第11話
突然の通話要請。
ナキからだ。
「さあさあ、その通話が解決の糸口になるハズだよ。早く出るんだ」
愛佳が得意気な顔で促してくる。
電志は額を押さえた。どう見ても偶然なのに自分の起こした奇跡みたいに言うんだもんなあ。もう真面目にとりあうのが馬鹿らしい。
そして通話要請に応じる。
『電志、今ヒマ?』
「暇というほどじゃないが」
『じゃあ時間作って!』
最初の質問に何の意味があるんだろう。ゴールが一つなら最初からそう言えばいいのだが。だがナキは『そういう遠回りな会話が美徳』などと信じているタイプではない。単純に分かっていないのだろう。
「用件による」
『あ、今着いたから用件は〈DDCF〉に入ったら話すね!』
「……は? おい」
プツッ……通話終了。
そして〈DDCF〉の入口が開いた。
ナキが十人くらいの女の子達を連れて入ってくる。
電志は唖然とした。この通話は何のためにしたんだろう。このハチャメチャ加減は全く理解不能だ。
ナキはブラックボックス、何が起こるか分からない……それが電志の評価だった。
「電志、一年生がそろそろデビュー戦だから顔合わせに連れてきたよ!」
元気いっぱいに手を振るナキはまるで小学生のようだ。
電志は何だか大声で名前を呼ばれて目立ってしまうのが恥ずかしくなった。
「ナキ、皆仕事中だから少し声を抑えてくれ」
「え、何で? いつも帰還挨拶の時は何も言わないのに」
「それとこれとは違うだろう。〈TPO〉って言葉は知ってるか?」
「なにそれおいしいの?」
「……もういい。分かった顔合わせだな」
分からないことがあるととりあえずおいしいかどうか訊くのはやめてくれ。何でも口に入れたがる幼児みたいだ。これで〈DPCF〉きってのエースパイロットというのだから不思議である。いや、こんなナキだからこそその感性が戦闘に役立っているのかもしれない。戦闘という極限の世界では一瞬一瞬が生死を分ける。そこでは頭だけではどうにもならないことが多い。感覚や本能、勘が支配する世界だ。
「じゃーん! 【スクーラル・スター☆】の新人でーす! じゃあ君から自己紹介して!」
ナキが指名すると、一年生が端から自己紹介していく。
それぞれがまじまじと電志の顔を見ながら周囲と耳打ちして盛り上がっているが、電志は気にしないことにした。何でか知らないが女というものは初対面の男をじろじろ見て周囲と盛り上がる。俺は見世物じゃないんだが。
自己紹介には複雑な思いがある。〈DPCF〉の一年生はデビュー戦の前に顔合わせに来てくれるが、顔と名前を覚えた方が良いのか判断に迷うのだ。何故なら、デビュー戦のあと帰ってこない者もいるから。なるべく覚えない方が悲しまずに済む、でもだからこそ覚えてあげる方がはなむけになるのではないのか。
これには答えが無い。自分で決めるものだ。無理に決めなくても良いと思っているので、抱えたままであるが。
全員の自己紹介が終わると、唐突にナキが最後の娘の肩をがっしと掴み、極めて朗らかにこう付け足した。
「あのね、この娘電志のことが好きなんだって!」
電志は一秒くらいしてから。
「へっ?!」
衝撃の不意打ちだった。
突然のことに理解が追い付かない。
ナキが肩を掴んだのはシュタリー・アラードという女の子。
ショートボブの金髪で大きな琥珀の瞳を持ち、背が低い。
顔を真っ赤にしてナキに抗議しているサマはハムスターだ。
「あ、ああちょっと先輩、違いますよぉ! どんな人なのか興味あるってだけでぇ!」
ちょっと舌っ足らずな感じの可愛らしい声だ。
「興味アリアリってことはそれはもう好きってことだよ!」
「アリアリってやらしい言い方しないで下さいぃ!」
あたふたするシュタリーを見て電志は照れに照れた。
こんな経験初めてである。
哀しい事にモテたことが無いほど、こんな些細なことでもモテ期が到来したのかと幸せ成分で頭がスパークしてしまうのだ。
