第13話

 二人は宇宙機研究部、通称〈DRS〉に訪れた。

 ここは実験施設に併設された建物で、作業者の机は全て壁際に寄せられていた。

 部屋の中央は仕切り板の付いた会議ブースが幾つも並んでいる。

 割と来客があるようで、あちこちのブースから話声が聴こえてきた。

 電志達もブースの一つにいる。

「やあ電志に愛佳、調子はどうだーい?」

 カイゼル・ブレデリフ、ゴルドーと同じく同学年だ。

 茶髪のツンツンヘアで眼鏡を掛けている。

〈DDCF〉との窓口役。

 声も口調も、底抜けに飄々としていて、軽い。

 愛佳は以前少しはカイゼルのことを見習ったらどうだと電志に言ったのだが、『俺が軽いノリになるのを想像できるか?』と問われてやめた。確かに想像できないね。


 電志は早速質問に入る。

「微妙なところだ。カイゼル、ちょっと相談したいんだけど。カイゼルは全翼機について分かる?」

 するとカイゼルは指をちっちっと振って片目を瞑った。

「電志、ノンノン。単刀直入はダメダメ。もっと会話は楽しまなきゃ。そうだね、僕に相談したいならギブアンドテイク。電志が僕を楽しませてくれなきゃダメだよ」

「……何で俺の回りにはメンドクサイ奴が多いんだ」

 電志のもの言いに愛佳はすかさず反撃する。

「それってまるでボクがメンドクサイみたいじゃないか。ボクじゃなくて電志がメンドクサイんだよっ」

 めいっぱい頬を膨らませる愛佳だが電志ははいはい、と相手にしない。

「その小学生みたいな反応がメンドクサイんだよ。んでカイゼル、俺に何をしてほしいんだ」

 するとカイゼルは大仰に横を向き、頬杖をついて顎を弄った。

 仕草は全て胡散臭い。

「そうだねぇ……じゃあ君の隣に座る麗しいレディの愛佳に告白してみてよ」

 電志が特大の溜息をつくのを見て愛佳はいたずらを思い付いた気持ちになった。

「さぁ電志、カイゼルから情報を訊き出すにはボクに告白するしかないようだよ? じゃあ告白してみようかさぁさぁさぁさぁ!」

 これでうろたえる姿を見てやろう。そのくらいの気持ちだった。

 しかし。

「好きだ」

「えっ……?」

 不意打ち。

 愛佳の頭が真っ白になる。

 電志は即カイゼルに向き直った。

「はい告白した。これで良いんだろ? さっさと話を」

「コラァ――――――――――――――――――っ!」

 愛佳は顔を真っ赤にして電志の頬をつねった。

「いってーなにすんだよ!」

「それはボクのセリフだよ! なんてことを言うのさ!」

「お前が告白しろと言ったんだろうが」

「いや言ったけど……そんな、そんな事務的なのは酷いじゃあないか!」

 今愛佳は自分の心音が知られないかとひやひやしていた。事務的なのにちょっと嬉しかったのが何だか無性に腹立たしい。ムカツクムカツク、ムカツク!

