エピローグ2

 地球艦隊は撤退した。


 全面衝突は避けられ、【アイギス】の者達は選択を迫られた。


【アイギス】に残るか、地球に行くか。


 結果的に、【アイギス】に残る者が多くを占めた。

 地球に家族がいる大人は半数が出ていったが、もともと【アイギス】で生まれ育った子供たちは誰も地球には行かなかった。

 総司令がいなくなり、多くの大人が出て行ったことで【アイギス】は自治の仕組みを再構築しなければならなかった。

 子供の中からも中枢で意思決定に関わる重役を担う者が出てくる。

 特にエリシアがそういったところで力を発揮していた。


 電志は【アイギス】に帰ってきたことを懐かしむ間もなく〈DDCF〉で忙しく働くことになった。

〈DDCF〉は巣の破壊前と同じくフル稼働。

 地球艦隊が宇宙へ上がってこられないよう戦力を増強しなければならない。

 見張りを厳しくするため哨戒能力に特化した機体も必要だ。

 数も生産力も低い【アイギス】がこれからも生き残っていくには、質を追い求めるしかない。

 電志は一息つくと、隣の席に座る相棒に話しかけた。

「地球行き、おあずけになって済まないな」

 すると愛佳はやれやれといった顔をする。

「まったくだよ。どうしてくれるんだい、せっかくの旅行を」

「普通そこは『別にいいよ』って言うところじゃないのか」

「電志はボクに遠慮を求めていたのかい、欲張りだなあ」

「どちらかというと、世間一般でよく見られる光景を求めていた」

「それならまず、電志が普通になるべきだ」

「俺は普通だ」

「どこが?」

「どこも」

「…………これは重症だ、重症だよ。そう思わないかい、シゼ?」

 愛佳は後ろを向きながら言った。

 そこにはシゼリオの姿があり、いきなり話を振られて困った表情になる。

「非常にコメントし辛いね」

「俺は普通だろ」

 電志が押しつけがましく言うと、シゼリオは苦笑いして頷いた。

「うん、まあ……そうだね、うん」

「社交辞令全開だな、それじゃ俺が普通じゃないみたいだ」

 そこへ愛佳がため息をつきながら。

「電志、ボクにはキミが『1+1の答えが分からない』と言っているように聴こえるよ」

「シゼ、こんなところにいたの!」

 大声を出してナキが駆け寄ってきた。

「あ、ああ。ちょっと休憩を……」

 シゼリオが腰の引けた感じで返答すると、ナキががっちり腕を組んで出口へ引きずっていく。

「休憩なんてしてる暇無いよ! もう離さないんだからね!」

「でも僕も体力が……」

 どうやらナキはシゼリオと再会してから片時も離れないようにしているらしい。

「ドナドナされていったね」

 愛佳が二人を見送りながら言った。

「ナキは意外と怖い系だったんだな。別れるとか言ったらシゼリオは首だけ持っていかれるかもしれない」

 電志も複雑な表情で言う。

 シゼリオの部隊も無事生還できたため、【黒炎】が地球に渡ってしまうこともなかった。

 そしてそのあまりの強さに地球側は警戒を強めている。

 これが大きな抑止力になれば良いが。

〈DDCF〉の部屋を見渡してみる。

 隣には愛佳がいて、同じ部屋にはミリーやシャバンもいる。

 エリシアも午前中ならこの部屋にいるようだ。

 そして、ちょくちょくシゼリオやナキ、イライナなどの〈DPCF〉メンバーがやってきたり、カイゼルといった〈DRS〉が遊びに来たり。

 殆どは元通りだ。

 だが、ゴルドーがいない。

 ジェシカも。

 そして……

 電志は愛佳と一緒に、公園の共同墓へ向かった。

 いつも通り木に寄りかかり、石碑を眺める。

 七星のことを思う。セシオラは、全てが七星さんの計画通りだったんだと言っていた。最期に死ぬことさえも、計画通りなのだと。俺は……七星さんを殺すために、対【黒炎】を設計してしまったのだろうか。そんなつもりは無かったのに、結果はそうなってしまった。七星さんは、設計では俺の方が上を行っていると言ってくれていたが、それで俺は有頂天になってしまっていたのではないだろうか。そして、まんまと対【黒炎】機体を作ってしまった。七星さんの計画通りに。結局、あの人には頭脳戦で全く歯が立たなかったわけだ。計画自体を設計だと捉えれば、俺は完敗したことになる。

