第94話

 いつもは用が無い通路をセシオラは行く。

〈EN〉で表示させた地図ではこの先の機関室へ行けと矢印が示されている。

 セシオラの横には二人が並び、計三人で機関室を制圧せよということらしい。

 時計が午前七時を示す。

 それぞれが荷物袋に隠していたサブマシンガンを取り出す。

 周囲には他に誰もいない。

 機関室の扉の前に立つ。

 セシオラは他の二人と頷き合った。

 扉は簡単に開いた。何とも不用心だ。内乱など露ほども想定していなかったのだろう。機関室は重要な区画なのに。

 三人で淡々と中に入っていく。

 中にいる作業員は五~六人。

 警備ロボットもいない。

 足音に気付いたのか、作業員の一人が振り向いた。

「なんだ? あんたた、ち……?」

 言っている途中にセシオラたちの武器に気付き、作業員が目を剥いた。

 セシオラは表情を変えることなく手を肩の高さまで上げた。

 銃口が作業員の方を向く。

 トリガーを引く。

 きっちり三発、撃ち出した。

 相手に向けてだいたい三発撃った時に確実に命中させられるように訓練を受けてきた。

 メルグロイたちの場合二~三発を銃口を動かしながら撃って確実に命中させるらしいが、こちらのサブマシンガンの場合、撃てば勝手に弾が散ってくれるので難しいことは考えなくて良い。

 軽い音だ。

 三発は一つも外れずに命中した。

 作業員が倒れていく。

 死んだかどうかは分からない。

 興味も無い。

 大事なのは無力化したかどうかだ。

 他の作業員たちが異変に気付く。

 セシオラは次の敵に銃口を向けた。

 他の二人もそれぞれ動き出す。

 その後、軽い音を幾つか響かせながらセシオラは思った。ここは楽だ。まだマシだ。もし蚤の市が担当場所だったら吐いていたかもしれない。



 電志は愛佳と一緒にブリッジへ向かっていた。

「まったく、電志が寝坊するから遅れてしまったじゃあないか」

 愛佳が得意げな顔で電志の失態を責める。

 もう同じ文句を五回くらい聞いた気がする。

 電志は眠い目をこすりながら応えた。

「なかなか眠れなかったんだよ」

 今日は【アイギス】が地球側へ返答を伝える日で、その準備を手伝いに行くことになっていたのだ。

 ブリッジへ七時十分前に集合ということになっていたのだが……電志が寝坊したせいで既に七時になってしまっている。

「昨日は男二人で密室に籠っていったい何をしていたんだい?」

「腐った妄想はノーサンキューだ」

「ボクが起こしに行かなかったらきっと今でも寝続けていただろうね?」

「お礼を強要するのか」

「世の中はギブアンドテイクだ」

「もう五回くらいお礼を言った気がするんだ」

「いいじゃあないか、減るもんじゃなし」

「減りはしないが……疲労が増えていく」

「たった五文字を言うだけで電志は疲れるのかい? 軟弱だなあ」

「精神的な疲労だよ」

 そしてブリッジに到着。

 中に入るとたくさんの人が既に準備を始めていた。

 入口は二つあり、電志たちの入ってきたのとは別の入口から演壇が運び込まれてくる。

 壁には地球を示す旗が掲げられていた。

 その脇には幾つかの椅子が用意されていて、総司令などが座っていた。

 人ごみの中から七星の姿を見付け、電志は声をかけようとした。

 七星は画面を見て誰かと通話している。

 その表情はとても険しい。何があったのか。

 七星は電志たちに気付くと、安堵の表情を見せた。

「おお、お前たち……良かった……! なかなか来ないからどうしたのかと思ったぞ!」

 遅刻したのに怒るどころか安堵されている。

 この反応に疑問を覚え、電志は聞き返した。

「良かったというのは……?」

 すると七星は精悍な顔を固くさせ、緊張した声で言った。

「すぐに警報が出ると思うんだが……襲撃事件が発生した」

 電志は愛佳と顔を見合わせた。襲撃事件って何だろう。

【アイギス】では大規模な犯罪は電志が生まれてからこのかた発生したことがない。

 せいぜいが物盗りなどのレベルだ。

 襲撃と言われてもピンとこなかった。

 また、『襲撃』と言われると別のことを連想してしまう。

「……まさか〈コズミックモンスター〉が、また?」

 そうしたら七星は頭を掻いて苦笑してしまった。

「ああ、そうか……お前たちだと分からないか……まあそうだよなあ。漫画とかアニメとかで見たことないか? 武装集団が人を襲うんだよ、銃とかで。端的に言えばテロだ」

 電志は記憶を探ってみる。

 しかしなかなか出てこない。俺が好んで見ていたのは戦闘機に乗って戦うやつだからなあ。それを見てどんな設計してるんだとか、そんな見方をしていたし……何で銃なんて使うんだ?

 銃を使う意味が分からない。

 これは【アイギス】生まれに共通した認識だ。

 いちおう、犯罪をした場合には警備ロボットの銃で鎮圧されることがあるというのは知識としてあるので、銃の存在は知っている。

 だがその銃でさえ電撃を浴びせて気絶させるスタン弾を装填している。

 実弾もどこかには保管してあるらしいが、それは上層部が厳重に保管していると教えられた。

 このような知識では、『銃で撃たれると電撃でビクビク痙攣して倒れる』というイメージしかつかない。

 七星は言葉で説明するには限界があると感じたようで、画面を電志たちに見せた。

「お前たちにはショックが大きいかもしれないが……いくつか写真も上層部に送られてきている。それを見せてやろう。いいか、先に言っておくぞ? 吐くなよ? ウッてなったらすぐに目を逸らせよ?」

 ずいぶん入念に前置きしてくる。

 そんな大袈裟な……と電志は思った。

 恐らく愛佳もそうだっただろう。

 しかし写真を見て三秒後、愛佳がウッと口を押さえてうずくまった。

 電志も口を押さえるほどではなかったが、ウッとなった。

 血を流し倒れている沢山の人々。

 その光景は心の内側から拒絶反応が噴出してくる。

 うずくまる愛佳の背中をさすってやりながら電志は言った。

「これ、いったい何ですか? 誰が何のために……?」

 七星は写真を画面から消して、答えた。

「地球のやつらだよ。あいつらは巣の破壊作戦の時、『各艦艇にコンテナを積み込みたい』と言ってきやがった。しかも『中身は見せられない』ときたもんだ。その時点で怪しさ満載だったんだが……最悪だよ。艦内に戦争を持ち込みやがった」

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