「情報を訊き出すためなんだから事務的に決まっているだろう」

「もー電志の無神経! カイゼル、こんな気持ちのこもってないのダメだよね?」

「いやぁ面白かったから良いよーん。レディ愛佳がこんなに慌てるなんてごちそうさまだね」

 どうやらカイゼルは味方ではないらしい。

 常に飄々としていて独自の基準で判断するのでよく分からない。

 くそーと思って愛佳はぷいと横を向き、ふてくされた。

「じゃあ話を戻そう。カイゼルは全翼機について分かるか?」

「そこまで分かってる訳じゃないけどー、どんな事?」

 電志はこれまでの事を説明する。


 するとカイゼルは額をぽりぽり掻きながら質問してきた。

「戦略爆撃機を作りたいの?」

「いや、戦闘機だよ」

「排気温度を下げる構造とか必要?」

「不要だね」

 それなら、とカイゼルは回答を示した。

 選定するエンジンで機体の厚みが変わる点、それから【光翼】をどう内蔵するのか、という点。

 そこだけ気を付けて欲しいという事だった。

 逆に言えば、他は現時点で問題が見当たらない、という見解。

 想定していたよりも現実的な事が判明。

 機会があれば作ってみようという話になった。

 そして、帰り道。

 電志はぽつりと言った。

「その……ごめんな。無神経だったか」

 愛佳は機嫌を損ねていたことなど忘れたように、上機嫌になった。

「さぁ、戻って弁当を食べようじゃあないか! 今日も作ってきてあげたよ」


 シャバンは今日もイライナと昼食をとっていた。

 食堂はいつも通りの人の入りで喧騒に包まれている。

 周囲からは人気アイドルグループの新曲の話や誰が誰と付き合い始めた、といった話がBGMとなって流れてきていた。

「ねえシャバン、コンペの様子はどう?」

 イライナのそわそわは治っていないようだ。それだけ不安なのだろう。ここは不安を増長させないよう穏やかな声の方が良いかな、とシャバンは考えた。

「順調だよ。エリシアさんが頑張っているから、結果も期待できそう」

「そう……そう、なんだ…………それで、コンペで優勝したら、ウチのチームで実証試験するって本当?」

「うん。イライナのいるチームだけじゃないけどね。ウチの班は五つのチームを担当しているから、そこで」

「各チーム十人ずつ新人がいるとすると……五十機? そんなに沢山で実証試験するの?」

 何だか縋るような切実さだ。

 一つでも良いから糸口を見つけたい、という感じ。

 どこら辺が彼女をここまで不安にさせているのだろう、とシャバンは不思議に思った。既にウチの班に任せておけば大丈夫、と伝えた気がするんだけど。イライナはプレッシャーに弱い娘だっただろうか? 中学校の終わりに受けた部門試験(高校受験)は……そういえば、一週間前から熱を出したり腹痛を起こしていたりした気がする。そうか、プレッシャーに弱いのかもしれない。

「ああ、そう言えば。普通二十機もあれば試験としては充分だよね。どうしてだろう」

「それさあ、二十機に減らしてもらうよう言ってよ。それでウチのチーム以外で試験することにしてくれない?」

「ああ……うん。言ってみるよ」

 シャバンは釈然としない気持ちながら表情には出さなかった。

 まるでコンペの機体を嫌がっているみたいだ。面と向かって言われると傷付くのだが。イライナはコンペの機体を何か勘違いしているのではないだろうか。性能は最新機体から下がることはない。〈集中防御方式〉を採用し、致命的な箇所はしっかり防御力を確保する。防御力を下げるのはその他の捨てても良い部分だけだ。コストダウンしたからといって粗悪品を作るわけではない。

 だがここで熱心に説明するのも面倒だ。なるべく否定しないのがコミュニケーションを円滑にするコツである。彼女を否定せず、とりあえずエリシアさんに言うだけ言ってみよう。

 イライナはいくらか表情を和らげ、それから更に訊いてきた。

「電志班の状況は……シャバンは知ってる?」

 何でそんなことを訊くんだろう、と思いつつシャバンは答える。

「芳しくないとか言っていた気がするよ」

 珍しくエリシアが電志にペースを乱されてしまっていた時、実はシャバンもその場にいた。気配は消してエリシアの斜め後ろに佇んでいたが。エリシアが戸惑う姿には思わず可愛いですねと言ってしまいそうになった。身の振り方はわきまえているので決して口に出さなかったけど。エリシアのペースを乱すとは、電志とはいったい何者なのだろうか?

「そう……なんだ」

 気落ちして俯くイライナ。どうしたのだろうか。電志班がうまくいっていないと何か都合が悪いのだろうか。そう言えば前回も電志班のことを気にしていた気がする。

「電志班が気になるのか……イライナって電志班と接点あったっけ」

 するとイライナはわたわたと手を振った。

「え? いやいや、何でもないよっ」

 その仕草は恋する乙女チックだ。え……恋?

「……えっと、まさか……好きになっちゃったとか、そういう……?」

「え? えと、まあ…………うん。そんなところというか……」

 観念したように白状するイライナははにかんだ。そういうことだったようだ。

「なんだそういうことか。早く言ってくれれば良かったのに」

 シャバンはちょっと残念なような、それでいて送り出してやりたいような気持になった。そうだ、あのボクっ娘と会話してみたいと思っていたから、ボクっ娘を通じてあの男の情報を得るのも良いな。

 心の中でニィッと口の端を歪める。イライナの恋を利用してやる。これであのボクっ娘に近付けるぜ。人の恋路なんぞどうでも良い、せいぜい役に立ってもらうぞ……!

