第92話

 地球への回答まで残り一日。


 電志は極秘任務に携わっていた時の秘密の部屋に呼び出された。

 久しぶりに訪れる秘密の部屋。

 扉をくぐる時に若干の緊張を覚える。

 地球侵攻の噂で自分から遠ざかってしまったため、その場所に戻ってきたことに何か複雑な感覚になってしまうのかもしれない。俺がいない間も、この部屋では極秘任務が続けられていたはずだ。俺が去る前に最後に見た【黒炎】から更に設計が変わっているのだろうか。シゼリオは相変わらずシミュレーターマシンで訓練しているのだろうか。

 部屋に入ると、七星が笑顔で迎えてくれた。

「よお電志、来たか! てきとうな所に座ってくれ」

 部屋の中には他に誰もいなかった。

 シゼリオもカイゼルも、ゲンナも。

 以前、作業に使っていたテーブルと椅子、それからシミュレーターマシン。

 部屋の中は電志の記憶とズレは無い。

 電志は言われた通り手近な椅子に腰かける。

「今日は慰労会だと言って呼び出されたはずなんですが……」

 呼び出したのは他でもない、七星だ。

 ささやかながら極秘任務の慰労会をするから来い、ということだった。

 他の面々はこれから来るのだろうか。

 七星は電志の隣の椅子に腰かけながら指を振った。

「俺の慰労会はパーティーじゃない。茶くらいは用意するがな。一人一人とじっくり言葉を交わしたいんだよ。ということで茶とかジュースは用意したから、好きに飲んでくれ。どっちが良い?」

 そう言って彼はテーブルからお茶とジュースのパックを手に取った。

 電志はお茶を選び、手元に置いた。

 そしてそれを見つめる。飲むのはやめておいた方が良いだろうか。

 この部屋で二人きりという状況に警戒感が首をもたげる。例えば睡眠薬が入っていて、眠っている間に殺されてしまうとか……

 地球侵攻は否定されたはずだ。だが可能性が無いわけではない気がする。ではその可能性に気付き、極秘任務を知っていて、なおかつ途中からこの部屋にこなくなった俺は要注意人物と見られていてもおかしくはない。計画がバレないために抹殺なんていう展開も考慮しておくべきだ。これはマンガ脳か? 常に最悪の事態は想定しておいて損は無いと思うんだが。

 電志がお茶を見つめて考えこんでいると、七星は話し出した。

「まずは任務完了ということで、ご苦労さん。【黒炎】はシミュレーションではあるが、充分地球でも飛べるようになった。大気圏突入も問題なく行えるだろう。これだけ素晴らしい機体ができたのは電志、お前のお陰だ。ありがとうな」

 それはこの上ない喜びだった。

 噂による不信感を持ってしまったものの、それとは関係なく弟子として師匠に褒められるのは嬉しいものだ。

「いえ、これはカイゼルの協力もあったことなんで。地球のことを色々調べてみて、新しい知識もいっぱいついたんで良かったですよ」

「謙遜するな。俺はな、電志が設計を完成させた後にいじらせてもらったんだが……改めてあの機体のバケモノぶりを実感したよ。久しぶりに設計士として腕を振るってみるかと思ったんだがな、正直……敵わねーなと思ったよ。電志はもう俺をとっくに追い越していたんだなって。ちょいと嫉妬しちまうところもあったんだが……弟子が師匠を追い越すのは正常なことだ。だから俺も安心してお前に託せると思ったよ」

 七星はすがすがしい表情で電志を称えた。

 普段から七星は良いところは良い、と褒めてくれる性格ではあった。

 だが今回のは今までに無いほどのベタ褒めだった。

 まるで弟子が独り立ちして師匠の下を離れていく際、師匠が贈る言葉だ。

 電志は設計のことを、しかも尊敬する師匠にここまで褒められてくすぐったいものを感じてしまう。慰労という言葉からは全く想像していなかった。【黒炎】は確かに傑作だ。だが誰に褒められるよりも七星さんに褒められるのが一番うれしい。いや、【黒炎】が完成した当時もけっこう褒めてもらえたんだが、今回のは格別だ。きっと七星さんが〈DUS〉としてでなく設計士に戻って言ってくれたからだろう。

「俺が七星さんを超えるなんてことはあり得ませんよ」

「それはまだ実感が湧いていないだけだ。現に俺が現役の時設計していた機体は既に型落ちだ。電志は俺の設計した機体の設計書も見たことがあるだろう?」

「それはありますけど……でも、俺は七星さんが設計した機体を強化していっただけです。何も無いところからあれだけの機体を作ることはできません」

 七星の機体は確かに型落ち品だ。

 電志は〈DDCF〉に入った当初、過去の機体の設計書に残らず目を通した。その中には当然七星さんの機体も多数あった。性能で言えば今と比べるべくもないほど落ちる。速度も旋回もタフさも。一時は拍子抜けしたほどだ。

 しかしそれは代替わりの必然でしかない、そう気付いてからは逆に尊敬の念が強くなった。当時の技術では、それが革新的だったのだ。俺がその時代に行って今の性能の機体が作れるかと言えば、そうではない。何より【光翼】を生み出せるかと言われれば、否。七星さんは何もないところから凄いものを生み出したのだ。それがどれだけ大きな才能か、設計書を実際に作っていて実感するのである。

「俺だって別に何も無いところから生み出したわけじゃない。元々粒子加速器は大昔から巨大施設を作って研究が進められていたし、【光翼】は〈DRS〉の協力なくしてはできなかった。それに比べて電志の【黒炎】は常識を超越した機体だ。いったいどこからこんなアイデアが出てきたんだ」

「それは、倉朋が……」

「ほほう、愛の力か!」

「そんなんじゃないです! たまたま、俺の子供の頃に書いていたメモをあいつが読み漁って、これを作ってみたらどうかって言ってきたんですよ。何せ子供の頃に書いたやつだから実現不可能だろうって思って封印していたんです。まさかそれを掘り起こすことになるなんて……」

「じゃあ、やっぱり愛の力だな!」

「どうしてそうなるんですか!」

「面白いからだ」

 いたずらな笑みを浮かべて七星は言った。

 電志はぐぬぬ、と歯噛みして反撃する。

「そういう七星さんは【光翼】をジェシカさんのために作ったんじゃないですか? 確か、記憶に残ってますよ。七星さんが俺を助けてくれた時、〈コズミックモンスター〉に襲われそうになった。それを倒したのはジェシカさんだったでしょう?」

 電志と七星の最初の出会いの時だ。

 呆然としていた電志を助けに来た七星。

 しかし窓から見えるのは〈コズミックモンスター〉。

 絶体絶命。

 そこで颯爽と現れ敵を倒したのがジェシカだった。

『ジェシー流石だ』

 七星は通信機に向かってそう言っていたのをよく覚えている。

 そこには子供でも厚い絆があるのだと理解できたほどだった。

「別に、あいつがたまたま近くにいただけだ」

「当時からジェシカさんとは二人三脚だったんでしょう? ジェシカさんを守るために【光翼】を作ったとしても不思議じゃない。まさか、【光翼】の制作にもジェシカさんが絡んでいたんじゃ……?」

 そうしたら七星は一瞬言葉に詰まり、目を泳がせた。

「…………いや、そんなことは、ないぞ?」

 電志は勝ち誇ったように言った。

「ほほう、愛の力ですか?」

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