第2話

 宇宙戦闘機設計部、通称〈DDCF〉はその名の通り宇宙戦闘機を設計する。

 電志も愛佳も、学生でありながら専門職として【設計士】の肩書きも持っているのだった。

 また、この部署というのはどこに所属しているかというと【アイギス】の防衛組織である。

【アイギス】では学生が防衛組織に従事しなければならないほどの脅威に晒されているのだ。


 人類は一度、火星圏まで進出した。

 火星軌道上にも【アイギス】と同じような拠点を造り、火星の居住可能化プログラムも進められていた。

 だが火星の環境が整う前に思いがけない脅威が襲ってきた。


〈コズミックモンスター〉――宇宙を泳ぐ知的生命体。

 その姿は様々で、大きさによって等級が分かれている。

 小型はジェリーフィッシュ級、略称〈JF〉で姿はクラゲに似ている個体が多いが、鳥の様な姿をしていても小型は総称としてJFである。

 中型はワイバーン級、略称〈WV〉で大型はドラゴン級、略称〈DG〉と呼んでいる。

 総じて無機的な質感を持ち、対話は不可能。

 一方的に襲ってくる。


〈コズミックモンスター〉が現れたのが今から十年前。

 火星圏を奪われ人類は月まで後退、月軌道上基地【アイギス】に籠城。

 その後も襲撃を受け地球に撤退する寸前まで追い込まれてしまった。

 この時多くの大人が犠牲になってしまった事が、学生が戦いに携わる契機となった。

 しかしその後次々新しい戦闘機や宇宙艦等の対抗手段を生み出していったため、順応が早い若者が本格的に必要とされるように。

 今では中学生で専門教育を受け、高校生から実戦に出る決まりになっている。

 だから電志も愛佳も肩書きは【設計士見習い】ではなく本物の【設計士】だ。


 二人は扉の前に立つ。

 認証は一瞬。

 扉は左右にガーッと音を立てて開いた。

 室内は広大で、棚と机が雑多に並ぶ研究所風の空間。

 壁や天井は木目調で、床は靴音を吸収するカーペットが敷き詰められている。

 行き交う制服姿の学生達が笑顔で軽口を叩いていたり、席に数名が集まって画面を指差しながら議論に勤しんでいる姿がそこここに見られた。

 部屋の一角、宇宙がよく見える大窓の傍に電志と愛佳の机があった。

 机は淡い茶系の事務机で一人当たりのスペースが充分確保でき、椅子は肘掛も付いた黒と薄い灰色という配色。


「電志、ボクはつくづく思うんだ」

 席に着きながら愛佳が話す。

 電志は鞄を置くと生返事。

「あん?」

 どうせまたろくでもないことを言うのだろう。

 しかし愛佳はそんな冷めた態度にもおかまいなしに続けた。

「何で皆、戦闘機をデコらないのか……!」

 世紀の大発見だと言わんばかりの口調。

 嬉しさや感動すら声に含まれている。

 やはりろくでもなかった。

 電志は極めて論理的に返した。

「デコる必要性が無いからだろう」

 すると愛佳は自身の左腕に目を落とす。

 そこには腕輪があった。

 腕輪は翼を広げた梟が象られていた。

 シルバーを基調としてピンクも随所に使われている。

 そして右手でそれに触れた。

 すると空中に半透明の画面が現れ、右手でその画面に何度か指を滑らせる。

 画面が切り替わると、強烈にデコレーションされた戦闘機のイラストが表示された。

「ほらこれを見てくれたまえ。ボクが昨日寝ないで描いてみたんだよ」

「うっわ無駄。超無駄。全く無駄。無駄という字を一生懸命イラストにしたみたい」

「そうムダムダ言わないでくれたまえ。見た目というのも大事なのさ。電志はそこを分かっていない。〈外観による心的高揚と戦果向上〉という論文が随分前に発表されたじゃあないか。搭乗者が機体の外観を気に入った場合、やる気が割り増しされて撃墜数が上昇、被弾数が減少される傾向にあるって統計データが出ている」

