第12話

〈DDCF〉に戻った愛佳と電志。

 愛佳は上機嫌だ。

 何せ電志に春が来たのだから。電志ははっきり言って天才だ。しかしその反面恋愛にはとことん疎い。最初は男が好きなのかと疑ったくらいだ。そんな電志が初めて経験する恋……しばらくは観察するだけで楽しめそうだ。精一杯で応援してあげよう。

「それで、何を閃いたんだい? シュタリーの巨乳をより効率的に感じる方法かい?」

「そんなわけ、ないだろう……コンペ用の機体だよ」

 電志の言葉は歯切れが悪い。

 愛佳はくっくと笑った。シュタリーに腕を絡められていた時ずっとあの巨乳を意識していたことなどお見通しだ。

「ほうほう、巨乳をコンペ用の機体に。それは新たな伝説になりそうだね?」

「黒歴史確定だろそれ。まあ見てみろよ。これだ」

 そう言って画面を出し、ある機体をカタログから表示させる電志。

 そこにはのっぺりしたブーメラン型の機体が映っていた。さっきのお茶会でこれを凝視していたようだが、これが何になるのだろうか? 率直な感想を言えば……

「ダサイ量産機だね。まるで電志のウブな恋愛を表しているかのようだ」

「意味不明なこじつけをするな。お前恋愛ネタでしばらく遊ぶ気だろう……」

「まさか」その通りだよ。

「でも、これが良いんだ」

「これが? 正直、想像つかないな。この量産機が何の役に立つというんだい?」

 愛佳はちょっと考えてみたが、すぐにやめた。ダサイ量産機だから安くできそう、という程度のことしか思い付かない。一体何が電志の琴線に触れたというのか。本当にこんなものが役に立つのだろうか? 大いに疑問だった。

 しかし、電志は確信めいた声で言った。

だよ」

「全翼機……?」

 不思議な響きを持つ言葉だった。

 それはまるで、魔法のような……普段の設計で聞きなれない言葉。

「全翼機とは主翼のみによって構成されたものだ。一見するとブーメラン型。通常の戦闘機とは形状がかなり異なる。考えてみる価値はありそうだよ」

 形状は確かに既存の機体と全く異なる。

 しかし、疑問が残る。

「形状は異なるけれど、それがコスト低減にどう繋がるんだい?」

だよ。既存の機体は別々に部品作って、それから組み立てるだろ? この全翼機なら主翼のみによって構成されているから、。よって製造工程で大幅なコストダウンができるんじゃないかと考えたんだ」

「……ああ、そうか! それはあり得るね。製造工程が簡略化できるならそこでコストダウンができそうだ」

 例えば一つの岩から戦闘機そのものを切り出すか、複数の岩から胴体・主翼などを別々に切り出してから組み立てるか。

 それなら前者の方が手間が少ない。

 厳密には違う作り方をするがイメージとしてはそういうことなのだ。

 電志の言いたいことを理解した愛佳は深く頷いて噛み締めた。

 電志の一番凄いところはこの閃きだ。

 人が見逃してしまうような情報をヒントとして拾い、閃く。

 それは彼の類稀な設計技術を支える特殊能力と言って良い。

 この能力があるからこそ何度も最優秀機体を作ってきたのだ。

 こうやって閃きの瞬間に立ち会えたのは幸運な気がする。そしてそのきっかけを作ったのはボクだ。そこは強調しておこう。

「うんうん、ボクのお陰で電志が閃いた。これはボクのお陰でコストダウンができたようなものだね」

「そうだったのか。それは初耳だ」

「ボクが電志をお茶会に連れ出したからこそ電志が閃くことができたんじゃあないか。最初にボクが言っただろう? 『運を天に任せればいい』と。その通りになったのだよ。だから元を辿ればボクのお陰なのさ」

「微妙な気がしないでもないけど、確かにお茶会に行かなかったらこうはならなかったな。分かったよ、ありがとうな」

 あまりに素直で、直球の感謝。電志は論戦になると強かったりぞんざいな言葉使いだったりして、感謝の言葉なんか出てこないみたいなイメージがあるけど、実際はそんなことは無い。本当に素直なのだ。

