第79話
意外な掘り出し物、という表現は人に対しては失礼にあたるかもしれない。
だが電志にとってセシオラは、本当に意外な情報を持っていた。
地球生まれなのに七星とパイプを持っていて、しかもこちらの知らない七星の顔を見ているという。
まるで趣味の合う友達を見付けたかのようだった。
語り合いたいという気持ちがむくむくと育ち始める。
「地球侵攻計画の噂が本当だって? それは本人が言ったのか?」
電志は驚きを隠せない様子で尋ねた。
セシオラは『本当っぽい』と言ったはずだが、七星本人に確認したのならばそれ以上無い証拠ではないか。案外、日記を見るような遠回りをせず本人に直接訊いてしまった方が早かったのかもしれない。愛佳のやつが『正面から行くな』なんて言うから……まったく、用心深すぎるんだよ。
そうするとセシオラは目を丸くし、慌てて手を振った。
「あ、いや、そういう雰囲気みたいな感じ、だったの」
慌てているというか、何かを間違えたというか、突然話を引っ込めたような感じだった。
例えば電志がうっかり極秘任務のことを誰かに話してしまった時、そういう態度をとるかもしれない。
何か秘密でもあるのか……電志は首をかしげたが、深く突っ込まないことにした。出会ったばかりの相手だと、そういうところは突っ込みづらい。
休憩所は少しずつ人が入れ替わっており、人が少なくなると話し声も通りやすくなる。
売店の店主は暇そうに在庫チェックを始めていた。
「あなたは噂を信じる方?」
エリシアが尋ねると、セシオラは少しためらってから頷いた。
「はい。でも……やめて欲しい、というかやめた方が良いと思います」
「それは、あなたが地球生まれだから?」
「いえ……あの、どうなんでしょうね。あれ? どうしてやめて欲しいんだっけ……?」
その場でセシオラは考え込んでしまった。
エリシアも電志もその反応には疑問符を浮かべるしかなかった。
自分の世界に入ってしまっているように見えるが、どうしたのだろうか。
妙な間が空くと、セシオラは二人に見られていることに気付いてハッとした。
「あああのあのっ気にしないで下さい!」
ぶんぶん手を振って弁明をし始める彼女だが、それは逆効果だった。
電志は顎をいじりながらまじまじとセシオラを見る。不思議ちゃんなのかね……?
「それは『気にして下さい』と言っているようなもんだ」
「……本当に何でもないんです。ただ……自分でもよく分からなくなったんです。戦えばたくさん人が死ぬからなのか……でも、やめて欲しいっていう思いだけはあって……」
ますます分からなくなってきた。この娘は言っていることがイマイチよく分からないな。
エリシア、お前は分かるか? と視線を送ると彼女はノーの仕草を返してきた。
どうしたもんかな、と電志は思いながら会話を続ける。
「とにかくやめて欲しいって思っているのは変わらないんだな?」
「そうです。できることなら未然に止めたいです、七星さんを。電志さんも止めたいと思いませんか?」
「それは……………………止めたいさ。噂が本当ならな」
噂はもう本当だと確信してはいるが、言い訳のように『本当なら』と付け足した。
今でも嘘であってほしいと願っているからかもしれない。
「電志さんは設計士なんですよね? その力で七星さんを止めることはできないんですか?」
「無理だ。もう……」
言葉の途中で詰まってしまう。
もう、設計フェーズは終わってしまっている。
開発フェーズも終了し、脱出艇の格納庫に並んでいる【黒炎】は新たな姿になっている。
だがそれは言えない情報だ。
ごまかしの言葉を捜し始める……しかしすぐには思いつかない。
だから秘密を伏せたままでで簡潔に言った。
「……もう、設計士としてできることは何も無い」
口に出してみると、それは非常に重く感じられた。
自分が無力に感じられた。俺は設計士なのに、何も設計で解決できないのか……? 俺の設計は、その程度だったのか?
今の自分は、歯が立たない圧倒的なモンスターを前に立ち尽くしているようなものではないのか。
現状の深刻さを再認識させられた。
これまで何となく『ヤバイ』という思いはあったものの、それは漠然としていた。
それがセシオラと話して頭を整理してみると、思った以上にどうにもならない状況になりつつあるではないか。
電志は思わず自身に苛立ちを感じて表情を歪ませた。
そうした表情は普段なら怖いと言われていたかもしれない。
だがセシオラはそうですか、と気落ちした様子で下を向いていた。
セシオラと別れた後も電志は無力感を引きずっていた。
隣でエリシアが気遣わしげに見ている中、考え続ける。
設計士なら、その力で何とかできないのだろうか。
本当にもう設計ではだめなのか。
――いや、もう設計フェーズは終わっているじゃないか。
それは言い訳だろう。
――いや、事実だ。
まだできることはあるんじゃないのか。
――無いさ。
自問自答は苛立ちを加速させた。
無い。無いのか。設計士なのに。設計士のくせに。
屈辱だ。
屈辱だろう?
今までさんざん打ち込んできた設計。
それが何の役にも立たないなんて……!
ぎりっと奥歯を噛みしめる。クソがっ……!
『電志さんは設計士なんですよね? その力で七星さんを止めることはできないんですか?』
そんな風に言われたのに、応えることができなかった。
こんなはずじゃなかった。俺が、もっと早い段階で気付いていれば……
気付いていれば、止められたのに。
だがそれは言い訳だ。
誰かに設計士の力を求められたなら……それに応えなければならないだろう?
今から止められるのか……?
もう全ては終わっているというのに……
「やあやあ電志、なに辛気臭い顔をしているんだい?」
いつの間にかエリシアの代わりに愛佳が隣に立っていた。
どうやら考えている間にずいぶん時間が経過していたらしい。
周囲を見渡せばここは〈DDCF〉の室内のようだ。
「……ああ、別に」
電志はぶっきらぼうにそう言うと腕組をした。
それからまた考えに没頭しようとしたところを愛佳に止められる。
「電志、ここは設計をする部屋だ。一人遊びなんかしてないで設計しよう」
「設計……」
その言葉はいまNGワードのようなものだった。
それを聞くだけで苛ついた。
だからつい、反射的に言い返してしまった。
「……設計じゃもうどうにもならない。もう終わっているんだ」
かなり棘のある言い方になってしまった。
すると愛佳はしばし考え、自身の画面を電志の目の前に出した。
電志はなんだよ、と思ってそれを見る。
そこに映し出されていたのは、電志のメモ帳を元ネタにした機体。
【黒炎】でない別の機体だった。
愛佳はいつになく真面目な声音で言った。
「もう、終わっている? それは【黒炎】の話だけじゃあないのかい?」
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