第69話

 偶然の一致、というものがある。

 何気なく話していた内容が記憶の一部と符合する。


 さて、記憶の一部と符合した時、それが秘密の情報であった場合にどういった反応をするか?

 目が泳ぐものだろう、目の前の電志みたいに。

 それが秘密の情報でない場合なら『ああその人知ってる!』みたいに話が弾むものだ。

「では、、ということだね?」

 名探偵となった愛佳はキザな表情でそう言った。

 電志は失敗を隠そうとする表情で首を振る。

「いや……そんなことは、ないぞ?」

「くふふ、電志ってそういうところが可愛いね」

「可愛い言うな」

 そこで愛佳はすっと真剣な表情に切り替えた。

 居住まいを正すように間を置いて、真面目な口調になる。

「でもね、ボクは心配になってきたよ。電志、本当に七星さんのプロジェクトに参加して大丈夫なの?」

 噂というものは基本的に娯楽だ。

 だがたまに真実のものもあったり、部分的に真実であったりもする。

 少なくとも愛佳はそう考えている。

 万が一、噂が本当であったなら……その可能性が捨て切れないどころか、ミリーや監督から話を聞いてみて現実味を帯びてきてしまったのだ。

 不安が足元を這いずり始め、蹴り飛ばしても蹴り飛ばしてもなくならない。

 視線を合わせていると、電志は迷ったように逸らした。

 それから小さく首を振った。

「大丈夫だ、大丈夫。七星さんはあくまで地球への憎しみで自分を奮起しようとしていただけだ、〈コズミックモンスター〉と戦うために」

 それは、多分に『そうであってほしい』という願いが込められているような音色を帯びていた。

 設計をしている時の確定的な話し方からはかけ離れたものだった。

 電志は確実に揺らいできている。

 そんな彼を見て愛佳は更に不安になった。もし、危険なことに関わっているのなら……戻ってきてほしい。

 休憩所から見える通路では照明の一つが明滅し始めた。

 備品管理の係の者が気付けば交換されるだろう。

 しかし照明が目の前で寿命を迎えたことも不吉に思えた。

 愛佳は木の幹に背中を預け、電志の袖をきゅっと握った。

 どこか遠くへ行ってしまわないように。



 薄暗い場所、というのも時には必要だ。

 それは世界を狭く感じたい時。

 見通しが良ければ他人の目が気になる。

 二人だけの世界を作りたいのだ。

 明るかろうが二人だけの世界を作るカップルも世の中にはいるが、それは置いておくとして。

 展望台のベンチは薄暗く、男女が語らう場所としてはベストだった。

 メルグロイはエミリーと並んで座り、肩に手を回して喋っている。

「エミリーは〈DDCF〉を卒業したら、何になりたいんだい」

「〈DUS〉とか、飲食店とかね。清掃員はイヤ。掃除係なんて地味だもん」

「君はよく鼻歌を歌っているが、歌手になりたいとか、そういう夢はないの?」

「……歌は好きだけど、なんか恥ずかしくなっちゃって」

「恥ずかしがる必要は無いさ」

 そう言うと、エミリーがお祝いを受けたように大きく喜んだ。

「本当?! それなら、わたしが作った歌二一曲あるから、部屋に戻ったら聞かせてあげるね!」

「えっ……そんなにあるの?」

「あるある。メルグ、ちゃんと耳掃除してから聞いてよ? ていうか毎日ちゃんと耳掃除してる? シャワー浴びた時には耳も軽く洗っておくのよ」

「耳かい? そうだな、これからは洗うようにするよ」

「そう言って結局しないんじゃないのー?」

 確かにそうだな、とメルグロイは苦笑した。

 しかしこうして口うるさく言われるのが心地よい。

 この空気が、この二人の世界が重要だ。

 周囲のベンチでも愛の語らいがそこかしこでされているが、そんなものは目に入らない。

 噂の方は思ったよりも深刻になってしまった。

 うまく行き過ぎて逆に怖いくらいだ。

 面白いくらいにみんな信じている。

 例えば仕事なんかしていればクソな上司に『死ねば良いのに』なんて思うのはよくあることだが、だからといって行動を起こすことなど無い。

 地球に対しどれだけ腹を立てていても七星が実行に移すなんてことは無いのだ。

