第81話
地球への回答まで残り六日。
ジンクスは成功よりも失敗として使われることが多い。
失敗したという記憶や記録はどうしても尾を引く。
次に似たような状況になるとまた失敗するのではないかと根拠も無く思ってしまうのだ。
電志は別にジンクスというものを信じているわけではない。
しかし、格納庫の見晴らし台へ登るとどうしてもシゼリオに断られた時の記憶がうずいてしまうのだった。
見晴らし台から一望する格納庫は静かな湖面のようだ。
どの機体も出動が無く、ただそこに静かに佇んでいる。
修理はやや急造であったためか、直した部分とそうでない部分で継ぎ目が目視できた。
着衣を継ぎ接ぎして長く使用するのと一緒だ。
【アイギス】ではちょっと破れなどで新しい服を買い直すということはしない。
服を直したい場合は専門の部門やお店に持っていけば継ぎ接ぎしてくれる。
継ぎ目が目立たないようにするサービスや何かの模様やイラストを駆使して新たなデザインに作り変えてしまうこともある。
少ない資源でやりくりする社会では自然とそういう習慣ができていくらしい。
電志は庫内から視線を戻す。
見晴らし台にはカイゼルを招いていた。
カイゼルはいつもはマイペースな感じであったが、今は落ち着かない様子だった。
柵を掴む手は忙しなくリズムを刻み、顔も左右へキョロキョロしている。
電志はシゼリオで失敗した時のことを踏まえ、どう切り出したものかと考えた。
どうやって説明すれば分かってもらえるのだろう。
腕組して考えていると、沈黙が耐えられないのかカイゼルが先に口を開いた。
「電志、僕は君の愛は受け取れない……!」
「そういう話じゃない」
コンマ一秒で電志は突っ込んだ。わざわざ人気の無いところに呼び出しはしたが、そういう解釈はしないでほしい。というか俺には愛佳がいるんだが。
「じゃあどんな話なんだい? 愛佳に捧げるラブソングの歌詞に困っているのかい?」
「俺はラブソングを作ったりはしない。そういう話じゃないよ。他でもない、極秘任務の話さ」
そうするとカイゼルはああそれね、といつもの調子になった。
「なかなか難しかったけど、新しいことに挑戦するのはいいね。おかげで地球に詳しくなったよ」
「まあその地球なんだが……」
言いよどみながら電志は本題に入る。
「……戦いになってしまうとしたら、止めたくないか?」
会話の流れでいきなりの提案になってしまった。
最初はもっと考えながら慎重に話を進めるつもりだったのだが。
予定とはこうも狂いやすいものなのか、と電志は心で苦笑する。
唐突な話にカイゼルは目を丸くしてしまった。
「なんだい、やぶからぼうに」
それは無理もない反応。
ここから説明するしかない。本当は先に説明をしたかったのだが……
「今の状況は思ったより危険だ。地球からのメッセージでは武装解除しろという通達だった。だが七星さんは、噂でなく本当に地球と戦うつもりなんだ。俺も最初は地球侵攻計画なんて噂は信じてちゃいなかった……だが、見てしまったんだよ、七星さんの日記に書いてあるのを……!」
「…………日記に? それは本当かい?」
「本当だ。バッチリ書いてあった。巣の破壊作戦が成功した時から、もう次の標的は地球って決まっていたんだよ……!」
「それはまた、どうして……基本的に数の暴力で負けることになると思うけど、七星さんがそういう計算をしないとは考えられないけどなあ」
カイゼルは難しい顔をして考え込んだ。
やはり信じられないという思いが強いのだろう。
ここでもっとプッシュして協力を得るか。
それとも今回はこれでいったん終了にして何度も会話を重ねて協力を得るか。
だが何度も会話を重ねていく時間も無い。
本当なら信じてもらうまでじっくり時間をかけるべきなのかもしれないが。
そこで電志は妥協点を見出した。そうだ、信じてもらわなくても協力を得られるかもしれない。言葉選びに注意さえすれば……
頭の中で何度かシミュレートしてからそれを口に出した。
「俺だって七星さんが計算できないで地球を攻めるなんて思わない。でも今回はそうした計算を度外視みたいだ。それだけ地球からの酷い扱いに恨みを抱いているらしい。いや、この際それをすぐに信じろとは言わない。一番の問題は【黒炎】だ。あれが本当に地球侵攻に使われてしまったら嫌だろう? もし噂が単なる噂で済むならそれで良い。でも殺戮兵器として使われる可能性があるなら、保険をかけておきたいんだ……!」
「保険……?」
カイゼルが興味を持ったように視線を合わせてきたので、電志は大きく頷いた。
「そうだ、保険だ。仮に【黒炎】が発進してしまうようなことがあれば、食い止めたい。そこで思いついたんだよ……『帰還誘導コード』を使えば良い!」
力強くプレゼンするように放った電志のアイデア。
カイゼルは意味を理解すると驚愕の表情を浮かべた。
「OH……! そんな弱点があったとは! それは全く気付かなかったなあ……電志、さすがだね!」
「いや、それはまあ、キッカケをくれたやつがいるから……」
「へえ、キッカケをくれたのは君のスウィートハニーかい?」
「チャラい言い方をするな、相棒だ」
「素直に恋人って言えば良いのに、このこの~!」
「恋人とか、そういうのはなんつうか、宣言とか、確認とか、してないし」
もごもごと電志は言った。恋人とか、どこからがそうなんだ? というか、今の俺と愛佳はどういう関係なんだ。付き合おうと言ったわけでもないし。
こうした境界線は微妙に悩みどころだった。
何か宣言してしまえば、関係ははっきりするのではないか。
そんな風に思うのだが、互いの認識が同じとは限らないと思うと躊躇われるのだ。
はっきりしない様子を見てカイゼルは肩を竦めた。
「まだしばらくは君達二人で楽しめそうだね。話を戻すと、『帰還誘導コード』で【黒炎】を操りたいんだね? そのためのシステムを僕が作れば良いのかい?」
「……話が早くて助かる。俺の想定では、正しい送受信をするシステムは既に作ってあるはずだ。だからシステムをちょっと改造して、正しい送受信じゃなくても通信が始められるようにしてくれれば良い。どれくらいで出来る?」
「うーん、そうだねえ……まあ多分、一日で出来ると思うけど、余裕を見て二日にしておこうか」
「流石だ、頼りにしている」
電志はほっとして肩の力を抜いた。
知らず知らずの内にずっと力んでいたようだ。
シゼリオの説得は失敗したが、カイゼルは成功した。
これでシステム面はどうにかなった。
後は〈DDS〉だ。
確かな手応えを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます