第71話
電志は自身の名前から『地球のどこら辺から祖先がやってきたか』を知っている。
どうやらその国では忍者というのがいたらしい。
忍者はシノビとも言うらしい。
さて、そのシノビはどんな仕事をしていたのだろう。
留守の家に忍び込んで日記を読むようなことだろうか。
「……そんなことを思うわけだ、俺は」
電志は考えていることをそのまま愛佳に伝えた。
すると愛佳は天井に目を向けつつ思案するように返す。
「どちらかと言うと、それは泥棒の仕事じゃあないかい?」
それを受けて電志は目の前の扉を指差した。
「じゃあ、俺達は泥棒しに来たの?」
目の前に鎮座しているのは、七星の居室の扉だった。
現在この部屋は留守であることがエリシア(調べたのはシャバン)の情報で確認されている。
愛佳はちっちっと指を振り、得意そうな顔をした。
「違うよ。ボク達は冒険しに来たんだよ」
「おかしいな……俺は七星さんが留守の間に日記を見よう、そうすれば全てが分かるって言われてここに来たはずなんだが」
「内容は合ってる」
「じゃあ泥棒だろ」
「冒険でしょ」
電志は眉間を揉んだ。おかしい、同じものを見ているはずなのに何故こうも意見が違うのか。そう言えば中学の時印象深い授業があったな。
『机の上にりんごを置きます。さてこのりんご、みんなが同じように見えているとは限りません』
先生がたまたま、雑談のように教えてくれたことだ。みんな『りんごはりんごじゃん』と怪訝な顔で言ったものだ。俺は各生徒の座っている所にカメラを設置してりんごを撮影し、全ての写真を照合にかければ良いと言った。それぞれ見る角度が違うから微妙に画像データとして異なるはずだ、と。その時先生は困った顔で『ん~機械的な意味じゃなくってね』と言っていたな。今、それが分かった気がする。愛佳はりんごを見て『かぼちゃ』とほざくタイプだ。
「なあ、やっぱりまずくないか?」
「でも知りたいでしょ? このまま知らなくて良いの?」
そう迫る愛佳に加え、反対側からはミリーが電志に迫ってくる。
「知りたいだろう?」
二人に挟まれ電志はたじろいでしまった。
「いや、知りたいのは山々だけど勝手に見るのは。ていうかミリーさんは何でいるんですか」
「電志、善人ぶるのは良くないよ」
「善人ぶるな」
旗色が悪いので電志は別の方へ助けを求める。
この場にはエリシアも来ていたのだ。
「エリシア、お前からも何か言ってやってくれ」
そうしたらエリシアは電志の背中をぐいぐい押した。
「今回はわたしも目を瞑ります。これだけ重大事であれば例外とするわ。だって、地球侵攻なんてことになったら大変なことじゃないの。それに、シロだって分かればこれで安心できるでしょう。これで全て決着するんだと思って、行きましょう」
電志は複雑な思いだった。
これでシロじゃなかったらどうするんだという不安も抱えつつ、渋々従った。
その頃、ジェシカは〈DUS〉で七星の机に座っていた。
セシオラが見守る前で七星の机の引き出しを開けていく。
そこに入っているのは本のような業務日誌。
紙媒体では配られていないため、この業務日誌は七星が自主的につけているものだ。
だから誰に見せるでもなく、本人しかその内容を知らない。
その中になら、あるいは周囲に秘密にしていることも……
ジェシカは緊張しながら業務日誌を取り出し、机に置いた。
いけないことだとは分かっている。
しかし不安が大きくなりすぎたのだ。
それからセシオラと視線を交わした。
最終確認のように、互いに頷き合った。
七星の部屋は、棚は乱雑に物が放り込まれており、ベッドは起きた後整えていない状態だった。
その部分を見れば『汚い部屋』という一言で済む。
ただし床に物が散乱していることはなかった。
生活の動線はしっかり確保するタイプなのかもしれない。
机には分かりやすく日記が置かれていた。
書いて閉じて、そのまま出ていったことがうかがえる。
電志は小さく『すいません』と声を出し、日記を開いた。
両脇からは愛佳とミリーが、そして愛佳と頬を寄せ合うようにエリシアが覗き込む。
最新の日付のものには妙なことが書かれていた。
『そろそろ地球から連絡が来るはずだ』
他愛のない文章の終わりに、そこだけメモのように書かれていたのだ。
その意味は分からない。
少し日付をさかのぼっていくと、『電磁爆弾』の文字を見付ける。
『弘成が最高にパワフルな物を作ってやがった! 大き過ぎて黒炎には装備できないが、まあ良いさ。奴らがやってきた時にアイギスで迎撃するのに丁度良い。これで勝率がぐっと上がる』
電志は呼吸が速くなるのを感じていた。何だこれは。どういうことだ?
極秘任務とは何だったか。
地球内部で【黒炎】を運用できるようにしてほしい……そのはずだ。
だがこの文面からは、具体的に何者か(恐らく地球)と戦うようにしか見えない。
七星が【黒炎】の調整の裏でこんな兵器の運用を考えていたなんて。
だんだん表情も強張っていく。
もう少しさかのぼると、電志の設計が固まりそこへ七星が手を加えたことが記述されていた。
『熱をうまく逃がすように調整できているし耐熱コーティングも万全だ、だが対人兵器については俺がやるしかない。電志には悪いことをした、、、だが電志の機体をベースにしなけりゃこの作戦は成功しない。あいつに人殺しの機体を設計しろっつっても拒否されるのが目に見えているからな。利用されたと知ったら怒るだろうな』
日記を持つ手に力が入る。
もう見たくないという気持ちが芽生えてきた。俺は利用されていたのか……?
乱暴にめくっていくと、巣の破壊が成功した日に辿りつく。
そのページは上の角が印のように折られていた。
激戦を生き残って良かったこと。
電志の機体が予想以上の性能だったこと。
祝勝会でバカ騒ぎしたこと。
だが、それらの最後に書かれていた内容が決定的だった。
『これで終わりじゃない、次は俺達を見捨てたあいつらだ』
そして、大雑把な地球地図が描かれ、大国の首都に×印がされていた。
電志は荒々しく息をついた。
最悪の気分だった。
愛佳が腕を掴んできて、懸命な声音を出す。
「電志……もう七星さんの所へ行っちゃダメだ」
電志は憔悴した調子で返す。
「もう遅いんだよ……設計は終わってしまってる」
頭を抱えるしかなかった。俺はとんでもないことに手を貸してしまったのか……
そんな時、艦内放送が入った。
『地球からメッセージが届きました。全員〈コンクレイヴ・システム〉で視聴して下さい。繰り返します……』
電志たちは互いに顔を見合わせた。
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