 愛佳は思わずその素直さにイメージとのギャップを感じてしまい、鼓動が乱されそうになる。

 そんな時はつい気持ちと裏腹の言葉が出てしまうのだった。

「そんな仏頂面で感謝をされても嬉しくなんかないじゃあないか。もっと甘い笑顔で言ってくれたまえ」

「これは俺の普通だ。じゃあ嘘の笑顔作って言われたらお前は嬉しいのか?」

「嘘という言い方は良くないな。相手に合わせた笑顔と言ってくれたまえよ。ま、電志の場合たまに見せる笑顔がその分魅力的なんだけど。元が良いんだし」

「えっ……?」

 電志が戸惑いの表情を見せた。

 そして愛佳も思わず零してしまった自身の言葉に動揺した。

「えぁっ……?」

 何だか落ち着かないふわふわした雰囲気になる。これは違う。この空気は電志とシュタリーの間で作るべきもので、ボクと電志ではない。しかし、何故ボクはいきなり電志を魅力的などと言ってしまったのか。謎だ。

「な、何言ってんだよ……」

「いやそうじゃなくて……その顔をシュタリーに向けてあげれば良いって言おうとしたのさ」

 そう、ボクは応援者。電志がシュタリーとうまくいくように応援する立場だ。電志の初めての恋愛を傍から見て存分に楽しませてもらおう。

 しかし、自分は傍観者であると少々ムキになって立ち位置を決めているような気もする。気のせいかもしれないが。あくまでボクは傍観者で、電志とは同僚。いや敵だ。だって認めさせたらボクは出ていくんだから。そうだよね……? そうだろう?

 この時愛佳は初めて電志との関係を意識し始めた。


 気持ちを切り替え、全翼機の検討を開始。

 全翼機は宇宙戦闘機として実例が無い。

 ノウハウも無い。

 最初はふわふわした星雲の如く実感の湧かない状態。

 地球上での、しかも古い資料しかなかった。

「地球内での資料を調べてもどうなんだって感じもするんだよなぁ」

「でも既存が無いんだからしょうがないんじゃあないかい?」

「しかも資料の例が戦闘機じゃなく爆撃機という……」

 電志と愛佳が熱心に資料を読んでいく。

「うーん……この例では非常に高価だったと書いてあるのが恐いね。本当にコストダウンできるか不安になってきたよ」

「設計も困難だったんだってさ」

「なんか、簡単じゃあなさそうだね……」

「どうすっかな」

 電志は腕組して天を仰いだ。

 するとエリシアが余裕の表情を浮かべてやってくる。

「あら電志、調子はいかが?」

 絶対の自信を持った声だ。

 彼女の方は順調なのだろう。

「あんまり芳しくないな」

 正直に答える電志。

 愛佳はむぅ、と口を尖らせた。少しくらい見栄張りなよ。正直すぎる。

 エリシアはさも愉快そうに笑った。

「あなたも所詮はそんなものね。いつまでも理想だけではやっていけないわ。いいかげん割り切りなさいな。私達は戦果を数字として見るだけで良いのよ。それ以外は私達の範疇ではないでしょう」

 これを聞いて愛佳は思った。やはり電志は勝てない。エリシアは完全に設計というものを割り切っている。戦果至上主義。下手に優しさがあるよりよほど強い。

 電志は椅子の肘掛に頬杖をついて返す。

「どっかしらで死は避けて通れないものとして線引きは必要かもしれない。だが最初から割り切る必要は無いと思うぞ。自分達の仕事はここからここまでって限定するんじゃなくできる限りのことを俺はしてやりたい。後悔しないためにな」

