第22話
【特別機】設計開始から一週間が経過した。
電志班に大きな進展は無し。
愛佳は設計中の機体を画面で眺める。
現状の最高のパーツ、それから近い内に完成する最新のパーツを組み合わせた最高の機体。確かに現状の最高の機体に比べれば遥かに高性能にはなったのだが……コストがかかる割には、そこまで目覚ましいものではない。
「電志、カイゼルからは連絡無しかい?」
「そうだな。新素材はすぐできるものでもないしな」
返事をした後電志はから咳をした。
「調子悪いの?」
「咳だけだ。大したことはない」
確かに電志の顔色は普通に見える。でも風邪のひき始めかもしれない。
「一応風邪薬は飲んでおいたら?」
「ああ、そうするよ。しっかし、やれるだけやってみたが厳しいものがあるな」
「ここはそうだね……ディベートをしようか」
「お前とやると疲れるんだよなあ」
「電志、ボクに冷たくするのは気があるからかな?」
「どんだけポジティヴなの? 俺は冷たくしてるんじゃなくてただ事実を言っただけなんだけど」
「今ポジティ『ヴ』って言ったね? 『ブ』じゃなくて『ヴ』なんだね? なかなか通じゃあないか!」
「死ぬほどどうでも良い。それだと俺が自称『○○通』みたいに気取っているみたいで嫌だ」
「あのね、語感を馬鹿にする者はご飯に殺されるんだよ」
「聞いたことねえよ。随分攻撃的なご飯だな」
「ふふん、ボクが作ったお弁当抜きにしても良いのかい?」
「…………いや、それは、ちょっと困る……」
電志の苦い顔を見て愛佳は歓喜を覚えた。
別に嗜虐的な趣味があるわけではないが、完全に会話で勝ったような気がしたのだ。弁当というアイテムに頼れば勝てる。これは大発見だ。意図しなかったことだが、長らく弁当に慣れさせたため『それが取り上げられるかもしれない』という状況に追い込めば結構従ってくれるものなのだろう。これは使える。ニヤリ。
「ふふふ、ではディベートをしようじゃあないか。弁当を食べるためにね!」
「卑怯者め」
「フッ……ボクは手段を選ばない人間なのさ……今日こそはボクが勝つよ!」
そして順調に今日も負けた。
ディベートでは新たなアイデアが出た。
パイロットに聞いてみよう。
パイロットの視点で見ればもっと何かあるかもしれない。
そこで次の襲撃の時の帰還挨拶でナキとシゼリオに話してみることにした。
「新型機体を考えているんだけど、パイロットとしては何か良い案無い?」
電志が問い掛けると、ナキははっきりと答えた。
「ロボット!」
「駄目」
「ケチ!」
「ケチじゃない」
「じゃあドケチ!」
「ロボットは無理なんだって」
「やだー! ローボー!」
「しょうがないだろうが」
「ローボーローボー!」
「うっせーな、一生言ってろ」
「ローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボーローボー」
「やめろ鬱になる」
頭を抱える電志にシゼリオもナキに同意を示した。
「できれば人型ロボットに乗りたいところではあるんだよね。いや、無理はしなくても良いんだけど」
気まずそうに言ってはいるが、ロボットが欲しい気持ちは隠せないようだ。
ナキやシゼリオが帰っていくのを見て愛佳は考える。やはりパイロットはロボットを欲している。このままではミリーには勝てない。でもそんなのは認めたくない。負け惜しみみたいに聴こえるかもしれないけど、ここは励ます言葉を言うべきだ。
「電志、パイロットは設計のプロじゃあないからさ、そんなに気にする必要はないよ」
だが電志は首を振った。
「でも彼らはユーザーなんだ。その夢をできるだけ叶えてやるのが俺達設計のプロの仕事なんじゃないのか? パイロットの夢を叶える……それがミリー先輩の言っていた『浪漫』なのかもしれない」
確かに、言われてみるとそんな気もする。
