第89話

 地球への回答まで残り三日。


 既にゴルドーには出来上がった設計書を渡してきた。

 電志と愛佳は〈DDCF〉で緩い日常に戻りつつある。

 残り三日という短い期間で開発をしてもらうのは若干の不安や焦りもあるが、設計士としては設計書を引き渡すことができれば一つの区切りがつく。

 それに今回は一~二日でできるとゴルドーが言っていたのだ。

 あまり心配する必要はないだろう。

 ただ一つだけ心配があるとすれば……

 電志は両手を後頭部に回して椅子に深くもたれながら口を開いた。

「ゴルドーは妹にも手伝わせるって言ってたよな。失敗しなければ良いんだが」

 今回、ネルハは初仕事である。

 変なミスをして期間内に終わらないなどという事態も、最悪起きるのではないか。

 あくまで可能性ではあるが。

 隣の席の愛佳は自身の作った設計書を眺めながら応じる。

「巣の破壊作戦の時みたいなことにならなければ良いね」

「あの時か……あれは焦ったな」

「最初は問題なく【黒炎】が出来上がる予定だったからね。それが、開発のミスで完成が作戦当日まで伸びてしまった。安心していると思わぬところでつまずいてしまうということだね。設計が終わってもそこが本当に終わりか、ボク達は考えさせられた」

「珍しくまともなことを言うんだな」

 電志が茶化すと愛佳はフッ……と自己陶酔気味に薄い笑みを浮かべた。

「ボクも一流の設計士の仲間入りをしたからね」

 意味が分からなかった。どうしたんだろうか。

 先程から愛佳は自身の作った設計書を眺めてニヤニヤしてばかり。もしやこいつの中で設計が会心の出来だったとか、そういう感じなのだろうか。でもそれが今の言葉とどう繋がるのかが不明だ。

「……一流ってなんだ?」

「ボクが一人で設計したということだよ。電志班としての成果は今まで、半々だったじゃあないか」

「……半々だったか?」

 電志は首を捻った。まあ近頃は半々と言えなくもなかったか。愛佳が来たばかりの頃は俺が8で愛佳が2だったような気がするが。

「半々だ、二人で作ったんだから等分される」

「その論理だとそうなるな」

「それが今回、ボクはたった一人で作り上げたのだよ……! ふふ、これでボクも電志と横並びというわけさ。電志は誰もが認める一流の設計士だからね、これでボクも大手を振って一流設計士を名乗れる。そうだ、名刺を作ろうか! 『一流設計士・倉朋愛佳』カッコイイね!」

 愛佳は心底嬉しそうにしていた。一流の意味とはそういうことだったらしい。思い返してみれば、確かに単独で設計したことはなかったかもしれない。シゼリオのチーム【ファイアーブランド・パラディン】の面倒を見るのも、俺がしていたことを引き継いだだけ。いや、それでも充分凄いことなのだが……それは『単独でこなした』と見做すには弱かったのだろう。俺が思ってる以上に愛佳の中では相当喜ばしいことなんだろうな。

 そんなことを考えると、愛佳がニマニマしているのも気持ちの良い光景に見えてきた。

「…………ま、一流が班に二人ってのは心強いな」

「そうだろう? さーて、次は何を設計しようかな。今のボクなら何でも作れそうな気がするああ設計がしたくてしたくてたまらない!」

「次の設計は未定だ。また暇つぶしに設計することになるだろう。アイデア出しからだな」

「暇つぶしかあ。そうだ、それなら買い物行こうよ。最近行ってない気がする」

「設計したくてたまらないんじゃなかったのか?」

「気持ちが切り替わったのさ。さあ行こう」

 愛佳は数秒前とは別人のようになり、立ち上がる。

 その場その場で思った通りに行動。

 自由人だな、と思いつつ電志も立ち上がった。



 メルグロイはいつもの場所でセシオラと話し始めた。

 カジノ奥の通路は相変わらず寂しさが漂っているが、嵐の前の静けさのようにも感じられる。

 それはメルグロイだけが感じているのか、そうでないのか。

「何というか、天気とかさ、気にならないか?」

「天気?」

 セシオラは目をぱちぱちさせて聞き返してくる。

 メグルロイは壁に背を預け、〈コンクレイヴ・システム〉で画面を表示させる。

 幾つかの操作で地球の様子が映し出された。

「いやさ、宇宙って天気が無いだろう? 郷愁っていうのかな、たまに故郷の天気が凄く気になるんだ」

「宇宙って常に晴れだからね」

「晴れって言うのかね」

「晴れじゃないの? 雲が無いから」

「そうか……まあそうだな。じゃあ雨は、なんだろう? 隕石でも通り過ぎれば、雨か?」

「…………流星とか!」

 素敵なことを思いついたとばかりにセシオラは目を輝かせた。

 メルグロイもそれは良いな、と思った。だがよくよく考えてみると、流星は宇宙人に関係無いんじゃないのか。大気圏で燃え尽きる塵とかだった気がする。でもまあ、いいか。別に深く話したい内容でもない。

 それから話は移り、セシオラが総司令の会見のことを言い始めた。

「結局、地球侵攻は無さそうだね。今までの混乱が嘘みたいに静まっちゃった」

「ほらやっぱりな。最初からそんな計画なんて無いんだよ。自分たちの流した噂に感化されるなんてまだまだだな」

 肩を揺らしてメルグロイが笑うとセシオラは恥ずかしそうにした。

「だってしょうがないじゃない」

「俺たちは最初から嘘を流していたんだ。根も葉もない嘘を。まあ真実味を演出するために自己暗示で自分も信じ込ませるって方法もあるが……そういう芸当はなかなかできるもんじゃない。セシオラはまあ……ちょっとお子様だったってことかな?」

 どうもセシオラは心が動きやすい気がする。宇宙人の友達に心動かされ助けようと考えてしまったり、自分が流した噂に感化されてしまったり。やっぱりまだ子供の部分があるのだろう。不遇を生きてきた故にスレた部分もあるが、根は良い子なのかもしれない。

 そんなことを考えて一人納得していたメルグロイだが、少々言い過ぎたようだった。

 セシオラはぐぬぬ、と歯噛みした後、反撃してきた。

「そう言うメルグロイはとどうなの?」

「本気じゃない。前も言った通りさ」

「そんなこと言って、実は本気になりかけてるんじゃないの?」

「……いや、それは無いさ」

「本気じゃなくてそんなに続くものなの? 今でも熱心に通っているみたいじゃない」

 案外、誰かに見られているもんなんだな……とメルグロイは内心で苦笑した。

 妙な行動をする者には監視がつく。それは当然と言えば当然なのだが、自分がその対象になるのはどうにも落ち着かないな。

「一歩引いてるくらいの方が続くんだよ。それが大人の恋愛だ」

「メルグロイは……親しい相手がどうなっても本当にいいの?」

 セシオラは訴えかけるように言った。

 その問いはメルグロイも最近、自分の内側から湧き出てくるのを感じていた。

 その度にしょうがないじゃないか、と気持ちを落ち着けてきた。

 だが自分の内側から湧き出てくるそれより、他人から言われた方が何倍もインパクトは大きかった。

 不覚にも心が殴られたように揺さぶられてしまった。

 気持ちが表情に表れ、顔をしかめてしまう。

「…………他人より、自分だろう」

 気分は最悪。酒でも飲んで忘れてしまいたい。

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