遂に俺も冬が明けるのかと。
隣からは愛佳が肘でつついてきた。
「電志、ボクやエリシアさんがいながら年下にまで手を出したのかい? ああ分かっているとも、『俺にそんなつもりはない』とかなんとかもっともらしいことを言うつもりだろう?」
電志が主張しようとしたものが先回りで言われてしまった。この流れで『俺にそんなつもりはない』と主張すると、本当は正当な理由なのにとたんに嘘臭く聴こえてしまうだろう。先回りして正当な主張を潰すとは、何でこんな時だけやけに頭が回るのだろう。
しかもそれを聞いた〈DPCF〉一年生達がきゃーきゃー騒ぎ出す。
電志はこのノリが苦手だ。きゃーきゃー騒ぐ前に真相を確かめろ、と思う。本当のところは倉朋は超絶メンドクサイ同僚、エリシアは一方的に敵視してくるライバル、それにシュタリーとは初対面だ。真相が分かっていれば何も盛り上がる要素が無い。
そんな思いをひとまとめにして、電志は溜息をついた。
「何でこんなことで盛り上がれるんだ……」
それを見て愛佳はちっちっと指を振った。分かってないなぁ、という感じ。
「女子にとって一番の娯楽なのだよ。諦めたまえ」
諦めろと言われてもネタにされる側としてはいい迷惑である。
電志は思う、俺に恋は似合わない。別に設計と結婚するつもりはないが、自分に誰だったら合うのかが想像できないのだ。第一に〈DDCF〉内で流れているような噂を信じるタイプは、表層しか見ないから本質にしか興味の無い自分とは合わないだろう。設計に取り組む姿勢で言うならば、きちんとした論理に基づいて理に適った機体が作れること。倉朋は思い付きで感情論だから違うし、エリシアは論理的ではあるがパイロットのことを考えていない。パイロットのことを考えるのが最も理に適った設計であると気付いていないのだ。こうして論理で考えていくと、俺に合う人なんていないんじゃねえのか。自分が変だというのは自覚しているので、それは周囲の責任ではないが。単純に自分のせいだが、曲げるつもりはない。
そうこうしている内に、ナキはシュタリー以外の一年生を帰らせた。それから一つ提案があるという。
「四人でお茶行こうよ」
「お茶?」
電志はよく分からないが、ナキだけでなく愛佳もいいからいいから、と言うので渋々従う。コンペの方もあまり良い状況ではないので、気分転換に良いかと思った。
〈DDCF〉を出て二分歩いた所にある喫茶店に入った。
明かりは白でなく黄系で温かみを出しており、木や煉瓦の模様も壁に投影されていて大人の雰囲気があった。
電志の横にシュタリーが座り、何だかもじもじしている。
ハムスターみたいで可愛らしいのだが、電志もそれだと落ち着かない感じになった。
愛佳がマイクを向けるようにシュタリーに問い掛ける。
「で、君は電志のような朴念仁で生真面目で面白みが無くて甲斐性無しで鬼畜で不良のどこら辺が気に入ったんだい? 主に鬼畜なところかい?」
「お前は俺がそんなに嫌いなのか?」
電志は渋面で抗議の声を上げた。
しかしそれはナキの絶妙な言葉で潰される。
「電志ってそんないっぱい特技があるの? 羨ましいなー」
「羨ましがられる要素が一つもねえよ。ナキはシゼリオがいないと本当に心配だな」
「えっ……いやシゼがいなくてもあぁあたし、大丈夫だよ! あたしこう見えても、しっかりしてるんだからねっ。むしろあたしがシゼを支えてるんだよ!」
妙に狼狽し始めたナキ。さすがに誰か保護者が必要というのは反発心が許さないのか。
「ナキがシゼリオを支えているのか……本人が聞いたら頭を抱えそうだな」
「もうあたしとシゼのことは良いのっ! それよりシュタリーは電志の鬼畜なところに惚れたんだっけ?」
「いえ、そこではなくてぇ……」
シュタリーが頬を染めながらインタビューに応える。
電志はせめて鬼畜は否定しようよ、と心の中で突っ込みを入れた。このお茶会は俺を袋叩きにするために開催されたのか?