愛佳はミリーの最初の印象を思い出した。
『設計とは浪漫だ!』と臆面もなく豪語していた。
仕草や表情が緩かったり言葉が断片的で不思議な感じがしたりするけど、信念や確かな矜持、そんな芯を持っている人物のようだ。
「【設計とは浪漫】……もしかしたら正解なのかな」
愛佳の呟きに電志はううむと唸る。
「それは分からない。だけど論理的に確実に間違っていると言えないのは事実だ。パイロットはいつも死の危険の中にいる。パイロットの夢を叶えてあげたいという気持ちは大切…………ん? 待てよ……」
電志は何かに気付いたようだ。どうしたのだろうか。
「なに?」
「いや……自分で言ってて気付いたんだけど、パイロットっていつも死の危険の中にいるんだよな? それは『俺達の代わりに戦ってくれている』からだよな?」
「それはそうだけど」
何か凄いことなのだろうか。
愛佳は首を傾げる。でも電志は天才だ。何か他人の気付かないところで発見があるのかもしれない。
電志は指を立てた。
「七星さんの言っていたことを思い出してみろ」
「『倉朋も頼むぞ。電志は倉朋がいないと何もできない情けない不良だからうまくサポートしてやってくれ』だったかな」
「なあ何で流れを無視してどうでもいいところを思い出すの? しかもそれ絶対改変かかってるだろ」
「時の流れは移ろいやすいものだよ」
てきとうな言葉を並べるが、愛佳は口を尖らせた。電志にとってはどうでもいいところかもしれないけど、ボクにとってはどうでもよくないところなんだぞ。改変がかかってしまうのは仕様だ。
「てきとうなことを言うんじゃない」
「てきとうじゃあないよ。他に七星さんが言っていたことって……ジェシカさんが好きだとか言ってなかったっけ?」
「言ってない。記憶を捏造するな」
「じゃあ何だと言うんだい?」
「ああもう、何で重要なことを覚えていないんだ。『設計をしながら感じたことをまとめていけば、自然に見付けられるさ。大事なのは意識することだ。普段は設計をしながら感じたことも大抵はそのまま流れていってしまう。流れていってしまわないよう記憶として保存するように意識するんだ』って話だよ」
「うわぁ気持ち悪い。電志何でそんなに正確に覚えているの? 脳が腐るよ?」
「気持ち悪いとか言うな。過去やってきた仕事とか、人と会話した内容とか、これからの設計に活かせるだろ? そういうの覚えていた方が良いじゃないか」
「だからってそんなに普通は覚えていられないよ」
愛佳は呆れ顔で言った。やはり電志はモノが違う。電志と話していると『今回の課題は三ヶ月前やったあの仕事が活かせる』とか『この機体の設計は半年前やったあの仕事と同じミスしてるじゃないか、ちゃんと見直しておけ』とかいう話が普通に出てくるんだけど、そんなの覚えてないよって思ってしまう。でも電志にとってはそれが『普通』なのだ。凄すぎる。しかも電志は自分のやってきた仕事だけでなくボクの仕事まで全部覚えているから、どれだけ記憶容量を使っているのか計り知れない。
「とにかく、当たり前に思えることでも意識するのとしないのとでは大違いだ。パイロットが『俺達の代わりに戦ってくれている』というのも当たり前に思えるかもしれないけど、実は凄く大事なんだよ。七星さんはきっと、そういう日常流れていってしまうところに目を向けろってことを言ってくれたんだと思う」
電志は熱弁を振るうが、愛佳にはイマイチ実感がわかなかった。
愛佳にとっては当たり前のことより、何か変わったことを言ってくれた方がインパクトがあって良いという感覚だ。
でも電志ほどの天才になると、むしろ当たり前のことでもダイヤの原石みたいな見え方をしているのかもしれない。そこは電志を信用するしかない。
「それが、【設計とは何か】に繋がるのかい?」
