第77話

 以前、見たことがある女の子だ、と電志は気付いた。

 絡まれている地球生まれの少女は、記憶の片隅と一致する。

 初めて極秘任務のための秘密の部屋に案内してもらう時、七星と待ち合わせをした。

 そして電志が待ち合わせ場所の休憩所に行ってみると、七星は見知らぬ女の子と一緒にいたのだ。その時は七星さんは偶然知り合ったと言っていた気がするが、それ以来見ていないよな。結局何だったのか分からず終いだった。


 電志が近付いていった時には、四人組の内の一人の女の子が地球生まれの少女の腕を掴んでいるところだった。

 割って入る時には『やめろ!』が一番良いのだろうか、と言葉を選びながら注意を向けさせる。

「怒りをぶつける相手は、その娘で合っているのか?」

 そうして四人組に視線を走らせる。

 一人は地球生まれの少女の腕を掴んでいる女の子で、目が大きく一見すると小動物系。

 他は太り気味の男子、小太りで眼鏡の男子、背が低く猫顔の男子だった。

 みんなどこかしらで見たことはある顔なので、やはり【アイギス】生まれなのだと確信する。

【アイギス】生まれが地球生まれに怒りをぶつけているのだ。

 目の大きい女の子が怪訝な顔をして電志、そしてその隣に立つエリシアを品定めする。

「あんた達、【アイギス】生まれでしょ……? 地球生まれ、ムカツかない?」

 それは、お前は仲間か敵か、と尋問しているように聞こえた。

 電志は表情を変えずに答える。

「ムカツクとしても、地球生まれに手当たり次第あたるわけにはいかないだろう。それじゃ魔女狩りだ」

 自分たちのしていることを顧みろ、という気持ちを込めて言った。

 客観的に自分たちのしていることを見てみれば、きっと間違いに気付くはず。

 それが電志という論理思考の考え方だ。

 だが目の大きい女の子は気分を害したようだった。

 眉根を寄せて不快感を露にする。

「ふーん……あんた、この地球生まれの味方するの?」

 外野の猫顔の男子も攻撃的な言葉を浴びせてくる。

「おいおい、ちょっとさー? 【アイギス】生まれなのに地球生まれの味方かよ。裏切り? ねえ裏切りなの?」

 小太りで眼鏡の男子は後ろで「ウザッ」と悪態をつき、太り気味の男子はムッとしていた。

 電志は論理が伝わっていないのだろうか、と言葉を重ねることにする。

「俺も地球は嫌いだがここにいる地球生まれに八つ当たりしてもしょうがない。共同体の問題と個人の問題は違うだろう」

 目の大きい女の子はこれに反論してきた。

「地球からのメッセージ、見たでしょ? 地球はウチらを見下してる! きっとこいつだってウチらのこと見下してるよ!」

 そこで電志は地球生まれの少女に目をやった。

 年齢的にはまだ中学生か、高校生になりたてか……幼さが残る。

 明るい色の髪で、良くない言い方をすれば薄幸そうな、俯いている様が板についている顔だった。

「見下しているかどうかは分からない。俺はこの娘の考え方が分かるほど会話していないからだ。逆に……」

 と、電志は大きい目の女の子に鋭い視線を投げて続けた。

「……君はこの娘に何か酷いことでも言われたのか? 見下されていると分かるような」

 ピリッと空気が緊張する。

 大きい目の女の子は地球生まれの少女の腕を放し、怒りの矛先を変えたようだった。

 変更先は他でもない電志……

 そこで電志は背中をぽんぽんと打たれる感触を覚えた。

 そしてエリシアがここへ来て口を開く。

「一つ誤解を与えてしまったようだけど、わたし達ね、トレーニングルームから帰ってきたのよ。何でだか分かる?」

 四人組に問いかけることで注目を集める。

 まだまだ不満そうな『なに?』という視線を一身に受け、エリシアは前のめりになって語りかけた。

「サンドバッグを叩いてきたのよ……! 『地球ぶっ殺す!』って叫びながらね! 当然二人ともよ? ね、電志?」

 水を向けられ電志は頷いた。ここは連携プレーだな。

「ああ。俺もあれこれ君達に言ってしまったが、地球が嫌いなのは一緒だ。だから根本的なところでは君らの仲間だよ。そこを誤解させてしまったのは済まない。君達もトレーニングルームへ行ってくるといい。すっきりするぞ」

 そうしたら、大きい目の女の子の表情はみるみる変わっていった。

 怒りがスーッと収まっていくのが分かるようだ。

 緊張した空気もパッと霧散していく。

「なんだ、そういうことだったのね」

 大きい目の女の子が肩を竦めて言った。

 ガス抜きには成功したようだ、と電志は安堵する。怒りという可燃性の高いガスを抜くには俺のやり方じゃ駄目か……エリシアに助けられたな。俺のやり方だとどうしても反発を買ってしまうようだ。論理で分かってくれれば楽なんだが……

「そうだ、俺達同士で険悪な空気になるのはもったいない。もしかしたら、そうして俺達を仲間割れさせるのが地球からのメッセージの狙いなのかもしれない」

 すると、太り気味の男子が何かに気付いたように言った。

「そういえば、ウチらの周囲でも地球に攻め込むべき、いややめとこうって仲間割れして喧嘩してるグループがいたよ!」

 それを受けて猫顔の男子が目を見開く。

「やっべ、それって俺達ハメられてるってこと?」

 大きい目の女の子は難しい顔をして、それから溜息をつきながら言った。

「ウチらもトレーニングルーム行ってみよっか……?」

 そこへエリシアが笑顔で言った。

「そう……じゃ、わたし達はちょっと喉が渇いたから休憩所に行くわね」

 それで騒動は終結のようだった。

 四人組は軽く手を上げて去っていく。

 電志とエリシアも手を上げてそれを見送った。


 後に残されたのは電志、エリシア、そして地球生まれの少女。

「エリシア、助かったよ。流石だな」

 電志がそう言うとエリシアはあらあら、と呆れ顔をする。

「あなたは理詰めで行き過ぎなのよ。今回のようなケースでは上から言っちゃ駄目なの、余計反発を買うから」

「俺は上から言っているつもりは無かったんだが」

「あなたがそうでも、相手はそうは思わないのよ。漫画や小説の世界では相手を口で言い負かせば何となく解決したりするのかもしれないけど、それって危険なのよ。不満が残る終わり方をしたら相手が根に持って後で酷いことをされるかもしれない。後腐れの無い終わり方をするには下手に出て、最終的に相手を立てた状態で終わらせるのがベスト」

 目からウロコの教訓だ、と電志は思った。けっきょく俺が解決しようと思ってもうまく解決できたことは、過去を振り返っても無い、気がする。うまい解決方法とは、こういうことだったのか。

「エリシア……お前、意外に立ち回りがうまいんだな」

「わたしのことをただの高慢ちきでイタい女だとでも思った?」

「……」

「ちょっと! そういう反応傷つくんだけど?!」

「あ、いや……そこまでのことを思っていたわけでは」

 電志が詰め寄られてあたふたしていると、地球生まれの少女がくすっと笑った。

「お二人は仲良いんですね」

 そこで電志とエリシアは思い出したように、地球生まれの少女を見た。


 さて、助けたは良いがどうするか……

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