ふむふむ、と愛佳とナキが興味に目を輝かせる。
シュタリーはおずおずと画面を出した。
いくらか操作すると、映像記録の一覧が表示される。
そしてある題名の所に彼女が指を伸ばそうとした。
題名は『電志先輩の伝説』とある。いかん、これは悪い予感しかしない。
電志は咄嗟に制止した。
「ちょっと待って。何かこれはマズイ気がする」
「えいっ」
しかし愛佳がそのマズイ気配に歓喜を覚える悪魔だったので、シュタリーの代わりに映像の再生を開始してしまった。
映像の中には、新入生の電志や愛佳が映っていた。
『〈DDCF〉にようこそ、名前を読み上げたら立って一言よろしく。アイカ・クラトモ』
『はい。本日付けで〈DDCF〉に配属になりましたアイカ・クラトモです。未熟者ですので先輩方にはご迷惑お掛けするかと思いますが、ご指導ご鞭撻の程宜しくお願いします』
パチパチパチパチ。
『次、デンシ・レン』
『日本式ではファミリーネームを先に言うんだよ! レンジ・デンシだ分かったか!』
しーん…………ざわざわざわっ!
『オー、サムラーイ……』
終了。
一年の、初めて〈DDCF〉に来た時。
電志の封印したい伝説だった。
このせいで『サムライ』が長らく渾名になってしまったのである。
入って早々先輩達に啖呵を切ったサムライとして噂されるのは死ぬほど恥ずかしかった。
「わた、わたし、おサムライさんカッコイイって思ってぇ……!」
シュタリーはもじもじしながら絶賛である。
「いや、あのこれはだなちょっと意味が違うんだが言ってもややこしくなるだけだからまあそういうことにしておこう。ある意味侍魂だ」
「それに、優しいところも良いと思いますよぉ」
『ええっ?!』
電志だけでなく愛佳もナキも驚愕する。
「俺が優しい?」
初対面の人間にそんなことを言われるのは予想外だった。それとも自分が忘れているだけで過去フラグがあるのだろうか?
するとシュタリーは満面の笑みで語った。
「電志先輩の設計した機体は生還率が高い、それはわたし達を守ってくれているということです。守ってくれるというのは、優しいってことですよぉ」
何だか意外だった。そんな風に見てくれているのか。まだ出撃したわけでもないのに。
それでも電志は機体が褒められた気がして嬉しくなった。
「ああそうだよね!」「えー……?」
ナキと愛佳が全く違った色の声を出す。
電志は愛佳に非難の声を上げた。
「コラそこ、どうしてそんなに天邪鬼なんだ」
「そうだよ、本当は電志は優しいよ、うぅ……毎日毎日ボクは泣かされて、うぅ……」
心底ムカツク演技だ。そんなにシュタリーに俺の悪いイメージを刷り込みたいのか。面白半分でやるにはタチが悪い。
しかしシュタリーはそんな二人を見て意外なことを口にした。
「電志先輩と愛佳先輩って仲良いんですねぇ」
「そうだよ、分かるかい?」「えー……?」
愛佳がにこにことし、電志は怪訝な顔をした。
今度は愛佳が非難の声を上げる。
「コラそこ、どうしてそんなに天邪鬼なんだい?」
にやにやと人を挑発する顔をしていた。さっき言われたから返してやろうと思っただけだろう。言われたから言い返すという思考回路は本当に幼い。成長してくれ。
「いいなぁ、わたしもそういう仲になりたいなぁ」
シュタリーは手を頬に当てて目をきらきらさせていた。どこが、と電志は疑問だった。
ナキがそんな光景を見て頬を膨らませた。
「これじゃ電志とシュタリーのためにお茶会したのに電志と愛佳がラブラブじゃん! 電志のドスケベ!」
「そんな言葉をどこで覚えたんだ。絶対意味分かってないだろう」
「しし知ってるもん! 子供達がよく食べるおやつの……愛佳、言ってやってよほら!」
「ボクはそんな言葉生まれて初めて聞いたよ」
涼しい顔でそんなことをのたまう嘘つき。
ナキは羞恥に頬を染めるが、それが意味を分かっているからでなく本当に分かっていないからこそのものだというのが残念だ。