「そうだ、〈パイロットのための設計〉……それは〈パイロットが自分達の代わりに戦ってくれているから〉。パイロットの死は自分達の死と同じ、そう意識したら下手な設計はできないだろう? これは、言うなれば【設計とは自分達の代わりに戦うパイロットを守るもの】となるかな。これなら今までの〈パイロットのための設計〉に対して『それは何故か』を言っていることになる。一段上の設計思想になる」
「電志、ボクには難しすぎてついていけないよ」
愛佳は目をぐるぐる回した。パンクしそう。
「『〈パイロットのための設計〉や〈生還率一〇〇%〉というのに共通しているのは何か? どちらも作業ベースということだ。設計を行う上では大切なことだが、【設計とは何か】を考える時にはもっと根本を考えてみると良いかもしれない。〈パイロットのための設計〉をするのは何故か? 〈生還率一〇〇%〉を求めるのは何故か?』って七星さんが言っていたじゃないか。今回〈パイロットのための設計〉をするのは何故か? 〈生還率一〇〇%〉を求めるのは何故か? に仮の答えが出せたんだよ」
「それが……〈パイロットのための設計〉をするのは何故か? それは〈パイロットが自分達の代わりに戦ってくれているから〉ってこと?」
「そういうことだ」
電志は平然としているが、愛佳は頭がぐちゃぐちゃだった。熱が出そう。これからもついていけるのか本当に不安になる。いや、無理についていこうとしなくても良いのではないか。そもそも電志は論理、ボクは感情と住み分けをしているのだから。
放課後、愛佳は〈DDCF〉の女子達と喫茶店へお喋りに行った。
電志班に来てからもこうした交流は途絶えていない。
友達の一人エミリーがティースプーンをぶらぶらさせて口を開く。
「愛佳、電志班に行ってからもうけっこう経つよね。よくあんなのと一緒に設計やってられるね。いつもわけわかんないこと言ってるんでしょ?」
愛佳は曖昧な笑みで応じることにした。
「……独特な世界を持っているからね」
電志が天才ということは皆には言わない。気を悪くするだけだから。
愛佳は何となく電志との差を受け容れることができたが、受け容れられない人の方が圧倒的に多いのだ。
結局、コスト低減コンペが終わっても電志のイメージは相変わらずだった。
その時電志の凄さを目の当たりにした愛佳やエリシアなら分かるが、遠目から見ていた人には何一つ伝わらなかったらしい。まあ、性能とコストの絶妙なバランスとか生還率とか、地味だしよほどの目利きでもないと分からないのかもしれない。分かり易くて派手な方が受け容れられやすいのだ。
愛佳は複雑な心境だ。なまじ自分が元々はそっち側の人間だったから、何で電志の凄さが分からないんだよというやりきれない思いが強い。電志は『分からない奴に分からせる必要はない』という主義だし。
今度は別の女子、ノーマがフライドポテトを指でつまんで喋る。
「イマドキ設計に生還率なんて求めるなんて古いよね。墜ちる時はどう作ったって墜ちるんだからさぁ、そんなこと考えても意味無いよ。生還率一〇〇%なんてそんなのができたら苦労しないって。理想だけじゃ生きていけないんだから現実見ろっての」
どこかで聞いたことがあるようなセリフだった。
愛佳はハハ……と苦笑で流す。いつものことだ。てきとうに流しておけば良い。
でも、何だか言い返したい気持ちがふつふつとわき起こってくる。電志は夢見がちな子供じゃない、現実をちゃんと見た上で理想を抱いている。論理的に裏打ちされた設計をしている。
次に別の女子、モレーノがノーマに言った。
「そう言えばエリシアがそういう風に言ってた気がするけど、何か電志と勝負した後おかしくなったみたいよ?」
そうだ、エリシアの元々の設計思想がそうだったと愛佳は思い出した。そしてそれが悲劇を生んでしまった。モレーノのこの話は電志のイメージ回復のチャンスだ。勝負の詳しい説明をすれば皆の謝った認識を払拭できるかもしれない。
