分からない。それでいて不思議な魅力を持っているので、無視できないというか。

 それが電志のミリーに対する印象だった。

今度は電志の右腕が掴まれた。

 愛佳だ。

「先輩ちょっと何してるんですかこんな所でっ……!」

 彼女はミリーと違い手首付近を掴み、身体の密着は控えている。

「人生設計」

 ミリーは緩い目のまま口の端を上げる。

 挑戦的な表情。

「ここは戦闘機を設計するところですよ! 先輩の人生は先輩の班で設計してて下さい!」

「ここでするのも自由」

「それは自由ですけど……自由ですけどぉ……でも電志は設計に夢中だから人生設計には興味無いっていうか、こんな鬼畜仏頂面なんてやめておいた方が良いっていうか」

 愛佳の言っていることはもう無茶苦茶だった。

 だがミリーはそれ以上追撃せず、満足した顔で電志の手を放す。

 それからスカートをはたいて立ち上がり、画面を出した。

 これは……と疑問の顔になる電志と愛佳。

 ミリーはニヤリと笑った。

「浪漫だ」

 画面に映し出されていたのはなんと人型ロボットだった。

「なっ……」「え、ウソ?!」

 電志も愛佳も絶句する。まさか、ミリーは【特別機】として人型ロボットを作ろうというのか。

「パイロットの夢だ」

 その言葉に電志は雷に打たれたような気持ちになった。

 衝撃が走った。

〈パイロットのための設計〉、それはパイロットの夢を叶える、浪漫である。それは〈パイロットのための設計〉よりも一段上の【設計とは何か】ではないのか。確かミリーは最初に『設計とは浪漫だ』と言っていた気がする。ミリーは、〈パイロットのための設計〉よりも一段上の【設計とは何か】に既に辿り着いているというのか。

 漠然と、負けている気がした。設計においてミリーの方が先を行っているのではないか。そんな相手に、勝負で勝てるのか。

「いったい、これどうやって作るんですか?」

 電志はがっつくようにミリーに迫った。

 設計にのめりこむスイッチが入ったように。

 人型ロボットはこれまで制作に成功したことがない。

 それができるのならば、その仕組みがぜひとも知りたいところだった。

 だがミリーははいおしまい、とでもいうように画面を消してしまう。

「秘密」

 ええーっと残念がる電志を置いて、ミリーはすたすたと歩き去ってしまった。

 それからシャノの声が聴こえてくる。

「代わりにこれを見ると良いですよーくふふ」

 シャノの出した画面にはミリーと愛佳に引っ張られる電志の姿が映っていた。

 電志はそれを見て、まるで自分じゃないみたいだ、と思った。


 愛佳は驚いた。

 電志が腕組みをして考え込んでいる。こんな姿は初めて見た。

 ミリーが帰ってから何十分も微動だにしない。これは異常だ。

「ねえ電志、仏頂面でそんな風に固まっていると石像みたいだよ。魔除けができそうな」

「だって人型ロボだぞ? あんなものが実現したら、絶対勝てない……」

 呟くように電志。

 その声には僅かに弱さのようなものも見えた。電志が弱さを見せるなどよっぽどだ。それだけミリーの人型ロボットは衝撃だったらしい。いや当然か。人型ロボットなどいまだに実現していないのだから。