「もうドスケベはどうでも良いよ。それでね、デビュー戦はコスト低減コンペの後になると思う。優勝した班はその機体を担当チームに配って、実証試験として実戦投入するんだって」
「一応優勝できなかった班もコンペ用に作成した機体を数機の導入はすることになっているらしいな」
どの班も自分の担当チームにコンペ用に作成した機体を数機導入する。
それだと新人に機体が行き渡らない。
その時点で機体を持っていない新人は、優勝班の機体の実証試験が済み次第その機体を量産して支給してもらうことになっている。
「電志なら優勝できるよね!」
「いや、下手な機体作って優勝しても意味が無いから、相当難しいな。何か新しいアイデアが無いか模索中だ」
「電志それは違うよ。アイデアじゃなくて『アイディーア』だよ!」
愛佳が無駄な所で突っ込みを入れるので、電志は無視した。
そうしたら手をつねってきた。いってーなガキかお前はっ。
するとシュタリーが電志の腕を引っ張った。
「む~わたしとも仲良くしてほしいですぅ」
「俺と倉朋をどの角度から見れば仲良く見えるんだ」
それから腕に胸が当たっている。けっこう大きいな……
「全部ですぅ。だって本当に仲良くないならそうやってじゃれあったりしないですもん。二人ともなんだかんだで悪く思ってないハズですよぉ」
意外なことに電志はハッとした。
なんだかんだで悪く思っていないのは事実だ。いちいち感情論で、いちいち無駄な会話で、でも、そんな倉朋とは何となくやっているじゃないか。いやだからといって仲が良いか? 悪くはないけど。
そう思うと、電志にとって愛佳の立ち位置がよく分からなくなってくる。
この時電志は自分と愛佳の関係について初めて意識した。
「ふふ、それならボクとシュタリーはライバルだね。いや『ライヴァル』と呼ぼうか」
愛佳の言葉に電志は白い目を向けた。全くそのつもりがないのに面白そうというだけで参戦してくんなよ。俺に好意的な女の子なんてレア中のレアなんだぞ。
そんなことを思いつつ、愛佳の参戦は嘘でも嬉しい気持ちがどこかにあった。
それなら、とシュタリーが意気込みを見せる。
「わたしが何かアイデアを出します。わたし意外と戦闘機はマニアックなんですよぉ。ほら、昔集めたSFの戦闘機のカタログですぅ」
画面にはアニメや映画などの戦闘機がカタログ表示された。
シュタリーは腕を絡めたままぐいぐい体を寄せてくる。
電志はやや困惑した。この娘は舌っ足らずで積極的……甘え上手な性格なのかもしれない。
ただ、そのカタログは見ていて面白いものではあった。
現状の機体とは全く異なる形状のものが多く、新鮮な気分にさせてくれる。
「ああ、なかなか良いじゃないか」
「こういうものの中から何か作ってみるのも良いかもしれないですよぉ」
「そうだな……」
電志は顎を撫でながら言う。これは名案かもしれない。
次々と色んな機体を流し見していく。
そして、ある所で急に目が離せなくなった。
思わずあ……と声を漏らす。これって、この形って……コンペに使えるかもしれない。
一つ気になる機体があった。
それは昔のSF映画で登場した機体。
だが主人公などが乗るごついものではなかった。
一般兵が乗るような量産機である。
のっぺりしたブーメラン型をしていた。
だがこれが良さそうなのだ。
コンペで設計する機体としてはこれ以上無いほど魅力的。これは良いんじゃないか? いけるんじゃないか? 既存機でダメな部分が、これならいけるかもしれない……!
愛佳はそんな電志の様子に気付いたようで、身を乗り出してくる。
「……何か閃いたのかい?」
まあそんなところ、と電志は頷いた。
そしてシュタリーからカタログのデータをこちらへ送信してもらう。
いても立ってもいられない。
それだけ電志は設計に熱心な人間だ。
閃いたらすぐそれを形にしたい。
頭の中がそれでいっぱいになった。
そうしてお茶会はお開きになった。
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