第80話
視点を切り替えるのはなかなか難しい。
いったん見当をつけた答えが間違っていてもなかなかその思考から抜け出せなかったり、思考の道はなかなか引き返せないものだ。
もう手が無い、という袋小路に突き当たった時、助けとなるのは全く違う考え方の人間だ。
電志はそれを再認識させられた。
当初から愛佳は何か新しい発想を与えてくれるんじゃないだろうかと思って電志班に置いておいたのだが、【黒炎】の設計を思いついたのも彼女だ。
そして今回も重要な、重大なヒントを与えてくれた。
終わっているのは【黒炎】の設計だけだ。
電志は力が全身に駆け巡っていくのを感じた。
そうか。
そうだったのか……!
消えてしまった炎が再燃するように。
目前に差し出された画面を食い入るように見つめる。
そこに映し出されていたのは【黒炎】とは全く別の機体。
遥かに小型で【光翼】も装備されていない。
機体仮称『グンタイアリ』。
電志が中学生の頃思いついた機体の一つだ。
虫というものを教わった時、虫とは生物の完成形ではないかと思った。
小さく、数が多く、集団で襲い掛かり自分達より遥かに大きな獲物を倒してしまう。
最終的に集団さえ存続できれば良いとして犠牲をいとわない。
じゃあ、そんな機体を作ったら……?
きっと恐ろしい軍隊になるはずだ。
そうして、小さく、スピードと攻撃力だけは高い機体をイメージイラストとして残した。
その後、パイロットの安全を考えるようになってからはボツ機体になっていた。
機体も人間も消耗品として扱うこの思想は間違っている、と。
しかし今回ばかりはこれが役に立ちそうだった。
もちろんそのまま役に立つわけではない。
「一つ、良いアイデアを思いついた……!」
電志がそう言うと、愛佳はニヤリとした。
「元気を取り戻したようだね」
「ああ、ありがとう」
「ホント、ボクがいないと電志はダメなんだから」
「だから班を組んでいる」
「それで、何を思いついたんだい?」
愛佳は机に腰かけて問いかけた。
それに対し電志は確信を持った目で考えを明かした。
「【黒炎】の弱点を突く……!」
超重防御突撃機【黒炎】には一つだけ弱点がある。
それは設計士だからこそ、機体を知り尽くしているからこそ突くことができるものだ。
「小回りが利かないところとか?」
疑問顔で愛佳が言うが、電志は首を振った。
「小回りが利かない分特殊な【光翼】でカバーできるように設計してある。戦闘で無力化するのは無理だ。俺が思いついたアイデアは、闘わない。しかも残り期間が限られている中で、開発フェーズまで完了させられる」
「それはまた、夢のようだね。でも……どんなに小さな機体だって、残り期間で制作なんてできないんじゃあないかい?」
「新作は設計しない。だから今画面に映している機体を作るわけじゃないさ。これをヒントに既存の機体に修正を加える。それなら残り期間でも充分可能さ」
電志は目の前にある愛佳の画面を操作して、【黒炎】の設計書を出す。
コックピットを選択すると更に詳細な選択肢が出てきて、その中から普段あまり弄らない『航行システム』を選択した。
普段であれば、設計において航行システムにはどのソフトウェアを使用するかを選択するだけだ。
このソフトウェアを制作しているのは〈DRS〉で、〈DDCF〉は使うだけの立場である。
画面にはソフトウェアのバージョンが細かく表示され、右下の方に『機能概要』というボタンが表示された。
ボタンを押すと文章がずらりと出てくる。
文章の中から特定の機能を表示させた。
その題名は『帰還誘導機能』。
電志は口の端に笑みを浮かべながら言った。
「『帰還誘導コード』を使う……!」
【黒炎】には『帰還誘導機能』というものが存在する。
巣の破壊後、燃料が帰還まで足りなくなった場合にどうするか。
そんな時に残りの燃料でグローリーの帰還ポイントに自動で針路を合わせてくれる機能を持たせようということになった。
これは【黒炎】と【グローリー】が絶えず通信を行うことによって成り立つ。
この時に帰還誘導機能を有効にさせる暗号が『帰還誘導コード』だ。
愛佳もさすがに何をしようとしているか気付いたようで、目を丸くした。
「まさか……強制的に有効にさせるの……?!」
「そのまさかだよ……!」
本来、この機能は【黒炎】から『誘導してくれ』と要請が来てから始まるものだ。
だが、要請が来ていないのに【グローリー】から強制的に『帰還誘導コード』を送信してしまおうというのである。
そうすれば、【黒炎】は何もできなくなり、強制的に帰還軌道をとる。
闘わずに無力化がなされるのだ。
「電志……さすがはボクの相棒だね!」
「そりゃどうも。まあそこで、だ……ソフトウェアは専用のものをカイゼルに作ってもらって、機体には通信用の機材を取り付ける」
「〈DDCF〉の部屋に機材を置くとかじゃダメなの?」
「ああ、それでは駄目だ。何故なら、本来は【黒炎】から『誘導してくれ』と要請が来るんだが、その時に機体の向きや状態の情報も受け取ることになっている。その情報を得るためには、既存機を改造して【黒炎】に近付き、撮影する必要があるんだ。撮影した映像を解析して機体の向きや状態を割り出すことにする」
「ふうん……ここにいながらでは【黒炎】の姿をうまく捉えられないから、か。じゃあ整理すると……」
愛佳は指を折りながら確認していく。
「……既存機に通信用機材を取り付ける。既存機は発進したら【黒炎】を追う。捕捉したら撮影する。そして……『帰還誘導コード』を送信する。これで良いのかい?」
電志は頷いた。
「そうだ。これなら可能だろう?」
そうしたら愛佳は机から尻を上げ、何でもないことのように言った。
「ボクたちにできないことなんてあるのかい?」
二人は当然とばかりにフフンと笑いあった。
電志は意思の炎を宿した目で遠くを見つめる。
師匠の顔を思い浮かべながら。
【黒炎】を殺戮に使おうというなら、阻止してやる。
同じ設計士として、設計で勝負だ……!
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