 でも……本当にああするしかなかったんだろうか、七星さんは。単純に武装解除して帰っていれば、何も起こらなかったんじゃないか。そんな風に思う俺は、子供なんだろうか……

 分からない。

 石碑はただ静かに佇むだけで、何も答えてはくれない。

 全ては闇の中、だ。

 だが七星さんは命を賭けて【アイギス】を守った。

【アイギス】の安全が確保されるまでは、ここで頑張るつもりだ。

 セシオラからもらった、紙束を捲る。

 それは七星のネタ帳だった。

 七星も電志と同じように、機体のネタ帳を作っていたのだった。

「あー、この機体は斬新だ。お……これも思いつかなかったな。ああ、これは俺のアイデアと似てら……」

 電志は泣き笑いの顔で、それらを眺めた。

 紙面から七星の笑顔が想像され、切なくなった。



 メルグロイは岩だらけの山の頂上に立ち、絶景を前に頷いていた。

「これは歌も響きそうだ。それにしても、空気のうまさとか、自然を感じるとか、これまでの俺では気にしたこともなかったな……まさに新しい人生だ」

 メルグロイは旅に出ていた。

 世界中の秘境を巡ろうと思う。

 地球艦隊が敗北し、撤退する時にメルグロイは地球行きを選択した。

 地球は大混乱だった。

 大国の首脳がごっそりいなくなり、大地には大穴が空いていて。

 地球艦隊も大敗北して帰ってきて。

 人質の映像も世界中に拡散されていて。

 それを収めるのには数カ月かかった。

 ネガティヴ情報を矮小化するためにポジティヴ情報を、というのはプロパガンダの常套手段だ。

 ジェシカを英雄として祭り上げ、敵の親玉は討った、敵組織は瓦解しているという情報を繰り返し流した。

 人質の映像も作り物であり信憑性は無い、という情報を流した。

 大地の大穴は急ピッチで埋められ、報道規制がかけられた。

 まるで、敗北など無かったかのようだ。

 裏側を知っているメルグロイにとっては報道を見るたびに辟易としたものだ。

 だが、街の人達はそれで安心したようだった。

 与えられた情報さえあれば、それで社会は回っていくらしい。

 実際にあったことなんて、意外と後世に伝わらないものなのかもしれないな、とメルグロイは思った。

 国からは報奨金が更にもらえて、新たな人生も約束通りスタートさせてくれた。

 しかし元隊員の奴に怖い話を聞かされた。仮に俺達の作戦が成功して脱出艇で地球艦隊に向かっていた場合、脱出艇は撃墜される予定だったらしい。おいおい、口封じかよ。それが七星のやらかしたごたごたでうやむやになった。最終的には報奨金を増額するから黙っていろ、ということで落ち着いたようだ。怖い怖い。下手に喋ると危ないので、この話は墓場まで持っていこう。