 教授のように説明をする愛佳はとても高校生とは思えない博識ぶりだった。

 現に成績は学年主席である。

 説明が終わるとフッ……としたり顔で前髪をかきあげた。

 意外にこういう奴が成績優秀者だったりするんだよな、と電志は感心する。

 確かに〈外観による心的高揚と戦果向上〉の理論は正しい。

 パイロット達の中には『赤い塗装にしてくれ』と要望してくる者が多いが、それに応えて赤でカラーリングすると本当に戦果が上がった、という話はよく耳にしていた。

 人間である以上心的問題は結果に大きく影響するのだ。

 だが。

 それだけで言いくるめられてしまう電志ではない。

「〈外観による心的高揚と戦果向上〉単体の理論で言えば正しい。でも倉朋の論理には致命的な欠陥がある。その理論は既に〈随意カラーリング〉で大きな成果を上げている。〈随意カラーリング〉はパイロットが好きなようにカラーリングの要望を出すことができる制度な。それに比べてデコレーションはどうだ? 機体に追加の部品を色々くっつけるんだろ? 戦闘機用の部品ともなれば必然的にコストが跳ね上がる。〈随意カラーリング〉に比べてコストパフォーマンスが大きく劣るのは明らかだ。予算節約を理由に不許可になるだろう」

 愛佳が総合成績で学年主席なのに対し、電志は設計関連のみで言えば学年トップだった。

 また、電志の論理思考は設計において奇跡的な相性の良さを発揮し、既に最優秀機体を三つも作成、その度に表彰されてきたのだった。

 論破された愛佳は途端にしどろもどろになってしまう。

「うぅコスパは考えてなかったよ……真っ向から論破してくるなんて電志は真性のSだよぅ」

「何がSだ。俺は単純に倉朋の論理の穴を指摘しただけで……」

 しかし電志が周囲を見回すとなにやらヒソヒソ話している者達の姿が見える。

 涙目の愛佳を見て『またあいつが倉朋をイジメてるよ……ドSだよ』などと話すのが聴こえてくる。

 電志はだあーっと頭をくしゃくしゃに掻いた。何で普通に話しているだけで非難されなければならないんだ!

 周囲がどう思おうと、電志にとってはこれが『普通の会話』なのである。

 論理的な判断で指摘をしただけなのだ。

 電志は裏表が無い人間なのでそこには悪意も他意も無い。

 こうした周囲との認識のあまりの温度差にいつもモヤモヤする。思えば小学生の時からこの傾向はあった気がする。時折話をする男子、タファルが教室で小さな髪飾りを拾った。その場に電志も居合わせたが、誰の落し物かは分からなかった。タファルは自身の机に置いておくことを思い付いた。みんなの目に触れれば落とし主が声をかけてくれるはずだ、と。しかし翌日にはクラスで『タファルが盗んだ』という噂が広まっていた。落とし主の女の子がタファルから髪飾りをひったくり、罵声を浴びせた。タファルは勢いに押され説明できず泣いてしまう。電志が代わりに説明したが、流れは変わらなかった。『あなたも共犯でしょう』そう言われ二人とも悪者にされた。何故事実確認もせず噂なんぞ信じるんだか。そうして悪を作り出すことは相対的に自分が正義になっていることにもなる筈なんだが、どうしてか正義という単語は世間では石を投げられる存在になっている。こうした矛盾の方が全然気になるんだが。