 この十年で目覚ましく戦闘機の性能は向上したものの、あくまでそれは戦闘機の域を出ない。

 人型ロボットの設計はそれだけ難解なのだ。

 毎年人型ロボットの試作機を設計するという企画は出るのだが、操縦の面でいつも断念している。

 アニメや漫画のような複雑な動きは現在の技術では不可能なのだ。

 思念と機体のリンクができる技術が確立されるまでは、できないだろうと言われている。

 そんな不可能と言われてきたものを作ると言われれば、誰だって衝撃を受けるだろう。

「まさか人型ロボットを設計するなんてね……」

「確かにあれなら【特別機】として申し分無い。というかうってつけ。敵の巣に攻撃を仕掛ける時の決戦兵器になる。〈DPCF〉もさぞ喜ぶだろうな」

 電志の凄いところはこんな状況でも相手を称賛できるところだ。

 自分より良いと思ったものを認めたくないという思いで否定したりはしない。

 ただ、愛佳はそうではない。

 電志班より良いものなんて認めたくなかった。だって、ボクにとって電志は誰よりも凄い設計士なんだから。弱気な姿なんて似合わない。自分のヒーローが負けるなんて嫌だ。

「電志、まだできると決まったわけじゃないよ。不可能と言われているものがそんな簡単に可能になるハズがないじゃあないか。電志班は電志班の機体を、作ろう」

 すると、電志は愛佳の方を向いて目をぱちくりする。

「どうしたんだ急にまともなこと言って」

「電志がふがいないからだよ。そんな時はボクがしっかりするしかないじゃあないか。ボクがいつも軽口を叩けるのはね、電志がしっかりして、る、から……だょ?」

 愛佳は言っている内に恥ずかしくなってしまい、尻すぼみになってしまった。面と向かってこんなことを言うのは最高に恥ずかしい。ボクらしくないよ、もう。

 ちゃんと伝わったかは分からないが、電志は鼻をぽりぽり掻いた。

 表情も柔らかくなった。

「……じゃあ、倉朋が真面目になったらヤバい証拠か。そうさせないように努力しないとな。済まない、俺がしっかりしていなかった」

 直球で謝るのが電志。素直すぎる。だから周囲からは逆に裏があるんじゃないかとか言われてしまうんだけど。でも、裏が無いのだ。それが電志という男だ。


 それから、どういう機体を作るかという話になった。

「強い機体かあ……装甲以外はどうするか決めているのかい?」

 愛佳が問うと、電志は首を振る。

「そこはまだノープランなんだよな。目的だけははっきりしてるんだけどさ、ドラゴン級でも大丈夫ってところで」

「でもさあ具体性が無くない? 何でも良いから強くするってことでしょ?」

「具体性って言われてもなぁ……」

 目指す機体の像が浮かばない。

 ただ強く、とにかく強く。

 それは寧ろこれまでより難題だった。

 星雲のような靄で、はっきりした銀河の形になっていない。

 一旦全翼機の装甲を厚くするという方針で検討に入る。

 まず全体を厚くしていった時どれだけ厚くすると各所にどれだけの影響が及ぼされるのか。

 許容できる機動性とのバランスを考慮しながら調整していく。

 すぐに限界が来て、重要箇所の集中防御方式で再調整。

 コストダウンの時のようにマイナス面での調整でなく、プラス面の調整なので、今回は集中防御方式に異論はない。

 何もマイナスにはしないのだから。

 それから、〈DRS〉で現在開発中のパーツのカタログも目を通した。

 もう少しで開発完了となる予定のパーツがないかチェックする。

 どうやら最新型の推進装置が近々完成しそうだ。

 これを搭載する想定で更に調整してみる。

 なかなかの性能だ。

 機動性は現在の最新より落ちないし防御力も上がる。


 だが、それだけだった。

 求めているのは『良くなる』ではない。

『凄く良くなる』だ。

【特別機】の設計の難しさを痛感した。

 これは険しい道になりそうだ。


 ミリーは〈DRS〉を訪れていた。

 会議はもう終わり、帰るところだ。

「では、よろしく」

 正面の男に微笑み、ミリーは立ち上がる。

 正面にいるのはゴダールという〈DRS〉の三年生だった。

 窓口役の二年生を通さず、直接三年生に話を持っていったのだ。

 その方が話が早い。

 今回は快く協力してくれることになった。

「ああ、任せておけ」

 ゴダールは気合を滲ませ胸を叩く。頼もしい限りだ。これなら問題ないだろう。

 ミリーとシャノは連れ立って〈DRS〉を出た。

 シャノは何が楽しいのかずっとビデオカメラで周囲を撮影している。

「ミリーさん、これで人型ロボットもいけそうですねーふふー。ミリーさんの会話術は壊滅的ですけど、カラダを使った交渉術だけは得意ですもんねー」

「シャノ、課題追加」

「……ミリーさんは会話術どころか忍術だってできますよねー!」

 シャノは額に汗を浮かべながら訂正した。現金なやつだ。でもミリーは長い付き合いなのでもう慣れた。中学ぐらいからずっとこうなのだ。好きな先輩に告白しようと手紙を書いたら、それが盗まれ公表されてしまったという苦い経験を持つ。それから社会的な攻撃の有用性に目覚めたとかで、自分はやられる側でなく『やる側』になるんだ、と決めたとか。やる側になると恨みを買うというリスクも負うんだぞ、と忠告したことはあったが効果は無し。いつか痛い目を見なければ良いのだが。

