第70話
選択とは、多くの場合自分の意思で決定するものだ。
最初から選択肢が狭められているようなケースであれば自分の意思で選んだとは言い難いが、そうでないなら自分の意思によって選んでいると言える。
セシオラは、ソフトクリームのバニラとチョコのハーフを選択した。
これは自分の意思だ。
では、七星は……?
『電磁爆弾』……元々は『V爆弾』を、選択したのだろうか?
自分の意思で?
セシオラは率直な疑問を口にした。
「それって、威力はどれくらいなんですか?」
訊きながらも、年頃の女の子の質問としては不自然になってしまったかもしれない、と軽い後悔に襲われた。怖がるくらいの一般人らしい反応をすれば良かったかも。
しかしそんなセシオラの危惧は杞憂に終わった。
弘成は気にせず回答する。
「今の地球の戦力が分からないから十年前の試算しか出せないけど、当時の戦力が丸ごと地球から宇宙へ上がってきたとして、【アイギス】の主砲で一斉射撃すれば……艦隊の七割は沈黙させられる」
沈黙……それは事実上の撃沈だ。
それが七割とは。
「まるで漫画の必殺技ですね」
セシオラは率直な感想を口にした。
それを聞いて弘成は頬を緩める。
「だろう? 漫画やアニメの宇宙戦艦って感じだ。主砲が一発しか撃てないけど敵を一掃できるとかね」
そんな楽しそうに話す弘成に向かってジェシカが嗜めるように言った。
「あのね、笑いごとじゃないでしょう。強力過ぎるわ」
「あんまりそういうこと考えてなかったなあ、研究が楽しくって。使わなければ良いんじゃない?」
弘成はまるで日曜大工で不要な大物を作ってしまったように軽い調子で言った。
「使わなければ良い……そうね、その通りだわ。でもね、人間はそんなにお利口じゃないの。『そこにある』という事象から使用する可能性の全てを排除することはできないのよ」
「難しいこと言うなあ……俺は別に使わないけど」
「『俺』は大丈夫でも『誰か』が大丈夫という保証にはならないのよ。困ったわ……ホシさんに直接訊いてみた方が良いかな……」
ジェシカは眉尻を下げて俯いた。
その隣でセシオラも困ったな、と考え込む。これはマズイ。地球艦隊が負けるようなことになったらわたし達が帰れなくなるじゃないか。せっかく任務が成功しても地球に帰れないんじゃ意味が無い。再出発ができない。
去り際に弘成は気になることを言った。
「そういや兄貴は最近、日記を書いてることが多いな。俺の話を聞きながらも書いていたから、きっとそこにはどうするつもりなのかも書いてあるんだろうね」
セシオラは言い知れない胸騒ぎがしてきて、気分が落ち着かなくなった。
疑念というものは厄介だ。
へばりつく。
粘性の高いジェルや泡みたいに。
そして心に疑念がへばりついていると、些細なことでも関係あるのでは、と思ってしまう。
例えば目の前で繰り広げられているヒソヒソ話とか。
電志が秘密の部屋へやってくると、七星とシゼリオが既にいて、ヒソヒソと何かを話していた。
その二人は電志が来たのを見ると、話を終えて挨拶をしてきた。
挨拶を交わすと二人の会話は再開されなかった。
まるで俺が来たから話をやめたような……などと電志は感じてしまう。
自意識過剰か、と自嘲してみるがどうにも気になってしまった。
「シゼリオ、今なに話していたんだ?」
「ああ、今ね……『シナリオ』について、だよ」
「『シナリオ』?」
シゼリオは頷き、〈プレーン〉で画面を出した。
地球地図だ。地球の中では『世界地図』と呼ぶらしいが、あいにく世界はそんなに狭くない。
地図で四箇所マークされているが、どれも大国の首都のようだ。
「例えば、どこかの大国が抜け駆けして【アイギス】を手に入れようとした時、【黒炎】で地球に降下し政治の中枢を叩く電撃作戦……そういうシナリオだよ。架空の事件を想定して訓練した方がイメージが湧きやすい」
「そう、か……」
電志は地球地図を睨んだ。具体的なシナリオが、必要なんだろうか。単にどこかの基地にでも着陸するシナリオでは駄目なのか? 大国をマークしてあるのも生々しい……いや、考え過ぎだ。現実には無い、無いはずだ。
不気味な疑念を滴らせながら、時間が経過していく。
ジェシカは〈DUS〉で勤務しながら隣の机を見つめた。
引き出しの一つには七星の業務日誌が入っている。
日記と業務日誌は違う。
業務日誌ならプライバシーもそんなに気にしなくて良いのでは……そうして手を伸ばし、途中で引っ込めた。
メルグロイは何度もエミリーを求めた。
夢中になっている間は全てを忘れられた。
だが時計を見ると焦りがこみ上げてきて、時計はもう見るのをやめようと思う。
それでも時計が気になって仕方がなかった。
セシオラは七星やジェシカと話を続けてみて、やきもきした。
進展させることは難しそうだ。
そこで、二人の仲を取り持とうとしているわたしって損な役回りだ、と思ってため息をついた。
電志は増大していく不安と闘っていた。
既に設計は終わったが、秘密の部屋へ行って更によくできないかとアイデアを練ってみたり、他の者の手伝いをした。
シナリオの通りにシミュレートしていくと、シゼリオの作戦遂行能力がどんどん上がっていく。
搭載されたミサイルで敵機を撃墜し、特殊な【光翼】で大国の政治の中枢を地面から抉り取る。
より早く、効率よく。
小型無人機の使い勝手を試そうとバラまくと、急速に敵兵を倒していった。
それは全て数字として画面に計上されていた。
愛佳は〈DDCF〉でミリーに聞き取りを続けた。
ここまで来たら調べきりたい。
決定的な証拠が出るか、無実だと分かるまで。
ミリーの情報源は豊富だった。
監督というのも複数知り合いがいたり、そこからのツテで幅広い層の者から話を聞けた。
そして、愛佳も七星の弟・弘成に辿り着く。
日記に隠された真実が書いてある……愛佳はそう睨んだ。
「ミリーさん、ボクらにとって欲より優先順位が高いものはあるかい?」
愛佳がミリーに悪だくみを持ちかける。
ミリーはふふんと口の端を上げた。
「ないな」
のけ者にされそうになったエリシアが腰に手を当てて言った。
「ちょっとあなた達、わたしも連れていきなさい!」
愛佳は今エリシアの存在に気付いたように『あれっいたの?』とおどけてみせた。
明日にでも行こう、電志を連れて。
そして、【アイギス】まであと十日間となった。
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