 メルグロイはひんやりした風に目を細める。

 そして空を眺めた。

 思えば、俺は宇宙で何をしてきたのだろうか。

 七星みたいな凄いことを成したわけでもない。

 好き勝手して、軍の作戦に従って、最後はヤケを起こしただけ。

 ただ単純に、恋をして帰ってきた。

 それだけ。

 だが俺達はこんなもんだ。

 特別凄いことができるわけじゃない。

 まあ、エミリーの歌を唄いながら旅をしよう。

 幸い金と時間ならある。

 次はどこへ行こうか、エミリー。



 セシオラは【アイギス】でのことを物語にして書いた。

 覚えている内に、まだ記憶が鮮明な内に、書いておかねばならないと思った。

 辛かった。

 七星とジェシカは、空想の中でも引き裂かれてしまう。

 机で大きく伸びをして、立ち上がった。

 物語は完成した。

 後は出版社に送るだけだ。

 地球に帰ってきた当時、インタビューを受けて『宇宙での出来事を書き留めておきたい』と言ったらどこかの出版社が本にしないかと言ってきたのだ。

 最初はただ単に出来事を書いたのだが、NGだった。ウチはドキュメンタリーを出したいんじゃない、もっと誇張したり、嘘を入れても良いから大衆受けするものにしよう、と。

 そういうことで色々指導を受けて、結局一年くらいかかってしまった。

 本当の出来事は別の出版社で出してくれないだろうか、と思ったが、そういった所は無かった。仕方ないので、本当の出来事はメモとして残しておこうと思う。

 セシオラは【アイギス】戦死者の共同墓へ向かった。

 地球としては【アイギス】は敵なのだが、〈コズミックモンスター〉との戦いで多くの戦死者も出している。そういった人達を弔うには共同墓を立ててあげるしかなく、ひっそりと、ではあるがちゃんとあるのだ。