「後悔なんか無いわ。だって仕方のないことだもの。心は設計に邪魔なだけ。論理だけで良いのよ」

「…………エリシア、お前ムキになって割り切ってないか?」

「何を言っているの? 私はより効率的な設計に目覚めただけよ」

 エリシアは涼しい顔で受け流す。

 そして杖から宝石を外し、宝石の中からお団子を取り出した。

 それを一口食べてほぅ、と恍惚の表情を見せる。

 電志はそれをジト目で見て言った。

「緊張すると甘いもの食べるクセ、変わってないな」

「なっ……! そそそそんなクセありませんわ! 私はただ和菓子が好きなだけです!」

 初めてエリシアがペースを乱した。

 まるで被っていた仮面にヒビが入ったようだ。愛佳はどうでも良いけどエリシアのクセを知っているとは電志は彼女と結構親密だったのでは? とか思ってしまった。それとも電志の観察力が優れているだけか。別にちょっと、ほんのちょっと気になるだけで他に意味はないけど。

 電志は溜息をついた。

「俺は極めて論理的に考えているさ。ただエリシアとは方向性が違うだけで」

「…………あなたは間違っているわ。絶対従わせてみせる」

 エリシアは毅然とした態度に戻ると捨てゼリフのように言って立ち去っていった。

 ペースを乱された後なのでやや無理をしているように見えた。

 愛佳は微妙に釈然としない気持ちになった。どうも自分的にはエリシアの方が正しいように見えるのに、電志の方が余裕がある。違和感。何故?

 電志の考えはいまだに掴み切れないところがある。電志班に入る前は『何考えてるんだか分からない』という評価だったが、それは今でもやはり払拭できていない。単に自分の思慮が足りないだけかもしれないが。でも見ている世界が違うのかと思うと、それは少し寂しい。電志はちょっと頭が良すぎるのだ。

 電志は愛佳に目を戻すと提案した。

「全翼機の製造工程について専門家の意見も聞いてみるか?」

「そうだね、聞いてみようじゃあないか」

 自分の考えているあれやこれやを気取られないように愛佳は普通を装う。

 愛佳は肝心なところは隠す性格だった。


 翌日、宇宙機開発部、通称〈DDS〉。

 格納庫に隣接し、壁や天井はクリーム色。

 床は赤茶のカーペットが敷かれた部屋だ。

 壁沿いには沢山の機材や大型のモニタ等が並んでいた。

 愛佳と電志はここを訪れ、〈DDCF〉との窓口を務めるゴルドー・ブラキオーレと会話していた。

「ゴルドー、全翼機って作るとしたら難しいかな?」

 電志の問いにゴルドーは目を丸くする。

「全翼機?! 何だってまたそんなモノを?」

 丸顔で黒の野菜ヘア、眼鏡。

 それがゴルドーの特徴。

 愛佳達と同学年。

 ゴルドーはその丸顔いっぱいに驚きを見せた。

 前例が無いので当たり前だ。

「コストダウンの一環でさ、今までと違った形状の機体を作れればと思って」

「ああコンペのことねぇ……お前さんまたなんかとしてるのか?」

 そう言ってニタリと口の端を上げるゴルドーはマフィアの下っぱみたいだ。

 声の調子もややそれっぽい。

 そんなゴルドーと淡々と話す電志はマフィアの下っぱに情報をもらいに来たちょっと影のある男っぽい。

「俺は今まで何かやらかしたことなんて無い。単純に良い機体を作ろうとしているだけさ」

「電志、それは違うだろう? エリシアさんとコンペで勝負してるんじゃあないか。ゴルドー聞いておくれよ。電志ったらボクとキスするためにコンペで勝つとか言い出したんだよ」

 愛佳はすかさずチャンスだと思って茶々を入れる。会話とは楽しむものだ。それは主義と言っていい。電志をいじれればなお良し。

 ゴルドーもよく分かっているようで、くっくとマフィアらしく笑った。

「そうかい電志も愛佳の色気にゃあやられちまったか。しかしコンペでエリシアに勝つなんざ難しいったらないぜ? 電志は質を落としてコストダウンなんざやりたかねえだろう? それだったらまずもってコンペで優勝はできねえ」