 こういうことを重ねていく内に、自ら一人になりたがるようになった。

 酸素の如く空気中に漂う矛盾の濃度が低い所をオアシスと定めたら、自然とそうなったのだ。

 電志が溜息をついていると、愛佳が妙なことを言い始める。

「まあ電志がドSだということは大目に見よう。それよりもコスパフェチの方が問題だね。まさかプレーティー大好きだったなんて」

「まず俺はドSじゃないしコスパフェチでもない。それにコスパはコスプレパーティーじゃない」

「そんなこと言いつつ家にメイド服でも飾ってあるんじゃないの? その服を掲げてボクに着せる妄想でもしてるんでしょ? キャーヘンタイ!」

「そんなことするわけないだろうが」

「じゃあ自分でメイド服着てるの? キャーヘンタイ!」

「俺がメイド服を持っている前提で話を進めるんじゃねえよ。一人で盛り上がるな」

「電志、眉間に皺を溜めないことだ」

 愛佳はそう言って得意げな顔をした。

 突然話が飛んだので電志は疑問に遭遇する。

 しかし疑問はすぐに氷解した。

 さっき溜息をついた時、険しい顔をしていたのかもしれない。わざと茶化して表情を和らげようとしたのか。こいつは笑顔推進派だったな。お節介な奴だ。

「皺は最終的には刻まれていくものだ」

「いや、ボクには出来ない」

「……」

「……ちょっ何か言ってくれないと恥ずかしいじゃあないか!」

「『アイドルはトイレ行かない』的な発言されても対応できねえよ」

 元々対人スキルが低いのだから巧みな突っ込みを必要とする振りはやめてほしい。だがまあ、こいつのお節介は、楽しい部分もあるな。ちょっとだけだけどな。そう、ほんのちょっとだけ。

「もう、脱線したから話を元に戻すよ。電志はボクにコスパでダメ出ししたけど、コスパで言えば電志だって考えてない時があるじゃあないか。今まで作った最優秀機体だってコスパは度外視していただろう?」

 ああそれは、と電志は指を立てて説明した。

「〈生還率〉、要はパイロットが生きて帰ってこられるかどうかの話になれば別だ。そこには充分なコストをかけても良いという判断だよ。しかもコストパフォーマンス度外視って言うけど、度外視というほどでもない。そこはぎりぎり上を納得させるだけのさじ加減でやってる。無限にコストをかけて良いわけじゃないさ」

「電志って生還率にこだわるよねえ。七星さんの影響でしょ?」


〈DDCF〉初代部長、七星岩男ななほしいわおという人物がいる。

 その人物は電志の師匠であり、また恩人でもあった。

 現在は別部署で勤務している。

 電志の類希な設計センスや考え方に大きな影響を与えた人物だ。


「〈生還率一〇〇%〉は悲願だな。初代部長七星さんの時からずっとだ」

「電志って七星さんをガチでリスペクトしてるよね」

「まあ、ね。俺の心の師匠だ。攻撃と機動性ばかり追求していた時代に一人生還率を叫び、次々に名機を生み出していった。あの人がいなかったら人類は宇宙から撤退していたと言われている」

 電志は普段は淡々としているが、七星の話になると途端に饒舌になった。

 表情も歳相応で柔らかいものになり、声も少年らしい響きになる。

 それだけ七星を尊敬しているのだ。

「電志、それ中学の時も言ってなかった? 続きはこうでしょ……〈コズミックモンスター〉に火星圏を奪われて、この【アイギス】も陥落寸前。その時ぎりぎり新機が間に合って敵を撃退、まさにヒーロー! 俺はあの人の背中を刺す事に決めた!」

