第92.5話 深夜に思うこととは
もうすぐ日付が変わろうかというところ。
メルグロイはベッドサイドに腰かけ暗闇の中俯いていた。
窓の無いこの部屋では明かりが完全に消えると真っ暗になってしまうため、地球での夜を再現した暗さだ。
二人で食事をしたテーブル、並んで歯磨きした洗面所、彼女が楽しそうに動いていたキッチン。
特にいつもと変わりは無い。
暗がりに見えるそれらが若干寂しそうに見えるだけで。
メルグロイは落ち着かない気持ちで指を動かす。
日付が変われば『特別な日』の始まりだ。
そして、お別れの日でもある。
ベッドに目を落とせば彼女が静かに眠っている。
もう秒読み段階だ。自分を納得させるしかない。充分過ぎるほど愛し合ったじゃないか。満足しただろう? 思い出は綺麗な箱にしまっておけばいい。そうだ、確かに綺麗な思い出だった。地球に帰ったら思い出そう。枕元で互いの幼少期を囁きあったこととか、蚤の市に行って俺がどこまで荷物を持てるか荷物でタワーを作ってみたりしたこととか、俺の寝相が悪いと朝になると叱られたこととか、その他にもあれやこれや、いっぱい思い出が作れた。
指の動きがいっそう激しくなる。
時計を見つめる。
唇を噛む。
もう五秒を切った。
心臓がバクバクいい始めた。
四……三……二……一……
ゼロ。
日付が変わってしまった。
鼓動がうるさいくらいに鳴っている。
一度強く目を瞑り、それから振り切るように立ち上がった。
これからはもう、思い出は過去のものだ。
ベッドを振り返り、小さな声で言った。
愛してると。
愛してた、が正解か、と思いながら。
セシオラは祈るような気持ちで日付が変わった時計を見つめた。
深夜の休憩所。
しかし明かりは昼と同じレベルで、という操作が可能なのでそうしている。
別に深夜に出歩くなという規則も無い。
人もそれなりに出歩いているし、夜だから危険ということも無かった。
何かあれば警備ドローンを呼ぶこともできるのだ。
運命の日が来てしまった。
しばらくすれば〈EN〉という地球人専用のシステムで呼び出しがかかるだろう。
わたしは人殺しにならなければならない。
だがそれよりも、ネルハに死なないで欲しいという気持ちの方が強かった。ちゃんとわたしの言った通りにしてほしい。そうすれば助かる確率は高い。
波の音が聴こえる。
七星と出会ったこの休憩所は、精神を安定させるのにうってつけだった。
セシオラはベンチで、手を組み合わせて祈った。
もしネルハを助けてくれたなら、神様を信じても良いと。
電志は日付が変わったのに興奮でなかなか寝付けなかった。
七星と語り明かして何時間くらいあそこにいただろうか。
仰向けになり天井を見つめる。
暗さで、しかも眼鏡を外しているのでよく見えない。
だが視界に映っているものはさして重要ではない。
何度も七星と過ごした時間を思い返しているのだ。俺が七星さんを超えた? 超えちゃったのか……? いやまさかそんな……でも本人にそう言ってもらったんだから……でもま、一人前として認めてもらったことは確かだよな。
これからの〈DDCF〉では仕事があるのかどうかも怪しい。だから七星さんに認めてもらえるチャンスは、今しか無かったのだと思う。
やっぱり七星さんは地球侵攻なんてしないんじゃないだろうか。
そう思えてきた。
今日は【アイギス】の意志を地球側に伝える日。
午前中の早い段階で、ブリッジで通信が行われるはずだ。
そうして【アイギス】に戻れば全てが解決する。
地球に【黒炎】が取り上げられてしまうのかと思うとちょっと腹は立つが、仕方ない。そうだ、地球に旅行に行くプランも考えないとな。愛佳はどんなところに行きたいんだろう。ヒアリングしてみるか。
早くもウキウキした気分になってきた。
全てがうまくいくんじゃないか。
まだまだ眠れそうになかった。
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