 とはいえ、今回は〈DRS〉や〈DDS〉への交渉で活躍してもらった。

 ミリーだけで説き伏せるのは難しかっただろう。

 なにせ人型ロボットだ。

 経験の無いものを作るにはいくつもの難題がある。

 それは〈DDCF〉だけでは越えられない。

〈DRS〉や〈DDS〉の協力が必要なのだ。

 道中で〈DDCF〉の者を見つけた。

 確か二年生のエリシアという名前。

 派手な格好をしているが、次々好成績を叩きだしている勢いのある設計士。最近はちょっとおとなしくなったようだが。

 エリシアは一人の男を連れてやってきた。

「あらミリー先輩、ごきげんよう」

「や」

 すれ違うだけ。

 そう思ったがエリシアが足を止めたのでミリーも立ち止まる。何か話があるのだろうか。

「ミリー先輩、電志に勝負を申し込んだのですわね?」

 確認するようにエリシア。

 ミリーは思考を巡らせる。電志との勝負は大々的にやっているわけではない。勝負を電志に了承させた動画も公表していない。

 それなのに知っているとすれば……ミリーはふっと口の端を歪める。

「見ていたのか?」

「たまたまですわ、たまたま目に入っただけです! いつも電志班を見ているわけではありませんわっ」

 面白いぐらいにエリシアは動揺した。どうやら電志のことがらしい。二人の設計思想は真逆だった気がするのだが、どういう風の吹きまわしか。

「電志班ではなく、電志個人か」

「違いますっ……私はただ、目を休めるために遠くを見たりこうして休憩に出たりすることがあるのです。その時たまたま、そうたまたま目に入るだけで……」

「休憩など珍しい」

 ミリーはニヤリと笑った。エリシアの噂は聞いているが、トイレ休憩以外禁止にしていたハズだ。休暇も休憩も厳しく取り締まり、ついていけなくなった者はクビにする。その非情さは有名だった。そのエリシアが自ら休憩とは。

 するとエリシアはかっと顔を赤くしてわたわたし始めた。

「そ、それはですね方針がちょっと変わったというか……やはり適度に休憩をとった方が実は効率が良かったり、発想が広がったりするのに気付いたのです……」

 隣からシャノが耳打ちしてくる。

「わたしのリサーチではエリシアさんはコスト低減コンペで電志と勝負して、それからどうも変わったらしいですよー。『あいつの血は青色だ』って言われていたのが最近赤になったと噂されてますー」

 血の色の噂は全く聞いたことがないのでシャノの自作だろう。

 だがミリーはだいたい話が分かった。エリシアは電志と勝負し、その後からエリシアが変わった。どう見ても電志に影響されてのことだろう。

「男の影響は大きいな?」

「だから違うと……! 仕方ないのです、私は勝負に負けたのですから。一応コンペの優勝は私でしたけど、試合に勝って勝負に負けたというやつですわ。実質的には電志の勝ちです。だから約束通り私は電志の設計思想に従うことにしたのですわ」

 しかし呟くエリシアの表情からは悔しさは感じられない。

 むしろそれで良かったとさえ感じられる。そこまでの影響を、電志は彼女に与えたというのか。やはり七星の一番弟子と言われるだけはある。

 だが。

「私は実質的に勝つ」

 ミリーは自信を持って言った。自分が、自分こそが、七星の一番弟子だ。エリシアは設計思想が間違っていたから負けた。だが自分はそうではない。電志と方向性は同じ。その中で凌駕すれば良い。浪漫に勝るものはない。浪漫こそが、設計の真髄なのだ。

 するとエリシアはくっと一瞬歯噛みするが、すぐに真剣な表情になった。

「……電志は最高の設計士です。きっと今回も勝つでしょう」

 非情な設計をしていたエリシアにここまで言わせるとは。

 ミリーの頭の中ではアニメとしてライバルの決闘シーンが連想される。

 電志、ふふふ……相手にとって不足なし。互いの設計を賭けて勝負だ。

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