第78話

 ここで出会ったのも何かの縁。

 そういう言い方をすると割と不思議に感じるかもしれないが、人との出会いは往々にして偶然である。

 そこに運命とか、意味付けをするのは『そうした特別なものであってほしい』という願望である。

 それが電志の考え方であり、地球生まれの少女と休憩所までやってきたことに別段思うことは無かった。


 絡まれている姿を見過ごせなくて、助ける形になってしまった。

 人助けと考えると、急激に抵抗を感じてしまう。

 流れ的にそうなってしまっただけで、正義感とかではない、と思う。

 そんな風に、訳も無く胸中で自分に弁明してしまう。

 そうしていると、地球生まれの少女はお礼を述べた。

「あの、ありがとうございます。地球が嫌いなのに地球人を助けるなんて、変わってますね」

 表情は笑っているように見えるが、悲しそうな色を帯びていた。

『地球人でごめんなさい』と言っているかのように。

 どことなく卑屈空気を纏っているという印象が強かった。

 テーブルには軽食と飲み物が並べてある。

 電志は軽食のクラッカーを摘み、口へ持っていく前に応じた。

「あの四人組にも言ったことだが、共同体と個人の問題は別物だ」

「…………違うんですか?」

 上目遣いになった少女は恐る恐る訊いてくる。

 それは本当に理解が追いついていないようだった。

「そうだけど……」

 電志は言葉に窮する。どう説明したら良いんだろうか。

 腕を組んで考えていると、隣のエリシアが引き継いだ。

「敵国の姫と恋に落ちる王子様の物語とかイメージしてみなさいよ。いがみあう敵国同士だけど、個人間ではどう思っている? 相手が悪い奴だなんて全然思っていないでしょ?」

「敵国同士だけど、恋ですか?」

 地球生まれの少女は興味を引かれたようだった。

 頑張ってイメージしようと眉間にしわを寄せている。

 エリシアは講師のように指を立てながら言った。

「そう。王様は『敵国は何度も攻め込んで来て国民を殺してきた酷い奴らだ』と教えていて、王子も最初はそれを信じていた。ある日王子は鹿狩りの途中で川に落ち、流されてしまった。そこで見知らぬ女性が助けてくれて、献身的に介抱してくれた。王子は回復するが、そこで女性が敵国の姫であることを知ってしまう。何故僕を助けたのか! そう詰め寄る王子に姫はこう返しました。『怪我をした人に敵国も何もありません』……王子は気付きました、敵国も悪い奴ばかりではないのだ、と」

 即興のストーリーは童話みたいな聞き心地であった。

 それだけに分かりやすく、地球生まれの少女にもスッと入っていったようだった。

 少女はしばらくふぅん……とストーリーの咀嚼を続け、それから一定の納得を導き出したようだった。

「地球人も……悪い人ばかりじゃないってこと?」

「今回の問題に置き換えれば、そういうことね。地球生まれ……あなた達の言う『地球人』を一括りにするのはナンセンスなのよ」

「わたしは……悪い人かもしれませんよ?」

 挑戦的な、というより試すような顔をして少女が問うた。

 それに対し、エリシアは余裕の顔で受け止める。

「否定はしないわ。だってまだあなたの名前も知らないもの」

 すると少女はポカンとし、『一本取られた』という顔になった。

「セシオラです。セシオラ・リアネケフ」

「エリシア・ゾラよ」

 電志に視線が集まる。

「デンシだ」

 微妙な空気が流れた。

 なぜこの人はファミリーネームを言わないのか、そんな素朴な疑問があるのはもっともだ。

 だが電志はそこに触れてくれるな、と態度で示す。

 エリシアはくすくす笑うと助け舟を出してくれた。

「彼はお侍さんだから、これで良いのよ」

「えっそうなんですか……?」

 セシオラは瞬きをしてそう言った。

 分からないことに対し、どう反応したら言いか戸惑っている。

 電志はもう面倒だからそれで良い、と思った。


 緊張が徐々に解けてきて、セシオラは飲み物にも食べ物にも手をつけ始めた。

 それからぽつりとこぼす。

「宇宙人の人が地球に怒る気持ちも、分からなくはないんです」

「それはまた、何でだ?」

 電志はわずかなりともセシオラの言葉に興味を持った。

 最初は適当に会話をして切り上げるつもりでしかなかったが、絡まれるような目に遭ってなお【アイギス】生まれの気持ちも分かるという。

 それは意外なことだ。

 セシオラは纏まっていない言葉をかき集めるようにたどたどしく話す。

「うーん……何て言ったら良いのか……地球からのメッセージはわたしも見ました。あれは酷い、と思います。その……宇宙人の知り合いの人が何人かいるから、そういう人達が地球から酷い扱いを受けているんだなって思うと、何か……ごめんなさいって気持ちになるというか」

 ふむ……と電志は考え込んだ。さっきエリシアが話した敵国同士の愛と似ていて、友達バージョンといったところか。【アイギス】の者達と触れ合うことで、地球と【アイギス】という距離を埋められたのかもしれない。地球生まれに気遣うのと同じように【アイギス】の人間にも気を遣えるようになったのだ。

「【アイギス】の人間と知り合えたのが大きいんだろうな」

 そう言うと、セシオラは頷いた。

「七星さんは分かります? 七星さんは凄く優しい人なんですけど、地球が嫌いかって訊いたら凄く怖い顔をしていました。だから凄く嫌なことがあったんだろうなって思っていたけど、地球からのメッセージで分かりました。あんな扱いを受けていたら、そりゃ怒るよなあっ……て」

 突然『七星』のワードが出てきたことに電志は驚いた。

 しかも、地球が嫌いかと訊かれて怖い顔をしていたというのも動揺を誘った。

 セシオラに対する興味は『わずかなりとも』から『MAX』に急騰した。

 詳しく聞きたい。

「七星さんは分かるよ。君は七星さんと知り合いなのか?」

 急に前のめりになった電志、セシオラは不思議そうな顔をした。

「はい。ちょくちょくお話させていただいてます。そういう電志さんは……?」

「弟子、といったところだ。俺は設計士なんだけど、あの人は師匠だ」

「ええっ?! 弟子だったんですか? これはびっくりしました……」

「まだまだあの人には追いつけないけどな。それで……地球が嫌いかって訊いたら、怖い顔をしていたのか……? 七星さんが?」

 一番重要なのはそこだ。そこを聞きたい。

 セシオラは悲しげに頷いた。

「見てすぐに分かるくらい、怖い顔をしていました。憎んでいるんだろうなって思うくらい」

「そんなにか……」

 だが、今まで調べてきた七星像とは一致する。地球侵攻計画を立てるくらいなのだ、それくらいの反応はするだろう。

「地球侵攻計画の噂もあるし……話してみたら本当っぽいし」

「えっ……?」

 電志はしばし固まってしまう。本当っぽい? どういうことだ?

 この娘は俺達よりも深い情報を知っているのでは、と感じられた。


 ここで出会ったのも何かの縁、ということにしても良いかもしれない。

 もっと色々と聞きたくなった。

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