じゃないよ、物騒なジェスチャーするなよ! 何で恩人を刺さなくちゃいけないんだ。『』な。あれは伝説だよ」

 不謹慎なジョークでけらけら笑う愛佳を苦々しげに見やる電志。

 しかしすぐにその頬を緩ませた。

 平和だ、と感じるのだ。

 こうして笑っていられるのがとても平和で、幸せなのだ。

 十年前の侵攻で火星圏を奪われ【アイギス】も陥落寸前まで追い込まれた。

 もしそのままの状態であったら今頃笑ってなどいられなかっただろう。

 人類は【アイギス】に篭城してからも苛酷な状況を強いられていたが、七星の新機によりどん底を脱出した。

 それからも苦しい戦いは続いたが進化と呼べる程のスピードで技術進歩を重ね、近年では順調に襲撃を退けられるまで盛り返してきたのである。

 だから部屋の中を見回してみても悲愴な空気は無いのだった。

「伝説と言えばさ、電志もがあるじゃない? とびっきりのがさ」

 瑞々しい桜色の口を一杯に広げて含み笑いする愛佳。

 その茶の瞳が探る様に電志を捉える。

「うっせ」

「格好良かったなー電志の『』。まさか自己紹介一つで、ねぇ?」

 共通認識で過去の事件を指しているようだった。

『伝説』という響きだが、当の電志は喜ぶ気持ちは微塵も無い。

 寧ろ羞恥に顔を歪ませた。

 ぐぬぬ……と歯を食い縛り顔も若干赤い。

 それは、今となっては消し去りたい過去。その話を蒸し返すんじゃねえ。

 話をそらすために反撃に出た。

「それよりも! 今日の課題できたのか? 既存機の設計書読解!」

「え?! ヤバッあれ今日までだっけ!」

 形勢逆転、今度は愛佳が口に手を当てて顔を赤くした。

 殊更勝ち誇った笑みで返す電志。

「ふふん、今から始めたってできないぞ?」

「うぅ電志さま、ボク課題のアドバイスとかもらいたいなあぁ……」

 愛佳は胸の前で指をもじもじさせておねだりした。

 電志はしょーがねえな、とぞんざいに言いつつ手伝い始める。

 電志は口は悪いが優しいのだった。


 これは電志と愛佳の日常的な光景である。

〈DDCF〉では数人~十人程度の【班】を作り活動している。

 電志と愛佳は【電志班】で班長が電志、班員が愛佳という二人だけの班を作っていた。


 大まかな活動スケジュールは学業と専門業務に分かれる。

 朝の始業から二時間は学生として総合科目の学習をする。

 ただし講義は映像配信で自習。

 課題やテストを問題無くこなせるなら自分のペースで進めていい。


 次に朝の残りの時間は専門業務の学習。

 これは各部署にやり方が一任されている。

〈DDCF〉では各班の先輩が後輩に教える形式を採用していた。

 電志班には先輩がいないため、独学で知識を増やしたり二人でディベートをして知識の共有を図ったりしている。


 そして午後は完全に専門業務。

 各人が受け持つパイロット達の戦闘機の設計および保守を行っている。


「今回の課題は四年前に作られた機体【スピカ】の読解とレポートだろ? まだ全然手を付けていないのか?」

「うん、だから頭から教えてぇ……」

 殊勝になった愛佳は『まあまあ待ちたまえよ』などと言っている時と違い妙に可愛らしい。ギャップがありすぎるだろうと思う。いやギャップがあるから妙に可愛らしいと感じてしまうのか。どっちなんだ? いやどっちにしても、これでは多くの男が放っておかないだろうな。

 電志は客観的見地からそう考えて微笑んだ。

 多くの男が放っておかないということは人気があるということ。

 電志は自身を『競争相手を蹴散らしてまで人気の美少女を射止められる男ではない』と判断しているので、本当に客観的に見ていた。

 こういうことにも論理的なのである。

「あれは主な設計思想は……」

左腕の腕輪に触れた。

 電志の腕輪はうねる植物のデザインでブラック単色。

 画面が現れる。

 指でつつくと机の奥に画面が移動し、手元にはキーボードが現れた。

 それらをパソコンのように使い始める。

 マウス操作の代わりは指。

 指を画面に向けて滑らせたりノックする動作をすればマウスと同じような操作ができる。

 キーボードの打鍵音は無い。

 机の上にキーボードや画面が視えるが、それ自体は実体を持たない物だ。

 それを使用モードにしておけば実際の物のように使えるし、不要な時は非表示モードにもできる。

 全部腕輪で操作する。

 これら一連のシステムは〈コンクレイヴ・システム〉と呼ばれている。

 電志は戦闘機を画面に表示し、その設計書も表示させて愛佳に説明していった。

 愛佳はほうほうと頷きながら目を輝かせる。

 電志が見る限り、愛佳は物分かりが良い。

 説明すればどんどん吸収していく。

 ただ気分屋で、機嫌が悪い時は『聞きたくない!』とシャットアウトしてしまったり集中力が切れてしまったりする。

 また、知識はあってもその使い方がよく分かっていない。

 応用が下手なのだろう。

 さきほどのデコレーションについての話のように、考慮不足による論理破綻をよく起こす。

 そして、時折電志の想像を超えたことを口にしたりする。

 本人は自覚が無いようだが、電志は愛佳のそういうところを密かに凄いと思っていた。

 手伝った甲斐があり何とか愛佳の課題を午前中に終わらせることができた。

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