 冷静に考えればそんなことは分かりそうなものだが、まあいい。こちらとしては好都合、せいぜい踊らされていてくれ。

【アイギス】が近付くにつれみんなが知らず知らずのうちに踊らされていく。

 その舞台は床にヒビが入っているのだ。

 そのヒビは静かに枝を伸ばしていくのだった。



 甘いものは頭に良い。

 それは脳が満足感を得られるという意味じゃないだろうか。

 そんな風にセシオラは思い、ソフトクリームに口をつけた。

 蚤の市の飲食店街にあるスイーツ店の前に立ち、店主の顔をまじまじと見つめる。

 店主は七星の弟・弘成(こうせい)。

 顔は兄と似ておらず、シャープな顎のラインで目が細い。

 ジェシカがこの店主に話を聞こうということでセシオラを連れてきてくれたのだ。

 当初、ジェシカは七星の噂など気にかけていなかった。

 あり得ないという態度だった。

 だが話している内に気になり始めたのだ。

 そういえば、最近ホシさんの様子がおかしい気がする……本人に訊いても『何でもない』の一点張りだし、ここは弟に訊いてみよう、と考えたのだ。

 セシオラの隣でジェシカがカウンターに腕を載せて話し出す。

「最近ホシさん、〈DUS〉を夕方に抜けるとそのまま次の日まで行方不明になっちゃうのよ。弘成君は何か知らない?」

 弘成は白い服にエプロン姿で腕を組み、考えるように返した。

「うーん分からないなあ。と言ってもまあ、相部屋だから夜いないのは認識しているよ」

「じゃあ、全然帰ってないの?」

「俺が寝た後に帰ってきている時もある。その時は朝起きたらいるから『あ、いた』ってなるんだけど、朝起きてもいない時は帰ってきてないんじゃないかなあ」

「ふうん……何してるんだろう」

 ジェシカは艶めいた口元に指を当て、困った顔をした。

 それがとても魅力的だったので、セシオラも今度真似てみようと心にメモする。

 弘成も困ったように難しい顔をした。

 だが少しすると、そういえば、と話し出した。

「関係あるかは分からないけど、変なことを聞かれたんだよ。昔研究していた『V爆弾』はどうなったかって」

『V爆弾?』

 セシオラとジェシカが同時に聞き返す。

 目の細い店主は、それはね、と説明を始める。

「コンピュータウイルスの爆弾だよ。極小のチップが無数に詰め込まれたもので、爆発すると周囲にチップが四散。戦闘機や戦艦に取りつき、強制的にシャットダウンさせる。ただそれは、技術的にかなり難しいもので完成には至らなかった。ああいうのって、日々進歩する技術を追い続けないといけないからね」

 そんなことを聞いて何がしたかったのだろう、とセシオラは首を傾げた。

 ジェシカはまず、セシオラに『弘成君は昔〈DRS〉にいたのよ』と教えた。

 それから弘成へと向き直り、眉根を寄せて尋ねる。

「それって対人兵器でしょ? 何でそんなものを……」

「俺も聞いてみたけど、使わなくちゃいけなくなるかもしれないからって、言ってたな」

「使う? いったい何に……まあ、使えないならそれで良いけど」

 そうしたら、弘成は頬を掻いて続きを話した。

「それが、代わりに『電磁爆弾』なら完成したんで、それを伝えたんだ。この爆弾はチップをまき散らすまでは同じなんだけど、電気系統を故障させるだけだからセキュリティと格闘する必要が無い。俺は〈DRS〉を辞めてからも趣味で研究を続けていたんだけど、それが完成していたんだよね。〈コズミックモンスター〉相手じゃ意味が無いってんで、発表してなかったけど」

「完全に対人兵器だもんねえ……でも、それだったら殺傷能力は無さそうね。防衛装備としては良いかも」

 ジェシカは顔の緊張を緩めてそう言った。

 確かにそうだ。

 さきほどの『V爆弾』も今聞いた『電磁爆弾』も、殺傷能力は無さそうである。

 それなら、七星が危ないことに手を染めようとしているようには思えない。

 だが、弘成は安心する二人を見て首を振った。


「いやいや、殺傷能力は高いよ、。だって、生存環境を維持する装置が電気で動いてるんだもん」


 その言葉にジェシカもセシオラも凍り付いた。

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