終末の歌
第93話
地球への回答日。
午前三時、倉庫奥の部屋にはメルグロイ達が集まっていた。
既に部屋に積まれたコンテナは開けられている。
露わになったコンテナの中身はサブマシンガンにアサルトライフル。
敷き詰められたクッション材の上にそれらの武器が横たわっていた。
メルグロイは久しぶりにアサルトライフルを手にし、少し重いなと感じていた。
訓練で毎日使っていた時は気にならなかったが、しばらく離れるとその重みが実感できる。
もう一度この手に馴染ませなければならないだろう。
だが、馴染ませるには大きなハードルを越えなければならないのだった。
いま、メルグロイはトリガーに指をかけている。
この指をグッと引けば終わる。
終わらせられる。
彼女の命を。
銃口の先には、拘束されたエミリーの姿があるのだった。
両手足を縛られさるぐつわをされ、彼女は恐怖で目を見開いている。
周囲には隊の者達。
隊長のグウェニーは険しい表情。
副長のロッサは睨み付けるような鋭い目。
隊員のムラファタ、レンブラは無表情でメルグロイを見つめていた。
メルグロイは静止画のようになってしまっていた。
緊張で喉が渇く。
指が石になったように動かない。
やらなければならない。やらなければならないのに、クソッ……
エミリーが涙をぽろぽろ零しながら何か言っている。
きっと助けてくれと言っているのだろう。わたし達は恋人同士じゃなかったのか、今までは何だったのか、と。
裏切られた気分だろう。だが人間なんてそんなもんだろう? 上等な人間なんて世の中には一握りしかいない。人助けをしたり動物を保護してあげたり……そんな人間は一握りなんだ。俺達のような掃いて捨てるほどいるような一般人の中じゃ、騙して騙されてが普通だろう? 騙される方が悪いんだよ。エミリーだって分かるだろ? 君だってそういう世界で生きてきたはずだ。
だから、俺だけが悪いんじゃない。
うまく罪悪感を逸らす回答が導き出せた。
さあ、やろう。
これは作戦だ。
指が少しだけ動く。
トリガーが一定以上押し込まれると固くなる。
ここからは力を込めなければ進めない。
脳から指令を指に送った。
一気にやってしまえば楽になれる。長引かせるな。
イメージではグッと指を引いた。
だが実際にはそうなっていなかった。
指は痙攣したようにピクピクするだけ。
「どうした、早くやれ」
隊長のグウェニーが重々しく言ってくる。
副長のロッサが苛立ったように足踏みを始める。
メルグロイは喉を鳴らした。
グウェニーの表情を窺ってみる。
空虚だった。
ただ無感情にこちらを観察していた。
ゾクリとした。おいおい、人形かよ。戦闘マシーンかよ。
視線をムラファタに移してみる。
だがムラファタも作り物のような無感情な目でこちらを観察していた。
レンブラに目を移しても同じだった。
メルグロイは愛想笑いをしてみたが、うまくできなかった。
引き攣って頬がピクリと動くだけ。これではだめだ。まずい。怪しまれている。
ここで撃てなければ、俺が裏切り者認定されて撃たれてしまう。
歯を食いしばる。俺は兵士だ。戦いでは人を殺してしまうのは仕方ない。それをまともに受け止めていたらやっていられない。やり直すんだろう、人生を。もう地球はすぐそこなんだ、こんなところでしくじるわけにはいかない。というか俺が撃たれちまうじゃないか! 俺が死ぬわけにはいかないんだよ。なあエミリー、俺と君、どっちかが死ななきゃならないんだ。そうしたら俺のとるべき選択肢は一つしかない……ないんだよ!
エミリーはまだ懇願するように必死に声を出していた。
かろうじてメルグロイの名を呼んでいる部分は聞き取れるが、それ以外は分からない。
その顔を見ていると思い出がよみがえってきてしまう。
銭湯で入り終わった後、彼女を待っていた時間。
大抵は彼女の方が遅く、待っている間は彼女の曲を聴いていた。
お待たせと言ってやってくる彼女の瑞々しさに高揚したものだ。
帰ってきて服を脱ぎ散らかすと彼女はもーだらしないんだから、と言いながら纏めてくれた。
何度言っても治らないんだから、と彼女は言っていたが、その表情と声を聴きたくて毎度同じことをやっていたのだが……気付いていただろうか。
駄目だ、やめろ、思い出すな!
メルグロイは目を強く瞑って思考を霧散させる。
「まさか、やれないのか?」
グウェニーが最後通告とばかりに訊いてきた。
メルグロイは縮み上がり、汗が額に浮かぶ。もうだめだ、これ以上引き延ばせない!
やるしかない……!
深呼吸し、再度喉を鳴らしてからメルグロイはエミリーに言った。
「エミリー……俺が人生をやり直すために……協力してくれ」
人生の中で最も身勝手なお願い。
最悪のお願い。
そうしたら、エミリーは一度瞳を揺らした後、静かになった。
失望したのか、諦めがついたのか。
だがその静寂は、全ての合図に思えた。
メルグロイは全ての障害が取り除かれたと感じ、無心になった。
アサルトライフルの銃声は重かった。
銃声の余韻がなくなる。
グウェニーが淡々と言った。
「おめでとう、君はまだ兵士だった」
こうして運命の日が始まった。
セシオラは長蛇の列に並んだ。
倉庫の最奥にある部屋に奇妙な行列ができている。
こんな所に行列ができるような隠れ名店があるわけがない。
ここに並んでいるのは地球人だ。
〈EN〉により地球人だけが招集された。
ここで武器を受け取り、各自担当場所を指示され、そこへ向かうことになる。
自分の番が回ってくると、サブマシンガンを渡された。
セシオラにとっては一番小型のサブマシンガンでも持つのがやっとだ。
ちらりとメルグロイの姿が見えたが、彼は俯いていた。
そうとう参っているのではなかろうか。
きっと、彼女のことを泣く泣く殺したのだろう。
そんなに傷付くのなら、メルグロイもわたしと同じように離れておけば良かったのではないか。そうすれば、手を下さずに済んだのに。メルグロイはわたしを子ども扱いするけど、そういうところは子供なんじゃないだろうか。
後味が悪い。でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。これから始まることはこんな程度では済まない。さあ行くぞ、わたし。
作戦を遂行する自分になるのだ。
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