「何で俺が色気にやられるとかいう話になるんだ。エリシアと勝負するのに倉朋のキスが目的という話の時点でおかしいと思わないのか?」

「思わないねえくっくっく。だってその方が面白いじゃねえか」

「ゴルドー分かってるぅ! それに電志、ボクと約束したのも確かだろう?」

 さすがに二対一なら電志もどうにもならないようだ。

 額を押さえて頭が痛そうにする。

 主導権を握れて愛佳はすこぶる気持ち良かった。

「あぁーもう、なんなんだお前らは。話が進まない。とにかく全翼機について〈DDS〉の見解が欲しい。製造工程でコストダウンができそうかどうか」

 そうさなぁ、とゴルドーは顎をいじる。

「…………〈DRS〉次第かな?」

「〈DRS〉?」

 電志が聞き返した。

〈DRS〉はまた別の部署だ。

 研究部門である。

「いや、はっきり言っちゃえばその見た目の物を作れって事なら今の技術なら楽なのよ。今作ってる戦闘機より外形が単純でしょ? そもそも相手が相手だけにステルス性を追求する必要も無いし、安定性も今の電子制御なら楽勝だし。内部にどこまで拘るか、くらいじゃない?」

 思ったよりもあっさりとしたものだった。

 要約すれば、〈DDS〉の見解は『んじゃない?』だ。

〈DDCF〉で考えていたより難しくないのかもしれない。やはり専門家に訊いてみて良かった。〈DRS〉の見解も気になるところではあるが。

「ステルスがあっても敵は感知してくるから無駄だな。俺達の挙げた問題点は、古い資料だからこその問題だったか。分かった、ありがとう。んで、今は〈DDCF〉に何か要望とかあるか?」

 電志はそうしてしばらくゴルドーと話す。

 電志はいつもの仏頂面だがゴルドーはよく笑う。

 ゴルドーも電志に対して悪い感情は持っていなかった。

 愛佳は電志班に入ってすぐの頃、ゴルドーが随分電志と楽しそうに話すので『怖くないの?』と尋ねてみたことがある。

 そうしたら『全然、だってあれがあいつの普通だから』とあっさりしたものだった。

〈DDCF〉での悪い噂も知っているか訊いてみたが、知ってのことだった。

『あいつは〈DDS〉では評判良いぞ。〈DDCF〉だとライバルってところがあるからうまくいかないんじゃねえの? ウチらは部署が違うからライバル意識も無いし、素直にあいつの凄さには感心しているよ』とゴルドーは笑顔で言っていた。

 愛佳はそれでもそんなものなのだろうか、と疑問を持っていたが、ゴルドーは『近くであいつを観察してみりゃあその内分かるんじゃないの?』という感じで終始電志をベタ褒めだった。

 会話に区切りがつくと、電志はそれじゃ、と手を上げて出口へ向かう。

「じゃあな電志、キスのために頑張れよ!」

 ゴルドーの激励に電志はうるせーと背中越しに悪態をついた。

 愛佳も手を振ってから電志の後を追った。

 愛佳はふとこのゴルドーと『別れる』事象について思った。話した後は別れる。別部署だから。帰る場所、居場所も違う。共有する時間も同じ部署と別部署では違う。クラスが違う友達とか、部活が違う友達とか、そんな感じだろうか。同じクラスの友達と隣のクラスの友達、どちらをライバル視することが多いか。バスケットボール部は同じ部活の中ではライバルだらけだろうけど、わざわざサッカー部や野球部の者をライバル視するだろうか。

 別部署……だからライバル意識が無いとゴルドーは言った。そうか。一つ分かった。ゴルドーとボクでは。〈DDCF〉の立ち位置と〈DDS〉の立ち位置では、電志という人物像の捉え方が全く違ってくるのだ。

 電志の背中を見て思う。ボクも、〈DDS〉の人間だったら電志をライバル視しないで済んだのか。そうだよなあ。ライバル視する要素が見当たらないもん。

「どうした、置いていくぞ」

 電志が振り返ってそう言った。

 愛佳は胸の内のごちゃごちゃした気持ちを悟られないよう満面の笑顔を作った。

「電志はボクにベタ惚れだから置いていけるわけがないだろう?」

「あほか……」

 電志はスタスタ歩き出し、愛佳は慌ててそれを追った。

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