「あはは、ごめんごめん」

 照れ笑いを浮かべるイライナにシャバンは薄く微笑んだ。

「そういうことならするよ。それとなく探りをいれてあげる」

 昼休憩が終わろうかというところで館内放送が入った。

 襲撃のようだ。

 イライナは出撃する必要はないが待機しなければならないため、解散となった。


〈DDCF〉に戻ると、シャバンはイライナに尋ねてみた。

「イライナさん」

「なに?」

「コンペで優勝したら、実証試験ってウチの担当チームの新人全員で行うんですか? 五十人くらいいるんですけど」

「そりゃそうよ。新規機体と言っても既存を弄っただけよ? 問題が出るハズが無いわ。どうせ量産するんだから最初から五十機くらい作っても良いでしょう。安いんだし」

「ですよね」

 エリシアの説明には納得できるので、シャバンはそれ以上訊かなかった。

 既存機をベースに作るから安定性は既に保証されているようなものだ。

 実証試験は形式だけ行うもの。

 何も問題は起きないだろう。

 設計士の一人がエリシアに声をかけたので、シャバンはそこで会話を終了して周囲に目を向けた。

 隣の班・電志班が視界に入る。

 どうやら電志はいないようだ。

 そうだ、と思いシャバンは立ち上がる。ボクっ娘だけがいる今がちょうど良い。

 静かに歩いていく。ただ、どう声をかけたものか。

 しかし近付いた所で向こうがたまたまこちらを見て、視線が合った。

 とりあえず微笑みを浮かべて会釈をする。

「おや、君はエリシアさんの隣にいた……」

「召使いみたいなものです」

 おどけた感じでシャバンは言ってみる。

 まずは自虐ネタで様子を見るのだ。

 下手に出た方が仲良くなりやすい。やはりボクっ娘の表情が和らいだ。

「エリシアさんの雰囲気ならそういう人がいても不思議じゃないもんね。それなら執事と言った方が良いかもしれないな」

「執事で召使いです。それからマスコットみたいなものですよ」

 呼び方など別にどうでも良い、とシャバンはてきとうに並べ立てた。

 すると愛佳はふふっと笑った。笑いが取れればもう大丈夫。

 シャバンは電志の椅子に腰かけた。

「それで、何か用かい?」

「そうですね……敵情視察です」

 なるべく相手の意表をつく。その方が相手が興味を向けてくれる。真正面から敵情視察に来るバカはいないため、ちょっとした笑いは誘えるかもしれない。

「へぇ、それは堂々としているじゃあないか」

 上々の食いつきだった。話の分かる相手で良かった。

「いやあ、ドキドキしていますよ」

 そういって思わせぶりな笑みを向けた。そうすれば大抵は好意的に受け取ってくれる。

「なかなか君は面白いじゃあないか。聞きたいことは何でも聞いてくれたまえ」

 愛佳は完全に上機嫌でシャバンを迎え入れた。

 シャバンはやはりな、と思う。このボクっ娘が学年一位の成績なのは知っている。成績が良い人は察しが良い場合が多いので、思わせぶりな言葉や思わせぶりな仕草をしていれば後は勝手に察してくれる。予想より反応が良ければ儲けものだし予想より反応が悪ければこちらが態度をちょっと変えれば良い。そうすれば大体うまく付き合える。こっちにそんな気がなくても『こいつよく分かってるじゃないか』みたいに勝手に思ってくれるので楽だ。実際こっちはそんなに深く考えてはいないのに。

 聞きたいことは何だったか。

 そんなことをぼんやり思いながら、興味は無いが電志班の状況を訊いてみる。

 するとシャバンが思っていたより状況は変化していた。

 昨日は芳しくないと言っていたのが今日は好転したのだそうだ。

 ただ、具体的な内容になるとはぐらかされた。

 どうやら何でも聞いてくれと言いつつ核心は隠すというしたたかさも持っているようだ。ますます好ましい。

 しばらく話したところでシャバンは本題を切りだした。

「ちょっとがあるんですけど」

「相談? ボクにかい?」

「愛佳さんじゃないと駄目なんです」

 シャバンはやや真剣な表情を作って、言った。『あなたじゃないと駄目』は頼られたい人ほど効果が高い。確かこのボクっ娘がよく電志にいじめられている光景を目にする。班の中であまり頼られていないのではないか。日常的に頼られていないのなら、頼られたい欲求に飢えていてもおかしくない。