 そこへお参りに来る人で【アイギス】を敵対視している者はいない。

 公式には『悪の親玉・七星以外の』という共同墓なのだが、『七星を含めない』と考えている人もいない。

 だがそれ故に、立場のある者が参りに来るのは色々と問題があった。

 地球が推奨している『【アイギス】敵対視』に反するからだ。

 だから、ジェシカの姿を見付けた時は驚いた。

 彼女は『七星を討った英雄』であり、メディアでは引っ張りだこ、カレンダーなどのグッズまで販売されている。

 対【アイギス】の象徴がこんなところに来たのが知られたら大炎上だ。

 夕暮れ時で、他に人がいないのを見計らってやってきたのか。

 彼女はしゃがみこみ、共同墓に小さな花を手向けていた。

 セシオラは近付いていく。

 ジェシカは無言で、セシオラはその隣で花を見下ろした。

 サワサワと草木が揺れ、夕焼けが二人の顔を彩る。

 セシオラはずっと気になっていたことを尋ねた。

「本当は、分かっていたんじゃないですか? 全て分かっていたんじゃ……」

 思えば、七星が地球に宣戦布告した後、ジェシカを仲間に誘った時の会話が微妙に違和感を残すものだった。

 それに気付いたのは、物語を書いている時だ。七星さんとジェシカさんは互いに噛み合わない会話をしているようで、実はしっかりと語り合っていたんじゃないだろうか。

『俺を討て、それが最善の方法だ』『嫌よ、一緒に生き残る方法は無いの?』……そう話していたように思えてならない。

 ジェシカは俯いて応えた。

「わたしはホントにね、自己犠牲なんてする必要無いと思うの。だって誰も得しないもの」

 気丈に振る舞っていたようだが、やがて目の端から滴を零した。

 セシオラは胸が痛くなる。この人は、コックピットでどれだけ泣いたのだろう。【グローリー】を貫いた時、どれだけ苦しかっただろう。

 ジェシカは新郎新婦の姿をした七星との写真を取り出した。

 それを握り締め、声を殺して泣いた。

 二人はもう永遠に繋がることはない。

 だが写真の中では、二人はしっかり手を繋いでいた。

 セシオラは、物語をちょっとだけ変えようと思った。

 せめて物語の中では、二人が結ばれるようにしよう。



 五年が経った。


 大混雑の様相を呈する【アイギス】の港。

 そこは初の地球行きの便に搭乗する者や見送りの人達、それからマスコミなどでごったがえしていた。

 地球側も【アイギス】を正式に国と認めざるをえないと判断し、交戦を諦めたのだ。

 電志は旅行鞄に詰め込めるだけ詰め込んで持ってきていた。

 鞄一つで全財産が持ち歩けてしまうことに奇妙な感覚も味わった。

「夢みたいだな」

 そう呟くと、隣の愛佳が肩を竦めてみせる。

「夢なんじゃないの?」

 最大限のおしゃれをしてきた彼女は予想以上に可愛かった。

 確かに夢かもしれない。

 いや、夢なのだろう。

「地上に降りたら何をしたい?」

「そうだね、電志を弄りたい」

「それ何の意味があるの? ここにいるのと変わらないじゃないか」

「変わるものもあれば、変わらないものもあるものだよ」

「悟った風に濁すんじゃない」

「しょうがないな、じゃあ次点で日本一周」

「優先順位がおかしすぎる。日本一周は良いな。名前からして俺達には日本人の血が流れているんだろうし」

 搭乗手続きを済ませ、もう地球への連絡船に乗り込むのを待つばかり。

「でもさ、電志は良かったのかい? 〈DDCF〉を辞めて」

「まあ設計にはこだわりがあったけど、設計士として生きることにそこまでのこだわりがあったわけではないしな」

「そんなにボクと地球に行きたかったのかい?」

「ま、そういうこった。ほらそろそろだ、行くぞ」

 電志はずっと覚えていた。

【グローリー】の展望台で、二人で地球を見たことを。

 だから、【アイギス】の心配が無くなったと感じた今、行くことにしたのだ。


 これは夢だ。

 でも、素晴らしい夢だ。

 こうして二人で旅に出るのも、悪くない。




【あとがき】


 作者の滝神です。ここまでお読みいただきありがとうございます。

 第二部は色々と壮大な、それでいてドロドロとした展開となりましたが、最後には題名に行きつく形となりました。

 これで新旧の天才設計士の恋愛事情が描かれましたということで、完結となります。

 電志の方は、ある意味勢いで絆が深まるというところがあるので、割と唐突でもそんなものかもしれないな、と思える……でも七星の年齢になると、そうもいかない。

 大人になると走って転んで傷だらけになって愛を叫ぶのはちょっと無理ですよね。

 では、大人で青春するとしたらよっぽどだよな、よっぽどのことがないと無理だよなーということで。


 また、全体的に、ですが。

 設計士、要は裏方を描くので、すっきりはっきりとはいきませんでした。

 裏方での競争はやはり意地と意地のぶつかり合いです。

 書いていて発見があったのですが、アニメ等では常に最高の機体がパイロットに届いているけど、実際は裏方のいざこざで最高の機体が渡らないことが多々ありそうだな、と。

 きっと〈DDS〉の中でも意地と意地のぶつかり合いがあり、そうしたことで整備不良も発生するかもしれません。

 そう考えると、アニメ等で活躍している機体を見る目が変わりますね。


 キャラクターに焦点を当てると、電志と愛佳の低温な掛け合いは楽しんでもらえたでしょうか?

 ハイテンションにはならないけど、ちょっとした笑いを、といった感じにしてあります。

 シャバンやイライナ、セシオラやメルグロイといった普通の人達も登場します。

 彼らは特別悪い奴、というわけではありません。

 彼らがいることで、この世界が現実と空想の狭間まで近付いてきます。

 この世界を身近に感じる余韻を残すために、地味に活躍しているのです。


 大気圏突入なんかも調べてみて、勉強になりました。

 シゼリオの大気圏突入は実際の大気圏突入の映像を見て書きましたので、そこら辺の雰囲気が出せていれば良いな。

 名残惜しいですが、今回はこれにて。



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 応援メッセージも募集しています。

『感想書くのは難しい』という方、気楽に考えて大丈夫です。

 立派な感想や素晴らしい感想を書く必要は全然ありません。

 究極的には『どのシーンが好き』とか、『どのキャラが好き』とか、『面白かった』の一言でも構いません。

 それが作者の力となりますので、カタカタッとキーボードを滑らせてみて下さい。スマホだとペタペタッかもしれません。

 ではでは。



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天才設計士の恋愛事情 滝神淡 @takigami

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