「エリシアさんも丸くなったみたいだね。どうしてか知っているかい?」
愛佳はモレーノに問い掛けた。これで『何で?』と訊かれたら説明開始だ。
そう考えていたのだが。
「エリシアを襲って無理矢理モノにしちゃったんじゃないの? 最近あの二人が仲良くしているのを見かけるし」
モレーノの反応は全くの予想外だった。
愛佳は唖然とする。なにその発想……
でも周囲が笑いに包まれ説明どころじゃなくなってしまった。
こうなると、これがみんなの都合の良い真実になってしまう。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
でも抑えなきゃいけないとも思い、テーブルの下でぎゅっと拳を握る。抑えろ抑えろ、いつものことじゃないか。笑って流せば良い。電志だって気にしてないじゃないか。
だが公園で電志が木を殴りつけていた光景を思い出してしまった。気にしてないわけじゃ、ない。絶対傷付いている。
みんなの顔を見回した。
楽しそうな笑顔、笑顔、笑顔。ねえみんな、何でそんな笑っていられるの? 何で笑って人を傷つけることができるの?
抑えるのが難しくなり、愛佳は自身の太腿をつねった。やっぱり駄目だ。一言、言ってやりたい。擁護すればボクも標的にされてしまうけど。でも。
「うわーあの気の強いエリシアを?」「怖いわー愛佳、すぐに電志班出た方がいいよ!」
エミリーもノーマも盛り上がっている。
愛佳はもう我慢できなくなった。
「電志はそんな奴じゃないよっ!」
場が静まり返る。
「なに言ってるの?」
白けた目でノーマが問い掛けてくるので愛佳は堰を切ったように言葉を紡ぎ出した。
「生還率っていうのはただ帰ってくるだけじゃない。この上なく戦果向上に結び付いているんだよ。ベテランパイロットがどれだけ敵を倒せるか、統計でちゃんと出ている。離着陸すらあやうい新人パイロットじゃ戦果はたかが知れている。新人パイロットじゃベテランパイロットの代わりはできないんだよ。電志はそこまで調べた上で設計をしている。エリシアさんは勝負でそこまでやっているのを目の当たりにして、納得したんだよ!」
愛佳の勢いに他の三人は目を丸くしていた。
言い終わってから愛佳は顔が熱くなった。なに言ってるんだボクは。何で流しておけなかった。ああもう、これからはボクまで陰で色々言われちゃうじゃないか!
これも電志の影響か。最初は電志の設計を否定するために電志班に入ったのに、今ではすっかり電志の設計に感化されてしまっている気がする。染まってしまった気がする。何だかそれは自分だけ魅了されて虜になっているような気がして無性に恥ずかしかった。これから先、単なる同僚としてやっていけるだろうか。
次の日の朝、愛佳は電志と登校時間をずらした。
顔を合わせ辛いから。
エミリー達と会話してからというもの、愛佳の頭は電志との思い出ばかりが次々と蘇ってきた。
それだけでは飽き足らず、電志は朝起きた瞬間からシャキッとして黙々と仕度を始めるんじゃないかとか風呂上がりには仏頂面のまま腰に手を当ててコーヒー牛乳を一気飲みするんじゃないかとか妄想が広がっていった。
そうしたら電志と顔を合わせるのが恐くなってしまったのだ。
どんな顔をすれば良いのか分からない。今までどうして普通に話せていたんだろう。
始業時間ぎりぎりになり、ようやく〈DDCF〉に到着。
愛佳は思い切り深呼吸した。とにかく自然に行こう。自然、自然。やあおやよう、今日も相変わらず鬼畜不良だね。これで良い。
だが愛佳が電志の机に目を向けると。
電志が椅子でぐったりしていた。
「…………電志?!」
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