 愛佳の反応は予想以上だった。

「おおおおおぅ……ボクじゃないと駄目なんだね? ははぁ君は見る目があるね。電志とは大違いだ。ボクが何でもぱぱっと解決してあげようじゃあないか」

 よほどうまくいっていないのか……とシャバンは苦笑してしまった。

 そして自分の予想通りだったと内心で満足する。人間なんてそんなにパターンがあるわけじゃない。僕のように遠目から観察している感じでいれば、大体のことは分かるのだ。

「僕の幼馴染でイライナっていう女の子がいるんですけど、その娘がどうやら電志さんを好きになってしまったようで……はは、既に彼女がいたりしますよねぇ?」

 どうせいないだろう、と内心では思いつつそんなことを言う。こういう訊き方をした方がぽろりと本当のことを教えてもらえるものだ。

「いや、あの鬼畜で激ニブで鬼畜な電志にいるわけないじゃあないか。今は奇跡的に候補がいるけどね」

 シャバンの思惑通り愛佳が情報を渡す。

 これ以上のことは〈DDCF〉内で話すのははばかられるので、二人で近くの喫茶店へ移動することにした。


 喫茶店から戻ってくるとシャバンは愛佳と手を振って別れた。

 電志の情報を聞くはずだったが結局愛佳の方に興味が向いたので彼女を分かろうと努めるばかりだった。電志の情報は意外に優しいとか仏頂面だけど怒っているわけじゃないとか、どうもこちらの見立てと違う気がする。イライナに悪いイメージを与えないようてきとうなことを並べているだけかもしれない。興味も無いのでイライナにはそのまま伝えよう。

 それよりも愛佳だ。あのボクっ娘はとても笑顔が良い。電志の前では何だかいじめられていたり言い争いをしていたり、あの笑顔は引き出せていない気がする。これはまったくもってもったいない。僕ならいくらでも笑顔が引き出せるのに。いやむしろ、あの笑顔は僕のためにあるのではないだろうか。違うな……僕のためにあるべきだ!

 シャバンの目はだんだんと狂気の色を帯びてきていた。

 愛佳の笑顔が脳内を埋め尽くしていき、不思議と気持ち良くなる。

 止められない衝動が湧き上がってきて息遣いも荒くなる。

 あのボクっ娘をいつまでも電志班に置いておくなんてもったいない。これは罪だ。彼女は電志班を出たがっているに違いない。タイミングを見てサントス班に引き抜くべきだ。それまで会話を重ね、仲良くなっておこう。このコンペは絶好のチャンス。電志はエリシアに打ちのめされ、自信を失うだろう。そうしたらあのボクっ娘もすんなり引き抜きに応じるのではないだろうか。

 そんな考えにふけっていると、エリシアから厳しい声が発せられた。

「シャバン、休憩にしては長いわね。無駄にサボるなら減点対象よ」

「……すいません。ですが電志班の情報を引き出せました」

 シャバンは態度に細心の注意を払い、応じる。エリシアのような女王様には余計な口ごたえは厳禁だ。しかし必要以上に弱い態度を見せれば嗜虐心を刺激してしまい、追加で小言をもらうことになってしまう。その間のバランスをとるのが難しいのだ。僕なら難なくやれるけど。

 それに、エリシアは冷徹だが話の分かる人だ。敵の情報を持ち帰るような裏工作には理解がある。更に一人設計士を引き抜けるかもしれないとなれば。

「…………へえ、有益であれば減点対象にはならないわ。聞かせなさい」

 ほら、食いついた。シャバンは内心でほくそ笑む。みんな僕を扱いやすい奴だと思っているかもしれないけど、実際は違う。。僕は下手に出ながら、みんなをコントロールしているんだ。

「ええ、実は……」得てきた情報を話す。

 するとエリシアは満足して頷いた。

「何か新しいアイデアが出たのね。ふうん……でもコンペの期限に間に合うのかしら。まあいいわ、今後も探りなさい」

 お許しが出た。これで今後は公然と愛佳に会いに行ける。順調だ。僕に流れが来ている。

 そうこうしている内に、戦闘終了の館内放送が入った。

 しばらくすると〈DDCF〉の部長から成績が部員に一斉送信される。

 見てみると、今回もサントス班が一位だった。

 敵総数は約一〇〇〇。

 サントス班の撃墜数は一一五。

 電志班を見てみると、六位で撃墜数は八三だった。

 やはりな、とシャバンは思う。イライナは心配しすぎなのだ。ウチの班の機体さえ使えば戦果は出る。安心して良いのだ。一番の機体なのだから。

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